2012年05月17日
秩序の法
日本という国はあらためて世界の雛形だと
感じ入ってしまいます。
2011年3月11日 午後2時46分、
東日本を襲ったマグニチュード9の大地震。
年月日の数を足してみてください。一桁に丸めると「9」。
時間を同様に足して丸めると「3」、M9ですから、まるで「ミロク」。
拙著『御霊の法則』の数霊の章にも書かせていただきましたが、
数霊の神数「9」に思いをはせたりいたします。
丸めた数霊に、その出現の場面は必ず意味がある。
巨大地震に続く大津波は太平洋沿岸部を襲い
実に二万名もの命を奪い、
海岸近くの家屋田畑を侵食してしまいました。
「艮の金神」の住まう東北、
そこが基点となっての東日本大震災は
まさに世界文明の切り替え点。
福島原発では、炉心溶融と水蒸気爆発。
吹き飛んだ二基の建屋はまるで
広島の原爆ドームを髣髴とさせます。
全世界が、21世紀物質科学の粋を尽くしたエネルギーの塊、
その「フクシマ原発事故」に呆然とさせられました。
またエネルギー依存の体質をあらためて見返すようになったのです。
火と水の洗礼どころかコンジンの大神は、
大気汚染、大地汚染を「霊の本」にまき散らしました。
しかしどれもこれも人間の愚かしさの自業自得。
48億年もこの地球と一緒に住んでいるガイア意識が
人間意識と別々であるはずがない。
大地の恵みに感謝をわすれ、
一人勝ちの経済戦争にひた走り。
人間が自己制御できないほどの巨大なエネルギーを扱い、
おごり高ぶると、かのアトランティスと同じようにガイア意識は
自己治癒のために発熱現象とその巨大な身震いをする。
67年前に全世界は広島の原爆で、
大量殺戮に向けた核兵器殺人のおろかさを教えられた。
一方で平和利用とは言うものの、
感謝を忘れた使い放題エネルギーの供給のためとはいえ、
人間が制御できないほどのエネルギーを
原子力に安全神話をかざしてひたすら求めた罪は重い。
全世界が未だに使用済み核燃料の
完全リサイクル再生技術までは手に入れていないのです。
広島も世界の雛形、
福島も世界の雛形でした。
日本は世界の雛形です。
1990年代にサミュエル・ハンチントンが
「文明の衝突」という論文を発表しました。
世界の宗教や思想がちがう国が、互いに潰しあうことの
危険を指摘したものです。
また2000年ころからはアーヴィン・ラズロウ博士らが
世界賢人会議を創設し、
モノだけに頼らない人類の価値観を基準にした、
文明の創生を提唱された。
人類は滅亡の岐路に立つ。
それは地球とともに生きることの唾棄。
地球は収奪の対象という意識が根底にある。
ハンチントン氏もラズロウ氏も破滅の岐路に立つという。
打開点は叡智と和合。
そのどちら主張にも、世界とは違った
特異な文明と意識構造を持つ日本に
なんと大きな期待感を寄せていた。
このことは、およそ90年前の大正11年11月に
この日本に来日されたアインシュタイン博士も同様です。
博士は、むしろ日本にしか世界の新秩序は
構築できないとも予言されている。
「秩序の法」は日本から発進される。
昨年のウオールストリートの大規模デモは
「冨の一極集中」にアメリカ人自体が立ち上がった
歪んだ物質文明への楔でありました。
世界中の富のおよそ80%が一握りの
巨大資本に握られている。
アメリカには戦前からトリクルダウン理論というのがあるのです。
それは一握りの大金持ちが、漏れこぼすお金が
下の階層にばら撒かれ、そのオコボレがさらに
最下層階クラスにまで段階的に広がってゆき、
富裕層が儲かれば、貧困層にもお金が落ちるという理論。
このためアメリカでは最高経営責任者COEの給料は
一般従業員の300倍というとんでもない事態も常態化してしまっている。
幸福とはもとよりお金だけではありません。
「喜び」・「充実」・「感動」・「感謝」の四つが合わさった
心の内容が「四合せ(しあわせ)」です。
そのどれも、こころの中身。
ラズロウ博士も、この文明の「カオス(混沌)ポイント」には
もう政府に任せるのではなく
「一人一人の心の変容」が決め手と訴えている。
論者 鈴木も来日されたラズロウ博士に過去二度お会いし、
抱き合った体験をもちます。
日本人はもとより、精神性の高い民族、
天津霊継ぐ民族なのです。
論者に降ろされた啓示によると
「文明の衝突」や「カオスポイント」を迎えたこの今が
2012年なのです。
文明の衝突が拡大していき、
また奪われるだけの地球はすべての資源が
消えてゆくのみ。
その待ったなしの下り坂に入ったのが21世紀。
極大点が今年、2012年。
しかし2012年は下世話に言うハルマゲドンという滅亡ではなくて、
2012年は意識が現象を作ることを明らかにする神性年なのです。
宇宙はつねに進化しているように、
地球人類も進化する必要があるのです。
人間が互いに信頼する限り、新文明を導く「天命」はかならずある。
極大混迷の時こそ、人類は最大の叡智を発揮する。

[第三次日韓協約直後、1907年10月19日大韓帝国を訪問した
大正天皇(当時皇太子)一行。
前列右より 韓国皇太子李垠・大正天皇・韓国皇帝純宗・有栖川宮威仁親王、
後列最左 伊藤博文]
大正天皇が即位して、この2012年7月で喪が明ける。
喪の明けとは暗さが取れるということです。
大正天皇即位の7月30日から、暗黒の時代になり、
丁度100年の節目を経て時代が変わる。
それが日本の神仕組み。
大正天皇は1912年7月30日、明治天皇崩御を受け践祚。
年号を「大正」と改元した。
だが天皇家累代の大事な儀式がそれよりなされていない。
以来、知る人ぞ知る「暗黒の時代」に入ったのです。
その喪の明けが、ことし2012年なのである。
日本国民はこれからの皇室の御用に
さらに敬意と注意を向けるべきなのです。
男子霊系の本意を無視した女性宮家の論議も虚論です。
また天皇家の御用は皇室外交にあらず、
真は「宇宙シャーマン」であり
「八大大陸(地球)の安寧保持」その意乗り上げなのです。
私たちはこれから本物世界の再建に
向けて大きく発進しなければなりません。
2012年とはそうした日本人の覚醒の年なのです。
日本人の使命を宣言する年なのです。
恐怖や、不安はその現実を集合意識で作ってしまう。
「秩序の法」、それは新しい世界秩序に日本から、
正確に言うと日本人意識から世界に向けて浸透していくのです。
「秩序の法」その基本は一人一人の
まづ「自立」と「自律」です。
「自立」とは人に頼って、お任せのままに
生きる姿勢ではありません。
「自律」とは、こころが歪んで
朝な夕なにこころが変節することではありません。
常に真我に生き、どんなことがあっても不動の心で
そのこころがブレないことなのです。
これから「キミが世」を多く見聞きすることになるでしょう。
それはこの時期の神仕組み。
この国歌とも成ったその和歌の意味を
、真我にて自問自答してみてください・・・・・。
◆◆◆◆◆◆◆<講演会 告知>◆◆◆◆◆◆◆
『皆で災いを祓う大祓詞を奉唱しよう』
奉唱指導・司会:奈良泰秀(神官)
◆『地球アセンションと日本人の使命』
講演:鈴木俊輔
・日時:平成24年5月19日(土)6:00p.m~8:30p.m
(5:30p.m 開場受付)
・会場:高円寺氷川神社 高円寺駅南口より徒歩2分
〒166-0003東京都杉並区高円寺南4-44-19
・入場料: ¥1,500円(事前予約価格 受付支払い)
注)予約のない当日飛び込みは¥2,000円となります
・申し込み :info@nippon-bunmei.jp
Fax:送信先045-491-7461
感じ入ってしまいます。
2011年3月11日 午後2時46分、
東日本を襲ったマグニチュード9の大地震。
年月日の数を足してみてください。一桁に丸めると「9」。
時間を同様に足して丸めると「3」、M9ですから、まるで「ミロク」。
拙著『御霊の法則』の数霊の章にも書かせていただきましたが、
数霊の神数「9」に思いをはせたりいたします。
丸めた数霊に、その出現の場面は必ず意味がある。
巨大地震に続く大津波は太平洋沿岸部を襲い
実に二万名もの命を奪い、
海岸近くの家屋田畑を侵食してしまいました。
「艮の金神」の住まう東北、
そこが基点となっての東日本大震災は
まさに世界文明の切り替え点。
福島原発では、炉心溶融と水蒸気爆発。
吹き飛んだ二基の建屋はまるで
広島の原爆ドームを髣髴とさせます。
全世界が、21世紀物質科学の粋を尽くしたエネルギーの塊、
その「フクシマ原発事故」に呆然とさせられました。
またエネルギー依存の体質をあらためて見返すようになったのです。
火と水の洗礼どころかコンジンの大神は、
大気汚染、大地汚染を「霊の本」にまき散らしました。
しかしどれもこれも人間の愚かしさの自業自得。
48億年もこの地球と一緒に住んでいるガイア意識が
人間意識と別々であるはずがない。
大地の恵みに感謝をわすれ、
一人勝ちの経済戦争にひた走り。
人間が自己制御できないほどの巨大なエネルギーを扱い、
おごり高ぶると、かのアトランティスと同じようにガイア意識は
自己治癒のために発熱現象とその巨大な身震いをする。
67年前に全世界は広島の原爆で、
大量殺戮に向けた核兵器殺人のおろかさを教えられた。
一方で平和利用とは言うものの、
感謝を忘れた使い放題エネルギーの供給のためとはいえ、
人間が制御できないほどのエネルギーを
原子力に安全神話をかざしてひたすら求めた罪は重い。
全世界が未だに使用済み核燃料の
完全リサイクル再生技術までは手に入れていないのです。
広島も世界の雛形、
福島も世界の雛形でした。
日本は世界の雛形です。
1990年代にサミュエル・ハンチントンが
「文明の衝突」という論文を発表しました。
世界の宗教や思想がちがう国が、互いに潰しあうことの
危険を指摘したものです。
また2000年ころからはアーヴィン・ラズロウ博士らが
世界賢人会議を創設し、
モノだけに頼らない人類の価値観を基準にした、
文明の創生を提唱された。
人類は滅亡の岐路に立つ。
それは地球とともに生きることの唾棄。
地球は収奪の対象という意識が根底にある。
ハンチントン氏もラズロウ氏も破滅の岐路に立つという。
打開点は叡智と和合。
そのどちら主張にも、世界とは違った
特異な文明と意識構造を持つ日本に
なんと大きな期待感を寄せていた。
このことは、およそ90年前の大正11年11月に
この日本に来日されたアインシュタイン博士も同様です。
博士は、むしろ日本にしか世界の新秩序は
構築できないとも予言されている。
「秩序の法」は日本から発進される。
昨年のウオールストリートの大規模デモは
「冨の一極集中」にアメリカ人自体が立ち上がった
歪んだ物質文明への楔でありました。
世界中の富のおよそ80%が一握りの
巨大資本に握られている。
アメリカには戦前からトリクルダウン理論というのがあるのです。
それは一握りの大金持ちが、漏れこぼすお金が
下の階層にばら撒かれ、そのオコボレがさらに
最下層階クラスにまで段階的に広がってゆき、
富裕層が儲かれば、貧困層にもお金が落ちるという理論。
このためアメリカでは最高経営責任者COEの給料は
一般従業員の300倍というとんでもない事態も常態化してしまっている。
幸福とはもとよりお金だけではありません。
「喜び」・「充実」・「感動」・「感謝」の四つが合わさった
心の内容が「四合せ(しあわせ)」です。
そのどれも、こころの中身。
ラズロウ博士も、この文明の「カオス(混沌)ポイント」には
もう政府に任せるのではなく
「一人一人の心の変容」が決め手と訴えている。
論者 鈴木も来日されたラズロウ博士に過去二度お会いし、
抱き合った体験をもちます。
日本人はもとより、精神性の高い民族、
天津霊継ぐ民族なのです。
論者に降ろされた啓示によると
「文明の衝突」や「カオスポイント」を迎えたこの今が
2012年なのです。
文明の衝突が拡大していき、
また奪われるだけの地球はすべての資源が
消えてゆくのみ。
その待ったなしの下り坂に入ったのが21世紀。
極大点が今年、2012年。
しかし2012年は下世話に言うハルマゲドンという滅亡ではなくて、
2012年は意識が現象を作ることを明らかにする神性年なのです。
宇宙はつねに進化しているように、
地球人類も進化する必要があるのです。
人間が互いに信頼する限り、新文明を導く「天命」はかならずある。
極大混迷の時こそ、人類は最大の叡智を発揮する。

[第三次日韓協約直後、1907年10月19日大韓帝国を訪問した
大正天皇(当時皇太子)一行。
前列右より 韓国皇太子李垠・大正天皇・韓国皇帝純宗・有栖川宮威仁親王、
後列最左 伊藤博文]
大正天皇が即位して、この2012年7月で喪が明ける。
喪の明けとは暗さが取れるということです。
大正天皇即位の7月30日から、暗黒の時代になり、
丁度100年の節目を経て時代が変わる。
それが日本の神仕組み。
大正天皇は1912年7月30日、明治天皇崩御を受け践祚。
年号を「大正」と改元した。
だが天皇家累代の大事な儀式がそれよりなされていない。
以来、知る人ぞ知る「暗黒の時代」に入ったのです。
その喪の明けが、ことし2012年なのである。
日本国民はこれからの皇室の御用に
さらに敬意と注意を向けるべきなのです。
男子霊系の本意を無視した女性宮家の論議も虚論です。
また天皇家の御用は皇室外交にあらず、
真は「宇宙シャーマン」であり
「八大大陸(地球)の安寧保持」その意乗り上げなのです。
私たちはこれから本物世界の再建に
向けて大きく発進しなければなりません。
2012年とはそうした日本人の覚醒の年なのです。
日本人の使命を宣言する年なのです。
恐怖や、不安はその現実を集合意識で作ってしまう。
「秩序の法」、それは新しい世界秩序に日本から、
正確に言うと日本人意識から世界に向けて浸透していくのです。
「秩序の法」その基本は一人一人の
まづ「自立」と「自律」です。
「自立」とは人に頼って、お任せのままに
生きる姿勢ではありません。
「自律」とは、こころが歪んで
朝な夕なにこころが変節することではありません。
常に真我に生き、どんなことがあっても不動の心で
そのこころがブレないことなのです。
これから「キミが世」を多く見聞きすることになるでしょう。
それはこの時期の神仕組み。
この国歌とも成ったその和歌の意味を
、真我にて自問自答してみてください・・・・・。
◆◆◆◆◆◆◆<講演会 告知>◆◆◆◆◆◆◆
『皆で災いを祓う大祓詞を奉唱しよう』
奉唱指導・司会:奈良泰秀(神官)
◆『地球アセンションと日本人の使命』
講演:鈴木俊輔
・日時:平成24年5月19日(土)6:00p.m~8:30p.m
(5:30p.m 開場受付)
・会場:高円寺氷川神社 高円寺駅南口より徒歩2分
〒166-0003東京都杉並区高円寺南4-44-19
・入場料: ¥1,500円(事前予約価格 受付支払い)
注)予約のない当日飛び込みは¥2,000円となります
・申し込み :info@nippon-bunmei.jp
Fax:送信先045-491-7461
2012年05月13日
ワクワクして時をめくる
毎朝、神棚に向かって
「自分マントラを唱える」ことは結構大事なことです。
それも毎日毎日続けることです。
自分マントラとは、自分の座右、
人生の生きざまを圧縮した「文言」でも結構。
人間、黙って息をしているだけでも
不純なマイナスの思いがわいてきて、
穢れてくるもの。
自分の生きざまを「・・・・・ああ、こうしよう」、
「これからはこう生きよう」と決心しても、
日々の環境の中で薄れてきて、
なかには新たなマイナスの種が
知らずのうちに奥深く心に埋め込まれることもあります。
ですから毎日毎朝の「断言」が必要で、
言霊にしてわが身に光り輝くオーラを
つくってしまうのです。
そのオーラが防波堤になって
マイナスの種を寄せ付けないのです。
たとえば電話が鳴ると、
心中「やだなあ・・・」
「忙しいのにうるさいなあ・・・」
と習慣化している方もいる。
手紙がポストに入っていると
「あーあ、請求書かなあ・・・」と
ありもしないマイナスの想念で
勝手に未封の知らせを決定してしまう
マイナスの習慣をお持ちの方もいる。
こころの想念は、声帯を震わしてはいませんが
明らかに「言霊」なのです。
言霊で、私や、どこへや、~したい希望を設定します。
言霊が「心の元素」なのです。
言霊で心の中を規定し行動の下絵をつくると
それが身の回りの現象を湧き出します。
したがって投かんされてきた郵便物を
勝手に「請求書かなあ・・・」では
それに近いご本人にとっては
余りありがたくない通知となってしまいます。
神棚で毎日のマントラを唱えることで
そのプラスの言霊を常に断言していると、
無言の想念もそれに習慣づけられていて、
投かんされてきた郵便物に
「ああ、なにか笑顔が詰まってるようだな」を
思えるようになるものです。
私のマントラは
『大宇宙大心霊さま
わがたましい、わが命を頂戴し
ありがとうございます。
今日も存分に楽しさを味わい、
充実し生かさせていただきます』
今を肯定し、今を楽しく生きる。
こうしたすばらしい一日を与えてくれた
神様に感謝します。
というように今日一日を先に
神様に向かって感謝してしまいます。
個人にはそれぞれのマントラがあると思います。
単に「ありがとうございます」
「よく休んだ、今日も元気で、精一杯たのしむぞ!」
なども素晴らしいマントラです。
もちろん、「天津祝詞」や
「六根清浄祝詞」をされてもいいでしょう。
あるいは「般若心経」や
「観音経」を唱えてもいいでしょう。
ですが、自分の心から湧いてきた
マントラ(真言)を探してみてください。

[これは昨年の7月に現れた虹太陽です。
私の知る限り昨年は3回は見させていただいております]
要は、毎日その瞬間の
「ワクワクして時(とき)をめくる」
ということを心魂に然り、と根付かせることです。
人生を楽しむことが、人間が生まれてきた生の目的で、
神様は私たちを「すばらしい世界」
そこに誘ってくれているのです。
本来ある「すばらしい世界」
そこに不幸を詰め込んでいるのは、
実は偽我という自分なのです。
大釈迦も、世の修羅場を嘆いて
出家をしたのですが、解脱したのちに
この世の不幸はヒトが勝手に作り上げていた
と気付きます。
「欲望や執着が自己環境を地獄界をつくっている」
と気づいたのです。
神様が作られた
この世はもともと素晴らしい世界であったのです。
論者は朝のマントラに
「ワクワクして時をめくる」
この言霊も時として多用しております。
「中今」(なかいま)という瞬間のいのち、
その連続が「時(とき)」であって、
中今という生命の燃焼をワクワクして時をめくるのです。
時間とは「中今」の連続体であって、
振り返ってみると「きょうは、充実していたなあ・・・・!」
という思いでその夜、安らかにお休みになれるのです。
「うつ病」とは、
常に自分に自信がない、
考えられない浮かばない、新聞も字ずらだけ目で追うだけ、
逃げ出したい・・・
こうした心情が昂じている状態です。
軽度のうつ状態では、単に自信がないレベルから
この世からおさらばしたいと思う重度のレベルまで
「うつ」は様々です。
ですが、毎日毎朝からルンルン気分で
「ワクワクして時をめくる」この言霊を
心魂に落とし込んで、
呼吸法(天地人のサイクル:本ブログでも検索してください)
をも加えると、まず好転するはずです。
日常、「ワクワクして時をめくる」この心情を
わが身心魂に落とし込んで、
心からそれに浸るようにしてみてください。
「ワクワクして時をめくる」という光に
わが身をそのオーラで包み込んでみてください。
元からある「すばらしい世界」が飛び込んでまいります。
「自分マントラを唱える」ことは結構大事なことです。
それも毎日毎日続けることです。
自分マントラとは、自分の座右、
人生の生きざまを圧縮した「文言」でも結構。
人間、黙って息をしているだけでも
不純なマイナスの思いがわいてきて、
穢れてくるもの。
自分の生きざまを「・・・・・ああ、こうしよう」、
「これからはこう生きよう」と決心しても、
日々の環境の中で薄れてきて、
なかには新たなマイナスの種が
知らずのうちに奥深く心に埋め込まれることもあります。
ですから毎日毎朝の「断言」が必要で、
言霊にしてわが身に光り輝くオーラを
つくってしまうのです。
そのオーラが防波堤になって
マイナスの種を寄せ付けないのです。
たとえば電話が鳴ると、
心中「やだなあ・・・」
「忙しいのにうるさいなあ・・・」
と習慣化している方もいる。
手紙がポストに入っていると
「あーあ、請求書かなあ・・・」と
ありもしないマイナスの想念で
勝手に未封の知らせを決定してしまう
マイナスの習慣をお持ちの方もいる。
こころの想念は、声帯を震わしてはいませんが
明らかに「言霊」なのです。
言霊で、私や、どこへや、~したい希望を設定します。
言霊が「心の元素」なのです。
言霊で心の中を規定し行動の下絵をつくると
それが身の回りの現象を湧き出します。
したがって投かんされてきた郵便物を
勝手に「請求書かなあ・・・」では
それに近いご本人にとっては
余りありがたくない通知となってしまいます。
神棚で毎日のマントラを唱えることで
そのプラスの言霊を常に断言していると、
無言の想念もそれに習慣づけられていて、
投かんされてきた郵便物に
「ああ、なにか笑顔が詰まってるようだな」を
思えるようになるものです。
私のマントラは
『大宇宙大心霊さま
わがたましい、わが命を頂戴し
ありがとうございます。
今日も存分に楽しさを味わい、
充実し生かさせていただきます』
今を肯定し、今を楽しく生きる。
こうしたすばらしい一日を与えてくれた
神様に感謝します。
というように今日一日を先に
神様に向かって感謝してしまいます。
個人にはそれぞれのマントラがあると思います。
単に「ありがとうございます」
「よく休んだ、今日も元気で、精一杯たのしむぞ!」
なども素晴らしいマントラです。
もちろん、「天津祝詞」や
「六根清浄祝詞」をされてもいいでしょう。
あるいは「般若心経」や
「観音経」を唱えてもいいでしょう。
ですが、自分の心から湧いてきた
マントラ(真言)を探してみてください。

[これは昨年の7月に現れた虹太陽です。
私の知る限り昨年は3回は見させていただいております]
要は、毎日その瞬間の
「ワクワクして時(とき)をめくる」
ということを心魂に然り、と根付かせることです。
人生を楽しむことが、人間が生まれてきた生の目的で、
神様は私たちを「すばらしい世界」
そこに誘ってくれているのです。
本来ある「すばらしい世界」
そこに不幸を詰め込んでいるのは、
実は偽我という自分なのです。
大釈迦も、世の修羅場を嘆いて
出家をしたのですが、解脱したのちに
この世の不幸はヒトが勝手に作り上げていた
と気付きます。
「欲望や執着が自己環境を地獄界をつくっている」
と気づいたのです。
神様が作られた
この世はもともと素晴らしい世界であったのです。
論者は朝のマントラに
「ワクワクして時をめくる」
この言霊も時として多用しております。
「中今」(なかいま)という瞬間のいのち、
その連続が「時(とき)」であって、
中今という生命の燃焼をワクワクして時をめくるのです。
時間とは「中今」の連続体であって、
振り返ってみると「きょうは、充実していたなあ・・・・!」
という思いでその夜、安らかにお休みになれるのです。
「うつ病」とは、
常に自分に自信がない、
考えられない浮かばない、新聞も字ずらだけ目で追うだけ、
逃げ出したい・・・
こうした心情が昂じている状態です。
軽度のうつ状態では、単に自信がないレベルから
この世からおさらばしたいと思う重度のレベルまで
「うつ」は様々です。
ですが、毎日毎朝からルンルン気分で
「ワクワクして時をめくる」この言霊を
心魂に落とし込んで、
呼吸法(天地人のサイクル:本ブログでも検索してください)
をも加えると、まず好転するはずです。
日常、「ワクワクして時をめくる」この心情を
わが身心魂に落とし込んで、
心からそれに浸るようにしてみてください。
「ワクワクして時をめくる」という光に
わが身をそのオーラで包み込んでみてください。
元からある「すばらしい世界」が飛び込んでまいります。
2012年05月10日
もどかしい?
[景福宮と思いますが、昨年訪れた韓国の王様の謁見場。
王子は東宮(王様の東の方角)に住まわれるなど、日本と同じですね]
GWは込み合う外出は避けて、
零細ですが経営している会社の決算などをしております。
このところ韓流時代ものに凝って、
決算の合間には知人からお借りしてきたDVDを見ています。
その韓流時代ものの中で、
日本語訳のテロップに「どかしい・・・」という表現が
たびたび出てまいります。
それも他作品でも数回見かけますので、
訳者が同じ人かな?なんて思ったりします。
今の日本では,「もどかしい」という表現は
あまり使われなくなりましたが、
「早くやりたくても、中々そうならない心の状態」意味します。
つまりイラツクということです。
韓流時代ものでは、越境してきた敵対国に対して
わが王様が優柔不断でなかなか命令を下さない。
そのとき,家臣が顔をそらせて
「なんとももどかしい・・・」とつぶやくのです。
日本では、昔の映画のシーンでしたか?
仲のいい二人姉妹の語らいの場面で、
やさしいお姉さんが、お付き合いしている素敵な男性に、
いつまでも心中を告白しないことに、
妹は姉に向かって“もどかしいわ”などと訴える。
「もどかしい」という表現は、今の日本ではあまり使われなくなりましたね。
キレる子どもたちは、ファーストフードやカップラーメンなどの
食べ物のせいと、もう一つは親の躾という見方があります。
普通の子供なら我慢はできるが、
その子にはどうしても我慢ができないということなのでしょう。
つまり「もどかしい」心情が昂じているのかもしれませんね。
いづれにしても、時代は
「ゆっくり・ゆらゆら・ゆるんで・ゆるす」
という心のストレスを開放する時代。
政治のスピード感に
「もどかしさ」を感じないでもありませんが、
せめて我が身の周りだけでも
「もどかしさ」とはおさらばしたいものです。
2012年05月07日
館林のつつじ

[やまつつじの緋色は何とも言えませんね。日本の色ですね。]
数年前に群馬県館林のつつじを見物に行きました。
ここの「つつじ」は数百年もの古木なのです。
とはいっても桜のように大木とならずに、
横に細い枝を張ってこんもりとした
編んだような樹枝の空間を創り上げる。
1万株のツツジが咲き誇り、
中でも高さ5mにも及ぶ巨樹や
樹齢800年を超えるヤマツツジの古木は
世界に類がありません。
館林のつつじは、実にみごとなものですね。
数年前に、奇妙な夢を見ました。
夢のそれは私が、新聞を読んでいるのです。
その新聞には館林のつつじ祭りの最中に、
現地の幼稚園児の通うスクールバスと
トラックが正面衝突。
痛ましい大惨事で子供の20名近くの死傷者が多く出た。
そんな新聞を読んだのちのこと。
関東に大地震が襲う。
立っていられない大揺れでした。
まざと見せられたその夢に、
「館林のつつじの祭りの時節、園児の交通事故と関東の地震」。
こうした因果関係が予見もされて、
数年間ずっと記憶にとどめてまいりました。
昨今、立て続けに小学生の列に
自動車が突っ込む事件が相次いでます。
4月23日の10名の死傷者を起こした
京都亀岡大事故。
主婦と児童の計2人が死亡、2人が重体、6人が重軽傷。
ドライバーは裏情報ですと平然と数名と
へらへら言いながら車から降りてきたそうです。
なにか憑依とは言い切れませんが、
異常性気配を感じます。
亀岡の直後、GW直前には
登校バス待ちの児童の列に
車が突っ込む同じような事件が
千葉館山と愛知県の二件も同時につづく。
京都、千葉、愛知との関連性は
いづれもドライバーがもうろうとしていること。
館林のつつじは5月がさかりです。
「館林」―「児童」―「意識もうろうのドライバ」
こうした大事故がまづないように・・・・・・・。
4月29日 群馬県で大事故という臨時ニュースに
一瞬身体が凍りつきました。
関越自動車道での大型バス事故で、
深夜バスの居眠り運転とかで乗客7名が死亡の惨事。
幼児のまきぞえでなく、よかったとは言えませんが、
なにか胸をなでおろしました。
事故がの無いよう、子供たちがすくすく生きるように
と、こうした意乗りあげもしております。
しかし何より「私たちが毎日感謝に生きる」ということが、
神の世界ではもっとも世の中を安寧にするのです。
2012年05月04日
川越のうなぎ
GW前に川越にいってまいりました。
お告げではないのですが、
家康の最高ブレーン天海が関係した
喜多院にいきたくなりおまいりに。
喜多院の本殿の頭上には潮音殿という額が在ります。
聞くと、昔にこのお堂で正座して瞑想していると
ザザザーという海の潮の音が聞こえたのだそうです。
喜多院は春日の局の住まわれた
江戸城の屋敷をそっくり移転したものとききます。
1638年の川越大火のときに、
ときをへずして家光が再建に着手。
江戸城の紅葉山御殿を
そっくりそこに移転したのだそうです。
江戸時代には川舟もあったようで
川越から浅草まで船の特急便があったそうですよ。
お昼になって、せっかく川越まで来たのだから、
このところ高くなってきたとはいえ「うなぎ」もよいと思い、
この喜多院の近くにある「うなぎ屋」の暖簾をくぐりました。

[川越のウナギ屋 いちのやのうな重]
大通りに面したの玄関から入ったのですが、
奥はかなり広い。
あとで分ったのですが、むしろこちらが裏口で、
正面入り口は裏路地の駐車場側でした。
このうなぎ屋さんは「いちのや」といって、
天保3年(1832年)創業の老舗。
小江戸情緒を感じながら、
極上?”うなぎ料理”をいただいた。
代々受け継がれる秘伝のタレで焼いた”蒲焼”は
川越でも有名で、西麻布にも支店があります。
昔から川越で鰻といえば
「いちのや」と言われていたような・・・
食べながらふと思ったのですが、
「いちのや」は以前に二回も来たことに気づきました。
思い出したというのは、
サトルエネルギー学会の用事でしたが
数年前に川越並木町の帯津三敬病院にいって、
その帰りに帯津良一先生が私を
この「いちのや」に連れて行ってくれたのです。
夜タクシーで向かったので周囲は分らなかったのですが、
かなり広い、うなぎづくしのお店という記憶でした。
昨年の5月にも暗くなった道を病院から
食事どころに伺っていたのも、
この店「いちのや」だと気づきました。
ですがが、店名までは過去二回とも覚えていなかったのです。
おトイレに行きますと
その通路に、帯津先生の顔写真と
新聞記事が張られておりました。
店内を詳しくは見ていませんが、
いろいろなタイプのお座敷や、
今回座ったテーブル席などいろいろな形の
席があり、かなりの広さでした。
うなぎもどこもかしこも一時期に比べて、
うな丼レベルで最低1000円は値上がったかしら。
今回はランチ値段ですがそれでも、
財布が気になるようなお値段でした。
お味はもちろんばっちりでしたよ。
追加タレも頼んだらサービスで持ってきてくれました。
お告げではないのですが、
家康の最高ブレーン天海が関係した
喜多院にいきたくなりおまいりに。
喜多院の本殿の頭上には潮音殿という額が在ります。
聞くと、昔にこのお堂で正座して瞑想していると
ザザザーという海の潮の音が聞こえたのだそうです。
喜多院は春日の局の住まわれた
江戸城の屋敷をそっくり移転したものとききます。
1638年の川越大火のときに、
ときをへずして家光が再建に着手。
江戸城の紅葉山御殿を
そっくりそこに移転したのだそうです。
江戸時代には川舟もあったようで
川越から浅草まで船の特急便があったそうですよ。
お昼になって、せっかく川越まで来たのだから、
このところ高くなってきたとはいえ「うなぎ」もよいと思い、
この喜多院の近くにある「うなぎ屋」の暖簾をくぐりました。

[川越のウナギ屋 いちのやのうな重]
大通りに面したの玄関から入ったのですが、
奥はかなり広い。
あとで分ったのですが、むしろこちらが裏口で、
正面入り口は裏路地の駐車場側でした。
このうなぎ屋さんは「いちのや」といって、
天保3年(1832年)創業の老舗。
小江戸情緒を感じながら、
極上?”うなぎ料理”をいただいた。
代々受け継がれる秘伝のタレで焼いた”蒲焼”は
川越でも有名で、西麻布にも支店があります。
昔から川越で鰻といえば
「いちのや」と言われていたような・・・
食べながらふと思ったのですが、
「いちのや」は以前に二回も来たことに気づきました。
思い出したというのは、
サトルエネルギー学会の用事でしたが
数年前に川越並木町の帯津三敬病院にいって、
その帰りに帯津良一先生が私を
この「いちのや」に連れて行ってくれたのです。
夜タクシーで向かったので周囲は分らなかったのですが、
かなり広い、うなぎづくしのお店という記憶でした。
昨年の5月にも暗くなった道を病院から
食事どころに伺っていたのも、
この店「いちのや」だと気づきました。
ですがが、店名までは過去二回とも覚えていなかったのです。
おトイレに行きますと
その通路に、帯津先生の顔写真と
新聞記事が張られておりました。
店内を詳しくは見ていませんが、
いろいろなタイプのお座敷や、
今回座ったテーブル席などいろいろな形の
席があり、かなりの広さでした。
うなぎもどこもかしこも一時期に比べて、
うな丼レベルで最低1000円は値上がったかしら。
今回はランチ値段ですがそれでも、
財布が気になるようなお値段でした。
お味はもちろんばっちりでしたよ。
追加タレも頼んだらサービスで持ってきてくれました。
2012年05月01日
地球アセンションと日本人の使命
「地球アセンションと日本人の使命」こうしたテーマで
5月のGW明けに都内の神社で講演をいたします。
311は「ワレよし、ワレ先、ワレのみ」の
物質至上の精神に歪んだ日本人への神の警鐘でありました。
本来の素晴らしい魂の輝きを取り戻すには、
調身と調心が必要です。
調身とは身の置き所であり、
寺社拝礼や正しい食事、そして早寝早起きなどです。
調心とは心の置き所であり、
「われ神なり」の自覚と美しい言霊、
美しい希望想念です。
また震災で亡くなられた方々の鎮魂や、
地震や津波の恐怖や不安の
負の想念に対しても浄化が必要です。
負の想念が現象を生み出すからです。
この負の想念や、罪穢れを払い
浄化する日本神道の祝詞のうち
最強といわれるものが「大祓の祝詞」と言われます。
「大祓の祝詞」は6月の晦日 夏越の祓や、
大晦日の一年の祓にか欠かせない祝詞です。
わたしも神棚で時折奏上しておりますが、
世界全体の浄化という意味合いもあるのです。
人間 日頃なんとなく過ごしているだけでも
意識はけがれてくるもの。
それを言霊で払うのが祝詞。
[秩父の三峰神社本殿前の鈴木 神社では大難を中難に、中難を
小難に・・・・そして地球大調和を意乗りあげております。]
ご神官の奈良泰秀宮司が「大祓の祝詞奏上」を伝授してくれます。
一般公開で祝詞文言とその奏上法をご一緒に勉強してみましょう。
この祝詞奏上会にて、宮司からのご依頼で
鈴木が同時に講演することになりました。
それが冒頭の「地球アセンションと日本人の使命」
というテーマで約90分を予定しております。
宮司のみんなで災いを払う大祓の奏上は、
鈴木講演前の30分を予定しております。
地球大和楽を導くのは
天津霊継ぐヤマト民族なのです。
幸せの種は外に求めるのではなく、
自らの心が創り出すことなのです。
いまこそ“霊性の時代”。魂の覚醒のとき。
会場は高円寺の氷川神社です。
詳細は→ http://www.nippon-bunmei.jp/category/gyouji
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆ 『皆で災いを祓う大祓詞を奉唱しよう』
奉唱指導・司会:奈良泰秀(神官)
◆『地球アセンションと日本人の使命』
講演:鈴木俊輔
・日時:平成24年5月19日(土)6:00p.m~8:30p.m
(5:30p.m 開場受付)
・会場:高円寺氷川神社 高円寺駅南口より徒歩2分
〒166-0003東京都杉並区高円寺南4-44-19
・入場料: ¥1,500円(事前予約価格 受付支払い)
注)予約のない当日飛び込みは¥2,000円となります
・申し込み :info@nippon-bunmei.jp
Fax:送信先045-491-7461
2012年04月28日
文明開化の功罪
ハリスの随員が米国の母にあてた手紙に、
当時の日本人観がある。
日本の前に中国に滞在した彼らは、
中国人の偽物商品の横行の多さに辟易した。
同じ中国人が犯罪を犯したとはいえ、外国人に罰せされる
そのさまを指をさして、笑ってはやす。
ウジ虫をはだしで踏むほどの気持の悪さだとその随行員は評した。
そののちに彼らは日本にやってくるのですが、
その美しさに彼らの東洋観が一変する。
それは富士の美しさでもありましたが
日本人の精神の美しさでした。
下田から伊東、小田原、平塚、横浜、江戸へと昇る。
その街道には塵一つ落ちていない。
馬糞のほかの道路清掃は当時は輪番制で、
家々の糞尿も田畑に完全リサイクル。
それは世界唯一の自然還元システムでした。
街道は4里おきに宿場があり、
町は一町を単位にその大きさも決まられている。
家々には生け垣があり、
鯉が飼われても誰も盗む人がいない。
子供たちは手をとって招き入れてくれ、
その池からは雄大な富士が見える。
街々には立て札があって、一般市民が読みこなしている。
これにも唖然としたようです。
ロンドンの文盲率は80%、江戸時代のそれは50%と
世界でも最高度の教育水準でした。
その頃のアジアはタイ国を除いて、全て英・仏・スペインに
植民地と化していたのです。
だからハリスら一行は、白人国の属領となるべき
東の小さな島国でのこの文化の高さに瞠目したのです。
かつての日本は武士階級だけでなく、
町民、村民階級まで読み書きが出来た。
ロンドンやパリの市中は糞便があふれ、
それが欧州のペスト禍を起こしたことは知られていることですね。
ところが江戸の市中は常に清潔で、
風が吹けばだれかれとなく水が蒔かれた。

[論者鈴木の自宅近くにある芝大神宮 正面JR浜松町から5分ですよ ]

[こちらは同じアングルですが、江戸時代後期に撮影された芝大神宮]
武士はおろか町民農民に至るまで、
恥を一つの心の基準として、
それは自分の心にうそが言えないということを
大事な行動基準としていたのです。
つまり江戸時代は物質文化でなく
精神文化そのものでした。
江戸時代のキーワードを並べると次のようです。
・恥を知る人生
・学ぶことが生活基準ですが、
個人評価は知ではなく徳にある
・誠に命をかける
・清潔に生きる
・知らない方にも挨拶をする常識
・両親はおろか長幼に従う
・早寝早起きで太陽に柏手を打つ
こうしてみると、江戸時代は封建主義、
鎖国主義と後世は批判しますが、
それは批判されるにあたるでしょうか?
俗に明治に「文明開化」したといわれます。
外国とも交流をするようになりましたが、
その「文明開化」とは助け合うヤマトの
本質精神を忘れ、物質主義を
なだれ込ませたのではないでしょうか?
さらに戦後、GHQ政策によって
日本から魂がぬきとられてきたようです。
その後、植えられたのは自虐思想と
君が代そして国旗日の丸の無視でした。
また合理主義の専横と経済戦争につよい
「一人勝ちの戦士」の育成でした。
原爆を落としたトルーマンもチャーチルも、
そしてマッカーサーもルーズベルトも
初代米大統領のジョージ・ワシントンも
フリーメーソンの最高級幹部です。
日本国憲法も進駐軍GHQの手製で、
戦後65年間一語一句すら日本人は手を加えていない。
つまりフリーメーソンのお手製です。
そして現在 敬神の心が希薄となった結果が
今のいじめ問題。
見てみぬフリ社会、
家庭内殺人の日本へと変わっていった。
自由と平等、合理主義、経済発展
こうした名のもとに、日本の神々は姿を消された。
日本は150年という長い期間をかけて、
敬神を否定しモノ金を崇拝する民族に洗脳をされた。
その一大天譴、神からの戒めが311でした。
江戸時代の鎖国政策は、
この地球を支えるには余りにも精神が劣る諸外国から、
純正心ヤマトの心を染めさせない
隔離政策のようにも思います。
江戸時代の高度な精神文化に、
封建主義とか蔑称は当たらない。
明治の文明開化はどうも評価が違うようです。
内村鑑三著の「代表的日本人」からの一節を紹介しましょう。
内村鑑三著 「代表的日本人」より
日本が天の命を受けはじめて
青海原より姿を現したとき、
『日の本よ、なんじの門のうちにとどまれ、
召し出すまでは世界と交わるな』との天の指図がありました。
日本は二千余年にわたり、これを守ってまいりました。
それにより日本の海は、
その海岸を侵されることはありませんでした。
長く続いた日本の鎖国を非難することは
誠に残薄な考えであります。
日本に鎖国を命じたのは最高の智者であり、
日本はその命に従いました。
それは世界にとってもよいことでした。
世界から隔絶していることは、
必ずしもその国にとって不幸ではありません。
世界との交流が比較的開けていたインドは
易々としてヨーロッパの欲望の餌食にされました。
これを見ても私どもの国が四方を
海や大陸で囲まれて、
世界から隔絶され閉じ込められていたということは、
摂理の賜物であったとわかります。
世界との交流が生じたとき、世界に飲み込まれて、
私どもが真に自分のものといえるような
特徴を持たない無形の存在にされないために、
わが国民性が十分に形成される
必要があったのであります。
世界の方も私どもを仲間として迎え入れる前に、
まだ改善される必要がありました。
当時の日本人観がある。
日本の前に中国に滞在した彼らは、
中国人の偽物商品の横行の多さに辟易した。
同じ中国人が犯罪を犯したとはいえ、外国人に罰せされる
そのさまを指をさして、笑ってはやす。
ウジ虫をはだしで踏むほどの気持の悪さだとその随行員は評した。
そののちに彼らは日本にやってくるのですが、
その美しさに彼らの東洋観が一変する。
それは富士の美しさでもありましたが
日本人の精神の美しさでした。
下田から伊東、小田原、平塚、横浜、江戸へと昇る。
その街道には塵一つ落ちていない。
馬糞のほかの道路清掃は当時は輪番制で、
家々の糞尿も田畑に完全リサイクル。
それは世界唯一の自然還元システムでした。
街道は4里おきに宿場があり、
町は一町を単位にその大きさも決まられている。
家々には生け垣があり、
鯉が飼われても誰も盗む人がいない。
子供たちは手をとって招き入れてくれ、
その池からは雄大な富士が見える。
街々には立て札があって、一般市民が読みこなしている。
これにも唖然としたようです。
ロンドンの文盲率は80%、江戸時代のそれは50%と
世界でも最高度の教育水準でした。
その頃のアジアはタイ国を除いて、全て英・仏・スペインに
植民地と化していたのです。
だからハリスら一行は、白人国の属領となるべき
東の小さな島国でのこの文化の高さに瞠目したのです。
かつての日本は武士階級だけでなく、
町民、村民階級まで読み書きが出来た。
ロンドンやパリの市中は糞便があふれ、
それが欧州のペスト禍を起こしたことは知られていることですね。
ところが江戸の市中は常に清潔で、
風が吹けばだれかれとなく水が蒔かれた。

[論者鈴木の自宅近くにある芝大神宮 正面JR浜松町から5分ですよ ]

[こちらは同じアングルですが、江戸時代後期に撮影された芝大神宮]
武士はおろか町民農民に至るまで、
恥を一つの心の基準として、
それは自分の心にうそが言えないということを
大事な行動基準としていたのです。
つまり江戸時代は物質文化でなく
精神文化そのものでした。
江戸時代のキーワードを並べると次のようです。
・恥を知る人生
・学ぶことが生活基準ですが、
個人評価は知ではなく徳にある
・誠に命をかける
・清潔に生きる
・知らない方にも挨拶をする常識
・両親はおろか長幼に従う
・早寝早起きで太陽に柏手を打つ
こうしてみると、江戸時代は封建主義、
鎖国主義と後世は批判しますが、
それは批判されるにあたるでしょうか?
俗に明治に「文明開化」したといわれます。
外国とも交流をするようになりましたが、
その「文明開化」とは助け合うヤマトの
本質精神を忘れ、物質主義を
なだれ込ませたのではないでしょうか?
さらに戦後、GHQ政策によって
日本から魂がぬきとられてきたようです。
その後、植えられたのは自虐思想と
君が代そして国旗日の丸の無視でした。
また合理主義の専横と経済戦争につよい
「一人勝ちの戦士」の育成でした。
原爆を落としたトルーマンもチャーチルも、
そしてマッカーサーもルーズベルトも
初代米大統領のジョージ・ワシントンも
フリーメーソンの最高級幹部です。
日本国憲法も進駐軍GHQの手製で、
戦後65年間一語一句すら日本人は手を加えていない。
つまりフリーメーソンのお手製です。
そして現在 敬神の心が希薄となった結果が
今のいじめ問題。
見てみぬフリ社会、
家庭内殺人の日本へと変わっていった。
自由と平等、合理主義、経済発展
こうした名のもとに、日本の神々は姿を消された。
日本は150年という長い期間をかけて、
敬神を否定しモノ金を崇拝する民族に洗脳をされた。
その一大天譴、神からの戒めが311でした。
江戸時代の鎖国政策は、
この地球を支えるには余りにも精神が劣る諸外国から、
純正心ヤマトの心を染めさせない
隔離政策のようにも思います。
江戸時代の高度な精神文化に、
封建主義とか蔑称は当たらない。
明治の文明開化はどうも評価が違うようです。
内村鑑三著の「代表的日本人」からの一節を紹介しましょう。
内村鑑三著 「代表的日本人」より
日本が天の命を受けはじめて
青海原より姿を現したとき、
『日の本よ、なんじの門のうちにとどまれ、
召し出すまでは世界と交わるな』との天の指図がありました。
日本は二千余年にわたり、これを守ってまいりました。
それにより日本の海は、
その海岸を侵されることはありませんでした。
長く続いた日本の鎖国を非難することは
誠に残薄な考えであります。
日本に鎖国を命じたのは最高の智者であり、
日本はその命に従いました。
それは世界にとってもよいことでした。
世界から隔絶していることは、
必ずしもその国にとって不幸ではありません。
世界との交流が比較的開けていたインドは
易々としてヨーロッパの欲望の餌食にされました。
これを見ても私どもの国が四方を
海や大陸で囲まれて、
世界から隔絶され閉じ込められていたということは、
摂理の賜物であったとわかります。
世界との交流が生じたとき、世界に飲み込まれて、
私どもが真に自分のものといえるような
特徴を持たない無形の存在にされないために、
わが国民性が十分に形成される
必要があったのであります。
世界の方も私どもを仲間として迎え入れる前に、
まだ改善される必要がありました。
2012年04月25日
新橋烏森口
TVでもサラリーマンの出勤や帰宅の風景には
新橋駅は欠かせないようです。
その駅前広場に蒸気機関車がでんと置いてますが、
そこがSL広場と云ってTVのインタビューや、
終電まじかの酔っ払い風景をよく見かけます。
平将門の時代に白キツネが現れて、
この地に神烏の群がる所が霊地だと告げる。
そこでその桜田村の森まできたところ、
烏が森に群がっていたので、そこに社殿を造営した。
それが烏森稲荷の起こりという。
ですからこのSL広場は昔は
カラスが群れていた陽も差し込まない
暗い森だったのですね。

[神社境内から細い路地方向を望む]
論者の大学生時代に、
SL広場裏の細い路地に平屋のお安い居酒屋が
数10件もあってその路地のドンずまりに
烏森神社が鎮社していた。
神社というもののお稲荷さんですね。
居酒屋さんの風景は若干変わりましたが、
相変らす酔客のたたずまいは40年前と一緒。
新橋駅には烏森口方面と書いてますが、
もちろんこの神社名をとっている。
ここはカラフルな青赤緑黄の四色の配色の
巴紋があるご朱印が人気で、
赤は恋愛・良縁の願い、
黄は金運・幸福・商売繁盛の願い
青は厄年・厄除・仕事・学業の願い、
緑は健康・家庭・交通と旅行安全
とかで飲み屋街の裏のせいか
若い男女がそれとなく買い求めているようですね。

[カラフルな神紋ですね]
毎年5月の連休には
重厚な1000貫神輿がここから出るのですよ。
今年は確か5日の昼前に宮出しで、
PM5時くらいに宮入りと聞いてます。
烏森神社から西に300mも入るでしょうか、
はるかに広いい塩釜神社がある。
この約300~400mもの間も
飲食街が切れ目なくつづいておりますよ。
たまに新橋に来られたら、
ちょっと一杯の合間に寄ってみてははいかがでしょうか?
新橋駅は欠かせないようです。
その駅前広場に蒸気機関車がでんと置いてますが、
そこがSL広場と云ってTVのインタビューや、
終電まじかの酔っ払い風景をよく見かけます。
平将門の時代に白キツネが現れて、
この地に神烏の群がる所が霊地だと告げる。
そこでその桜田村の森まできたところ、
烏が森に群がっていたので、そこに社殿を造営した。
それが烏森稲荷の起こりという。
ですからこのSL広場は昔は
カラスが群れていた陽も差し込まない
暗い森だったのですね。

[神社境内から細い路地方向を望む]
論者の大学生時代に、
SL広場裏の細い路地に平屋のお安い居酒屋が
数10件もあってその路地のドンずまりに
烏森神社が鎮社していた。
神社というもののお稲荷さんですね。
居酒屋さんの風景は若干変わりましたが、
相変らす酔客のたたずまいは40年前と一緒。
新橋駅には烏森口方面と書いてますが、
もちろんこの神社名をとっている。
ここはカラフルな青赤緑黄の四色の配色の
巴紋があるご朱印が人気で、
赤は恋愛・良縁の願い、
黄は金運・幸福・商売繁盛の願い
青は厄年・厄除・仕事・学業の願い、
緑は健康・家庭・交通と旅行安全
とかで飲み屋街の裏のせいか
若い男女がそれとなく買い求めているようですね。

[カラフルな神紋ですね]
毎年5月の連休には
重厚な1000貫神輿がここから出るのですよ。
今年は確か5日の昼前に宮出しで、
PM5時くらいに宮入りと聞いてます。
烏森神社から西に300mも入るでしょうか、
はるかに広いい塩釜神社がある。
この約300~400mもの間も
飲食街が切れ目なくつづいておりますよ。
たまに新橋に来られたら、
ちょっと一杯の合間に寄ってみてははいかがでしょうか?
2012年04月22日
2012年 霊性の時代へ
「サトル春の大会」が4月15日に代々木の
修養団SYDホールで開催。
テーマは「2012年 これからどうなる日本!」
天界からのメッセージを受ける講師からのお話を中心に
お二人の天才ヒーラーもご登壇。
鈴木は大会運営の全体をお世話させていただきました。
ご入場者のお姿を見ると、みなさん光ってる方ばかりですね。
見知りおくご縁お方も相当数いらっしゃいましたが、
初めての方もオーラが違うことに気づいた。
2012年とは、日本人に与えられた使命を確認する年なのです。
鈴木の見解では「霊性の時代」このための魂の覚醒の時期。
311という荒療治で、これまでの物質主義をに天譴を神様がくだした。
「本物の時代に気づかぬか!」
「本物の己に気づかぬか!!」
「自分が、世の中を造っていることに気づかぬか!!」
と聞こえてまいります。
日本という国は、広島に投下された原爆の恐ろしさを全世界に発信。
そして福島で、原発事故の恐ろしさを全世界に発信。
こうした雛形日本としての発信するお役割があるのですね。
どちらも「島」という呼称がつくのも日本という
極東の「島」らしいですね。
領土の侵食、敵の殲滅、エネルギーの飽食、無防備は原子力過信
どちらも物質至上主義の権化みたいです。
ヤマトは霊(ヒ)の民族、それはモノがなくても心豊かに和して
よろこび合う縄文のDNAを持つ。
話は戻して、サトルの春の大会では
松尾みどりさんの誘導瞑想と、和真音(かずしおん)さんの
シンギングリンのコラボが絶品でした。
会場は250名満席でしたが、和さんのお弟子数名が
会場客席内でさらにリンを持っての同時演奏でしたから、
魂のふるさとに、誘導されること著しい。
論者鈴木はものの3分で完璧に夢の世界に入り込んでしまいました。
ム~の時代でしょうか高い山のふもとからの光景を見下ろしておりました。

[天界からの音だまを奏でる和さん(左)と、誘導瞑想の松雄さん(右)]

[会場の方々もうっとりとされておりました]
松尾みどりさんも話されておりましたが、私たちの魂の中には
時代を克服し、素晴らしい世の中を作り上げるための
神聖DNAが刻まれている。
2012とは下世話に言う世界崩壊でなく「うろたえるな!日本人!!」
と自信を持って本来の使命を思い出すべし。
和さんは音霊とカラー(色霊)が新しい人生を作り出す。
こうした人生に役立つお話がポイントでした。
また神道巫女舞 の指導者である藤原和晃さんの講演は、
この物質地球と太陽系からなる「アマ宇宙」のまえに
その銀河の中心点に存在する「カム宇宙」
それからいまの「アマ宇宙」が生み出されたこと。
私たちの魂の原点には「カム宇宙」の名残である本質使命が隠されていることなど。
講演の内容は、みなさん「魂の気づき」でありました。
もう物質文明、物質原理とその価値観は
「魔のしわざ」だったことに気づかねばなりません。
また「うちゅうじん研究家」竹本良さんは、「宇宙船中八策」を紹介。
地球人物質文明から、
もうウチュウジン共和を目指した政策にシフトすべしとの
実例映像を見せながら話されておりました。
2012もウチュウジンの助けがあって、世界の指導的役割の
日本を中心にその精神構造が高度化されるということ。
またお二人の佐藤清、鈴木眞之両講師からは、数十年悩んできた
痛みからの解放の実例を紹介。
お二人とも壇上に上がった被験者の痛みを瞬時にとる。
まるで嘘みたいに数分で痛みがなくなったのです。
こうなると今までの西洋物質医学はなんだったんでしょうね。
最後のトークでは壇上に論者鈴木も登壇して、
新エネルギーの動向などもお話させていただきました。
といいますのは次回 「サトル秋の大会」では、脱原子力、
新エネルギーの特集を目論んでいるからです。
今年の秋 10月21日(日) には秋の大会をと考えております。
修養団SYDホールで開催。
テーマは「2012年 これからどうなる日本!」
天界からのメッセージを受ける講師からのお話を中心に
お二人の天才ヒーラーもご登壇。
鈴木は大会運営の全体をお世話させていただきました。
ご入場者のお姿を見ると、みなさん光ってる方ばかりですね。
見知りおくご縁お方も相当数いらっしゃいましたが、
初めての方もオーラが違うことに気づいた。
2012年とは、日本人に与えられた使命を確認する年なのです。
鈴木の見解では「霊性の時代」このための魂の覚醒の時期。
311という荒療治で、これまでの物質主義をに天譴を神様がくだした。
「本物の時代に気づかぬか!」
「本物の己に気づかぬか!!」
「自分が、世の中を造っていることに気づかぬか!!」
と聞こえてまいります。
日本という国は、広島に投下された原爆の恐ろしさを全世界に発信。
そして福島で、原発事故の恐ろしさを全世界に発信。
こうした雛形日本としての発信するお役割があるのですね。
どちらも「島」という呼称がつくのも日本という
極東の「島」らしいですね。
領土の侵食、敵の殲滅、エネルギーの飽食、無防備は原子力過信
どちらも物質至上主義の権化みたいです。
ヤマトは霊(ヒ)の民族、それはモノがなくても心豊かに和して
よろこび合う縄文のDNAを持つ。
話は戻して、サトルの春の大会では
松尾みどりさんの誘導瞑想と、和真音(かずしおん)さんの
シンギングリンのコラボが絶品でした。
会場は250名満席でしたが、和さんのお弟子数名が
会場客席内でさらにリンを持っての同時演奏でしたから、
魂のふるさとに、誘導されること著しい。
論者鈴木はものの3分で完璧に夢の世界に入り込んでしまいました。
ム~の時代でしょうか高い山のふもとからの光景を見下ろしておりました。
[天界からの音だまを奏でる和さん(左)と、誘導瞑想の松雄さん(右)]
[会場の方々もうっとりとされておりました]
松尾みどりさんも話されておりましたが、私たちの魂の中には
時代を克服し、素晴らしい世の中を作り上げるための
神聖DNAが刻まれている。
2012とは下世話に言う世界崩壊でなく「うろたえるな!日本人!!」
と自信を持って本来の使命を思い出すべし。
和さんは音霊とカラー(色霊)が新しい人生を作り出す。
こうした人生に役立つお話がポイントでした。
また神道巫女舞 の指導者である藤原和晃さんの講演は、
この物質地球と太陽系からなる「アマ宇宙」のまえに
その銀河の中心点に存在する「カム宇宙」
それからいまの「アマ宇宙」が生み出されたこと。
私たちの魂の原点には「カム宇宙」の名残である本質使命が隠されていることなど。
講演の内容は、みなさん「魂の気づき」でありました。
もう物質文明、物質原理とその価値観は
「魔のしわざ」だったことに気づかねばなりません。
また「うちゅうじん研究家」竹本良さんは、「宇宙船中八策」を紹介。
地球人物質文明から、
もうウチュウジン共和を目指した政策にシフトすべしとの
実例映像を見せながら話されておりました。
2012もウチュウジンの助けがあって、世界の指導的役割の
日本を中心にその精神構造が高度化されるということ。
またお二人の佐藤清、鈴木眞之両講師からは、数十年悩んできた
痛みからの解放の実例を紹介。
お二人とも壇上に上がった被験者の痛みを瞬時にとる。
まるで嘘みたいに数分で痛みがなくなったのです。
こうなると今までの西洋物質医学はなんだったんでしょうね。
最後のトークでは壇上に論者鈴木も登壇して、
新エネルギーの動向などもお話させていただきました。
といいますのは次回 「サトル秋の大会」では、脱原子力、
新エネルギーの特集を目論んでいるからです。
今年の秋 10月21日(日) には秋の大会をと考えております。
2012年04月19日
ヒト五体に坐す神
人間のこころ、とはいっても目や耳から入る情報で
反作用的に動く表層意識は、知識や経験値などを
外からゴマンと長年植えつけられてまいりました。
人間は、外にあらゆる材料を求めて
それを手に入れることに四苦八苦してまいりました。
手にはいらなければ悶々として
それが不幸と勝手に思ってきました。
ですが、こころの奥なる深層意識の真我近くに
覚醒してくると、幸せの種は、
外の材料でなく、
自らの心が作りだすと知っている。
外の材料にあまりあくせく振り回されず、
こころの内側に幸せの下絵をせっせと作りあげ事が
霊止(ヒト)としての本当の使命なのです。
真我は、その内なる思いが外なる現象を
作り出しことを知っているから、
様々なカラーペイントの言霊を活用して
その幸せの下絵つくりあげる。
しかもそれは単に自己自画像だけの事でなく、
周囲の幸せの絵画も創り上げてゆく。
想念意識とは無声の言霊です。
声に出さずとも言霊で「自分」
、「花」、「差し上げる」、「喜び」・・・などの
状況を発して、
五十音言霊神による想念意識を活用する。
このブログや私の著書では
「身体はご神体」と何度か語りかけました。
真我それは、神の領域からみれば「神我」で、
霊止(ヒト)側から見た真我と同じです。
真我の次元意識に達すると
「われ神なり」
という自覚になんのためらいもなく言い切ってしまいます。
人にはウソはつけても、
自分にはウソはつけないのは
己が神様の証拠。
自分のお父さんやお母さんの
さらに時代をさかのぼれば、
神様が霊止のルーツであって、
自分は神様の直霊、直系である子孫となる。
2012年というこの時期、
あらかたの方が神聖DNAが覚醒されるしょうから、
はっきり言いきりますが
、私たちの身体は神様が住まう場所なのです
。外に神は見えず、内にしか感ずることはできません。
それもそのはず神様はこの五体に坐す。
守護神さまは主として
麻爾宝珠(まにほうじゅ)である仙骨に坐す。
ですから仙骨は最も大事な部分です。
仙骨とは脊柱(天御中主大神)と骨盤のつなぎに位置し、
その手の平大の仙骨を横から見ると
シャベル状になっている。
そのシャベルの曲率にそって
見えない麻爾宝珠がある。
大きさは野球のボールくらいです。
そこは眉間のアジーナチャクラよりも
もっと大事ですよ。
そこが生命線で、地の気も天の気も上下交流し、
麻爾宝珠で合体する。
俗に言う「丹田」も正確には
シャベル状仙骨の曲面にある
虚の丸い空間なのです。
だからそこを意識して気を集中してみてください。
語りかければ、神はメッセージを発してくれます。
神聖DNAが覚醒する2012年。
「われ神なり」
は形而上の事でなく、現実なのです。
そしてまたさらに言えば、
自己に関連する五大神が住まうご神体、それがワレ。
各々が自己に関係する複数の神名を発見されてみてください。





