2012年01月26日
ソルフェジオ周波数
自然界には共通の生命原理があるはずとの仮定で、
いろいろなものに興味を持って毎日出会うものにじっくり観察をしたり、
樹木に抱きついて樹木の声を聞いたり夢想したりしております。
科学は生命原理というよりも、
[いのち]というあまりにも巨大な土壌を外した、
物質現象だけの普遍解を求めてます。
私のそんな生命原理の興味の一つに共鳴音があります。
共鳴音はなぜヒトには心地よく響いて、
非共鳴音は耳障りなのでしょう。
その整数倍(2倍ではなく3分の1倍のような倍音でも同様です)が
重なり合う音階はなぜ美しいのでしょう。
池に小石を放り込んだときにできる波紋の美しさも
周波数の1/fの音階(高周波ほど細かく音圧も小さい)を
見せているようです。
昔のグレゴリオ聖歌、これはいまでもクリスマスの時に
教会で流れるようですね。
確か昔のラ音(基準音)は440HZ(ヘルツ)ではなくて
444HZだと思います。
中世のオルゴール体感はヒーリングという一種の医術の一つでした。
それは楽師の質や体調によって変わらない、音楽セラピーだったのです。
ところがのちに基準音 440Hzにかわって、
「生命原理」がなし崩しになっていったように思うのです。
ソルフェジオ周波数という中世時代に使っていた音階がある。
基準音(昔のラ音)の444Hzは数霊でいいますと、
444ですから3×4の12つまり、1と2ですから「3」といえます。
「御霊の法則」でも書きましたが、
「369」の数霊は呼吸数(18)、体温(36)、心拍数(72)、
最高血圧(144)、妊娠期間(288)。
みんな一桁にすると「9」ですね。
ひょとしてソルフェジオ音階の周波数も369Hz、
その上の417Hz、528Hz、639Hz、741Hz、852Hzも
生命と連動する振動数なのかもしれませんね。
グレゴリオリオ聖歌はこのすべての音階を使っているわけではなくて、
幻の528Hzがかなり入っている。
ちょっと変わった、般若心経を紹介します。
この般若心経はゴレゴリオ聖歌の音調で歌われております。
奇妙な音調ですね。
単音の528HzはいろいろなNETサイトで試聴ができると思います。
細胞活性とかも言われている周波数のようです。
いろいろなものに興味を持って毎日出会うものにじっくり観察をしたり、
樹木に抱きついて樹木の声を聞いたり夢想したりしております。
科学は生命原理というよりも、
[いのち]というあまりにも巨大な土壌を外した、
物質現象だけの普遍解を求めてます。
私のそんな生命原理の興味の一つに共鳴音があります。
共鳴音はなぜヒトには心地よく響いて、
非共鳴音は耳障りなのでしょう。
その整数倍(2倍ではなく3分の1倍のような倍音でも同様です)が
重なり合う音階はなぜ美しいのでしょう。
池に小石を放り込んだときにできる波紋の美しさも
周波数の1/fの音階(高周波ほど細かく音圧も小さい)を
見せているようです。
昔のグレゴリオ聖歌、これはいまでもクリスマスの時に
教会で流れるようですね。
確か昔のラ音(基準音)は440HZ(ヘルツ)ではなくて
444HZだと思います。
中世のオルゴール体感はヒーリングという一種の医術の一つでした。
それは楽師の質や体調によって変わらない、音楽セラピーだったのです。
ところがのちに基準音 440Hzにかわって、
「生命原理」がなし崩しになっていったように思うのです。
ソルフェジオ周波数という中世時代に使っていた音階がある。
基準音(昔のラ音)の444Hzは数霊でいいますと、
444ですから3×4の12つまり、1と2ですから「3」といえます。
「御霊の法則」でも書きましたが、
「369」の数霊は呼吸数(18)、体温(36)、心拍数(72)、
最高血圧(144)、妊娠期間(288)。
みんな一桁にすると「9」ですね。
ひょとしてソルフェジオ音階の周波数も369Hz、
その上の417Hz、528Hz、639Hz、741Hz、852Hzも
生命と連動する振動数なのかもしれませんね。
グレゴリオリオ聖歌はこのすべての音階を使っているわけではなくて、
幻の528Hzがかなり入っている。
ちょっと変わった、般若心経を紹介します。
この般若心経はゴレゴリオ聖歌の音調で歌われております。
奇妙な音調ですね。
単音の528HzはいろいろなNETサイトで試聴ができると思います。
細胞活性とかも言われている周波数のようです。
2012年01月23日
ひふみ旧暦の新年
新月つまりお月さまが真っ暗な日を朔日といって、
旧暦(月齢)では毎月の一日にあたります。
満月は「望日」、つまりお月さま全体が望めます。
この満月の日が、日ごろの心の思いの満願の日でありそれが15日。
ですから「十五夜お月さま」と言いますね。
新月には心の浄化と、これからの心の準備を、
そして望月には感謝が日本人の生きざまでした。
今でも旧暦によらないと二十四節期や
それに関係する農事の意味が取れません。
たとえば稲の植え付けの準備だとか、取り入れの時節だとか、
虫が土の中でうごめく時節だとかが太陽暦では適合しません。
赤穂浪士の吉良邸への討ち入りは12月14日ですが、
その雪の中の討ち入り風景はアンマッチですね。
東京12月は雪もありませんが、旧暦では降雪も理解できる。
年によって違いますがおよそ30日以上先にある旧暦ですから
旧暦の12月ですと雪の中の討ち入りということも理解できますね。

[昨年 我が家からみた満月です。お月さまの右上方向に
もう一つの朔月があるように伺えます]
お月さまと人間の心とはいつもリンクしています。
おそらく人間が38億年の生命進化の過程の中で
お月さまの重力の影響をいただいておりますので、
ヒトの心や脳とお月さまのリズムはDNAレベルで関係しているのです。
盟友 片岡慎介さんが開発した「テンポ116」も
そうしたことが基本になって、世の中に「お月さまの存在」を身近に感じてもらおうと、
音楽という形で彼は世に送り出したのです。
実は昨日の1月22日(日) 片岡さんの三回忌に行ってまいりました。
話を戻しますが満月の日にしか、珊瑚もウミガメも産卵しないのです。
今年2012年の旧正月は、
太陽太陰暦、皆様がお持ちのカレンダーでは1月23日(月)です。
数霊は西暦にしても日本の昭和や平成という年号にしても、
霊的な意味づけをもっております。
新年の1月23日は「ひふみ」と読みかえると、
「霊」・「分」・「身」というように「ひふみ歌」を暗示させています。
「ひふみよいむなやこともちろらね・・・・・」その言霊四十八音
(47音ですが「ン」をいれ48音としてます。)
の言霊と心との関係を、今一度原点に立ち戻って噛み締めなさいと、
今年のお正月は諭しておりますよ。
「嘘の言えない心が言霊となって自ら発し、その自らの環境を創り上げていく」
旧暦正月 1月23日は今年の「事始め」つまり「言始め」です。
言霊が先にあって、現象の「事」を創り上げる。
「真事」とは「真言」がつくりあげてます。
この日は新月ですから、神人としての清らかな意乗りをぜひ宣りあげてください。
産土の神社さんに行って、「神聖日本の意乗りあげ」もよろしいでしょう。
ちなみに数日前、「ひふみ・いろは神歌 呼吸書道」を広めている
合気道の達人でもある山本光輝さんに4月の講演をお願いいたしました。
その細部は時節が詰まりましてからこのブログでご案内いたします。
いづれにしても「ひふみ・・・・」が今年を暗示しているのです。
旧暦(月齢)では毎月の一日にあたります。
満月は「望日」、つまりお月さま全体が望めます。
この満月の日が、日ごろの心の思いの満願の日でありそれが15日。
ですから「十五夜お月さま」と言いますね。
新月には心の浄化と、これからの心の準備を、
そして望月には感謝が日本人の生きざまでした。
今でも旧暦によらないと二十四節期や
それに関係する農事の意味が取れません。
たとえば稲の植え付けの準備だとか、取り入れの時節だとか、
虫が土の中でうごめく時節だとかが太陽暦では適合しません。
赤穂浪士の吉良邸への討ち入りは12月14日ですが、
その雪の中の討ち入り風景はアンマッチですね。
東京12月は雪もありませんが、旧暦では降雪も理解できる。
年によって違いますがおよそ30日以上先にある旧暦ですから
旧暦の12月ですと雪の中の討ち入りということも理解できますね。

[昨年 我が家からみた満月です。お月さまの右上方向に
もう一つの朔月があるように伺えます]
お月さまと人間の心とはいつもリンクしています。
おそらく人間が38億年の生命進化の過程の中で
お月さまの重力の影響をいただいておりますので、
ヒトの心や脳とお月さまのリズムはDNAレベルで関係しているのです。
盟友 片岡慎介さんが開発した「テンポ116」も
そうしたことが基本になって、世の中に「お月さまの存在」を身近に感じてもらおうと、
音楽という形で彼は世に送り出したのです。
実は昨日の1月22日(日) 片岡さんの三回忌に行ってまいりました。
話を戻しますが満月の日にしか、珊瑚もウミガメも産卵しないのです。
今年2012年の旧正月は、
太陽太陰暦、皆様がお持ちのカレンダーでは1月23日(月)です。
数霊は西暦にしても日本の昭和や平成という年号にしても、
霊的な意味づけをもっております。
新年の1月23日は「ひふみ」と読みかえると、
「霊」・「分」・「身」というように「ひふみ歌」を暗示させています。
「ひふみよいむなやこともちろらね・・・・・」その言霊四十八音
(47音ですが「ン」をいれ48音としてます。)
の言霊と心との関係を、今一度原点に立ち戻って噛み締めなさいと、
今年のお正月は諭しておりますよ。
「嘘の言えない心が言霊となって自ら発し、その自らの環境を創り上げていく」
旧暦正月 1月23日は今年の「事始め」つまり「言始め」です。
言霊が先にあって、現象の「事」を創り上げる。
「真事」とは「真言」がつくりあげてます。
この日は新月ですから、神人としての清らかな意乗りをぜひ宣りあげてください。
産土の神社さんに行って、「神聖日本の意乗りあげ」もよろしいでしょう。
ちなみに数日前、「ひふみ・いろは神歌 呼吸書道」を広めている
合気道の達人でもある山本光輝さんに4月の講演をお願いいたしました。
その細部は時節が詰まりましてからこのブログでご案内いたします。
いづれにしても「ひふみ・・・・」が今年を暗示しているのです。
2012年01月20日
神体に刻まれた型霊
[日光東照宮前の鈴木俊輔 今年の辰年の神聖日本その祈念に行ってまいりました]
夜寝られない、毎日がつらい、
こういう方が年々増えているようです。
仕事にしても自分の責任負担が増して、
毎朝の新聞を読むのも字ずらだけ目で追うようになると、
それは「うつの予兆」です。
仕事でなくとも、家事や夫婦間、家庭内やお隣とのいざこざも
こうした不安の種はいつも詰まっているようです。
東日本大震災のあとには、その震災直後よりもは、
かえって「うつ」が増えているという。
それは必死になって何とか生きてきた震災直後とはちがって、
ある程度その生活環境も落ち着いてくると、
亡くなった方を振り返り、助けられなかった自分の責任を
ああでもないこうでもないと感じたり、
一人になった孤独感から将来の絶望を感ずる。
今、うつ病のかたは日本全国平均で4人に一人といわれています。
内側からの神聖DNA変化と、
現実の目に映る映像や耳にする悪口などの
外側とのギャップ,
進化の方向と、停滞の方向との相反が「うつ」の原因です。
同時にそれはまた、真我から離れた「偽我」に
こころが支配されてしまった結果です。
「うつ」とまでいかず常日頃からの不眠症も不安症も、
それは将来の不安や心配ごとが心の奥にあって、
はたして自分にできるだろうかという
一種の劣等意識をさらに揺さぶります。
しかし冷静に考えてみると、
不安や心配とは「今」の内容ではないのです。
神道で言う「中今(なかいま)を生きる」ということとは、
その瞬間、瞬間の連続を楽しみ味わい、存分に生きるということ。
まだ来ない先を「不幸の道」を
自分勝手に作り上げてしまっているのです。
それを「とり越し苦労」とも言います。
また過去の拘泥を「引きづり苦労」とも言います。
また、まだ来ない不安を作り上げる心は、
「見返りの心」、「自尊心」、「ほめられたい」、
「人より幸せになりたい」という「自我」が根底なのです。
絶対真我とは「比較」、「相対」から離れて、すでに「中今」を生きている。
まだありもしない未来に対して、
不安の心を延長線上に持ってきて悶々と悩むのです。
あるいは死に対する恐怖という恐れを増幅させて
「今」に持ち込んで苦しむのです。
あるいは過去の負の遺産を引きずって、楽しむべき「今」を
自分勝手に灰色に塗り替えてしまう。
その灰色の幻想におびえて、「今」に恐怖すら感じてしまう。
こういうと「うつ病に悩む方」に対する、
なんて情け知らずな表現、厳しい見方と聞こえますが、
心の根底に「偽我」が潜んでいることに気づかなければ
真の解決にはならないのです。
実は過去も未来も、不確定で、
いまの心の延長が未来を拓くのです。
過去は過ぎていますから過去を変えるのは、
それを作った原因者である自分の反省でしか変えようもありません。
いまわしい過去は他人が作ったのではありません。
他人が作ったと思わせつづけているのは偽我です。
その不確定な過去に反省という光(真我)を投ずると、
他人に責任をなすりつけていた偽我が消滅するのです。
未来に期待も不安をもかけず、
ひたすら「今」を楽しむことが「いのち」の輝きであり、
それが真我に生きる人の「使命」なのです。
日本人の使命のひとつ、それが「真我に生きる」ということ。
「今を楽しむこと」それは使命なのです。
どんなに苦に見える幻影でも、それは「楽」がぎっしり詰まっている。
何かに見入ったり、音楽を聴き入ったりして充実の没我に浸ることがある。
それはまさに「中今」の内容です。
芸術作品を見てその世界に感動しひたすら喜びを味わうこと、
それも「中今」の内容です。
仮に「いやなお客さんにクレームをお詫びに行く」という、
今日の日程があったとしても、
それを「楽しみにする」ことができるでしょうか?
どんな変化が待っているのか
ワクワクしながらいることができるでしょうか?
この心境が「うつ」のかたにできたら、快癒です。
「天・地・人」の呼吸法が
本来の自分を少しでも取り戻してくれます。
足下に吐いてから地のエネルギーを観想して息で吸い上げ、
丹田にため呼吸停止し肛門を閉め体内全細胞に充足する。
次に体内の邪気を観想し吐気に集め、
吐気は頸椎をとおり頭頂から天に吐く。
次に、天の霊光を吸気とともに頭頂からいただき、
丹田にため肛門を閉め、数秒間体内に充足。
体内の全細胞を霊光で浄化。
その繰り返しですが拙著「サトルエネルギーのお話」には解説してます。
こうした「天・地・人」呼吸法も本来の自己を取り戻す有力な手立てで、
その操作を「人」、すなわち自己が主役で誘導する。
天と地の間に「人」という自己を積極的に意識して、
天地の和合をも自己が取り持つ意識が大事。
この主役というところがポイントなのです。
しかし、呼吸法よりも本質の自己改善は「自己の心」そのもの。
この世の現象一切は、自己の進化の素材であって、
それを受け入れて楽しむこと、常にいまを燃焼すること。
それが神人の使命なのです。
どんな事であろうが「一瞬一瞬を楽しみ味わう」こと、
それが「いのちを輝かす」ことになります。
そこには報酬という見返りの感情も、
ほめられたいという自尊心もなく、
ただひたすら楽しみ味わうこと。
そうは言われてもできませんという心は、
その奥の奥に「偽我(エゴや自尊心など)」が
潜んでいるからなのです。
「いやなお客さんと会いに行く」にしても、
「さあ、どんな展開になるのかな?
思わぬいいことあるかもしれないし、
ともあれ勉強になったことだけは確かだ!」
という見切りが人生を大きく変えていくのです。
その瞬間で「心の作用」は様変わりするのです。
今の心が、いきいき、わくわく、キラキラですと、
その延長の現象は、命を燃やす方向に天を動かすのです。
想い、思念、意識とは「無声の言霊」であって、
その言霊が現象を作るように神から与えられているのです。
『初めにことばあり』と創世記にあるように、
神は言霊を駆使して万物一切を作り上げました。
その能力は、神の子孫である私たちに既に与えられているのです。
その万物をつくる能力は、いまここに私たちに言霊として与えられていたのです。
言霊の音霊も、「今」の内容で、
過去の音声、音波は宇宙に拡散消滅し、
わが身の鼓膜に響くことはありません。
人体は五大であり、手の指も五本、足の指も五本です。
この五角形は火の原理を持ちそれは進化(神化)を意味します。
そこには「いきいき、わくわく、キラキラ」の
「いわき(・・・)人生」しかありません。
六角形は水の原理を持ち、それは愛と調和の関係が基底です。
自己という(いのち・こころ・からだ)の三次元と、
その鏡像関係にある目の前の現象三次元が重なり合い
ともに合体一致した六角形がその型霊の本質です。
拙著『御霊の法則』には言霊、数霊、型霊がを
一気に書き連ねております。
その型霊の「秘密」の章に人体との関係の詳細が書かれております。
人体五大は、ア・オ・ウ・エ・イの五母音の反映です。
仙骨が「ウ」、丹田が「オ」、胸線が「ア」、
咽喉部が「エ」、眉間が「イ」の言霊と反応し、
その五つのチャクラを活性化する。
ウは「生命力」、オは臓器強化と先祖霊とのつながり、
アは大自然との調和、エは自己表現の多様化と呼吸系強化、
イは脳力の活性と神聖自己の発揚に関連する。
またこの五大のチャクラにはそれぞれの元祖神がやどっている。
その神々を自己で発見すること。
それば今の時代に手を挙げて
生まれてきた私たち一人一人の役割だったのです。
こうしたことを、講座ではお話ししたく思ってます。
先ほどの「うつの話」や「今を生きる」ということが、
神体に刻まれた型霊を知れば、より納得できると思います。
(席がなくなりますので、お早めにお申し出 ください。)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
鈴木俊輔の[言霊講座]
テーマ: 人体に刻まれた型霊の秘密
■ 講師 : 鈴木 俊輔
■ 日時 : 2月14日(火) 18:30~20:30
■ 場所 : 三田いきいきプラザ 集会室A
(港区芝4-1-17 地下鉄三田線・三田駅A9番出口から左方徒歩1分
JR田町西口から徒歩5分)
■ 参加費: 3000円
■ お申込み : suzuki@subtle-eng.com またはFAX 03-5730-6451
※ 詳細は→ http://subtle-event.seesaa.net/archives/20120214-1.html
2012年01月17日
不思議な草花
昨年2011年の2月に家内が生け花のお稽古で使った、
生け込みの草のおはなしです。
生け花は、家に持ち帰って再度 花台に生け込みなおして
リビングを飾っております。
その草葉がいつまでもみずみずしく、切り草それだけを
グラスの一輪ざし風に洗面所に置いておきました。
毎朝その草花に声までは掛けたりはしないのですが、
歯を磨きながら「今日も存分に出来事を楽しみ味わおう」などと、
大分白髪じみた鏡の中の自分の顔を見つめながら、
つぶやいていた程度です。
それが、311の地震の後でも水々しくて、
とうとう夏までもってしまいました。
その細い切り口に根が生えてきたのなか?
と思ったら それも無いのです。
あるとき仏壇花にみどりがく少なく、
家内がそのいつまでも水々しいその草葉を
仏壇の花瓶にそえて移し替えたのですが、
それも秋を過ぎとうとう年を越えていまいました。
この一月ですからかれこれ丸一年が経過しています。
正月に何気に、その仏壇の移し替えた草葉とみると
ナント葉の上から、
更にちいさな芽が出始めているのです。


[ご覧のような状態です。何という名の草花でしょうか?
写真に写る桟のような茶のものが仏壇で、
白く見えている障子の脇に据えております。
この草葉の種類をどなたか教えてくれませんか?]
昨年末には、徳間書店さんから「御霊の法則」を発刊しました。
ここでは言霊と数霊と、型霊を一緒の土俵に乗せました。
つまり共通する世界は同じで「生命の実相」は
何処を切っても同じだということお伝えしたかったのです。
最も言いたかったことは、
言霊が内部の実相を作ること。
感謝して生きること、
すべてを受け入れ認めること…などなど。
お陰さまで爆発的に書店で売れているようです。
どうぞご遠慮なく著者 鈴木に発注されて結構です。
このブログのサイドバー(左TOP上)に紹介しておりますが、
その場合 サインとオリジンル絵画をサービスしております。
すべての生命体は「いのち」を存分に楽しみ輝かせようとしている。
この写真の障子側がベランダですが、いただいたベゴニアが
多年草とはいえかれこれ5年間 赤い小さな花が咲きっぱなし。
冬でも雪をかぶって花が咲いております。
おそらくこうした草花の延命には、いのちをともに楽しもうという
「場の波動」が関連していることと思います。
生け込みの草のおはなしです。
生け花は、家に持ち帰って再度 花台に生け込みなおして
リビングを飾っております。
その草葉がいつまでもみずみずしく、切り草それだけを
グラスの一輪ざし風に洗面所に置いておきました。
毎朝その草花に声までは掛けたりはしないのですが、
歯を磨きながら「今日も存分に出来事を楽しみ味わおう」などと、
大分白髪じみた鏡の中の自分の顔を見つめながら、
つぶやいていた程度です。
それが、311の地震の後でも水々しくて、
とうとう夏までもってしまいました。
その細い切り口に根が生えてきたのなか?
と思ったら それも無いのです。
あるとき仏壇花にみどりがく少なく、
家内がそのいつまでも水々しいその草葉を
仏壇の花瓶にそえて移し替えたのですが、
それも秋を過ぎとうとう年を越えていまいました。
この一月ですからかれこれ丸一年が経過しています。
正月に何気に、その仏壇の移し替えた草葉とみると
ナント葉の上から、
更にちいさな芽が出始めているのです。
[ご覧のような状態です。何という名の草花でしょうか?
写真に写る桟のような茶のものが仏壇で、
白く見えている障子の脇に据えております。
この草葉の種類をどなたか教えてくれませんか?]
昨年末には、徳間書店さんから「御霊の法則」を発刊しました。
ここでは言霊と数霊と、型霊を一緒の土俵に乗せました。
つまり共通する世界は同じで「生命の実相」は
何処を切っても同じだということお伝えしたかったのです。
最も言いたかったことは、
言霊が内部の実相を作ること。
感謝して生きること、
すべてを受け入れ認めること…などなど。
お陰さまで爆発的に書店で売れているようです。
どうぞご遠慮なく著者 鈴木に発注されて結構です。
このブログのサイドバー(左TOP上)に紹介しておりますが、
その場合 サインとオリジンル絵画をサービスしております。
すべての生命体は「いのち」を存分に楽しみ輝かせようとしている。
この写真の障子側がベランダですが、いただいたベゴニアが
多年草とはいえかれこれ5年間 赤い小さな花が咲きっぱなし。
冬でも雪をかぶって花が咲いております。
おそらくこうした草花の延命には、いのちをともに楽しもうという
「場の波動」が関連していることと思います。
2012年01月14日
いまが一番
[ふくよかなお顔ですね : 台湾花連にて]
私たちは、外にあるモノを追いかけて、
あるいはそれに振りまわされて生きてきました。
モノが外にあるから、それを追いかけてきたのですが、
実は自分の内側それを作っていたのですね。
内側の心がモノという虚像を作りだし、
肉眼の目でその虚像を物質の実像として見つめていたのです。
何事にも原因と結果があって、原因のない結果はありません。
見えない原因があって、見える結果があるのです。
見えない原因というのは、心が作り出しているのです。
その心、飢えて満たされない思いでいると、
目を開けて飛び込んでくる結果の世界もお金も家も彼女もご飯もなくて、
まるで飢えてくるのです。
不幸とは錯覚なのです。
不幸と感じている間だけ不幸なのです。
「ゆっくり、ゆらゆら、緩んで、ゆるす」この「ユの字」の今でいると、
その今がゆったりしていますから、不幸は飛び込む余裕もありません。
倒れたら、いきなり起き上がって走り出すのではなくて、
ゆっくりと立ち上がる。
あるいは立ち上がるのを途中でやめて周りを見つめると、
倒れた本当の原因が見えてくるもの。
それを外のモノに支配されて心が縛られているままだと、
いきなり立ち上がって走り出す。
するとまたどこかで躓きます。
「ゆらゆら」とは心のゆとりの様子を指します。
湯気のように満足なお笑顔でゆらゆらしていると
ユラユラ仲間が増えてまいります。
そこにはユラユラ笑顔だから不幸のつけいる隙もありません。
「なにをユラユラしているんだ!」なんて外からの声も、
ユラユラ人生には縁がなく気にも止まりません。
緊張から緩んで、心と体を緩ませると、
免疫活性も上がり体のバランスも取れてまいりますます。
だから健康になり、健康だから活力がわいて自ずと笑顔になります。
[三龍頭は珍しいですね。これは何処でしたかあ・・・? 霧島神社かなあ??]
「許す」ということは2012年の最大の課題になるでしょう。
夫婦間でのこれまでのわだかまりはもちろん、
許すこととが課題。
前世から因縁のベターハーフの教えを心から了解することが
今生の課題でもありました。
その了解の前提が、怒りの消失であって
怒る前の何事も「許す」という心の態様が何よりも大事。
そして、原因である見えない心、
そのなかでも「ゆっくり、ゆらゆら、緩んで、ゆるす」という
心の置き方が今年の課題。
それを行動基準の一言で言うと
「今が一番」ということ。
過去に引きずられたり、未来におののいたりしないで、
今を存分に味わって生きる。
これこそが大事。
一瞬、また一瞬を、存分に味わって楽しんで生きてみませんか。
急ぎ足は禁物。
2012年01月11日
来るか!フリーエネルギー時代

[井出治さん : この写真は井出さんと、故小林昌二さんと鈴木の三人で
小諸の温泉旅館に行った時のものです]
原子力発電も311の事故で信頼性を失い、
にわかに火力発電にかわろうとしています。
西ドイツでは、1990年代からその方向で、
補完的に風力と太陽光の発電が奨励されています。
日本は資源がない国と言われておりますが、
国策で原子力発電に使用されるプルトニウムを買いあさってまいりました。
宇野内閣時代だったでしょうか
プルサーマル計画とかが推進され始めてきたと記憶してます。
ウランの使用済み燃料95%とプルトニウムを混ぜて
それを原発に再利用しようとするもの。
このために昨年度には日本はなんと45000Kgもの
プルトニウム資源大国となっております。
広島で使われた原爆がわずか4~5Kgのプルトニウム換算になりましょうか?
福島原発事故以前から使用済み燃料の問題が
国際的にも課題で、日本では青森の六ケ所村というところに
永久廃棄との計画でした。
かし実は計画のみで実績はなし。
世界的にも永久廃棄処分なる恒久処分場の実績はないのです。
わずかにアメリカ南西部に使用済み核燃料を保管する一時施設はあるものの、
恒久的にかつ原発から吐き出される使用済み燃料を
連続的に処理は世界的にもないのです。
私の某知人ですが、
ロシアがなぜ千島列島を日本に容易に返さないかというと、
千島列島を原子力発電の核廃棄物の永久保管場にする計画もあるという。
たしかに広大な大地を持つロシアの長期戦略から、
世界中の核廃棄物処分のための使用料が
トン当たりどのくらいの価格になるのか分からないのですが、
それをロシアで高額で引きとって、辺境の地に埋蔵すればロシアの財力は潤う。
してみればいい商売になるかもしれません。
論者の15年くらい前からの友人で、
フリーエネルギーを研究している井出治さんという方がいます。
奥さんとも知り合いで一緒に旅行にも行ってます。
日本では、まずフリーエネルギーとかこの手の研究は
いかさまとかのレッテルを貼られてしまいます。
したがって物理学会ではまるで相手にされません。
しかし彼の研究もNASAの招待講演を始め、海外では評価をされるのです。
さすがに基礎も基礎のこれまでの科学ロジックにない知見は、
ユダの血をひく民族にとってはそれを優遇する度量がある。
日本は科学的な知見、ノーベル賞的な知見には
「そんなはずはない!」との断定的な評価で、まづ相手にされません。
政府の科学技術関連会議にしても
既存科学を信奉する教授連から構成されますから、
現状にそぐわない科学には予算も付けられません。
大学で原子力工学を学ぶ学生は、
政府の専門委員にもなっている兼任教授とのルートの関係から、
就職先は動燃初め、原子力関係の会社に初めから決まっているわけです。
話を戻しますと、井出さん研究はインバーターと反発磁場を使います。
インバーターはDC―AC変換のように直流を交流に変えたりするもので、
携帯電話からパソコンまで広く使われてます。
そこの入力にスパイク波というパルスを使います。
一秒間に数万から数10万のパルス信号を使います。
この時には反発磁場をも利用するのですが、
入力に対して現在では4倍くらいの出力が得られているようです。
じつは彼がかつてNASA発表に使用したデータ作成協力に
論者も一時加わったことがあるのです。
その彼もこの2012年 アメリカからのオファーで渡米の方向です。
相当長居することになるでしょう。
戻らないかもしれません。
また日本から優秀な知能が出て行ってしまうのですね。
その彼に、渡米前に一度わかりやすい講演をしてほしいと
鈴木からお願いしましましたら、快く引き受けてくれました。
彼もUFOを見たり、遠く天界からのメッセージを受ける体質ですが、
素人にもわかり内容での講演です。
ひょっとすると日本での最後の講演になるかもしれません。
この機会に、どうぞ参加されてはいかがでしょう。
● 講演テーマ: 未知エネルギーの研究とチャネリング
● 講師:井出治 (フリーエネルギー研究家)
● 日時 2月2日(木) 18時半~20時半
● 場所 浜松町 港区商工会館 (JR浜松町より竹下桟橋方向徒歩6分)
※東京産業貿易会館の6階が港区商工会館です。
● 参加費:3000円
● 申し込み先: office@subtle-eng.com
詳細は→ http://subtle-event.seesaa.net/archives/20120202-1.html
2012年01月08日
二荒山神社のご神水
大晦日も近い12月25日に
日光の二荒山神社(ふたらさん)へ行ってまいりました。
日光といえば東照宮が有名ですが、
それが江戸時代にできる、もともとの地は下野の国の一之宮が二荒山神社。
ご祭神は大己貴命(おおなむちのみこと) 、
そして田心姫命(たごりひめのみこと) 、
その子の味耜高彦根命 (あじすきたかひこねのみこと)
が祭られている。
社伝では仁徳天皇41年(353)の創建とある。
二荒(ふたら)が「にこう」ですから、
のちに日光になったのではないかしら。

[二荒山神社境内 この奥に弁財天と神水池があります]
古くより、霊峰二荒山つまり男体山(標高2,486㍍)を
神山として尊崇していたようです。
ここから車で30-40分行くと中禅寺湖がありますが、
中禅寺湖畔に中宮があります。
男体山頂上が奥宮ということになり、
日光国立公園全域がご神域ということになりますね。
東照宮よこの市内の二荒山神社境内の左脇に
小さな弁財天さまが祭られております。
山からの湧水でしょうか、
小池に冬の冷たい清冽な神水が溜められておりました。
お水に関係するということで、
見逃してしまうほど小さな弁財天の祠が祭られている。

[銘札には知恵や若返りやお酒にもなると書いてますが、
ここに注ぎ込まれている流水を汲み取ります]
この時代 弁財天さまの霊的御用がキーにもなっていますので、
拝殿の本社よりもこちらのほうが気になりました。
とりわけその清冽なお水をいただいたら、実においしい。
普段はあまり持ち帰らないのですが、
ペットボトルに詰めて持ち帰りました。
後でアルコールの割り水にしたら、とんでもなく美味しいのです。
このお水はいままでいただいた中でもピカイチです。
二荒山神社境内でお水を汲まれている方は殆ど見かけませんが、
一度お試しになってみてください。
12月の夢見で龍体が出ましたので、
日光山輪王寺の天井絵「なき龍」がメインと思って
日光へ40年ぶりくらいに行ったのです。
もちろん東照宮やその近辺も足を延ばしてますが、
40年ぶりの新たな発見が二荒山神社境内のご神水でした。
日光の二荒山神社(ふたらさん)へ行ってまいりました。
日光といえば東照宮が有名ですが、
それが江戸時代にできる、もともとの地は下野の国の一之宮が二荒山神社。
ご祭神は大己貴命(おおなむちのみこと) 、
そして田心姫命(たごりひめのみこと) 、
その子の味耜高彦根命 (あじすきたかひこねのみこと)
が祭られている。
社伝では仁徳天皇41年(353)の創建とある。
二荒(ふたら)が「にこう」ですから、
のちに日光になったのではないかしら。
[二荒山神社境内 この奥に弁財天と神水池があります]
古くより、霊峰二荒山つまり男体山(標高2,486㍍)を
神山として尊崇していたようです。
ここから車で30-40分行くと中禅寺湖がありますが、
中禅寺湖畔に中宮があります。
男体山頂上が奥宮ということになり、
日光国立公園全域がご神域ということになりますね。
東照宮よこの市内の二荒山神社境内の左脇に
小さな弁財天さまが祭られております。
山からの湧水でしょうか、
小池に冬の冷たい清冽な神水が溜められておりました。
お水に関係するということで、
見逃してしまうほど小さな弁財天の祠が祭られている。
[銘札には知恵や若返りやお酒にもなると書いてますが、
ここに注ぎ込まれている流水を汲み取ります]
この時代 弁財天さまの霊的御用がキーにもなっていますので、
拝殿の本社よりもこちらのほうが気になりました。
とりわけその清冽なお水をいただいたら、実においしい。
普段はあまり持ち帰らないのですが、
ペットボトルに詰めて持ち帰りました。
後でアルコールの割り水にしたら、とんでもなく美味しいのです。
このお水はいままでいただいた中でもピカイチです。
二荒山神社境内でお水を汲まれている方は殆ど見かけませんが、
一度お試しになってみてください。
12月の夢見で龍体が出ましたので、
日光山輪王寺の天井絵「なき龍」がメインと思って
日光へ40年ぶりくらいに行ったのです。
もちろん東照宮やその近辺も足を延ばしてますが、
40年ぶりの新たな発見が二荒山神社境内のご神水でした。
2012年01月05日
2012年の日本人
大晦日から三が日かけて都内の神社さんを数か所巡りました。
2012年に入り、改めて神意識ですべてを受け入れていこう、
瞬間瞬間を存分に味わい楽しんでいくとの決意と、
大調和の請願で足を運びました。
私たちは日ごろ意識しているだけでも、
見聞きした事柄にああでもない、こうでもないと、
心に罪穢れを重ねるもの。
私心を捨てて、心のブラッシュアップと、
魂の原点に立った宇宙大調和の請願が神社まいりの本当の内容でしょう。
ことしの初詣で気付いたことがありました。
それは例年よりも人出が多いことです。
論者が動くわずかな都内エリアですから見聞きするのも限定されますが、
これまで以上に初詣客が多い。
これは、何を意味するのでしょう。

[三田の龍原寺(故 松原泰道師のお寺)での鐘つきでしたが、
玉ゆらも例年になく多い。
もちろんこの夜は東京は雪ではありませんよ。]
神仏と離れていた心が、
東日本大震災を契機に神仏という原点に立ち帰って
いったからではないでしょうか。
311の直後も感じたのですが、
それまでは人影もない神社にお参りされる主婦や
昼下がりのサラリーマンが拝礼される姿を実によく見かけるのです。
その延長線上に今年の初詣客の人出があったものと見受けられます。
日本人の意識が311を契機に、
心魂を見直し神社にあらためて復興日本の請願、
大難から中難、中難から小難への願いに、
見えない神仏に請願する心にシフトしていったのではないでしょうか。
意乗りとは、実に大きなエネルギーをもちます。
その意乗りのエネルギーが現象展開を誘導します。
日本人の90%以上もの方が初詣し、
そこに日本復興再生と地球の平和を一斉に願ったらそれは、
集合意識から巨大な現象開顕に向けて動き出す。
日本人にあたえられた使命の一つ、「意乗りの正しい所作」は
初詣という原点にあったのです。

[東京タワーも2012年のカウントダウンで一斉にタワーにライトスポット。
2012という字もかかりました。
この写真からほど近い芝増上寺も例年の5割増しくらいの人出でしたよ。]
また今年の特徴は、お正月の晴れ着姿のお嬢さんが
異常に少ないということを感じたのです。
それは、芝神明でも、赤坂の日枝神社でも、豊川稲荷でも、
靖国神社でも、市ヶ谷の亀岡八幡さんも同じ。
殆どのエリアで綺麗に着飾ったお嬢さんは
ちらほらしか見かけませんでした。
それは、自分が目立つという心情が
311を経て薄らいだのではないでしょうか?
自己主張というときついのですが、
着飾って友達や彼氏に見せるという表面上の心の希いが薄れて、
何か個人から全体的な希いへと
日本人女性の心の変化があったのではないでしょうか?
「なでしこジャパン」に見られるように、
力強くけん引していくという魂に静かに火がついたのかもしれません。
さて皆様のお住まいの各地での風景はいかがだったでしょうか。
そこに日本人の見えない心の変化が
静かに見られたのではないでしょうか。
2012年に入り、改めて神意識ですべてを受け入れていこう、
瞬間瞬間を存分に味わい楽しんでいくとの決意と、
大調和の請願で足を運びました。
私たちは日ごろ意識しているだけでも、
見聞きした事柄にああでもない、こうでもないと、
心に罪穢れを重ねるもの。
私心を捨てて、心のブラッシュアップと、
魂の原点に立った宇宙大調和の請願が神社まいりの本当の内容でしょう。
ことしの初詣で気付いたことがありました。
それは例年よりも人出が多いことです。
論者が動くわずかな都内エリアですから見聞きするのも限定されますが、
これまで以上に初詣客が多い。
これは、何を意味するのでしょう。

[三田の龍原寺(故 松原泰道師のお寺)での鐘つきでしたが、
玉ゆらも例年になく多い。
もちろんこの夜は東京は雪ではありませんよ。]
神仏と離れていた心が、
東日本大震災を契機に神仏という原点に立ち帰って
いったからではないでしょうか。
311の直後も感じたのですが、
それまでは人影もない神社にお参りされる主婦や
昼下がりのサラリーマンが拝礼される姿を実によく見かけるのです。
その延長線上に今年の初詣客の人出があったものと見受けられます。
日本人の意識が311を契機に、
心魂を見直し神社にあらためて復興日本の請願、
大難から中難、中難から小難への願いに、
見えない神仏に請願する心にシフトしていったのではないでしょうか。
意乗りとは、実に大きなエネルギーをもちます。
その意乗りのエネルギーが現象展開を誘導します。
日本人の90%以上もの方が初詣し、
そこに日本復興再生と地球の平和を一斉に願ったらそれは、
集合意識から巨大な現象開顕に向けて動き出す。
日本人にあたえられた使命の一つ、「意乗りの正しい所作」は
初詣という原点にあったのです。

[東京タワーも2012年のカウントダウンで一斉にタワーにライトスポット。
2012という字もかかりました。
この写真からほど近い芝増上寺も例年の5割増しくらいの人出でしたよ。]
また今年の特徴は、お正月の晴れ着姿のお嬢さんが
異常に少ないということを感じたのです。
それは、芝神明でも、赤坂の日枝神社でも、豊川稲荷でも、
靖国神社でも、市ヶ谷の亀岡八幡さんも同じ。
殆どのエリアで綺麗に着飾ったお嬢さんは
ちらほらしか見かけませんでした。
それは、自分が目立つという心情が
311を経て薄らいだのではないでしょうか?
自己主張というときついのですが、
着飾って友達や彼氏に見せるという表面上の心の希いが薄れて、
何か個人から全体的な希いへと
日本人女性の心の変化があったのではないでしょうか?
「なでしこジャパン」に見られるように、
力強くけん引していくという魂に静かに火がついたのかもしれません。
さて皆様のお住まいの各地での風景はいかがだったでしょうか。
そこに日本人の見えない心の変化が
静かに見られたのではないでしょうか。
2012年01月02日
都内のクアハウス
年末の来客やら大掃除やらのあわただしさを取り戻すかのように
お正月はゆっくりとしております。
除夜の鐘は、いまは亡き松原泰道先生のお寺、
三田綱町のイタリア大使館のお向かいの
龍原寺でつかせていただきました。
これから三が日の様子を見て、
都内のクアハウスに行ってみようかと思っております。
近場でとおもい大井町駅前
阪急大井町ガーデン内の「王様のふろ」をと考えてます。
ここがオープンしたのは昨年の二月でしたか。
以降何度か行きましたが、
おススメは高濃度炭酸泉と塩燻蒸ふろ。
炭酸泉風呂は39度くらいのぬるめで、
10~15分くらいじっくり入れるようにとの
低めの温度設定なのでしょう。
しばらく身を沈めていると、
皮膚に小さな気泡がまとわりつくのがわかります。
効能は血流促進、血糖値低下、ストレス沈静、
腰痛・リウマチの軽減様々な能書きが書かれてます。
実感としては、疲れがかなり抜ける気がいたしました。
炭酸ガスのせいで、体内の不純物成分が抜けていくのでしょうか。
もう一つのお勧め塩燻蒸ふろは、
漢方の香り、燻蒸のスチーム風呂。
10人も入れましょうか小さな空間に、
塩の入った大きなつぼがでんと置かれてあって、
思い思いに塩を体にこすりつける。

[今年も各地での初詣、日本人の90%がお参りするそうです。
その集中した願いが災害復興・大調和ですと強大な意乗りとなります。
意乗りのエネルギーは実に大きいですよ]
塩釜風呂は1000年以上も前からの
天皇家のするところのようですね。
体内の邪気が抜けるようです。
私の好きな船堀の東京健康ランドも塩サウナがあるのですが、
全身に塩をこすりつけると低温の浴室ですが、
猛烈な発汗作用があるのです。
この大井町の塩燻蒸ふろのちょっとした、秘密をお教えします。
論者が、アンコールワットに行ったときに
ある回廊の一角で、胸をたたくと
その響きが空間に共鳴する一角がありました。
そこで思い出して、塩燻蒸ふろに入った時に
自分の胸をこぶしでたたくと、なんと共鳴音がします。
多分これは論者だけの発見だと思います。
胸をたたいた音の周波数の波長と、
サウナ室の天井高さや幅が
その音の波長と整数倍の関係に偶然なっていたのでしょう。
お正月は皆様思い思いに過ごされていると思います。
心身ともに健康でこの辰年をお迎えになっていると存じます。
お正月はゆっくりとしております。
除夜の鐘は、いまは亡き松原泰道先生のお寺、
三田綱町のイタリア大使館のお向かいの
龍原寺でつかせていただきました。
これから三が日の様子を見て、
都内のクアハウスに行ってみようかと思っております。
近場でとおもい大井町駅前
阪急大井町ガーデン内の「王様のふろ」をと考えてます。
ここがオープンしたのは昨年の二月でしたか。
以降何度か行きましたが、
おススメは高濃度炭酸泉と塩燻蒸ふろ。
炭酸泉風呂は39度くらいのぬるめで、
10~15分くらいじっくり入れるようにとの
低めの温度設定なのでしょう。
しばらく身を沈めていると、
皮膚に小さな気泡がまとわりつくのがわかります。
効能は血流促進、血糖値低下、ストレス沈静、
腰痛・リウマチの軽減様々な能書きが書かれてます。
実感としては、疲れがかなり抜ける気がいたしました。
炭酸ガスのせいで、体内の不純物成分が抜けていくのでしょうか。
もう一つのお勧め塩燻蒸ふろは、
漢方の香り、燻蒸のスチーム風呂。
10人も入れましょうか小さな空間に、
塩の入った大きなつぼがでんと置かれてあって、
思い思いに塩を体にこすりつける。

[今年も各地での初詣、日本人の90%がお参りするそうです。
その集中した願いが災害復興・大調和ですと強大な意乗りとなります。
意乗りのエネルギーは実に大きいですよ]
塩釜風呂は1000年以上も前からの
天皇家のするところのようですね。
体内の邪気が抜けるようです。
私の好きな船堀の東京健康ランドも塩サウナがあるのですが、
全身に塩をこすりつけると低温の浴室ですが、
猛烈な発汗作用があるのです。
この大井町の塩燻蒸ふろのちょっとした、秘密をお教えします。
論者が、アンコールワットに行ったときに
ある回廊の一角で、胸をたたくと
その響きが空間に共鳴する一角がありました。
そこで思い出して、塩燻蒸ふろに入った時に
自分の胸をこぶしでたたくと、なんと共鳴音がします。
多分これは論者だけの発見だと思います。
胸をたたいた音の周波数の波長と、
サウナ室の天井高さや幅が
その音の波長と整数倍の関係に偶然なっていたのでしょう。
お正月は皆様思い思いに過ごされていると思います。
心身ともに健康でこの辰年をお迎えになっていると存じます。
2011年12月30日
霊主心従体属
まもなく除夜の鐘が鳴って、いよいよ2012年に突入します。
一昨日 友人の竹本良さん(たけしのTVタックルなどにでてくる
UFO・宇宙人研究家)からお電話をいただきました。
「鈴木さん! えらいこっちゃ!!あなたの書いた『御霊の法則』が
東京八重洲ブックセンターで
人文科学の部門 ベストセラー第六位にはいっているよ!」
ありがたいことです。
日本人の魂の覚醒、その偉大な日本人の使命の気付きを目的にした『御霊の法則』
それをあえて、2012年 辰年にむけ、
2012年の心の準備のために今年 2011年の年末に出したのもです。
2012年は地球アセンションの年といわれますが、
人によっては恐怖感を持ったり、
半霊反物質の世界とか言われうろたえたりします。
しかし、うろたえずドッシリとこの時代をキラキラと味わってもらいたい。
人の話に惑わされず、頼らず、すべての回答は己のうち、真我にあるのです。
その真我を日本人のすべてのかたが、発揮する使命があるのです。
日本には古来より「霊主心従体属(れいしゅしんじゅうたいぞく)」
という言葉があります。
「れいしゅ」は「冷酒」とも書きますが、
それではなくてスピリットの「霊」ですね。
それがメインで、心はころころ変わるし
喜怒哀楽という焦点が定まりにくいからその次。
そして体は霊止(ヒト)の主体である
霊エネルギーの付属品みたいなもの。
毎度言いますが、いのち(霊エネルギー)、こころ(感性)
そして からだ(肉体物質)はバラバラに切り離せません。
そのうち最も大事なのが、神様から賜っている「いのち」(霊主)ですね。
体が病になると、物質のサプリメントとを与えれば
元の体に戻るわけではなく、
そこには霊(いのち)と心(想い)が柱にならないとどうにもならない。
霊という表現をどう捕らえるかということで、
「霊」は不確かだからといって文部科学省辺りは絶対に使わない表現です。
しかし、私自身は簡単に「いのち」と思っております。
「いのち」をキラキラと光らせるためにはどうしたらいいか。
愛、感動、調和、感謝、こういったものが躍動すれば、
自然と「いのち」のエネルギーが湧いてきます。
その主役は己であり、周りではありません。
日本人には、古くからお金だとか、お金に換算できるモノや行為、
そういったもので人に差配されたり、
純正な心の指針がゆるがなかったのです。
私たちは、古来より、ハート、いのち、愛、
これを先人からずっと受け継いできました。
日本人のことを「日(ひ)の民族」といいますね。
日は霊と書いて「ひ」と読ませます。
つまり「霊(ひ)」の民族、「霊(ひ)の大元」の民族なのです。
したがって私たちが、古来から伝えられている「霊主心従体属」、
この関係をしっかりと、日常の心の中におさめなければならない。

[龍体列島日本(鈴木俊輔作)
いよいよ2012年は辰年 国常立大神さまが最も動くご用の年ですね]
先の震災で日本人の意識が愛念で集中しました。
もう自分さえよければ・・・、
自分の会社さえ儲かれば・・・、
自分の家庭さえ健康なら・・・、
周りはどうでもいいという方はなくなってきました。
いのちは繋がっているのです。
巨大ないのちのネットワークの中に自分もあるから、
人の悲しみで自分の心が震えるのです。
日本は世界の雛型であって、
この日本人が変らなければ世界は変らない。
2012年 その辰年は龍神さまが動く年。
そして日本人が立つ年であり、
古い物質文明が破壊され新しい霊性文明が建つ年。
みなさま、
どうぞ素晴らしいお正月をお迎えくださいね。
一昨日 友人の竹本良さん(たけしのTVタックルなどにでてくる
UFO・宇宙人研究家)からお電話をいただきました。
「鈴木さん! えらいこっちゃ!!あなたの書いた『御霊の法則』が
東京八重洲ブックセンターで
人文科学の部門 ベストセラー第六位にはいっているよ!」
ありがたいことです。
日本人の魂の覚醒、その偉大な日本人の使命の気付きを目的にした『御霊の法則』
それをあえて、2012年 辰年にむけ、
2012年の心の準備のために今年 2011年の年末に出したのもです。
2012年は地球アセンションの年といわれますが、
人によっては恐怖感を持ったり、
半霊反物質の世界とか言われうろたえたりします。
しかし、うろたえずドッシリとこの時代をキラキラと味わってもらいたい。
人の話に惑わされず、頼らず、すべての回答は己のうち、真我にあるのです。
その真我を日本人のすべてのかたが、発揮する使命があるのです。
日本には古来より「霊主心従体属(れいしゅしんじゅうたいぞく)」
という言葉があります。
「れいしゅ」は「冷酒」とも書きますが、
それではなくてスピリットの「霊」ですね。
それがメインで、心はころころ変わるし
喜怒哀楽という焦点が定まりにくいからその次。
そして体は霊止(ヒト)の主体である
霊エネルギーの付属品みたいなもの。
毎度言いますが、いのち(霊エネルギー)、こころ(感性)
そして からだ(肉体物質)はバラバラに切り離せません。
そのうち最も大事なのが、神様から賜っている「いのち」(霊主)ですね。
体が病になると、物質のサプリメントとを与えれば
元の体に戻るわけではなく、
そこには霊(いのち)と心(想い)が柱にならないとどうにもならない。
霊という表現をどう捕らえるかということで、
「霊」は不確かだからといって文部科学省辺りは絶対に使わない表現です。
しかし、私自身は簡単に「いのち」と思っております。
「いのち」をキラキラと光らせるためにはどうしたらいいか。
愛、感動、調和、感謝、こういったものが躍動すれば、
自然と「いのち」のエネルギーが湧いてきます。
その主役は己であり、周りではありません。
日本人には、古くからお金だとか、お金に換算できるモノや行為、
そういったもので人に差配されたり、
純正な心の指針がゆるがなかったのです。
私たちは、古来より、ハート、いのち、愛、
これを先人からずっと受け継いできました。
日本人のことを「日(ひ)の民族」といいますね。
日は霊と書いて「ひ」と読ませます。
つまり「霊(ひ)」の民族、「霊(ひ)の大元」の民族なのです。
したがって私たちが、古来から伝えられている「霊主心従体属」、
この関係をしっかりと、日常の心の中におさめなければならない。

[龍体列島日本(鈴木俊輔作)
いよいよ2012年は辰年 国常立大神さまが最も動くご用の年ですね]
先の震災で日本人の意識が愛念で集中しました。
もう自分さえよければ・・・、
自分の会社さえ儲かれば・・・、
自分の家庭さえ健康なら・・・、
周りはどうでもいいという方はなくなってきました。
いのちは繋がっているのです。
巨大ないのちのネットワークの中に自分もあるから、
人の悲しみで自分の心が震えるのです。
日本は世界の雛型であって、
この日本人が変らなければ世界は変らない。
2012年 その辰年は龍神さまが動く年。
そして日本人が立つ年であり、
古い物質文明が破壊され新しい霊性文明が建つ年。
みなさま、
どうぞ素晴らしいお正月をお迎えくださいね。





