2010年01月25日
死という第二ステップ
[府中の大国魂神社 ここのお祭りには大太鼓が出て壮観ですね]
全てを前向きに生きて、心にストレスを溜めずに、わくわくウキウキと生きると免疫活性が維持されて体内の悪玉細胞は消滅する。
毎日 がん細胞は5000個も発生していますし、それをやっつけてくれる免疫系は心のストレスが高まれば低下して、2年もすれば数mm大のガン細胞にまで発達します。
つまり健康体は前向きの心で、明るい心で維持されることになります。
それが、安保 徹先生や近日 紹介したブルース・リプトン博士のDNA後生論(エピジェネティック コントロール)でもいえることです。
日常を「天は自分を学ばせてくれている。何が起きてもそれは自分を育ててくれている。ありがたいことだ」、という心のあり方が本当に大事だと思います。
それが「目の前の全ての現象」に対して、感謝の動因になるからです。
今あること、今 生きていることに対する全面肯定、感謝であれば、宇宙はそれに共鳴し応えます。
ただここで大事なことは、「健康」=「長寿」とは無関係だというです。
さして病無く、さして大きな苦痛なくポックリ逝くのがベストではないでしょうか。
お寺の高僧をみると確かにご高齢の方も多いのですが、それは決まった時間に読経や禅行をする規則正しい日常生活。
そして腹七分の食事によるため体内に脂肪や余分なものが、溜まりません。
細胞がいつも飢えてますから、必要とする栄養分をよどみなく吸収しようとする細胞活性があるからです。
巷の話で、お若くして亡くなられたりすると、それは不摂生とマイナスの生き方の結果のといわんばかりに、陰で耳打ちする方もいらっしゃる。
比較的若くしてこの世を去られた方は、日々を感謝しない結果で亡くなられたのでは決してない。
その方の「最適な次世代環境」に神様が誘導されたのです。
「日々を感謝しないからあの方は早死にしちゃった」と勝手に判断しているのは、周りの方のご自由ですが、ご本人はそれなりの心の充実度をもち、独自の「主観の人生」を生きている。
心の高揚感や充実度が分っているのは本人以外では、神様しかおりません。
それは、他人の知るヨシもない。
勝手に他人が、亡くなった方の心魂の内容や、想いに点数をつけるわけにはまいりません。
死とは「第二ステップへの旅立ち」であって、進化のための最良の第二の環境を与えるため。
その時期は神様が判断し、なさることと。
生を肯定した生き方、寛容で心の広い生き方は、自己免疫による自然治癒力は高いし、病にも罹りにくい、しかし死とは別物であるということです。
神様がなさる第二ステップの旅立ちという、あの世への入学までのあいだ、自分の身を労わり、周りに感謝し、日々を充実して過していくことがなにより大事。
[不動明王 その形相は、心に住まう悪鬼羅刹を懲らしめる]
毎日を「ありがとうございます」で感謝して生きると、おのずと「喜び」が飛び込んでくる。そして、笑顔の方が自然に集まってくる。
ですから「ありがとうございますの生活」は楽しいですし、肉体的にも苦痛もない。
こうした日常の「霊主体従」の生き方が、魂磨き、「神化」への基礎訓練。
「霊主体従」の生活は、心のなかに負荷がかからないし、ストレスもない。
ですから、自我を本来もたない純粋無垢な細胞さんたちにも、負担がかからない。
だから病苦でのた打ち回る状況には至らない。
わが身大切さで節制に節制を加えていればきっと200歳も300歳も生きるというとそうではありません。
勝手な長寿願望はこの宇宙ルールには当てはまりません。
寿命は神様の決め事なのです。
古今の聖者といわれるキリスト様は、33歳で亡くなりました。
お釈迦様は35歳で悟りを開き、この世に未練なく一旦あの世に行かれようとされた。
しかし、この世での教えの流布という使命のために、さらに伝道に入るのですが、それでも入滅したのは凡そ80歳。
今の平均寿命からすると、そうビックリするご高齢でもありません。
わが国の弘法大師空海は「死してなお冥し」と言い残して、冥土の入ったのが61歳。
日蓮様は60歳で亡くなられ、ともに今で言うと若死にです。
寿命は、心魂の高い低いといったレベルとは無関係に、神様の決め事だからです。
神様は、別の場面を提供したほうが、その方にとって最もよい修行と決断される。
世のためヒトのためにと過度に肉体を酷使すれば、その愛行に拍手もするが、自ずと肉体は負荷がかかり、肉体が朽ちればあの世に参ります。
またそう過度に肉体酷使されずとも、魂のある段階を経れば、神さまは次の魂磨きの段階を準備されている。
ひとは自力で誕生することは出来ません。
同じように自分の力で入滅することは出来ません。
神のみぞ知る「そのかたの最適な次世代環境」を提供されるのが寿命。
その寿命までに、自分の細胞さんに健康で一緒にいられることを感謝し、周りの全てを受け入れて、日々に意味がありこれ「神化」の学びとして受け止め、ありがたく生きる。
「天は自分を学ばせてくれている。何が起きてもそれは自分を育ててくれている。最良にして最大の場面を提供してくれている」そう信じて生きることが、本物人生。
神化のための「死という第二ステップ飛」躍への判定評価は、自分では出来ないのです。
「最適な次世代環境」は神様が誘導してくれる。
それまでは、死するまで「日々を感謝し、魂磨きの霊主体従」が霊止(ひと)の道。
「死に死に死に 死してなお冥し・・・」といって弘法大師空海は入滅したという。
恐らく、「進化の第二ステップの旅立ちは、まだまだ神化の入り口にすぎないよ」という風に空海さまの声がもれ聞こえてくる。
2010年01月16日
四十にして惑う

[心の窓を開けて、見つめてみよう]
孔子様は「四十にして惑わず」とおっしゃいましたが、現代日本は四十にして多いに惑っているのが現状ではないでしょうか?
平均寿命が、まあ80歳位ですから、丁度 人生の半分のU・ターン地点。
子供の教育資金やマイホーム、女房になんといわれようが、しっかり稼いでくるという脳に染み付いた本能が男族にはある。
40歳の男族には、迷いだらけのストレス社会の渦の中。
だが、それを忍んで稼がねば、家族は路頭に迷ってしまう。だから闘いつずけてきたのです。
商品クレームに頭を下げに客先にでかけ、社に戻れば売り上げが低いと上司に怒鳴られる。
だから闘うという姿勢を保っていないと、バッタリと道にたれて、背中を後人に踏まれる妄想に取り付かれる。
闘うことを止めたらいいのだが、それでは「自分が負け」と想う自分が居る。
建前の社会のなかで、あせくせとお金を稼ぐ自分の姿が無意味と思えたり、病や体の異常があると、早くこんな世界とはおさらばしたいという想う様にもなる。
日本の自殺者はおよそ年間三万人。
それも40台と50台の年齢が最も高く、そしてまた年次データーを見てもその年の失業率と、その年の自殺率は概ねリンクしているのです。
ですから、人生お金がすべてで生きている方、とくに妻子を持つ家庭の年代の方が、職を失うことが最も危険ということになる。
だが、この日本で本当の行き倒れや、餓死で死んだというニュースは雪山の遭難以外殆ど聞きません。
つまりお金がなくても、この温暖な日本では、ある程度生きていけるということが真実です。
生甲斐とは、喜び、充実、感動、感謝ですから、物金の尺度ない、すべて心の内容なのです。
ゆえに、物金の豊かさから、心の豊かさへの価値基準のシフトをと、古今東西の聖賢が繰り返し繰り返し述べていることなのです。
インドやブラジルの農家に行って御覧なさい。歯ブラシ一つありませんよ。
それでも子供たちの眼は美しく輝いているのです。
物金に拘泥すると、それが得られない自分が哀れ。
ならばこの身もいっそのこと、ということになってしまうのです。

[自殺率世界マップ 資料:WHO 2009年]
自殺率、10万人当りの自殺件数を2009年データで国際比較で調べてみると、第一位はベラルーシの35.1件。
ついでリトアニアの30.4件、そしてロシアの30.1件と続く。日本は24.4件で第6位。
世界六位の自殺大国が、経済大国の日本の裏側の実体なのですね。
自殺率が少ないのはシリア、エジプト、ヨルダンでこれらは大体100位くらい。
それと南米も少ないですね。
どうも回教国家のように死に対する戒めが宗教的にあるのではないでしょうか。
そして南米もキューバを除いて非常に自殺者が少ない。
暖かい国、貧しくとも共存しあえる国、そしていずれも貧しい国、どうもそんな印象を持ちます。
暖かくて、貧しくて、心と心が通い合う国々が自殺が少ないようですね。
話はわが国に戻って、日本は「うつ病患者」も100万人を超えたと聞きます。
昨年 秋頃の本ブログでも書きましたが、心療内科などの医療機関への届出のない「ウツ予備軍」を含めると、およそ日本国民の1/3がそうでしょう。
40歳から50歳くらいまで、その人生の半分のU・ターン地点までに、自分の何たるかを選択して仕事につき、結婚もし、棲みかを探しあててまいりました。
その壮年期の心の中に、いつしかウツや自殺の根っこが芽生えてきたのです。
その心の陰を隠して、言い訳をして、隅っこに追いやって、これまで納得いかない人生を闘ってきたのです。
心の陰そのどれもが、大半は「モノ」・「金」に起因する。
もちろん恋愛問題、親の介護の問題ほか、いろいろあるが壮年期の大きな陰はモノと金。
『こだわりを捨てる心境』が、一切の執着をたつゼロ点。
それでいて「肯定して生きる」という意思が大事であって、怒りや悲しみ恨みなどの「分離の感情で生きている」のであっては、命の輝きを失っています。
イヤイヤ仕事をしていても、その何故イヤなのかを正直に自分の心に聞いてみる。
すくなくとも自分の心に嘘をつかず正面から認めてみよう。
自分の課題に向き合うことが、成長には不可欠。
課題に向き合えば苦痛を伴いますが、ずっと逃げてきた逃避が、ウツを自殺にまで追い込むのです。
残り半分、人生のU・ターンの時にこそ、新しい幸せ探しをしてみましょう。
それはウツでなくとも、新しい輝きを見つけていくことに人生の意義がある。
真我に聞いて、やりたくないことは、止めましょう。
自分の心に嘘のない本物人生、本物の道探しを始めましょう。
それは新しい闘いではなくて、これまでとは逆に「与える側」に廻ることが新しい人生の原点ですよ。
2009年12月13日
頂きます
[「頂きます」と「ごちそうさま」は日本人の食卓のはじめと終わりのご挨拶。これらの言霊が基本で霊止(ひと)は育ちます]
今回も日本人の言霊の代表 「頂きます」についてお話させていただきます。
私が小さい頃には、食卓に向かったわたしに母が「お百姓さんや漁師さんにとってもらったこの食糧に感謝しなさい」といわれて「頂きます」を言いはじめました。
そのご自分に子供が出来て、お百姓さんもさることながらこれを届けてくれた方、つまりデリバリーや小売店の方にも「頂きます」の心で食事をしようと子供達に教えました。
そもそも「いただきます」は日本人特有で、クリスチャンは神様に向かって、食事をいただけることの感謝を捧げます。
もちろん日本の文化でも、五穀豊穣の食糧を白木の神棚に添えて、そのご神饌を下賜されいただくしぐさ、「いただきます」も基教と同じように日本人の魂にも根付いている。
[にっぽん文明研究所 主宰の大祓えには毎度 参加させていただいております。今年も12月20日 國學院大學 院友会館 13時半から 詳細問い合わせはTEL 045-481-9361まで]
ですが本当は、食糧は地球からの頂き物であり、地球さんにいただかさせてもらいますという心であり、同時に食料さん自体の「いのちをいただきます」ということなのです。
とりわけ食糧のいのち、ダイコンさん、ねぎさん、お米さん、お豆さん、お魚さんのいのちを頂いて、わが身の内に納めます。
彼らもまた地球からのミネラル、水、光、空気でそのいのちを充電してきたのです。
ですから私達は、彼ら食糧の命を頂き、その魂を身に収めますので、これらの魂を「八千万魂(やちよろずみたま)」といい、わが身と一体になっています。
以前、人間とは罪深いもの、食わずしていきながらえず、つねにいのち在るものを殺して食べているとの思いもありました。
しかし40歳も半ば過ぎに、五穀草木からこんな事を言われたのです。
「私達はヒトのために役立ってこんな嬉しいことは無いのです。役に立つことが嬉しいのです。そして人と一緒になれるのですもの・・・・」
ですから植物は、本当に本当に純粋なのです。
地球のエッセンスしか頂いていないので「地球の心」そのものなのです。
以来、私の心にはこの「八千万魂(やちよろずみたま)」と一体になって、幸せになる。
いや幸せになるとは、自分だけのことではなかったのだと、翻然と気が付いたのです。
「頂きます」、それは地球と食糧の「いのち」だったのです
2009年12月07日
一億総マスク時代

[信州佐久の たしか鼻顔稲荷神社さんでしたか? 同じところに剣道の千葉周作の額がありました]
11月の中旬から、10年来のかなりひどい気管支炎になり、ある方からはそれは鈴木さんの霊的内部変化との指摘を受けてました。
確かに12月に入って、復調はしているのですが、瞬間瞬間のなかにキラット物事の深層が見えてくることが少々多くなりました。
私の体重は57Kgくらいでしょうか?そう軽くは無いのですが彼いわく「霊的なライトボディー」からさらに進化したのだそうです。
つい先だっても、お電話で人生相談めいたものを受けたのですが、電話が鳴る前に悲しげな男性の影が見える。それもかなり高齢の方です。
しばらくして電話がなり受話器を取り、聴きますと、とりとめの無いお話で、「某講師」の話が怖くなって、寝られないとかのこと。
まあ人生相談になってしまいました。
実はそういう不安、悲しみに深く沈みこむかたと、逆に喜びと勇気の方向にあらためて気付いていくかた、そしてこれまでのレベルと変わらない方、以上の三者がこの12月には三分され、篩わけする予感がします。
巷を歩くと、凡そ半数がマスクを着用されていらっしゃる。
新型豚インフルエンザ対策なのでしょうが、お子さんがかかってもご両親はまるでなんとも無い。
私の孫の小学校も、学級閉鎖を繰り返しますが、孫を含めて罹らない方はまるでなんとも無い。
以前に、インフルエンザを恐れるなということをこのブログで書きましたが、私は「全て受け入れよ」の姿勢なのです。
再度結論から申し上げるとインフルエンザを恐れるな。
もちろん敢えて火中に飛び込む必要もなく、あるがままの自然体なのです。
菌を敵視すれば菌は敵になり、菌を生命体と思えば共生体となる。

[これはベッドではありません。 巨大な「すずり」ですよ]
大腸菌もそうなのですが、睡眠中に体内酵素の産生にそれは無くてはなら無い大事なもの。
ウイルス菌もまた、時代が与えた環境の中の大きな因子で、DNAすら覚醒させるというもの。
医学的に見ても、インフルエンザ菌の耐性は日増しに変化し、去年の抗ウイルス薬は全く役に立たないと指摘するお医者様も少なくない。
インフルエンザ自体の進化も日進月歩で、その環境に応じて変質して行く。
だからタミフルやリレンザを妄信しても意味が無い。
むしろそれを服用して異常行動という原因不明な脳内異常も起こりうる。
そういわれて困るのは、アメリカとカナダとスイスの大手製薬会社。それとひょっとすると厚生労働省内部かもしれません。
インフルエンザでわが国の死亡者はいかほどか?正しいデーターは検索してもなかなか出てまいりません。
新聞情報では12月7日現在で100人とか。
それも重篤な糖尿病や悪性リンパ腫の併発患者がタミフルなど医師の投与後に数日で死亡した例が圧倒的。
恐らくこれまでの日本国内での純粋にインフルエンザ感染が主因で死亡した数は50人未満ではないかしら?
併発病を伴っての死亡が多く純粋なインフルエンザによるものは確かに区別がむづかしい。
交通事故死が年間 1万人ですね。
数からすればこの交通事故死よりも恐らく年間で30分の一か、40分の一くらいではないかしら。それも糖尿病や心臓病他 併発病死をカウントしてのコト。
マスク着用のおとうさん、お母さん、そして子供達が一億総マスク人間のように見えるのですが、なにかパンデミックを煽っているような気がしないでもありません。
2009年12月04日
音楽療法
[サトルの大会では、音楽はつき物。2009年春は 理事の片岡慎介さんと小川修さんのデュエットまでご披露しました。]
ベストセラーの「いきかた上手」の著者 日野原重明 聖路加国際病院理事長は日本音楽療法協会理事長も務められている。
お医者様が、音楽に傾倒するというのは、そこにエビデンス(明らかに実証された医学的根拠)ではない、何モノかを感じ取っていらっしゃるからでしょう。
音楽には心の美しさ、のどかさ、広がり、豊かさや人生の味わいを感じさせてくれます。
心のひずみが、病であるのですから、心のひずみが取れる音楽つまり「音だま」は 病に効く筈ですね。
それは細胞におそらく整数倍の整体リズムを与えて、元なる自己代謝を促すからでしょう。
この「整数倍」というところが宇宙の大きな秘密があるようです。
ですからタッピング、背をさすることなどなど、一定リズムのマッサージなども何か生体細胞活性と関連するのでしょう。
もちろん耳から入った音楽が、脳幹を揺さぶり、良好な脳内ホルモンを分泌してくれるのも事実。
すると先般このブログで書いた「神聖DNA」を揺さぶるのでしょう。
音楽療法は、末期がんの患者さんにも通常の病人にもプラスの作用があるといわれますよ。
[箱根オルゴール館の磯貝憲男さん。彼は世界に三人しかいないオルゴール修理のマイスター]
その昔、ヨーロッパの宮廷お抱え楽師さんは、実はお抱え「医師集団」だったと、箱根オルゴール館の磯貝憲男さんから伺いました。
それでも楽師さんの体調などによって、若干に音程のズレがあることからやがて揺らぎのないオルゴールに発展したと聴かされました。
大型の箪笥大のオルゴールは、お城も買えるほどのお値段だったそうですよ。
磯貝さんのようなプロになりますと、波動の悪い方が調律したピアノに、わずかに触れただけでも、その楽器は微妙に音程が違うといいます。
恐らく、インドも琉球も日本の宮内庁もこの手の宮廷音楽とは、古来から生体のリズムや脳の活性となんらかの関係があることがわかって、それを秘匿しながら伝承されているものと思います。

[箱根オルゴール館での巨大オルゴール 家庭の箪笥の二台分くらいありますかしら]
プロの音楽家なら誰でもがそうでしょうが、自分の愛器は絶対に他人に渡しません。
自動車の中でも、電車の中でも、飛行機の中でも、自分の愛器は必ず自分が持つもの。
ところで、飛行機の手荷物基準が厳しくなって、少々大きい楽器は手荷物じゃなくなりましたね。つまり機内持込ができなくなります。
これは芸術家の中からきっと紛糾すると思いますよ。
人間の波動も、整数倍で生きている。
つまり深い呼吸が1分間に9回、その二倍の1分間に18回が寄せては返す定常呼吸や穏やかな青い海の小波になりましょうか。
その二倍の36℃はもちろん平熱温度です。
さらに二倍の72回はヒトの呼吸数で、その二倍の144回は平均的な血圧数。
そして288はお母さんのお腹にいる月齢の10月10日の胎児の期間。
池に小石をほおりこめば、波紋は1波、2波、3波と整数で次々と現われ、仮に小数点をとる無限数や、例えば3.1416......の波などはありません。
すべて整数の世界がこの世の世界・・・・・・。
小数点を含む世界は、まあ数学とかお金の計算の世界ですね。
心地よい和音にしても、「ド・ミ・ソ・ド」のハモリは、ドを基準にその周波数を1とすると、ミはその1/4倍増、ソはドの1/2倍増、一オクターブ高いドは基準のドの2倍の倍音。
それぞれの整数倍の周波数音が、ミックスされた状態音がドミソドの「和音」なのです。
ピアノの音など、一定の周波数の整数倍からなる和音は、ごく小さく聞こえてきても、意識がそちらに自然に向かいます。
逆に周波数レベルに秩序がない、ランダム周波数の騒音や不協和音などは、意識がその騒音から離れようとするのです。
騒音と病理の関係はまだ結論が出てはいませんが、ノイズは健康に良くないことは確かでしょうし、不協和音は自然と心が嫌います。
太陽の公道回転、四季のうつろいなど、ミクロからマクロまで、一定の波動秩序、宇宙波動が人間には心地好く、その一定の整数倍の秩序と進化が細胞代謝をはじめヒト生理や生き方の基本になっているのでしょう。
人間は常に一定のリズムを持つスパイラル進化をゆっくり回転しながら、常に上昇するようですね。
地球にしても、一年で一回転しても、実は元の位置ではないのです。
太陽系自体がベガ座の方向、つまり北方向に一秒間に20Km移動しているので、一年経った地球は同じ位置ではなく、スパイラルしながら北に向かっているのですね。
地球もスパイラル上昇しているのです。
人間も宇宙も、きっと整数倍の世界に生きて、一歩、二歩、三歩と進化していくのでしょうね。
2009年10月02日
光輝高齢者と老人医療
[100歳を越す日本人は、4万人も居ます。彼らでも高齢者医療保険は支払うのは、老人福祉の観点からも納得がいきません]
昨年の平成20年の4月から、これまで扶養家族となっていたご老人は、被扶養者ではなくなりました。
新たに国民健康保険や高齢者医療制度に加入をしなければなりませんでした。
もちろん私も健康保険に入っていたのですが、あらたに高齢者医療保険料が発生し、病院には、ほとんどお世話にならないのですが、この二重の保険料をお支払いしております。
自民党は「後期高齢者」という名称で、まるで棺おけに入る寸前の方、人生の後期の方をそうお呼びし、なおかつ老人は医療費が何かと嵩むので、自分の事は自分でなさいという趣旨で、高齢者からも強制的に保険料をむしりとることにしました。
私の義母は今年89歳です。
おかげさまで元気で、ボケも無く、自分で掃除も洗濯も買い物もすることも出来ます。
その義母には、民謡やヨガの習い事など、お付き合いもありますし、少々のお小遣いという意味で、家賃収入があるのです。
もちろん収入がありますから、税務申告は当然します。
ところがこの89歳の義母は、現在なんと毎月 4万4千円の医療保険を昨年から支払っているのです。老人は早く死ねとばかりに、厚労省はこんな制度を作ってくれました。
自分の食を惜しんで、これまで一生懸命に子供たちを育て、陰になり日向になって頑張ってきた義母。
そう贅沢するでもなく、墓参りのお花やお供物は、もちろん自弁で買いますが、毎日うなぎ屋に行って贅沢するわけでもない。
89歳の彼女が、そんな豪勢なお食事を毎日すれば、胃袋が引っくり返って、それこそあの世に行ってしまいます。
一般論として、ご老人はこれまでのご苦労に勲章を捧げるという意味で、私は「光輝高齢者」とせめて表現しているのですが、日本という国にのため、地元の地域社会のため、孫子の為に尽くしてきたたご老人が、なぜ突然にお国にお金を納めねばならなくなったのでしょう。
お年よりは年金暮らしの方も多い。
それでも、その年金から老人医療保険料は自動天引きですから、まるで鬼ですね。
これまで扶養家族で暮らしていた89歳の義母が、月々4万4千円を払っているのですよ。
どう思います皆さん。
こうした悪法が「自民55体制」を一気に取り崩して行ったのです。
もちろん年金制度も、役所への見せ納付率上げるため内部の虚偽記載などの不正もありましたね。
年金の「手書き台帳」からコンピュータのデーターバンク化する時の記載漏れも、ダブルチェック機能も何もなし。
「八ツ場ダム」問題どころか、国民の評価は自ずと「自民55体制」をくずすはずです。
自民党の選挙大敗の原因は、派閥問題だけではなくて、本質的にその政策内容と硬直化した実行力でした。

[健康家族、それはまづ心の豊かさからなのです]
病院のお世話にならない元気なご老人この日本にはゴマンといる。
老人福祉法が制定された昭和38年には全国で153人でしたが、今年 9月1日発表の100歳を越える光輝なるご老人は40,399人。
病院にたむろして、病気自慢をする老人も少々いるのも事実。
そんな病院内での、病気自慢の老人たちが、『最近 鈴木の俊ちゃんはみかけないねえ?』、するともうお一人のご老人が『俊ちゃん、多分 病院に入院したんだよ!』
真面目に年を取って心豊かな老人が増えているということが、先のデータとなって現われている。
ですから、病院にたむろすのが趣味のような老人は、そうも居ない。
日本が世界に先駆けて、高齢化社会を迎えたのは、老智者による本物の世直し、地球の建て直し。
ところが、そうした神仕組みも分らず、単に年よりは病院のお世話になるもの、という発想がこれまでの厚労省。
20年前までは、55歳定年退職制度が一般でした。
それが60歳定年制に変わり、今では嘱託で65歳まで自社で働き、70歳まではよそでも働く事が常識でしょ。
病気にならない健康づくり、つまり「ストレスなしと生甲斐の創造」こそ、これからの厚労省の課題ではないかと思います。
民主党政権で「光輝高齢者」の老人医療を廃止する動きがあるようですが、当然のことです。
老人の身ぐるみ剥ぐような事を、これまでの政権がやってきて、一刻でも早く死んでくれというような制度は即刻廃止すべきです。
私は満62歳ですが、「善喜高齢者」になるのかな? 65歳以上が「善喜高齢者」だったかな?
マアそんなことはどうでもいい。
75歳でもハレーに乗って、世界の世直しをするのがこれからの「日本の老智者」です。
2009年09月21日
畳のかおり
[新調された我が家の畳と張り替えた障子、気分が大変落ち着きますね。和室部屋の障子は雪見になってます。]
大掛かりな内装をしてから、我が家も13年たちます。
昨年はケチって、障子を変えていなかったのですが、今年は色あせた障子を変えることにしました。
本来は障子の張替えくらい自分でやればいいのですが、我が家の障子は、手作りの細づくりの格子を持つ雪見などもあって、おまけに部分的にガタも来ている。
そんなわけでプロの職人さんにお願いしています。
夫婦の部屋は畳の和室で、当初の内装設計のときに建築設計の先生に『鈴木さん、フローリングにベッドにしたらいかがですか?』とも言われたのですが、これはどうしても譲れません。
イグサの畳でないと、どうにもいけません。
横になったときのやさしい弾力性、そして夏にはひんやりと、冬は暖かさを感じさせる畳みでなければ、心が和みにくいのです。
日本人には「畳み文化」という思い込みがあるのかもしれませんが、寝るによし、胡坐によし、手触りよしの畳に思い込みがあったのです。
その畳も、もう13年も「表返し」もしていないものですから、もう裏側も陽に焼けてどうにもいけません。障子の替えにあわせて思い切って、新調することにしました。
最近では台湾、中国産のイグサもあるようですが、職人さんに聞きますと中国産のイグサの良い点としては、安い割に、見た目が良いという。
けれども弱くて、長くきれいに使いたい場合は、きめの細かい国産表をおすすめとのこと。
[畳み工場の映像です]
お茶会の茶室も、もちろん畳座敷で、お芝居の桟敷も畳のお席の日本文化の歴史。
居酒屋に入っても、「テーブルとお座敷とどうなさいますか?」といわれれば、おのずとお座敷に上がりこんでしまいます。
海外で、何か物足りないものと思って準備されるのは、みなさん梅干やカップラーメンをお持ちになります。
けれども畳みの無い生活になにか、日本脳がストレスを感じているのではないかしら。
畳のかおりをたまには、かいでみてください。
日頃お疲れになっている日本人の脳の内側に、光が差し込みますよ。
2009年08月21日
子供の名前
[誰しもわが子には、優しさや希望そしてたくましい名前をつけたいものですが・・・・・・。 この写真のヒゲオヤジは直接親子関係ではありません。]
一昔前に自分の赤ちゃんに「悪魔くん」という命名届けを親が出し、役所の出生登録窓口で拒絶されたことを思い出しました。
親が勝手につける名前ですが、それがわが子に後にどのような影響を与えるのでしょう。
子供の立場で余り考えていないのですね。
先ごろ、人名漢字から「恨」「乱」などが削除されたようです。
戸籍法では使える文字を同法施行規則で常用漢字、人名用漢字、カタカナ、ひらがなとしています。ところが、読み方には言及していないのですね。
赤ちゃんの名前に使える漢字の制限はあるのですが、読み方の定めはないということです。
最近では、サッカーの「別科無(ベッカム)」や「路那独活(ロナウド)」もあるそうですよ。
ですが如何なものかしら?
子供が大きくなったら、過去の有名人で、もう誰も知らなかったりして・・・・。
名刺の字数も増えて面倒ですよ。
在波(あるふぁ)さん、紅多(べーた)さん、紅甘(がんま)さん、出誕(でるた)さん。
これも大人になったら、いつも振り仮名が必要になるお名前かもしれませんね。
個人的には季節感があって、花のような愛らしさや、海や山や青空のイメージがいいですね。
菜摘、奈々穂、光、鉄平なんかイメージが爽やかで、元気溌剌としている。
[7月の後半からの夏休み、雨も多かったですが朝のラジオ体操は気持ちよかったですよ]
夏休みのラジオ体操に出かけて、そこに居合わせた子供たちのお名前を聞くのですが、「翔くん」、「そらちゃん」、「陸(りく)くん」、「響(ひびき)ちゃん」「萌えちゃん」一字のおなまえが結構多かったです。
アニメやTVの主人公の影響もあるのでしょうねエ。
ちなみに当方の孫は長男の子の蓮樹(れんじゅ)と、長女の子が、稀大(まひろ)と颯人(はやと)。三男児とも私がつけた名前ではありませんが、やたらむづかしいですね。
知人から聞いたのですが「七七七」ちゃん。
女の子ですって、可愛そうにおとうさんがパチンコがよほど好きなのでしょうねエ。
それで「ななみ」って呼ぶんですって!?
2009年08月19日
心の平和を

[市内のごみもヒトの意識が変わらなければ改善されません.環境問題は心の中にある]
「この戦争は正しい」なんてことはありえません。相手を痛めつけ、殺しあうことですから、「お互いの存在の否定」その極致が戦争です。
以前私は、日本に敵が攻めてきたらこれに応戦し自衛防御するのは当たり前で、そうした意味で、現在あいまいな『自衛隊の存在』を自衛に限り合憲的にする憲法改正は致し方ないと漠然と思っておりました。
ですが、2003年のイラク報復戦争あたりから少しずつ考えが改まってまいりました。
そもそも武器や軍隊がなければ応戦のしようもなく、武器・軍隊のない国への侵略は、この時期にあって世界中が許さない。
そうした国連環境になってきている。
してみれば日本の憲法改正については「ちょっと待てよ」という考えに変わってまいりました。
「おどしと牽制」のための核開発、いわゆる「核の傘論」が北朝鮮やインド、パキスタン、イランなどの核を持つ動機心情ですが、もうそんなことをやっている場合ではありません。
地球環境全体が取り返しのつかないレベルにまで落ち込んで、加えて水、食料、エネルギー、森林などのあらゆる地球資源が枯渇し始めている。
完全に元に戻すことはできなくても、せめて地球村をこれ以上に疲れさせない「地球維新」に全地域、全世界が向かっていかねばなりません。
「戦」にとらわれ、核などの大量破壊兵器の開発にとらわれている場合じゃないのです。
アフガン、イラクも相変わらすの「自爆テロ」。
世界からのニュースで爆殺事件がない日がほとんどありません。
天からいただいた霊魂と、親からいただいた肉体を放棄して、なおかつ他人の命を奪ってこれを聖戦とは、これ天は決して許さず。
「平和」とはこのような「戦争がない」ことではないのです。
戦争がなくても、かつての東西冷戦時代もあったし、今でも北朝鮮と五カ国の冷戦もある。
家庭にあってはDVや家庭内暴力という戦争もある。
平和とは、単に武器を持った「戦」が無いと言うことではない。
戦争は人々のこころの中から生まれる。
平和の原点はひとえに「こころの平和」なのです。
「相手を認め」、「相手を受け入れ」、「相手を許し」、すべての繋がりとその「融和」を願うこころがなくてはならない。
日本人なら本当の大和(やまと:弥真統)、大調和を心の中に広げよう。
まづはお一人お一人の心の中の平和の確立が大事。
2009年07月13日
抗がん剤が人を殺す

[健康は家族の願い。病になってはじめて健康のありがたさを感じる。 不平不満、愚痴、そんなものはどうでもいい・・・・健康のありがたさを噛み締めてみよう]
日本建築医学協会の役員に知人も多く、ときどきその主催の講演会に出かけます。
医事評論家の船瀬俊介さんは同じ「シュンスケ」さんですから、何か親しみが湧いております。
そんな船瀬俊介さんの医事セミナーに行ってまいりました。
人間の体には毎日平均で5000個のガンが生まれているという。健康な人でも誰でもがその胎内に何百万から数千万のガン細胞を持つことになりますね。
ところがそのガン細胞をやっつけてくれる胎内のパトロール隊がNK細胞。
このナチュラキラー細胞がガン細胞を攻撃して排除してくれている。
体内のがん細胞を発見すると、それを細くし三種類の毒性たんぱく質を与えてがん細胞を死滅させ、その死骸は尿から排出されるといいます。
ところが「抗がん剤」が、このNK細胞、リンパ球を破壊してしまうというのです。
「抗がん剤」の投与で、脱毛、無力感、便秘、嘔吐様々な副作用、いやある意味で新らたな病症状を与えるのです。
そしてまた赤血球や血小板も破壊してしまい、それが原因で内蔵出血や臓器不全で死亡することは知られています。
しかし、NK細胞破壊までひき起すとはとは知りませんでした。
でも瞬間的にでもなぜ「抗がん剤」を使用しているというと、たしかに一部の腫瘍は萎縮するからです。ところがそれは5~8ヶ月間で効かなくなるのだそうです。
1985年に米国立がん研究所のデヴィタ所長がアメリカ議会で衝撃的な証言を行ったそうです。
それは、ガン細胞は「抗がん剤」によって反抗がん剤遺伝子(アンチ・ソラッグ・ジーンズ ADG)をつくり、抗がん剤を無力化してしまというのです。

[心の優しさと、正直に生きる生活態度、それが何よりも健康維持の土台です]
ですから「抗がん剤」の投与で一時的に縮小した腫瘍も、例外なく5~8ヶ月でもとの大きさに再増殖。
つまりリバウンドしたガン細胞は猛烈に増殖して、全身を侵食する。
築地にある国立癌病院の歴代の院長さん、確か7名でしたがその内6名がガンで死亡されたとか?もう一名は現役の院長さんだそうです。
船瀬さんが言うところの「抗がん剤」の効能判定で4週間くらいしか病院では観察しないのだそうです。
それはこの5~8ヶ月でのリバウンドを「隠している」からだと強烈に指摘する。
日本では上記のデヴュタ所長の米国議会証言は、製薬会社の支配下にある日本のガン学会が緘口令を敷き、マスコミもこの事実を握りつぶしたというのです。
特効薬の「抗がん剤」は0.1CCで7万円だそうです。ガン患者の年間平均治療費は350万円。年間でガンに関連する利権は15兆円だそうです。
そう訊くと、「抗がん剤」とは何のことはない、「増がん剤」ではないということになります。

[自然の美しさ、それは純性無私だから・・・・・・・・]
人間は体だけで生きているものではありません。
心があって、喜び、感動を覚えて、また感謝して生きるもの。
細胞さんは、そのはつらつな、心の底から今を楽しむ「良性意識」に応じて、自己主張もせず、60兆全てが連動して、健全性を保ってくれている。
そうした心の明るい状態や、分離間のない受け入れる心根などの「霊性、心性」を第一に磨き、そして正しい食・眠・動の「体性」とでもいう生活習慣の三位一体が「細胞さん」の健全な働きを維持するのです。
『霊主・心従・体属』が全ての基本です。
病を治すのは医師ではなく、自己治癒という「細胞さん」なのですから、不調な方は「細胞さん」に心から「ごめんなさい」と繰り返し謝ってください。
堅調なかたは「細胞さん」に、心から「ありがとうございます」と感謝の言霊を投げかけてください。



