2010年09月02日

桐生 賀茂神社神業





[賀茂神社さんの ご神木  :お招き頂いて ありがとうございます]






神社さんへのお参りで、個人の願掛けレベルで行かれるかたはこの平成二十二年 もう少ないと存じます。


個人の願いから、宇宙大の祈りへ、或いは「神様ゴメンナサイ」と「自己の神ごと」の不始末をお詫びに伺われているのではないでしょうか?


ひとみな神であることを、隠し続けてきた歴史的背景があります。

それは宗教もその役割の一つで、人心を救われない民として、スガリの精神構造をつくりあげてきました。

もうひとつは時の権力構造で、頑張る人間、つまり頑張らないと兵隊さんになれず、そうしないと時の権力者が困るのです。


いくつかの氷河期をこえ、人類はいくつかの体質が変わりましたが、最終氷河期を超えた辺りから、物質文明に徐々に変わり、とりわけ2500年前位から「われ神なり」を隠しつずけてきた闇の構造があったのです。



精神の下座志向に加え、ひとが神であることを忘れさせるのがその食生活。

とりわけ明治時代からの肉食のすすめと戦後の牛乳の栄養説です。



日本食は、五穀と旬の天然食材を頂き、大自然に感謝する。

時には太陽を礼拝し陽光を松果体に集中させる。太陽とともに早く就寝につき、顕在意識の働きを弱めて魂の充電をする。
また時には瞑想をして、神聖DNAの覚醒をすること。



日本人以外にはこうしたコトは出来ないのです。




そんな想いのさなか、群馬からお呼びがかかって桐生の賀茂神社さんに行ってまいりました。


賀茂神社はJR桐生からちかいのですが知人の車で出かけ、数箇所も迷いながらも手の平に感じる神聖波動で何とかたどり着きました。


村社のようですがかなり広い境内で、ビジョンに表れた御神木とトーキング。






[賀茂神社  拝殿から本殿を望む ]



拝殿では「天地融合、万物融和」をとなえ、また祝詞を奏上させていただきました。

拝殿の左手に強い気配を感じ、脇に廻りますと国津神系の凡そ20柱の神々の気配を感じました。
同行の方と言霊「あおうえい」を奏上。



アは純正自己、オは経験知性、ウは勇気判断、エは叡智閃き、そしてイは大生命意志です。


言霊五十音の代表母音ですが、これについては本ブログでもたびたび紹介いたしました。

また9月の後半くらいに明窓出版から「人生を作るのは言霊だった」~言霊現象論~(仮題) を出版し詳述しております。







[拝殿の左手にありました 豊機社  素敵なところでした]





桐生 賀茂神社、ここは大変広い境内ですが、おもに女性神の気配が強く感じました。


あとで調べてみますと祭神はワケミカズチさまで、合祀が玉依姫命 経津主神 武甕槌神 建御名方神、素盞嗚命 白滝姫命 宇迦之御魂神 外二十柱とある。 


京都の上賀茂神社、下鴨神社の勧請で崇神天皇の時代 建立とありますからかなりの年代ですね。



でも私が強く感じたのは玉依比売様と白滝姫命そしてスサノオ様でした。


神々ももう、私たちとご一緒に地球再生に乗り出されております。


現代流で言えばアーヴィン・ラズローさんの「持続性ある地球への希求」、WorldShift ということと同じです。


今年が勝負年ですね。

神社の左手には豊機社とありますからここで女性神の気配が流れてきたのですね。

ずっといても飽きない、「素」の神社さんです。

皆さんも一度はいかが。それとご神木は必ず両手で触って「ありがとうございます」の言霊を上げてくださいね。



人間と違って飲み食いせず、天然の光、空気、水、そしてミネラルといった純正なエレエメントを頂いてその彼らが守るその大地は、勿論私たちの住居や職場と地が繫がって、その樹木と会話をされているのですよ。  

Posted by suzuki at 06:00Comments(0)たまに行くなら

2010年08月30日

願いから祈り、そして感謝へ




[山宮浅間神社  とりたてて拝殿も無く、神石のみ。実に素の気配で清々しいですね。]






スタンフォード大学のブルース・リプトン博士はこのブログでも数回紹介させていただきました。
彼は基幹遺伝子の研究を20数年以上の長きにわたって従事されてきました。


彼の研究のポイントは、意識や言霊が遺伝子を変えるということです。


そのメカニズムは、想いという情報が脳内ホルモンを分泌させて、それは血中に広がり、体内の全細胞の細胞膜を介して遺伝子にスイッチが入る。
つまりそこで新しいたんぱく質が形成されるというもの。


これは想いが、現象化するという生命活動の根本を実証しているもので、なによりも私たちの肉体系に想いが遺伝子レベルで影響を与えているということなのです。


また親から頂いた個人の遺伝子が、死ぬまで自分の生活を支配するのでなく、自分の想いのほうが遺伝子をかえるということなのです。


論者は最大の祈りは、感謝だと主張しております。


つまり宇宙に自分がいることの「在り難し」が原点で、いのちを頂き、生かされているということ。
そこに一切が集約されるように思います。


祈りの、個々のエレメントである「願い」という心の作用は、直面した危機にかくあれという願いであったり、病からの解放や、受験の合格や、ボーナスの額であったりします。


ですが人類のこの「願う」という神様から与えられた心の自由性を、地球人類全般に向けた「調和の祈り」に向けたら如何でしょう。


人々の願いは、それぞれの環境独自のものであって、他人から指図される性質のものではありません。
ですが利益中心の願いがこれまでの願いの中心で、それが物質至上社会を増長させてきたのです。


まず願いから祈りにむけて行かなければ、社会は変わりません。


日本人みたいに、初詣にはおよそ90%以上が神社におまいりに行くという民族はなかなか世界中にありません。

勿論、日曜礼拝を欠かさない敬虔なクリスチャンはいますが、山間民族や熱帯民族を含めた全世界では、日本は祈りの国と見られてもいいでしょう。



その日本が世界の恒久平和や、持続性ある豊かな地球を責任ある人間として希求する祈りを、すべての日本人が同一の時間、同一の土俵で祈っては如何でしょうか?


土俵とは日本古来の聖地である神社です。
神社こそ己の心を映す鏡が必ずあるのです。鳥居をくぐる参道は、母の産道への回帰であって、「素の元」にかえるということ。


己の「魂の素」を神社の鏡に映し、また感謝を豊斎する。

日常でも宇宙の摂理に沿った祈りと感謝であれば、大宇宙は味方になってくれる。






[神木には霊気が宿る。ヒトよりもずっと長生きですし、人間のように他人をののしったり倒すこともない]





すでに『公園に愛と感謝のセレモニー』を実施して、大地さんに「ありがとうございます」を毎月一回実施しております。
次回は川口哲史さんのご案内で9月4日(土)清澄庭園です。



自己の欲求にもとづく「願い」でなく、願いを「人類と地球への祈り」に換え、その祈りの極地である「感謝」に止揚する。

ただ大地や地球に感謝する。そうしたことを日本人全員が、やったら凄い力になるはずです。

祈りの力は、大変なエネルギーなのです。特に日本という天津霊継ぐ(あまつひつぐ)民族は命の力が絶大で、だから日本が世界の意識のヒナ型とも言われているのです。


日本人の感謝の意識が、世界を変えていくのです。




祈りとは「持続性可能な地球」つまり愛と調和に満たされた地球規模のほうが、自己利益から愛他にシフトする。



愛他の祈りの根底にあるのが、「感謝」ですから、「地球さん、ありがとうございます。緑豊かな素晴しい地球をいつまでも輝かせてください。ありがとうございます」



いかがでしょう、今ここに生きている日本人全員が一斉に、「地球に感謝する」ことをしたら、地球上の飢餓、貧困、争い、乱獲さまざまな不調和は、霊力理(ヒカリ)と共に消えていく。  

Posted by suzuki at 06:06Comments(2)神泉界

2010年08月27日

こども水かけ祭り




[門前中町の富岡八幡神社前  こども水かけ祭り ちっちゃい子もびしょ濡れでワッショイ!]




8月15日は終戦記念日。310万人の冥福を祈りつつ富岡八幡さまに出かけました。
この日の東京は35℃の猛暑日。
八幡さまでは巫女さんが四人奉納舞をされてました。


この暑い日は、富岡八幡神社前の永大通りでは門前仲町の、清澄通りとの交差点から神社前まで子供みこしがぎっしり。


もちろんお父さん、お母さんがたの揃いのハッピを着込んで誘導神輿ですが、永大通りのおよそ900メートルくらいは交通止めで、そこは上下線とも子供みこしでぎっしり。


子供たちが御輿を担ぎ上げて練るさまは、日本の文明と伝統の受け継ぎと映り、世情の日本の心を忘れた西洋かぶれの昨今、こころに痛く刻まれる。
祭り着の赤ちゃんを抱くお母さんもそろいの祭り着。






[こうした貯水槽が沿道にいくつかあって、手桶で、あるいは水道水をホースにつないで水を掛け捲ります]




参加された子供たちは、幼稚園児から小学校の低学年くらいまでなのです。
ですから終戦記念日にあわせて、「みなさん安らかに、いまの子供たちもお蔭さんで、こんなに元気ですよ!」との思いもフツと湧いてきた。



路上は、消防の散水と、町内単位での貯水槽から手桶でみずかけ。八幡様の前では神官数名による神水が掛けられるのです。

子供たちは、炎天下ですから気持ちよさそうに、ずぶ濡れになっても「わっしょい!和背負い!」
沿道から威勢良く水が御輿にかけまくられる。





[ごらんのように消防用の散水ホースで水を掛け捲ってました]




鉦太鼓のお囃子と「わっしょい」の声かけと水煙で、上下道路ふた筋に練り歩く長蛇の子供御輿。

威勢のいい、門仲・富岡の子供御輿に日本の元気のいい夏を体験しました。


そう、論者の孫も、せがれの嫁さんがこの近所の「新川」の出なもんですから地元参加でした。  

Posted by suzuki at 06:00Comments(0)気になる出来事

2010年08月24日

熱海断食道場 牧内泰道さん




[2008年のサトルの大会での牧内 泰道さん。実に軽妙洒脱な青年!ですよ]





2月に急逝した片岡慎介さんのサトルでの理事担当イベントが月次セミナー。
毎月第二火曜日 夕方に東京三田の福祉会館で開催してます。

片岡さんの後任が決まるまで、論者 鈴木が月次セミナーの企画と司会運営もろもろをやっております。


8月の月次セミナーのゲストは熱海断食道場主の牧内泰道先生。
JR代々木にも教室を持たれ、桐生市には登校拒否や様々な悩みを抱える子ども達のリフレッシュ学園もひらかれている。


「人生、食と心とそして出すことに本意がある」ということで、牧内先生、Drマイクに講演をお願いした。


国民総医療費は34兆円を超え、国家予算の40%も締めている。
日本は先進医療とは言うものの、むしろ病人は増えている。
ウツは三人に一人がそうですし、ガンもちも変性ポリープを含めるとほぼ同数です。
いのちとは、肉体と心と霊性の三位一体で動いていますから、肉体の病とは肉体だけでなく、心も霊性も切り離して考えることは出来ません。



論者は現代医療が、人間丸ごとに入らない限り、やがて国家予算が病人・半病人対策で食いつぶされてしまうと思っております。


牧内先生は風邪を引いたら罰金千円を国が徴収すれば言いという。
なるほどそうするとうかうかと安易に病院に行ってお薬をもらわなくなりますものね。
糖尿病患者の罰金はいくらかと聞きますと60万円という。


少々お高いのですが、糖尿病は食わなくなればそんなものはなくなると断言され、そもそも贅沢病だから、お金持ちにはそのくらい罰金を払ってもらうのだそうです。(笑)


そうするとなんだかんだで国民総医療費は数兆円に減縮できるという。



当日のDRマイクの「健康に生きるコツ」をにまとめます。




健康で元気に生きるには・・・

①美味いものを腹いっぱいたべないこと
②夕食時間は夜5時半から6時半までの間に終わること 
③寝る時間を10時までに床につくこと
④睡眠時間はたっぷりとること 
⑤行動はゆっくり 
⑥苦しい・しんどい事はしないこと 
⑦嫌いな人は付き合わないこと 
⑧嫌な仕事はしないこと


 
精神的に安定し、楽しく生きるには・・・ 

①何が起きても全て自分にとって必要なことととらえること 
②今までの常識にとらわれないこと 
③よくない話、他人の話などしないこと 
④ 毎日楽しく、気楽に暮らすこと 
⑤自然を良く見聞して生きること 
⑥自分にとって不要なこと=学習・記憶をしないこと 
⑦呼吸はゆっくりするこ ⑧嫌いな人と付き合わない 
⑨嫌いな仕事はしない



対人・人間関係をよくするには・・・ 

①全ての生きもの=動物も植物も、を大切にすること 
②他人を縛らないこと 
③何があっても、他人を裁かないこと 
④他人に対してお節介をしないこと (鈴木注:他人とは自分以外のかた。自分の子どももそうですよ)
⑤他人の真似をしないこと 
⑥好きな人だけ付き合うこと 
⑦他人に興味をもたないこと 
⑦他人に対して説教、説得しないこと 
⑧他人と無駄話をしない



経済、恵財的に裕福にいきるには・・・ 

①朝食はちょいと腹に入れる位で、その時間を守ること 
②お金儲けのみに専念しないこと 
③何か買う時の支払いはすべて前払いにすること 
④いつも楽しくて、楽なものを使うこと 
⑤実用的な物のみ藻を使うこと 
⑥すべての行動は楽しく、楽なことをゆっくり行うこと 
⑦他人の真似をしないこと 
⑧物品、備品、物質を大切にすること 
⑨出来るだけ貯金すること



ウンを良くし災難・災害にあわない方法・・・


①自分を何よりも大切に生きること 
②何をするにも行動はゆっくりと行うこと 
③他人に気を使わないこと 
④何事もスムーズに行くことだけを行うこと 
⑤嫌なものごとをしないこと 
⑥いつも身の回りをキレイにしておくこと 
⑦団体行動をしないこと 
⑧利益の出ない物事をしないこと 
⑨災難・災害にあう前は時間が縮んでいるよく観察すること 

(1から8のどこかに異常がでると時間が縮む)  

2010年08月21日

札幌のサトルな講演




[ 日本列島を逆さにみるとまたものごとが別の視野に映ってまいりますね。]




来週北海道に行ってまいります。

8月29日 (日) 札幌の駅前 エルプラザにて朝10時過ぎから講演会。



日本列島は酷暑を迎えてますが、世界中で水害。
まさしく火と水の洗礼です。


国内では酷暑に加え、連日のように幼児虐待死と老人の行方不明そして餓死。
世の中が修羅界と菩薩界の二極分化。


モノ・金だけに心が支配された阿修羅種と、今世紀に生きることを宣言して、この世に生まれてきたことをわずかに記憶している神人種との差が激しく露見しております。

この静観はやむをえないのです。
全員が天使宣言で世に出てきたのですが、ルシファーと同じ道を歩むことは魂の再生が不能であり、人智ではどうにもなりません。


またその被害者と見える子供たちは、そうした告知の使命を帯びた超天使の方々なのです。
堕天使を改悛する超天使のお役割だったのです。



地球アセンションとは、結論すれば「霊主心従体属」であり、2012年をまたずして弥真統(やまと:真実まことを貫き、統一界に向かう心の充実した神民の意味)はアセンションを迎える道をまっしぐら。



ひたすら、良心に生き、たかりとすがりを排除して、ゆっくり、ゆらゆら、緩んで、ゆるす、「ゆの道」を歩きましょう。



世界賢人会議のアーヴィン・ラズロウ博士の提唱する、『WorldShift』 とは実は、地球アセンションと同じ次元を地球物理の視点から指摘してるのです。

「このままでは危ない地球」とは誰でもが知っており、資源乱獲によるエネルギー枯渇と肉食嗜好によりその10倍以上も穀類が消費される食糧の危機はもうそこに来ている。


このまま黙って手をこまねいているか?自らの意識を変えて地球に対する意識をShiftしていくか?どちらをとるだろうか。


「弥真統」は世界の雛形だから、2012年を待たずに一人一人がもうアセンションしなくてはならないのです。

それが日月神示でいうところの崩壊からのどんでん返し、神一厘の仕組み。
それは丑寅の年にピークを迎え、やがて富士(平成22年)は晴れたり日本晴れの黙示。
神聖意識の変化は、深く静かに進行しているのです。



札幌講演ではこんな話になるかどうか。
波動世界や自然治癒について登壇の先生方とご一緒に話し合いたく思います。


サトルの会長の帯津良一先生も登壇されますよ。

帯津先生と知己の自然療法推進の小井戸一光先生、料理研究家として北海道ではTVでおなじみの星澤幸子さん、浄波良法の松本光平もご一緒に登壇されます。

松本さんは二年連続で国連顕彰を受賞されてますね。



酷暑を過ぎ、秋の気配を感じる季節に入りますが、意識は霊気と一緒に北から南に下っていきますよ。
北海道のサトルエネルギー講演が、ゆっくりと南下して、本州全体を日本人の魂の覚醒をして降りてくる。



前出の図をご覧ください。そんな意味なのです。




なお講演、チケット(予約 3500円/ 当日 5500円)のお問い合わせは下記です。



・日本浄波良法協会 Johha 札幌
 http://www.johha.com

    TEL 011-511-1178


◕札幌ネットラジオの「じあいネット」のラジオ放送があります。

サトルエネルギー北海道講演の紹介は 
 →  http://www.ji-ai.net/radio/y2010/jiaij30hi.mp3 /  

2010年08月19日

芝公園で愛と感謝のセレモニー





[芝公園は皇居から真南の一直線にあたります  (今回の写真はいづれも 西村健治さんの提供です)]





8月の7日の土曜日、好例の「公園で感謝のセレモニー」を行ないました。
毎回 大地に感謝するものですから土曜日にしているわけです。


前回の皇居から北のラインの六義園から、今回はサトルの事務局の近く、私の散歩コースでもあります「芝公園」で神社拝礼の仕方など鈴木ミニ講演も交えました。



炎天下でチョットためらったのですが、浴衣ガケで行ってみたらの声にほだされて、私の地元ということもあって、こんな浴衣に下駄ガケのスタイルで参加しました。


ミニ講演では、拝礼とは、考えているだけでもケガレの多い想念を浄化するということ。
そして二礼二拍の心の置き方と呼吸の連動などをお話。






[芝東照宮では、皆さんと一緒に祝詞をあげましたよ]




芝公園のお隣が、芝東照宮ですからすぐさま実践に入ります。


手水も、身を清めるというよりも心を清める所作。
なによりもカシワ手は「ゼロ次元」へのお里帰り。 心の回帰なのですね。



炎天下ではありましたが、18名ほどお集まりを頂き、お隣の広い芝生を傍らに、木陰で、公園さん、大地さん、草花さん、そしてこの出会いの皆さんに感謝の祈りを捧げました。


大地が喜べば、その上に立つ人々が健康になる。


日本中の大地さんに 何処もかしこもお父さんお母さんがたが感謝をすれば、日本の大地はクリーンなる。
大地の上に立つ人間が健康になって、大地も環境も人間も健康なら、経済もおのずと健康になる。



政治家も、もっと素直に、大地さんに感謝してみてはどうか。



暑さしのぎに、芝公園からサトルの事務局まで皆さとご一緒に行き、所内でアイスキャンデーをかじりながら、「素直」、「拝礼」、「呼吸」、「祝詞」などなど古神道論議の一日でした。







[みなさん  ご苦労様でしたね。 これから日本はもっと良くなりますよ]





さて次回は ➽


◎ 9月4日(土)  11時  清澄庭園 集合    地下鉄「白川清澄」下車 徒歩3分
  

 コーディネーター  川口哲史がご一緒に庭内を散策案内します。


 初回参加の方もおりますよ。どうぞご縁を!



【清澄庭園のポイント】

   
江戸城を中心に東西南北の配置された庭園の中で東に位置する[清澄庭園]
隅田川の水を引いた大泉水を造り、周囲には全国から取り寄せた名石を配して、明治の庭園を代表する「回遊式林泉庭園」が完成しました。
泉水、築山、枯山水を主体にした「回遊式林泉庭園」です。  

Posted by suzuki at 06:00Comments(0)

2010年08月16日

「かぐや」の映像情報は??





[お月見の習慣をなくしてはいけません。子ども達が自然から離れていってしまうからです。自然とつきあう中に畏敬と感謝が生まれてくるもの]






この間、「いとかわ」が7年ぶりに宇宙旅行から帰還しました。 

小惑星にたどり着いて様々なサンプルを採取してきてくれました。

宇宙の成り立ちや、宇宙生命の痕跡などが見つかるといいですね。



それにしても 世界初の小惑星往復飛行という目的を達成するために、過去に例のない探査機となると、そのすべての飛行異常や偶発性も考慮して、ゼロから考えて設計・製造しなくてはならない。

なんにせよ、いったん宇宙に探査機を飛ばせば、修理ができないのです。

ですから大変なお金もつぎ込んだでしょうが、いい成果がほしいですね。




何年前でしたか? 月の探査船「かぐや」が、きれいなお月さまから見た青い地球の映像を送ってきてくれましたね。


お正月にふさわしい期待感のある映像でした。


さてさてこれからつきには何があるのだろうかと、期待感も大いに持たされました。



ロシアやいくつかの国家機関では、月には、人工的な基地があることをおおやけにしてますね。

某国の月にセットした軍備?いやいやUFOの基地?様々説があります。



論者の周りでは、月には人工施設があることは当たり前のことで、知人の竹本良さんはUFOの基地と断言する。

フリーエネルギー研究家の井出治さんは、月には米軍が関与しているUFOと、これまた政治的なニオイもかいでいらっしゃる。



不思議なのは、「かぐや」が収集されたデーターが、その後一切 マスコミに開示されてませんね。

米国に渡ったのでしょうか?

口封じでしょうか?


相当のお金をつぎ込んだ「かぐや」の成果はなぜおおやけにされないのでしょう。


そしてまたその後の「かぐや」からの新しい情報は、なぜ開示されないのでしょう。



税金をつぎ込んで探査船を飛ばしたのですから、国民は知る権利がありますよね。  

Posted by suzuki at 06:00Comments(0)おかしな話

2010年08月13日

三種の神器とWHOの定義


   



[天の岩戸神社 本当に気配のいい神社さんですね。たしか戸隠神社の前の大銀杏と同じ種類の銀杏がここにあったと記憶してます。]
  






論者は霊性、精神、体を「いのち」、「こころ」、「からだ」と平易に言い換えている。


また「いのち」とは宇宙からの預かりものあり、その宇宙の反映体だから「鏡」。

「こころ」とは喜怒哀楽のようにまるでタマがコロコロ変わるから「勾玉」。

「からだ」は魚の骨みたいに節々があって、バッタバッタと人生を切りまわるから「剣」。



人間そのものを、「鏡・玉・剣」の三種の神器と見立てている。



またWHOの健康の定義を次のように平易に解釈しております。

「愛と感謝に満ちあふれ」(Spirit)、「たくましく生き」(Mind)、「足腰丈夫で医者要らず」(Body)ということにまとめた。



Spiritを日本語で霊性と訳しているが、その正体が厚生労働省でまとまっていない。

またお役所では「霊性」の定義とは?とかこの手のものはまとまりようも無い。

論者はそれを誰しもが戴いている『いのち』としてみている。




『いのち』こそ肉体だけの特権ではなくて、死んでもでもなお生き続いて、魂につながっている本源の大生命意志・サムシンググレートから戴く「意の道(血)」である。



サムシンググレートの一部がワレでもあり、草花でも岩でもある。

『いのち』はみんな一つに繋がって、ワレの内側にあるものでなく、ワレから外に広大に繋がっているもの。


だからAll  is  One. でみんな一つに繋がっている。

それを頭で理解しようとしても、出来るものでもない。

命は見えないし物理の定義も出来ていない。

でも誰しもが霊的直感で「いのち」は分神、神の分かれたものと分かっている。



神道では、****の命、と書いて「ミコト」と読ませている。


男は霊子(彦:ひこ)と読ませたり、女は霊女(姫:ひめ)と書かせたりもする。  

2010年08月10日

メビウス良法





[品川神社 山門の龍  見事なものですよ。よく品川神社に行きますが気配のいいところです]




いいことがあれば悪いこともある、そんなプラスとマイナスを経験してそれが共に人生の肥やしになる。


良いことから何を学んだのか? 忙しいときでも、敢えてゆっくりと親しくお話をしてフォローする。そんな自分によくやった。
悪いことから何を学んだのか? 捨てせりふのいい放っしで、褒めもしなければ感謝もしない。そんな自分が、人様に傷をつけた。


そんな、あれやこれやの人生の経験から、だんだん、人の世の中の公理が見えてくる。
この公理から、一段と進んだ自分をさらに磨いていく。

しかし、ネガティブな現象があると、学んでいくといってもそうした余裕も無く、この悲しみを今すぐ何とかしたいという場面もある。

特に病の場合は、このつらさを今すぐにでも解消したいと思うのは人の心。


腰の痛さや、肩こり、などの身体の異常や、体内の症状は待ったなし。




以前、1995年ころだろうか、啓示で教わった陰陽逆転のメビウス良法というのがある。
紹介しましょう。


軟棗(なんそ)の法というのは、棗(なつめ)を痛い腹部た頭部などの患部の上におき、それがとろけるまでジット意識集中するという白隠禅師の法。
もちろん棗は実物も無く意識で造った棗である。

頭痛から腰痛までOKで、とろけた架空の棗が身体に浸透して、くまなく細胞を癒していく。
薬もない昔は意識の集中で、細胞の自己治癒を促す。


こうした意識の集中活用をまるで信用しないのが、物質医学ですが、身体を癒すのは自分の体ですから、自分の細胞の協力なしには改善には向かいにくい。


細胞と意識は常に一体ですから、意識を細胞という患部に向けて、自己コントロールすることはあって当たり前とも言えます。



メビウスとは、阿波踊りの手返しや、魂振りや、デンデン太鼓と同じ所作。

左右往復同じ所作をその軌道の違いこそあれ、(+)、(―)のくりかえし。


マイナスの現象、つまりいやな経験であったり、不幸な結果を両手で「桃の実」の合掌形。
その中心部にイメージを転像させる。

そして横8の字のメビウス状に「桃の実」を横振りする。


次いで、そのマイナスの象が逆転した、正反対のプラスのイメージを「桃の実」の中に強く入れてメビウス状に横振りする。


後者のプラスのイメージは、より明確に確信に近い映像を投入してメビウス振りをする。



疾患も同様で、現状の患部を先にイメージしつつその「桃の実」に封入し、それが徐々に快癒する、元通りの状態を確実にイメージ。


元通りのイメージはメビウス振りを止めることなく連続して、(-)の患部状態の像から、元通りの(+)の状態に徐々にイメージして、時間をかけながら、完全なる状態に明確にもっていく。



もうひとつの方法は、脊柱を芯にしてそのおよそ32ピース(頚椎7、脊椎12、腰椎5.それに仙骨5ピース、尾てい骨3ピースとして加算)を、各部各部で小さなデンデン太鼓をイメージして、左回転右回転で打ち鳴らす。


たとえば頚椎の6番を小さなデンデン太鼓で鳴らすと言うことは、6番の骨を中心に右回転でドン、今度は左回転でドンと骨に打ち当て鳴らして左右のバランスをとる。


脊柱の各ピースは、ほとんどの臓器と関連付けられて、まさに人体の大樹です。

この方法は実際に被験者の脊柱患部各ピースにわずかに指先で左右振動を与えることも実に有効で、「日本気導術学会」の研修でも教わった。


しかし自己イメージで、メビウスのように小さな太鼓を鳴らすほうが、電車に乗ってもできますし、自己意識を活用する有用な方法です。


不幸な今という事象の好転に、身体の疾患に、「メビウス良法」は、制限なく可能です。



意識を活用すること。


物質医学や、物質力学に太刀打ちできないと思い込むのではなく、生命があって物質があるのです。


生命こそ、その活動の本体ですから、その生命活動に直結するのが意識。


意識そのものをこそ、今という現象に誘導し活用するのが古代からの智慧というものです。  

Posted by suzuki at 06:00Comments(1)健康に生きる

2010年08月07日

こだわりを捨てる







[素足で立つと、執着の気がスット 抜けて行きますよ。お試しあれ。足裏に意識を!]





お釈迦様が、若きシャカ族の王子の時代に自分の、妻と息子を捨ててカピラバーストの城を抜け出した。

それは人間、生老病死が常に付きまとい、とりわけ「生」の中でも、なぜヒトを騙したり、愛憎があったり、時には殺し合いもあったりする。


そんな、惨たらしい世の中にどうしてなっているのか、その真実を求めどう生きたらいいのかを悟るため。



やがて釈迦は苦難の行の後に、バランスこそ「生の本元」とし悟りを得て、八正道を見出します。


その覚醒で、本名ゴータマ・シッダッタが大釈迦となりました。



惨たらしい世界とは、人間のこころ、それが作っていたという真実にきずくのでした。


本来の世界は闘争なく、分離無く、融和の純正大自然界。




つまり、人の心の闘争破壊が最もおおきな爆弾ですが、その闘争と破壊をもたらす元の心が「執着」。


この執着を簡単に言うと、「こだわり」ということになります。


心が引っかかって、動かない様子です。


古神道ではつねに「中今(なかいま)にいきる」ことを主軸として、善も悪も過去にとらわれず、今この瞬間のみををイキイキと生きることを主張します。


ですから、お釈迦様の悟りの中に生きるということと同じことになるようです。


多くの方が、過去にこだわることに、実に大きなエネルギーを消費してますね。






[山宮 浅間神社  今年は木花様のご活躍の年なのですよ。この山宮も実に素で、気持が良いですよ。 富士元宮の西冨士道を挟んだ反対側にあります。個人的には本宮より断然波動が高い ]





「全国うまいもの紹介」などで、ラーメンやら地方の郷土料理の紹介番組があります。


そこではナレーションで「こだわりの店」とかいいますが、「伝統の味を崩さない」という表現のほうがいいように思うのです。


こだわりは、頑なでとらわれの心ですから、マイナスのイメージが私にはフツとわいてきます。




人生、「こだわりを捨てる」というところが大変大きなポイントではないでしょうか?


「こだわり」があると、そこには得られぬ不満の陰が常につきまとう。


お釈迦様も生身の人生最大の課題は「執着」と看破されている。


物も金も何にも要らない、最低限の衣食住で、もういいや!と思いきった心根。


そうしたモノにとらわれない心の氷解が、硬く歪んだ病気の細胞をすら自然修復する。




モノに捉われない「本心の自分」に帰ろうという自律の心が本当に大事ですね。




「こだわりをどれほど捨てられるか!」、大病からの生還の重大なキーを一口で言うならこれに尽きるのではないでしょうか。  

Posted by suzuki at 06:06Comments(0)神泉界