2009年05月01日
自由と平和
[中国 西湖にて、とある現地のご老人からじっと目を見つめられて、握手を求められました]
もし「心もお金で買える」といって、一人勝ちの金銭欲の自由競争にのめりこんで行ったらどうなるでしょう。
もし「援助交際も私の勝手、親は干渉するな」と自由を宣言して、夜の巷に女子高生が闊歩したらどうなるでしょう。
もし学校は自由だから、ワイガヤで勝手気ままに授業をスポイルしたらどうなるでしょう。
もし、成人式を迎えたのだから、大酒飲んでも罰せられないから、路上で徒党を組んだらどうなるのでしょう。
こんな自由なら、わたくしは不要と思います。
ものの世界の自由性を声高に言うのではなくて、「自由の本質」とは見えない心の世界の自在性なのです。
愛することの広大無辺な心の自在性が自由の本質なのです。
権利と義務、それもいいでしょう。
モノの獲得のための自由性もあるなら、そこにルールや秩序がある。
でもモノに縛られる「心の狭量さ」が、じつは不自由であるのです。
[素敵な大笑い]
[一笑は百の悩みを忘れさせるとある:西湖 西冷印社にて]
平和とは単に戦争がないことなら、独裁国家でもいいでしょう。
北朝鮮や旧ポーランドやサダム・フセインの時代でもいいでしょう。



眼で見える世界が、単に戦いのない場面ならそれは「平和である」とは決していえません。
鉄砲を担いだ戦争ではなくても、この日本でも家庭内には夫婦間の無言の冷戦もある。
親殺し、子殺しの悲惨な家庭構造もある。
小中学校では、無視というイジメの人間性を否定した行為もある。
会社に行けば、血みどろの戦いはなくとも企業戦争と、お客さんとのクレーム戦争もある。
[心が平和ですと、喜びがどんどん誕生します:杭州 河坊街にて]
平和とは単に戦争がないことではありません。
心の中の「和平」、平らなる調和のこころがなければ、平和ではないのです。

心が現象を生み出すのですから、心の平和がなければ地球は平和にならないのです。
自由と平和、それは見えない心の内側の事柄であったのです。
2009年04月07日
色の世界
科学というのは物質を細かく切り刻んで、小さくしていくと分子、原子、中性子、電子まで分かってきました。
それでも最小の粒子でないことが証明されてます。
中性子や陽子は6種類のクオークと呼ばれる粒子で成り立ち、アップクオーク、ダウンクオーク、ストレンジクオーク、チャームクオーク、ボトムクオーク、ダウンクオークとよばれてます。
中性子や陽子はこれらの内の三つのクオークがグルオンというノリの役割をするもので繋がれて出来ているというのです。
電子も6種類のレプトンという粒子から成り立ち、電子、ミューオン、タウ粒子、電子ニュウトリノ、ミューニュウトリノ、タウニュウトリノのレプトン粒子です。
また、お相撲さんの力比べの「力」や、空を飛ぶ飛行機の力も、ドアを開ける力も、ゲージ粒子という素粒子の作用だというところまで分かりました。
「うそー! 力はわたしが出しているのだよ!」ではなく、力が及ぼす素粒子が宇宙にはあるのですね。
先の陽子や中性子を作っているクオークはにはそれぞれ「色」の種類があって、青、赤、緑の三つの色に分別されます。

「クオークとグルオン : これが中性子や陽子の構造なのです。クオークは三色です」
クオークの素は、実際には「色そのもの」ではないのでしょうが、私達が知っている最小単位というものは原子ではなくてまだまだ小さいものがあるということです。
科学はバラバラに切り刻むので、そもそも「科(トガ)」学かもしれませんね。
まだ今の科学で知りうる範囲が、クオークやグルオン、レンプトンなのですが、まだまだ究極の存在まで追跡していくと、恐らく神さまの素である「神素」まで行くのだと思います。
万物が神さまの息吹から発生したとなると、まず神素(しんそ)なるものが根源にあるようにおもいます。
また神素が重なり合ってエネルギーの元である霊子(れいし)が出来上がると想像してます。
今の科学ではクオーク辺りまでが発見の限界ですが、仮に幽霊のようなエネルギー体は、まだ霊子よりも桁違いに一兆倍以上、粗い波動とおもいます。

[色素の三原色:絵の具の三原色は全部混ざると黒なのですね]
6種のクオークには、それぞれに青、赤、緑の三つの色があるということは面白いですね。
なぜって、この光の三原色を重ねると白色になるからです。

[光の三原色: これがクークの三個性「色」に規定されているのです]
カラーテレビでもこの三原色の3光色素からなって、
上図のようにそれぞれが混ざると、緑と青でシアン、赤と青でマゼンダ、緑と赤でイエローが出来ます。

不思議ですね・・・・・・。
物質主義者には、学校で習ったからそれが当たり前なのかもしれませんが、わたくしにはものすごく不思議なのです。
全ての光が混ざると「純白」なのですよ。
それぞれの色の光を混ぜると違う色の光が誕生する。
凄いことじゃないですか。正しく神さまの領域の「神業」。
物質の絵の具の色素ですと、光のようにはいかず、全部混ぜると黒になっちゃう。
それって、「物質」をごちゃ混ぜにすると「暗黒」になるのですから、何と言いましょうか、お先真っ暗。
他を照らす「無私なる光」、それも「個性」というカラーがそれぞれ出会って協力すると、別の「個性が誕生」したり、全ての個性を協力させると「純白」になるなんで、凄いとおもいませんか。
それでも最小の粒子でないことが証明されてます。
中性子や陽子は6種類のクオークと呼ばれる粒子で成り立ち、アップクオーク、ダウンクオーク、ストレンジクオーク、チャームクオーク、ボトムクオーク、ダウンクオークとよばれてます。
中性子や陽子はこれらの内の三つのクオークがグルオンというノリの役割をするもので繋がれて出来ているというのです。
電子も6種類のレプトンという粒子から成り立ち、電子、ミューオン、タウ粒子、電子ニュウトリノ、ミューニュウトリノ、タウニュウトリノのレプトン粒子です。
また、お相撲さんの力比べの「力」や、空を飛ぶ飛行機の力も、ドアを開ける力も、ゲージ粒子という素粒子の作用だというところまで分かりました。
「うそー! 力はわたしが出しているのだよ!」ではなく、力が及ぼす素粒子が宇宙にはあるのですね。
先の陽子や中性子を作っているクオークはにはそれぞれ「色」の種類があって、青、赤、緑の三つの色に分別されます。

「クオークとグルオン : これが中性子や陽子の構造なのです。クオークは三色です」
クオークの素は、実際には「色そのもの」ではないのでしょうが、私達が知っている最小単位というものは原子ではなくてまだまだ小さいものがあるということです。
科学はバラバラに切り刻むので、そもそも「科(トガ)」学かもしれませんね。
まだ今の科学で知りうる範囲が、クオークやグルオン、レンプトンなのですが、まだまだ究極の存在まで追跡していくと、恐らく神さまの素である「神素」まで行くのだと思います。
万物が神さまの息吹から発生したとなると、まず神素(しんそ)なるものが根源にあるようにおもいます。
また神素が重なり合ってエネルギーの元である霊子(れいし)が出来上がると想像してます。
今の科学ではクオーク辺りまでが発見の限界ですが、仮に幽霊のようなエネルギー体は、まだ霊子よりも桁違いに一兆倍以上、粗い波動とおもいます。

[色素の三原色:絵の具の三原色は全部混ざると黒なのですね]
6種のクオークには、それぞれに青、赤、緑の三つの色があるということは面白いですね。
なぜって、この光の三原色を重ねると白色になるからです。

[光の三原色: これがクークの三個性「色」に規定されているのです]
カラーテレビでもこの三原色の3光色素からなって、
上図のようにそれぞれが混ざると、緑と青でシアン、赤と青でマゼンダ、緑と赤でイエローが出来ます。


不思議ですね・・・・・・。
物質主義者には、学校で習ったからそれが当たり前なのかもしれませんが、わたくしにはものすごく不思議なのです。
全ての光が混ざると「純白」なのですよ。
それぞれの色の光を混ぜると違う色の光が誕生する。
凄いことじゃないですか。正しく神さまの領域の「神業」。
物質の絵の具の色素ですと、光のようにはいかず、全部混ぜると黒になっちゃう。
それって、「物質」をごちゃ混ぜにすると「暗黒」になるのですから、何と言いましょうか、お先真っ暗。
他を照らす「無私なる光」、それも「個性」というカラーがそれぞれ出会って協力すると、別の「個性が誕生」したり、全ての個性を協力させると「純白」になるなんで、凄いとおもいませんか。
2009年01月28日
法律と道徳の違い
ふらっと、深川のお不動様におまいりに行く途中のことでした。
地下鉄 東西線の「門前仲町」を電車から降りて、改札口を抜け地上に向かう駅通路の出来事。
60歳も過ぎていたでしょう、いい年配の男性が公衆電話器の横にある鏡を見つめて、ヒゲをジョリジョリ剃っている。
地下鉄の電車を待つプラットフォームで、若い女性のお化粧姿も時々見かけますが、分別もある壮年の男性が公衆の面前でひげを剃るのも珍しい。
大人気ないそのふるまいにオヤオヤとよく見ると、なんと公衆電話のコンセント電源から電気かみそりのコードを繋いでいたのです。
これには、あきれてしまいました。
まさか電気洗濯機を持ち込んで洗濯する方はありませんが、公共施設の電気をこっそり頂戴する無神経さに日本人の道徳観念の薄さを感じてしまいました。
[原宿の竹下通り入り口 :多くの若者で溢れかえっていますが、若いときから道徳観念は持ってほしいもの]
駅の公衆電話器の「お電気頂戴」が頭に残り、以来いくつかの駅の公衆電話に気をとられますと、いるではありませんか。
自分の携帯電話の充電に利用する女子高生を発見。
女子高生といえば、電車の社内で声高の会話。
あたり憚らず、「超アッタマに来たぜ、アイツー・・・・・・」の言葉に、がっくりしてしまう論者。
言葉の乱れが、自分を取り巻くこれから環境の乱れを誘発させてしまうことに全く気づいていない。
こうした、人としての道徳観は一体 何処に行ってしまったのでしょう。

[千葉 佐倉市のとある神社さん]
人を傷つけたり、盗んだりすると法律で罰せられます。
ですが、法律のみが先行して、おまわりさんやマスコミで事件性が取り上げられないと、悪いことをしている感覚が無いのでしょうか。
道徳は心の規定です。
マナーや親切や、人としての道が少々ブレても、法律では罰せられません。
ですが、道徳を破ると「自分の心」に罰せられます。
『天に唾すれば 己に返る』、それは道徳。
天に唾しても 法律では罰せられません。
ですが何よりも先にあるのが道徳で、その次にあるのが法律なのです。
2009年01月02日
「信念」開けました

[ヨガ エクササイズの 山田順子さん]
昨年の政治、経済、社会の「変事」のさなか、ヤマトの神性雛形は12月をもって第一幕が完成しました。
陰があれば陽を対発生させ宇宙は「調和」をとる。
闇があれば、心の気づき(反省と光明)がある。
ヒト意識が闇から、「愛」「調和」「進化」に向けられると、ヤマトは急速に息を吹き返す。
2009年 己丑のとき、病の子を擦る母親に似て、わたしたちの意識が日本を擦り、第二幕の「日本社会秩序の回復」に走り始めます。
金融、資本主義、贅沢、過食、おざなり教育、見えるだけの科学、精神の不在、いさかい・・・・・こうした負の遺産が「オールリセットと新生の年」、それがウシ・トラからはじまる国常立神さまの御用。
「信念、開けまして お芽出とうございます」
第二幕の ひな型は 「魂の自立」と「行動する勇気」。

[日本の夜明け : 旅先で寝起きの論者]
これまでの見えるものの世界に引きずり回されて生きてきた、その固定観念に引きずられないで、
良性なヒラメキに思い切って飛び込んでみましょう。
感謝の心に湧いてくる魂からのメッセージ、そのメッセージに応じた行動で、思念の下絵の展開は、
ものすごい速度で現象世界に共時性を作り出す。
思うことが即座にこちら側に飛び込んでくる。
下絵実行の協力者も続々と現われてくる。
そのヒラメキと行為は、自分でだけで無く、関係する全ての他人の喜びに変わる。
宇宙は「共鳴の原理」をもつから、自己の願望とは、自己だけの喜びの下絵でなくて、
両親、夫婦、兄弟、友人、ご近所同士、社員仲間、自己に関係する全ての喜びが下絵のデザインに加わっていなければならない。
願望とは、主役自己も、全ての脇役も、末端の社員に至るまでが喜び、楽しみ、生き生きの下絵であらねばならない。
樹も小鳥も人間も命を持って地球上に生息していて、
この巨大な地球自体もガイアと呼ばれる生命体。
風は人の息に相当し、河川は血管に相当し、マグマは心臓の鼓動に相当する。
ヒトの日常意識はガイアの意識にもリンクしてくる。
私たちは神さまですから、全てをハッピーにする責任がある。
それは思念から始まる。
2008年11月12日
いのちをもつ大宇宙

[毛玉のようなタンポポ これも和の集合体のようです]
ビッグバンから大宇宙は生まれたと聞きます。
瞬間にして粒子や反粒子を生み、
間もなく水素、ヘリウム、リチウムと新たな原子を生み出していった。
150億年経ったいま、まだ宇宙は膨張を続けているといいます。
人間も光やたんぱく質のご縁を得て、38億年位前に、その原生である原始生命体の核が出来たといいます。

この大宇宙に離反、反目、憎悪もなくあだあるのは大きな秩序。
この秩序が生命を生み、生命体の調和を見守り、生命維持の条件一切を分け隔てなく与えている。
果たしてビッグバンが宇宙創生の事始でしょうか?

物質機械宇宙でなくて、秩序を持つ生命宇宙というその人間らしさに宇宙の本質を見てしまうのです。
ビッグバンとは神さまの「くしゃみ」だったのかもしれません。
これほど生命系を維持できる環境を整え、
大調和や共生愛を学び取れる大自然を作り出してくれている。
さすれば宇宙は人類のためにある。

[コスモスって、宇宙のことですよね]
宇宙とは神様の中の出来事としか思えなくなってしまうのです。
もちろんその中の私たちですから、当然私たちにはその神さまの形質が刻み付けられている。
心が震えたりする感動、それこそが真実なのでしょうねエ。
感動を呼ぶ「言霊」やささえあい。

それが毎日でありたいですね。
2008年10月17日
ビッグバンと私たち

[ノーベル物理学賞を受賞された南部陽一郎先生]
南部陽一郎先生がとうとうノーベル物理学賞を受賞された。
「とうとう」というのは、日本の素粒子物理学の世界ではもちろん、基礎科学を研究している方々は「なんで南部先生が受賞されないンだ」といわれているほどに、受賞は当たり前の認識なのです。
「ユダヤ系のアメリカ人研究者でないと受賞はむづかしい・・・・」などともささやかれておりました。
反粒子の存在は、いまや定説でNASAの最近の研究によると、この宇宙と見えるものはビッグバンの総エネルギーのおよそ4%とか。
見えないダークエネルギーやダークマター(物質)が残りの96%と推定されている。
つまりあの世を構成しているエネルギー、さらにもっと高次な次元世界を構成しているエネルギ-がそれらともいえるのです。

[つい30年ほど前は銀河は宇宙にひとつでありましたが、いまや銀河とはこの宇宙に1億もあるのですって!]
150億年前のビックバンで、瞬時に素粒子が生まれ、わずか一秒程度で水素をはじめとする元素が生まれました。
そして融合を繰り返し今では100を越す元素が見つかっています。
その一部は銀河の石クレとなり、あるときには釈迦の骨ともなったかもしれない数多の元素。
ビッグバンから生まれた元素は様々な時代でカタチある七変化を見せて、近くには祖父母、両親の肉体細胞の炭素、水素、酸素、窒素へと変わりました。
やがてその一部は私たち自らの細胞の一元素へと取り込まれていった。

宇宙創生の元素は縁あって、今、現在わたしたちの肉体の一部となっているのです。
この貴重な存在『自己』、それは宇宙創生の歴史を持つ元素を携え、非物質の霊体ともいう、見えない神の分身が強固に宿って、今を体験させられているのですねえ。
霊体を反粒子というのは、いささか乱暴かもしれませんが、粒子と反粒子をドッキング(衝突)させると光が出るという。すると、何か私たちの見えない意識を持つ生命体の存在を示唆しているのかもしれません。
量子物理学というと難しいのですが、全部私たちと直接かかわりを持っているのです。
宇宙から生まれた私たち。
だから私たちの想いが、宇宙にも関わっていくのです。
大宇宙は偏見も無ければ、意地悪も無い。
宇宙に秩序があることはどなたも認めること。
それが宇宙則であって、『宇宙には意志がある』といい換えてもいいですね。




