2010年08月04日
玄米ばんさい
[ ダイニング「菜食健美」の巨大な弥勒さま。 とてもいいお顔ですよ]
6月でしたが、サトルの運営委員であるお料理研究家の杉原さんのお誕生会に招かれて新大久保にある有機食ダイニング「菜食健美」に行って参りました。
新大久保はもう20年以上も足を踏み入れていないのですが、韓国料理街と思いきやヒョイと横道を入ると住宅街のようで、そこにはなんと大きな敷地にダイニング「菜食健美」があるのです。
その一階にはミロク菩薩さんがデント待ち構えている。
日本のミロク菩薩様は女性でお優しいお顔立ちですが、こちらのは中国からの出張でしょうか、巨大な男性座像。
拝観料もありませんから、一度ご覧になっては如何でしょう。木坐像でにこやかなお顔ですよ。
[「菜食健美」の店内です。結構な品数ですし、お味噌汁も2-3種類あったと思います]
その弥勒様のお隣のダイニング「菜食健美」は、お昼に伺ったのですが、有機食材のバイキング形式。
ご飯はいずれも玄米ですが、それも三種ぐらいあったでしょうか?お味はとってもよろしいですよ。
バイキング料理も写真のように、30種くらいあるかしら。もちろん魚肉はございませんが、いずれも確かなお味。
サトルの事務局にはよく皆さんがお見えになりますが、夜の会合ではこのところ前出の杉原さんが玄米オムスビを持参されたり、サラダをお持ちになったりで、皆さんが大変に喜ばれます。
玄米も産地によりけりで、また炊き釜によりけりで違うのですが、そこはプロですので、最高のお味が楽しめました。

[まる玄さんの おむすび 結構なお味ですよ]
本ブログでも紹介しましたが、寺山心一翁さんは、余命二ヶ月のガンから生還したポイントは、
①物質的な執着のすべてを捨て去ること
②ひたすら生かされていることに感動し感謝すること
③そして玄米食
私も玄米オムスビを時々頂ますが、自分の腸の働きが強くなることだ実感できます。そして便秘は一発解消です。
杉原さんは大森にあるオニギリ処「まる玄」さんのご関係者ですから、時々持参されるその素材はというと、無添加で厳選されたものばかりです。
使用する水も塩も厳選されている「まる玄」さんはお肉を使わないボリューム感満点のお弁当も出されている。
玄米ばんざーい!
2010年06月02日
ホッピーからビーチユーへ

[ホッピーを置いてあるところが、最近増えてまいりましたね]
論者の住まう近く、三田慶応中通りや浜松町大門の交差点、その界隈にある飲み屋雑居ビルには最近「ホッピー」が置いてあるのですねえ。
その昔は、詫びれた小さな赤提灯でないと置いておりませんでした。
「ホッピー」とは上の写真のような、ビールの小瓶程度の大きさで、かなりホップの利いた薄味のビール味。
これにアイスと焼酎を加えてグット行きます。
ビール風の飲み味で、爽やかさがあってかつ酔いも早い。
とりわけ夏にはもってこいの飲料という風情でしたが、その口当たりのよさから最近ではオールシーズンで置いているようです。
健康クアハウスでもホッピーを置いてあるところも見かけますね。
中ジョッキに、ホッピー半分と氷、グラスの上部 3cmくらいの空間に焼酎をいて頂くのが適量か? ですからホッピー1本でおおよそ、中ジョッキ2~3杯分位のお飲みモノとなります。

[これが最近発売された、シジミエキスいりのノンアルコールビール]
呑み助の論者は、肝休日つまりノンアルコ―ルの日を設けているのですが、やはり口寂しいので、その日はノンアルコールビールでやり過ごす。
そうしますと、ストレスがかかりません。
最近 キリンビールから「休みの日のアルコール 0% 」というオルニチン(しじみエキス)400mg配合でカロリーオフというのが出ましたね。
これが結構いいのですよ。
ノンアルコールですから、さっぱり感があってそれでいて「ホッピー」に似た感じ。
おまけに肝臓にもいいといわれるシジミエキス配合。
したがって、休肝日ではない日ですが、この「休みの日のアルコール 0%」をホッピー代わりに焼酎と氷少々を入れてみました。
これはこれは、結構いけますゾヨ。
アルコール飲んでシジミエキスではなにやら、飲まない方には笑われそうですが、まあまお試しあれ。
「ビーチユー」とは、焼酎のビール割りのことで昔から、ホッピーのない店ではこうした飲み方が流行っていたのですよ。
昔、兄とはよく「ビーチユー」をよくやりにいきました。
2010年03月31日
餃子の包み方

[はい! 焼き餃子の完成です。でも焼きは、私ではありません]
あらかたのお料理は子供の頃から好きでするほうで、和洋中、暇があると楽しんで実験してます。
料理は実験だと思うのです。
なんていうと、『趣味と実際は違うのよ!』 なんて奥様から怒られそうですね。
TVのお料理番組も時々拝見。でもまともな料理はどうでもいい。
そそるのは思わぬ具材を、思わぬ調味料と、思わぬ方法で紹介する番組。
東京なもんですから4チャンネルになりますが、お昼前の「キューピー3分間クッキング」なんて好きですね。
それとして奥薗壽子さんの「ナマクラ流ずぼら派家庭料理」,これも凄いですね。
彼女は巧みにお麩をつかった料理では第一人者とおもいます。
お麩を入れた固さ加減のいい手早い豆腐ハンバーグとか、電子レンジを使った下味しらえを短時間にするお料理も見事ですね。
そのせいでしょうか、最近お笑い芸人の「超短時間料理」とかもあって面白い。
でも後者は、私が実施したところではお味が一歩も二歩も下回る。
例えば、フードプロセッサーに入れた、にんにく風味の小麦粉と牛乳、そしてお豆腐少々の「簡便ホワイトソース」はホンの10秒で出来るけれど、お味は勘弁して欲しいレベル。
でも奥薗さんの料理いは短時間の割には、まずまずのお味ですよ。
論者は焼き餃子はあまり得意ではありません。
目先を変えて残り物のカレーやらを入れる場合もありますが、シンプルな料理だけに、皮のもちもち感と焼き加減はプロにはかないません。
ですから作るといっても一年にほんの一,二回程度。
私の場合は餃子の皮までは作りませんが、当たり前の具材を野菜を多めにして、かき油とチーズを入れて、最低一日は寝かせます。
チーズは隠し味で、マロミが出ます。
[これは論者による一日くらい寝かせた 「ぎょうざの種」です]
包み方は、ぞんざいで、単純に円形のヘリ同士を合わせて、五指の跡が残るようにしっかりと押し付けるだけ。
ですがこんな包み方も参考になりますね。
[この紹介の動画像は、ぎょうざの母ともいえそうな方のようで、いい手つきですね。包み方のご参考までに紹介しました。]
私の場合は、焼き方が下手で、焼き方はもっぱら奥さんか、倅のお嫁さんにまかせてます。
私のお料理タイムには、三つくらいの料理が同時進行してますので、ほかの料理の鍋に目線がいったりで、せわしくジックリ焼き上がりを見ていないのです。
そこで、女性のほうがじっくりと焼き具合を見てくれますので、焼き方は彼女らにお任せ。
おまけに焼きあがりに片栗のトロみを入れたりして、羽付き餃子も作ってくれる。
当方は付けタレが、醤油とお酢と、せいぜいラー油、豆板醤くらいですが、多分このあたりに画期的な改良の余地があるように、かつての素材基礎研究者は思います。
2010年03月15日
生やつ橋
先だって、サトルの関係者からの京土産で「生八橋」をいただきました。
論者が中学校のときでしたが、修学旅行は京都に二泊三日だったと記憶します。
もちろん枕投げの記憶もありますが、母へのお土産がこの「八橋」でした。
「生八橋」を頂いた彼女に「生八橋の縁起といおうか、ネーミングの起源は何かねえ?」と尋ねたのですが答えが出てきません。
それで、少々調べてみました。

[生やつ橋はもっちり感がいいですが、少々歯にくっつきますね]
京都のその昔、八橋検校というお琴の名人先生が居られたのです。
その八橋検校の歿後、彼の遺徳を偲んで、墓所のある京都黒谷金戒光明寺に参詣におとづれる人々が後を断ちませんでした。
このため門弟たちは、八橋検校に因んで琴を形取った焼菓子を「八ツ橋」と名付けて、参道の黒谷の森の茶店で売り出しました。これが京名物「八ツ橋」の始まりのようです。

[おたべは粒餡を入れた、やつはしの発展形のようですね]
ところで、「八ツ橋」といえば「かきつばた」の花とともに、平安の歌人在原業平が想い起こされます。
江戸時代、東海道五十三次の39番目の宿場として栄えた池鯉鮒(ちりふ)には、八橋町の無量寿寺の庭園で「かきつばた」の名所があります。
この八橋は、平安の歌人在原業平(ありわらのなりひら)が、「かきつばた」の5文字を句頭も入れて歌を詠んだことに由来しております。
「むかし男ありけり」の出だしで有名な歌物語「伊勢物語」(西暦900年代)の九段の中で、京から東の方へ住む国を求めてゆく下りの中で、平安初期(800年代)にこの地をおとづれたことが描かれています。
かきつばたの美しく咲く水辺に腰をおろして、糒=ほしいい(ご飯を乾燥させたもの)をつかっている時、話の成り行き上、「かきつばた」の5文字をそれぞれ五七五七七の句の頭にすえて旅の心を歌にするようにと、友人に促され詠んだのが、
からころも きつつなれにし つましあれば
はるばるきぬる たびをしぞおもう
の歌でした。その意は、唐衣をずっと着続けていると次第に身に柔らかくなじんでくるが、ちょうどそのように慣れ親しんで来た妻を都に残しての旅は、思えば遠くまで来たものでなんとやるせないことだろう、というものでしょう。
友人達はみな業平の歌に心を打たれ涙したと描かれています。
ここでの八橋は、土地の名で「川の流れが蜘蛛の手のように幾筋にも分かれているため、橋を八つ掛け渡してあるので八橋という」と、伊勢物語は説明しています。
三河地方には、この「八橋」に因んだ故事が伝承されているようですね。
京都でしたか?以前 5月に紫色の葛の和菓子を求めたら「からころも」と書いてあるですね。
でもなんとなく季節モノだから「かきつばた」かなあ?なんて思ったら、業平の和歌をシャレてたのですね。
風流なもんです。
論者が中学校のときでしたが、修学旅行は京都に二泊三日だったと記憶します。
もちろん枕投げの記憶もありますが、母へのお土産がこの「八橋」でした。
「生八橋」を頂いた彼女に「生八橋の縁起といおうか、ネーミングの起源は何かねえ?」と尋ねたのですが答えが出てきません。
それで、少々調べてみました。

[生やつ橋はもっちり感がいいですが、少々歯にくっつきますね]
京都のその昔、八橋検校というお琴の名人先生が居られたのです。
その八橋検校の歿後、彼の遺徳を偲んで、墓所のある京都黒谷金戒光明寺に参詣におとづれる人々が後を断ちませんでした。
このため門弟たちは、八橋検校に因んで琴を形取った焼菓子を「八ツ橋」と名付けて、参道の黒谷の森の茶店で売り出しました。これが京名物「八ツ橋」の始まりのようです。

[おたべは粒餡を入れた、やつはしの発展形のようですね]
ところで、「八ツ橋」といえば「かきつばた」の花とともに、平安の歌人在原業平が想い起こされます。
江戸時代、東海道五十三次の39番目の宿場として栄えた池鯉鮒(ちりふ)には、八橋町の無量寿寺の庭園で「かきつばた」の名所があります。
この八橋は、平安の歌人在原業平(ありわらのなりひら)が、「かきつばた」の5文字を句頭も入れて歌を詠んだことに由来しております。
「むかし男ありけり」の出だしで有名な歌物語「伊勢物語」(西暦900年代)の九段の中で、京から東の方へ住む国を求めてゆく下りの中で、平安初期(800年代)にこの地をおとづれたことが描かれています。
かきつばたの美しく咲く水辺に腰をおろして、糒=ほしいい(ご飯を乾燥させたもの)をつかっている時、話の成り行き上、「かきつばた」の5文字をそれぞれ五七五七七の句の頭にすえて旅の心を歌にするようにと、友人に促され詠んだのが、
からころも きつつなれにし つましあれば
はるばるきぬる たびをしぞおもう
の歌でした。その意は、唐衣をずっと着続けていると次第に身に柔らかくなじんでくるが、ちょうどそのように慣れ親しんで来た妻を都に残しての旅は、思えば遠くまで来たものでなんとやるせないことだろう、というものでしょう。
友人達はみな業平の歌に心を打たれ涙したと描かれています。
ここでの八橋は、土地の名で「川の流れが蜘蛛の手のように幾筋にも分かれているため、橋を八つ掛け渡してあるので八橋という」と、伊勢物語は説明しています。
三河地方には、この「八橋」に因んだ故事が伝承されているようですね。
京都でしたか?以前 5月に紫色の葛の和菓子を求めたら「からころも」と書いてあるですね。
でもなんとなく季節モノだから「かきつばた」かなあ?なんて思ったら、業平の和歌をシャレてたのですね。
風流なもんです。
2009年12月02日
焼き鳥の食べ方

[ヤキトリ屋さんのノレン前では、うなぎ屋さんといい勝負の[かおり合戦]ですね]
もう55年以上前になるでしょうか。
私が小学校低学年の時代、父が寒い冬の夜に焼き鳥を「おみや」に買ってきてくれました。
ぷーンと香ばしいかおりと、口に広がる甘い肉の塊をかぶりついたのが、焼き鳥との初めての出会い。
その頃はラーメンが、25円とか30円の時代でしたか。
近所の商店街にも今のように焼き鳥屋さんもそう数多くあるわけでもなく、せいぜいJR駅の横丁に一軒あるかないか。
もちろん、いまの居酒屋チェーン店 「笑笑」、「日本海庄屋」、「木村屋」、「桜水産」、「甘太郎」、「和民」、「包丁や」、「素材や」なんてありません。
始めてその香ばしいかおりを口一杯にした時に、世の中にこんなに美味しいものはないと思いました。
その潜在意識に引きづられて、社会人になっても、時としてヤキトリの串を右手に持って、横ぐわえにして頂戴します。
私の場合は殆どが幼少の記憶のまま、タレですね。
塩はタンぐらいかしら・・・・・・。

[ヤキトリに王道は無いのですが、私の場合は歯も悪くなってきたから、レバ焼き、軟骨、つくね、タン塩こんな感じかしら・・・・・。 おすすめは麻布十番の「あべちゃん」ここはかれこれ30年以上通ってます]
時々家内と鶏料理専門店や居酒屋に行き、ヤキトリを注文すると、まいど彼女は串からお肉を外すのです。
そして、ほぐし終えて、さあ準備が出来たぞとばかりに頂きます。
ですから私は、先に小皿に自分のものを2~3本とって、「お先に!」といって唐辛子を掛けていただきます。
また咥え食いのその風情がヤキトリの美味しさをますます倍増させてくれるというもの。
どの男性もヤキトリは、串を持ってかぶりつくのが美味しいものと思っているはずです。
まあ女性の横ぐわええは、お姿から如何なものでしょうかか。
少々品がよろしくないとおもって、これまで家内や娘のしぐさ黙って見て、女性が頂く前にほぐすのは、さもありなんと思っていました。
ところがある会合でご一緒した女性が二人協力して、タレ焼きの一緒盛りのヤキトリをせっせと10数本あまりも目の前でもほぐしてくれました。
私が「男性は、そのままかぶりついていいのですが、女性はちょいとねえ」というと、彼女たちは「それもそうですけど、口元がベチャベチャになって、口紅が一発でとれてしまいますの!」とのお応え。
なるほどねえ、男性はそうしたこと、口紅をつけないものですから、あまり気がつかないのですね。
[私もよく行く麻布十番 網代公園横の家庭料理「たけ山」、サトルではよくみなさんといきますよ。 実は論者の倅のお店、マスターは健太郎さんです]
最近では、居酒屋チェーンで「白もつとにんにく焼きのサラダ添え」、とか「レーバーとつくねのタレ焼き一緒盛り」とかのはじめから肉類をバラにした皿メニューも出てきたことをあらためて発見。
昔はヤキトリも焼酎も、労働者ブルーカラーの「夕暮れ時の憩いの象徴」だったのですが、21世紀は、これらも女性用に変化していったのですねえ。
2009年10月21日
湯豆腐の逆襲

[湯豆腐は食の王道ですよ!]
若い時代にはお豆腐はそれほど好きでもなく、味のしないお豆腐よりもお肉。
こってりしたシチュー、そしてウーロン茶よりコカコーラを好むそんな若者でした。
ところが結婚してから、ときおり義父に勝鬨橋の「天竹」によく連れて行かれ、ふぐ鍋をご馳走になったのですね。
すると、フグのデリケートな味わいに、これまで鈍感だった舌がなじんできて、やがてフグ鍋に入れたお豆腐の味わいも分るようになってきた。
それから30数年 豆腐、こんにゃく、そば、そして肉から魚介に嗜好も変わってまいりました。
ふぐ鍋に入れた野菜に、鍋の汁のうまみが浸透して、季節の野菜にじんわりとうまみが増す。最後にはその汁にご飯を入れて、タマゴを落としてジックリまって、程よい加減でややポン酢の効いた出汁醤油を落としかき混ぜ、「おじや」を頂く。これがまた最高でしたね。
家庭ではフグはお高いし、それに入手も困難ですから、鯛やたらの白身魚を鍋にして、そこにお豆腐を落として、湯豆腐を頂くのですが、やっぱりフグ鍋のポッカリウ浮いたフグのうまみが染み付いた豆腐にはかないません。
東北に行った時には、「だだっちゃ豆腐」を買い求めて、それに軽く塩を掛けた「奴」で頂くのですが、これもまた美味。
伊勢神宮の内宮近くのおかげ横丁、その五十鈴川沿いのとうふ料理屋さん、名もそのままで「とうふやさん」もいけましたねえ。
[うかい亭の豆腐会席 : お写真の方は鈴木の友人です]
港区芝の住居から歩いて東京タワー入り口の手前、此処には豆腐の専門料亭「うかい」があります。
結構お高い「とうふ会席」ですが、一度は行かれたほうがいいです。
但し昼も夜も全て予約制ですよ。
今年の夏には、サトルでお付き合いを頂いている大串さんから、彼女の故郷、佐賀の名品「湯豆腐セット」を送っていただきました。
佐嘉 平川屋 「温泉湯豆腐」u>とありましたが、これが絶品でした。
セットに入っている数丁のお豆腐と専用の温泉調理水を入れ土鍋で炊くのですが、豆腐が崩れて白濁し、いわゆる「くみ出し豆腐」風になるのですね。
しばらくすると、なんと湯葉も張るのですよ。
湯葉やくみ出し豆腐、それを掬ってポン酢と青ねぎでいただきます。
なるほど絶品です。
「鍋日本一」に選ばれたとか。地方は発送もあるようですよ。
さらにそのお鍋にお野菜を落としてもいいし、残りの豆乳状のお汁にざっと洗った冷やご飯を入れて、お雑炊にするのもいけますよ。
お雑炊やおじやには、個人的な主張ですが、細かく刻んだ「小口青ねぎ」をいれるべし。
また豆乳鍋の具を掬った、自分の椀や器にツケ汁以外に「わざび」をチョット落として味わってみてください。

[スーパーで買った 豆腐「波乗りジョニー」 まろやかで豆乳風のお味ですね。三つにカットできます。]
若い時には、お豆腐の味も分らなかった者が、30台を過ぎると、スーパーで売っているお豆腐にも若干うるさくなってくる。
スーパーで頂くのは「波乗りジョニー」、これは密閉が程よく三つにカットできて、その一人分が程よい大きさで、マアマアのお味。
「男山」だったかな、かなり固めのお豆腐で、中に布がしっかり巻きつけてある。
これは麻婆豆腐や豆腐ハンバーグには最適と思います。
時折 固ゆで豆腐、小海老、きのこなどを炒めた中に、ホワイトソースを入れて、焼き皿にもり、チーズと掛けてグラタンにすることもやります。
それは実にヘルシーですよ。
グラタンは具材にこだわらず、場合によってはワカメや長いもなども入れたり、もちろん銀杏も最高。
豆腐料理では「ひじきの煮つけ」の中に固ゆでした豆腐を入れて、混ぜるだけ。
これもいけます。とりわけ、それを暖かいごはんの上に載せて、いただくのもこの上なく美味しい。
一方で、固く絞った豆腐とすり身魚と片栗粉、そして刻んだ青ねぎにしょうが汁を加えた、すり身団子。
もちろん塩コショウに醤油で味付けしますが、軽目がいい。
これもヘルシーな鍋料理になります。
毎日お豆腐ばっかりという訳にはいかないでしょうが、「てんぷら」「鶏唐」などの油立ちをして、お豆腐とお野菜を腹いっぱい食べてみてください。
一ヶ月で最低3Kg、炭水化物もとらなければ1ケ月に5Kgは痩せますよ。
本当ですよ。
贅肉がつき始めたらそうしてみてください。もちろんいくら食べても構いません。
できれば朝はフルーツモーニングがベスト。
日本の秋ですね、ハンバーガーやラーメンやイタメシに押されがちな日本の食環境に「湯豆腐の逆襲」がいよいよ始まる。
2008年11月30日
蕎麦打ち
先だって九州の紫芋を頂いて、煮付けにしてみたのですが、
熱が通ると本当に綺麗な紫色になるのですね。
爽やかなソフトな舌触りに、それを創った方や、お持ちいただいた方の優しいの波動が伝わってまいりました。
紫芋というと、以前、鎌倉の大仏様におまいりに行った時に「紫芋ソフトクリーム」があるのですね。
最近では「ワサビアイス」、「くらげアイス」、「柿アイス」やらもある。
ビックリですね。
そうこうすると、知人から「そば粉」を頂戴しました。
蕎麦打ちは初めてですが、時間があれば打ってみようと初めてチャレンジ。
[なんとなく、丸くはなってますね]
7:3 くらいにそば粉と小麦粉を入れて混ぜ合わせ、水分を入れて、ぱさぱさにこねる。
もちろんインターネットで検索してプロの作り方度を事前に頭に入れておきました。
こねこね、コネコネ、捏ねこねと汗がにじむくらいに捏ねてから、やがて丸く収まる。
そして少し養生してはまた捏ねる。
打ち粉をして蕎麦を徐々に広げていく。ところがやっぱりひび割れる。
そこでもう一度、こねこね、コネコネ、捏ねこね。
今度は小さい玉を作って、一回り小さい品に挑戦です。
[まあまあの のし状態ですよね]
1.5mm厚くらいに押し広げて、折り返し、約2mm幅にカット。
そして束にした蕎麦を容器に入れ、打ち粉を振るおうと軽くゆすったのですがアンリャ、ぼそぼそと千切れてしまう。
従って、写真は非掲載です。

もったいないものですから、これをどう調理したかといいますと、ま、いわば数センチの長さの「しっぽく蕎麦状」ですがいったんゆでて、我が家 特大の大皿に盛り付け。
大皿のそばの上には、鰹節と海苔を振り掛けてごまかす。
皿の周辺に葉春菊の葉の部分だけを、たっぷりと盛り付け、ノリとおかかのかかった蕎麦をぐるりと緑のジャングルが取り囲む感じ。
きざみネギ、シロゴマ、しょうがのみじん切りを別のお皿に準備して、家族で頂きました。
要するに頂くお椀の中に、蕎麦が半分に春菊半分くらいの蕎麦サラダ。
これにつけ汁をたっぷりと掛け、ネギとしょうがそれにゴマをふりかけて頂きます。
家族の評価は「まあいけるんじゃない」と私を慮ってか優しいお言葉。


何事にも挑戦ですが、なるほど蕎麦打ちは難しい。
料理経験50年の論者ですが、蕎麦は確かにむづかしい。
高いお蕎麦は一枚1000円くらいもするのも納得。
確かに原価はかかるなあと思った次第です。
神田、万世橋から水道橋方向に曲がったところに老舗の「やぶ蕎麦」がある。
少々からいつゆですが、風情がいいお店です。
中居さんが威勢のいい掛け声で店内を駆け回っております。
私の好みは上野池之端 (湯島)にある「池之端 やぶ」、此処の巣篭もり蕎麦は結構なお味ですよ。

[写真は池之端藪の「そば懐石」]
蕎麦だけは 食いに行くもの 秋の夜

お粗末でした。
2008年10月09日
だだっちゃ納豆
[月山からながめた庄内平野 : 空との境が日本海そして右にわずか鳥海山が望めます]
庄内地方は大穀倉地帯。中心部の鶴岡は地区大合併して最近新鶴岡市となったようですね。
ここは北には酒田市、南は新潟県と接するところ。
庄内藩の城下町で、東に山岳信仰の霊山・出羽三山(羽黒山・湯殿山・月山)がそびえる。
1603年(慶長8)最上義光(よしあき)によって大宝寺城が鶴岡城(つるがおかじょう)と改名されたことにより、地名も鶴ヶ岡と改められ、明治期以降は鶴岡となった。
22年(元和8)に信州松代藩主の酒井忠勝がこの地に移封され、以後250年に渡り、酒井氏が庄内藩14万石を統治、庄内藩の城下町として栄えた。
ですが実際には50万石くらいあったのでは。
八年前 月山を訪れた時は知人の内山さん宅にご厄介になりました。
旧朝日村の大網 七五三掛、これで(しめかけ)とよむのですが、ここが湯殿山の登拝基地となり、古くから多くの参詣客や行者が往来したとか。
農業を経営する内山さんのご自宅からは月山が綺麗に遥拝できます。
5時起きの内山さんと一緒に朝には祝詞を上げさせていただきました。
七五三掛付近には即身仏が安置された注連寺や大日坊(だいにちぼう)などがあります。
内山さんはツキヨミ様を敬愛すること強く、都会でのサラリーマンから転進してこの地に来たのです。奥様はかわいらしい天使の絵画を時折東京でも出展されることで知られております。今では自宅で)「ギャラリー月の光」を開催。http://park7.wakwak.com/~tensi/traffic.htm<
先だってのブログで、「だだちゃマメ」という香りの高い枝豆は庄内地方の特産で、「だだっちゃ」はお父ッちゃんのことといいました。
お母さんのことを、「ばばっちゃ」というそうですね。
[香り高い だだっちゃ納豆: 鶴岡特産ですよ]
鶴岡の市内でもとめたのですが、なんと「だだっちゃの納豆」というのがありました。
香りの高いお豆さんで作られたそれは暖かいご飯にかけたら、なんとうまいこと。
日本に生まれてきて良かったです。
このほかにも「だだっちゃ 豆腐」というのもありますよ。
真空パックしているから結構日持ちがいい。
[「ふるふる さくらんぼ」 と 「ふるふるラフランス」 これは山形駅で求めました]
庄内、ここにはさくらんぼうの爽やかなゼリー、「ふるふる さくらんぼ」や、月山のふもとで取れたラスランスの「ふるふる ラフランス」など変わったスイーツのお土産もありましたよ。
2008年07月05日
納豆バンザイ
朝食は殆ど食べないのですが、昼食はホンノ少々。
いまから食糧危機の社会に見合った体質に合せてます。(笑)
ここで欠かせないのが納豆。昔はさして好きでもなかったのですが、このところは納豆ファンになってしまってます。

納豆は混ぜる回数が100回以上だと断然うまみが違う。納豆菌が増えるのかしら?
本当に違いますので折角なら、急がずにジックリと100回以上かき混ぜるのがオススメ。
生卵を入れても構いませんが、醤油を先に入れると混ぜても納豆菌がふわっと盛り上がらない。
だから醤油は食べる寸前に。
市販のタレ付き納豆は、いかがなものか。
妙にアミノ酸が入っていて納豆本来の妙なる味が損ねてしまう。

ヒト好き好きでしょうが、ご家庭の生醤油が一番。

[日経ヘルス編の浜内千波さんの「納豆パワー」]
料理が好きで、その大昔 10歳位から我流のお料理に挑戦しているせいか今でも閑を見つけては台所に入っています。お正月の料理も殆ど私が作りますよ。
納豆ですとそうそうレシピに制限がありますので、写真のような雑誌を購入。
でも好きなのは、カレーを掛けたゴハンの上に納豆とか、五色納豆のように納豆を生かした味が好き。五色納豆というのは、マグロ、いか、トロロ、もづく、納豆のようにまあ、癖の無い魚介やねばねば野菜と混ぜるもの。
もちろん十色納豆でもいいですよ。

私の場合 たくあんを刻んだものや、高菜ずけ、シャンツァイ、貝類がご推薦。特にたくあんは合いますよ。
長男の嫁さんが、納豆オムレツやら納豆餃子、納豆お好みやらを作ってくれるのですが、ありがたいのですが、まあやっぱり納豆本来の味が生かしきれていない。
さっぱり系の豆腐の上に納豆とか、ねばねば3兄弟のように野菜系と一緒がやはりお似合い。
納豆、オクラ、とろろが三兄弟ですね。
最近よく聞くプリン体が納豆には多いとききます。でも調べますとプリン体自体 大変重要なエネルギー源で、尿酸値の高い方には海老やいかと同じように控えるべきでしょうが通常の方なら毎日摂っても大丈夫。
納豆キナーゼは血液さらさらで、血栓を溶かす効用もある。

ですから長ネキやら刻んで納豆と一緒にご飯にかけると、これがまたいいのですよね。
生にらを刻んで一緒も結構いけますよ。
2007年08月19日
ロシアのお味

ロシア正教の総本山 セルギエフ大修道院
その開祖とも言うべき「聖セルギー」に夢で引かれてロシアに向かった。
スピリチュアルな出来事はあとに譲るとして、今回は現地で頂いたロシア料理のお話を!

{ロシア風 水餃子}
梅干を漬けるような壷に入った 「ロシア風 水餃子」これは結構いけました。
餃子の中は羊のお肉だったでしょうか?
全体的に塩味のきいに薄味の それでいてタマネギの甘みがかすかにある。
聞くところによると、この壷のまま炉中に入れるのだとか。
それにしても眼一杯入ってまして、これだけあれば、他は要らない。

{出迎えのパン}
モスクワの市内の小さなお店でしたが、賓客をお迎えするときに戸口にパンをもってお迎えするのだそうだ。
もちろん昔の風習でしょうが、そのパンを千切って、パン皿のふちにある塩をつけていただく。
なんとなく日本のどこかにもあったような気がした。
寒さと飢えの国にあって 人をもてなすという心はいずこも同じ。

{ボルシチ}
赤カブの鮮やかな深紅色の色あいと、酸味が効いている。
タマネギ、キャベツ、ジャガイモ、ニンジン、牛肉などの材料を炒めてから、スープでじっくり煮込んで作るようだ。
もちろん、ハム、ベーコン、肉だんご、鶏肉などの肉類や、魚のから揚げなどを使ったりもするようだ
地方ごとに十数種類以上のバリエーションがありますが、サワークリーム)をかけていただくようです。

{ビーフストロガノフ}
名の語源は16世紀初頭にウラル地方で成功した豪商、ストロガノフ家の家伝の一品。それが19世紀帝政ロシアのストロガノフ伯爵のフランス人コック長が広めたという。
写真からもわかるようにマッシュポテトが主体です。ほかにあげたジャガイモを使うところもある。牛肉の薄切りとタマネギ、マッシュルームをバターで炒め、若干のスープで煮込む。それをマッシュポテトのうえにトッピング。これも仕上げとしてサワークリームをたっぷりいれる。 煮込みの際にトマトを使うものもあるようだ。

{ピロシキ}
私はあげパンのほうが好きで、日本では揚げたものが多く、具は挽肉、ゆで卵、春雨、タマネギ等を炒めたものを入れたりカツレツ風にパン粉を塗して揚げたものもある。
ですが、現地では焼きたてのパンを頂いた。
なかは地方によっても多種ですがメインはっ牛肉やソーセージ、タマネギ、人参、ジャガイモ、それにきのこ。
これらの炒め物が詰まっている。家庭料理であると同時に、ファーストフード店や街中でも売られています。
ご馳走様でした。
これでわたしも ロシアの八千萬魂(食材の生命体)を身に頂くことが出来ました。
聖セルギさま 感謝
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