2010年03月06日
勅語について
【魂磨きの】
[まきの古木 たしか千葉 中山の蓮華寺の辺りでしょうか?人間のようにこざかしくもなく、純粋です。だから長命なのですね。]
『学を修め 業を習い もって智能を啓発し 徳器を成就すべし』
昔からの勅語ですが、人生の真髄を突いているとおもいませんか?
昔の勅語など、アナクロだとお思いの方もいるかもしれませんが、深いですね。
基礎力を修めるとは、小学校から既に英語を学んだり、株取引のためのパソコンの練習をすることでは決してありません。
自国語 この日本語をしっかり身につけて、日本の伝統と文化を腹に落とさなねば、信頼すべき国際人にはなれなません。
文化の心無く、口先だけの英語力の方は、ニューヨークのハーレム街にゴロゴロ居る。
自国の文化を語れる品格こそ大事で、小学校ではその基礎を育むべきですね。
「業」とは、作業であり仕事のこと。手足を動かして実践が無ければ決して本物にはなれません。
東大卒の方程式型 左脳人間の限界を、論者は部下としても大勢見てきました。
合理主義と記憶力の奥底に、「仁」、「愛」、「徳」が無ければ世間にはまったく通用しません。
ひとはその方の学歴や、会社の肩書きを見ているのではなく、その方の心を皆さんみていらっしゃる。
「智能」とは、本来その人が持つ魂の光のことです。
教育とは魂が本来もっている「智能」の光を呼び出すきっかけづくりなのです。
「智能」の光は魂の中にぎっしり詰まっている。
だから魂を見つめなければ「智能」は啓発されないのです。
そして心の器とでもいえる、「徳の器」を大きくして、少々の困難にも動転もせず、常に前を向いて、路傍に困る人あれば手を差し伸べることが肝要ですね。
ヒトは常に神様に、その魂の修行を試されている。
心の器を広げて、神様と同じくらいの「徳の器」を大きくしたいものです。
こうした教育の基本姿勢が過去の日本にはあったのですね。

[駒込の六義園の赤松 いい波動を出してますよ。手の平を向けて「ありがとうございます」といってみてください。きっといい反応がありますよ]
論者 鈴木は戦争否定者である。だが山本五十六海軍提督の教育論にうなずいてしまいます。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、あとを褒めねば、ヒトは育たず」・・・・と。
まず親がそのお手本を、体で子供に示しているかどうか。
口先だけではあるまいか。
手本を見せて、解説してやる。
そしてご本人に具体的にやってもらわねば体で覚えません。
先生が講座で料理の話をしても、実際に生徒が造ってみなければ自分のものにはなりません。
そして最後に先生が褒めてやると、生徒のヤル気に火がつく。
このヤル氣を出させるまでが、親や先輩の務めなのです。
こうしたことが、塾や学校まかせで、今の家庭に欠けているところです。
[まきの古木 たしか千葉 中山の蓮華寺の辺りでしょうか?人間のようにこざかしくもなく、純粋です。だから長命なのですね。]
『学を修め 業を習い もって智能を啓発し 徳器を成就すべし』
昔からの勅語ですが、人生の真髄を突いているとおもいませんか?
昔の勅語など、アナクロだとお思いの方もいるかもしれませんが、深いですね。
基礎力を修めるとは、小学校から既に英語を学んだり、株取引のためのパソコンの練習をすることでは決してありません。
自国語 この日本語をしっかり身につけて、日本の伝統と文化を腹に落とさなねば、信頼すべき国際人にはなれなません。
文化の心無く、口先だけの英語力の方は、ニューヨークのハーレム街にゴロゴロ居る。
自国の文化を語れる品格こそ大事で、小学校ではその基礎を育むべきですね。
「業」とは、作業であり仕事のこと。手足を動かして実践が無ければ決して本物にはなれません。
東大卒の方程式型 左脳人間の限界を、論者は部下としても大勢見てきました。
合理主義と記憶力の奥底に、「仁」、「愛」、「徳」が無ければ世間にはまったく通用しません。
ひとはその方の学歴や、会社の肩書きを見ているのではなく、その方の心を皆さんみていらっしゃる。
「智能」とは、本来その人が持つ魂の光のことです。
教育とは魂が本来もっている「智能」の光を呼び出すきっかけづくりなのです。
「智能」の光は魂の中にぎっしり詰まっている。
だから魂を見つめなければ「智能」は啓発されないのです。
そして心の器とでもいえる、「徳の器」を大きくして、少々の困難にも動転もせず、常に前を向いて、路傍に困る人あれば手を差し伸べることが肝要ですね。
ヒトは常に神様に、その魂の修行を試されている。
心の器を広げて、神様と同じくらいの「徳の器」を大きくしたいものです。
こうした教育の基本姿勢が過去の日本にはあったのですね。
[駒込の六義園の赤松 いい波動を出してますよ。手の平を向けて「ありがとうございます」といってみてください。きっといい反応がありますよ]
論者 鈴木は戦争否定者である。だが山本五十六海軍提督の教育論にうなずいてしまいます。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、あとを褒めねば、ヒトは育たず」・・・・と。
まず親がそのお手本を、体で子供に示しているかどうか。
口先だけではあるまいか。
手本を見せて、解説してやる。
そしてご本人に具体的にやってもらわねば体で覚えません。
先生が講座で料理の話をしても、実際に生徒が造ってみなければ自分のものにはなりません。
そして最後に先生が褒めてやると、生徒のヤル気に火がつく。
このヤル氣を出させるまでが、親や先輩の務めなのです。
こうしたことが、塾や学校まかせで、今の家庭に欠けているところです。
2010年02月15日
品格とは、美しいこと

[朝青龍のご乱行は随分前から指摘されていたのですが・・・・]
先ごろに、横綱 朝青龍がこれまでの節操の無いやんちゃぶりに加えて、民間人の暴行事件の責を取って引退した。
TV,新聞ニュースでは,しばしば「横綱の品格」と言う見出しがでて、話題になりました。
「品格」とは御茶ノ水女子大の数学者 藤原正彦先生が「国家の品格」という本を出されて、以後 流行語になったような気が致します。
以来「女の品格」とか品格をもじったいくつかの出版がありました。
「品格」を広辞苑で調べますと、「ねうち」、「がら」、「気高さ」とあります。
ですが個人的には「物」に対する良し悪しではなくて、人間の品位をこの場合さしていると思います。
つまり「品格」とは「心の美しさ」を意味していて、行動上の立ち居振る舞い以上に、それら行為の素となる「心の美しさ」が大元で、内側が外見のふるまいに反映される。
そう考えると、品格の薄さを朝青龍だけに決め付けるのは、かわいそうで、所属部屋の親方初め相撲協会も、また、「時の人」を容赦なく取り囲む報道陣もまた「品格」が薄いようです。
「心の美しさ」とは何かといえば、「思いやる心」、「愛でるこころ」、「調和の心」といえる。つまり自分がしゃしゃり出ず、自分のためではなく、相手方のために動く心情です。
さすれば、日本人全体が「品格が薄くなってきた」と言えるようでもありますね。
[政治家の小沢さんも 言行に恥ずるなかりしか! ]
太平洋戦争時代の日本の教育というと、何でもかんでも「悪の教育」のように思われがちです。
ですが、江田島海軍兵学校では、将校教育に「五省」という、五つの反省標語がありました。
単なる標識でなくて、それは瞑想と実行を伴うものです。
夜間のラッパの合図に当直が五省の項目を、大声で読む。
次に全員が正座して、瞑想に入り、一つ一つの五省を己の心に振り返る。
その五省とは
1) 至誠に悖る(もとる)なかれ
つまり自分の純正心に照らして、曲がったことはなかったか、尽くさなかったところは無かったかということである。
2) 言行に恥ずるなかりしか
自分の言葉や態度、行ないに恥ずかしいところはなかったか問いかける。
3) 気力に欠くるなかりしか
行動の精神に覇気、やる気が薄く、だらだらしたところは無かったか。
4)努力に憾み(うらみ)なかりしか
昨日より今日、今日よりも明日という心・技・体の励みを努力という。その勤め励みに努力不足ということは無かったろうか。
5)不精に亘る(わたる)なかりしか
身だしなみや、一日の行動に中途半端な、手抜きやだらしないところは無かったか。
朝青龍の話題で持ちきりのお相撲さんも、格闘技を含めたプロスポーツ界、ボクシング界も、特に政治家も一般人も・・・・・・。
品格が取りざたされるいま、この五省は現代人の座右となるのではないでしょうか。
2009年12月27日
TVドラマ「JIN」に感激

[花魁 野風さんの衣装もNHKの大河ドラマ張りの華麗さでしたね]
秋口からのTVドラマ、幕末にタイムスリップした脳外科医の物語 「JIN : 仁」が日曜ドラマで人気を博しました。
私も毎回見入ってしまいました。
大沢たかお主演で、南方仁(みなかた じん)という役どころですが、脇役もそろっていて、丁寧な脚本そしてコンピュータグラフィックも駆使したり、場面の演出が細かいですね。
衣装にしろ場所設定にしろ細かな描き方で、その中で医師の本分や人間の生き方をあらためて気ずかせてくれました。
生死や愛、友情、生き様などなど、お笑い系とスペシャル特番にあふれる昨今のTV番組の中で大変光ってました。
私は毎回どこかのシーンで涙することも多く、都度 心の洗濯水を流しておりましたよ。
ペストで瀕死の子供を励ます南方医師が「神様は乗り越えられない試練は与えない」という励ましのセリフも本当に胸にジーンと感じ入ります。
私が、ところどころで涙した場面は次の通り、
・神田川の夕焼けのまえで、余りにも美しい純粋な風景に、これまでの自分の心の汚さ、不遜さそれらを溶解し、心の純粋さを照らしてくれる自然界の無言のメッセージに涙する主人公「仁」のシーン
・ヒト助けのペニシリン製造のため、金集めに必死になった男たちが、三人そろってこれまでのつたない「われヨシ」の考え方を述懐し、男同士反省の涙するシーン
・梅毒の花魁が、後輩の花形花魁「野風」に腕の中で、感謝の涙で死にゆくシーン
・死を前にした緒方洪庵と主人公の仁が、医師としての本懐、国のため、道のため清冽に生きよと語る死に別れのシーン
最終回ではタイムスリップへの帰還を断念した主人公が、「医すなわち仁」を全うする江戸幕末での医術を背景にした世相の全10話でしたが、どれも心に染入りました。
「JIN 仁」という同名の原作マンガもあるそうで、こんど読んで見ましょうか。
2009年12月19日
スパコン開発について

[行政刷新会議 事業仕分け会場 議論伯仲で大所で見直し結構なことですが・・・・・・]
前回のブログでも「事業仕分け」についてのコメントをさせていただきました。
事業仕分け自体は、賛成なのですが、予算削減や事業見直しの判定根拠に釈然としないものの一つに「スーパーコンピューターの開発」があります。
この事業仕分けによる「スパコン開発の見直し」には理化学研究所の野依先生(ノーベル化学賞受賞)、脳科学の利根川先生(ノーベル医学賞受賞)ら先端科学者らがこぞって反対のご意見。
論者もその1人です。
「スパコン不要不急」というのが、見直しの論拠なのですが、高性能なスパコンを新しく買いに行くのではないのです。
国がこぞって、世界に例を見ない大型スーパーコンピューターを開発しようという予算立てなのです。
私自身、学校を出てから直ぐに民間の研究機関に20数年間居りました関係で、研究現場の実務のこと、広く世界の技術レベルを見渡したこれからあるべき研究企画のことも、知恵の出し合いということで国との共同研究のことなど事務的なことにも長いこと携わっておりました。
当時、「鉄ダイキャスト」という工法の開発研究も行なっておりました。
鉄が溶ける温度は1500度くらい。アルミニウムですと400度くらいですから凡そ三倍近くの融点の差がある。
今でもアルミニウムの鋳物製品は、金型に高速で溶けたアルミを充填させて固まらせる工法が中心です。
ですが鉄ですと、温度が高くてまず鋳込む金型がもちません。
そんなことから、金属ではない、セラミックスの鋳型の研究にも波及していくのです。
また低速高圧充填というゆっくりと、高圧を掛けて型に押し込む技術は、今ではアルミニウム鋳造品の内部欠陥が無い優れたいものを作る技術にも応用されていきました。
「スパコン開発」でも、これまでに無い超高性能半導体素材、超高電導システム、新しい高性能ヒートシンク(冷却方法)、などなど多岐にわたる分野から構成されています。
つまり研究とは、一つの課題でもその細部は数十にも分岐されていて、それぞれの分岐研究でも大変大きな将来の「産業の米」ともなるものが隠されているのです。

[政治も、研究も新しい道を探して モノもつ両手を離して観音扉を開けていこう]
「不要不急のモノのを買うな」という発想と、「将来の産業のカナメともなる画期的技術の研究」という発想とはまるで異質です。
また分岐研究のもつ期待成果でなく、スパコンそのものの完成は、壮大な地球の気象現象を全て過去データを加味した予想シュミレーションや、1秒間に10万もの化学反応を持つ1細胞のレベルを、生体全体60兆個の細胞を通した、生命体のメカニズムの解明にもつながるものです。
「事業仕分け作業」に、こうした科学者のマクロな知見を持った人材の立会い無しに決定た経緯に、なにか危うさを感じてしまいました。
もちろん、研究も物質研究だけでなく、心と脳の研究、「見えない意識と見える物質を橋渡しする研究」が期待されるところです。
物質研究にしても、その研究を推進する方々の心のあり方が重要で、お金儲けに染まってしまいますと、何でもありの研究では人類は滅びていくかもしれません。
政治家も研究者も「霊主心従体属」の姿勢で「お役に立とう」という姿勢でなければ、地球も人類も衰退していくしかありません。
2009年11月26日
ウォシュレット考

[生あるもの ものを頂く入り口管理よりも 出すほうの出口管理のほうがとても大事ですよ ]
とうとう我が家のウォシュレットも15年も過ぎたことに気付きました。
最近になって、少々寒くなってきましたので暖かい便座はいいのですが、用を足した後のウォッシュが冷やっこい。
人間贅沢になると、程よい湯加減の温水でお尻を洗いたいものですが、11月もこの月末になりますと、早朝のお水は大変冷たいのです。
温水装置がとうとういうことをきいてくれません。
おまけにウォッシュ水量も、管内かフィルターで目詰まりしたのでしょうか、「強」と「弱」がこれもいうことを訊いてくれません。
こうなりますと、ウオシュレットも不自由なものです。
いのち在る食べ物を頂いて、その御霊をわが身にやどし、今までに食した八千万魂(やちみたま)と一体になって元気よく行動する。
ゆえに毎朝、便器の「うんちさん」に手を合わせるという習慣ももつのですが、その前のお尻のウオッシュが困りモノ。
とうとう新調することにしました。
通販で比較的お安く入手して、なんとかハンドメイドで取り付けました。

[ 鈴木さんちの「音入れ」]
そんな話を知人にしましたら、「鈴木さん 肛門の粘膜質に直接水道水が当たるのは、塩素イオンも多量に入っているのだから、将来 お尻や大腸に悪さがあるかもしれませんよ」といわれました。
たしかに飲み水のほうは、あらかたの方は、水道の蛇口に浄水器を取り付けて、塩素イオンやトリハロメタン、ほか有害菌を除去して使用します。
つまり飲み水の入り口管理はしているものの、人間の出口管理には手が及んでいないようです。
ウオシュレットはお尻を綺麗にしてくれるのはありがたいことですが、考えてみれば永い目で見ればここにも活水器といいましょうか、水道水を改質するシステムがあってもいいかもしれませんね。
2009年11月02日
地球温暖化の真犯人は
1997年の京都議定書では世界各国で分担して、二酸化炭素やメタン、代替フロンなど6種類の温室効果ガスを減らそうという取り決めました。
最初の目標として、先進国全体で2008年までの年平均排出量を90年比で5%以上削減することが掲げられましたね。
各国・地域の削減目標はEUが8%、米国が7%、ロシアが0%。日本は6%減で合意しました。
米国は世界全体の二酸化炭素排出量のうち、最も多い約24%を排出するのです。
ですが議定書の策定時には7%削減で合意したものの、途上国の削減目標がないことや、自国の経済に悪影響を及ぼすなどの理由で2001年に議定書を離脱しました。

[地球温暖化の原因は炭酸ガスというのですが・・・・・・・]
今回 EUは20%削減目標といいますが、ある意味で軽いのです。
というのは1990年当時というと、旧東独など非常にエネルギー効率の悪い経済環境でしたので、EU一体化のなったものですから、現状の高効率技術を東欧に浸透すれば、目標値は比較的スムーズに済む。
ところが日本は高効率エネルギー技術立国ですから、鳩山さんが国連で公約した 1990年比 25%の削減は大変なことになります。
2008年時点で世界のCO2排出量 は272億トン / 年 とのことです。
その世界各地での構成は
米国 20.5%
中国 18.5%
ロシア 6.1%
日本 4.4%
インド 4.1%
ドイツ 2.8%
カナダ 2.3%
韓国 2.0%
イギリス 2.0%
イラン 1.9%
サウジアラビア 1.8%
イタリア 1.7%
メキシコ 1.6%
フランス 1.4%
その他 28.9%
ところが、水をさすようですが、炭酸ガスが本当に地球温暖化の真犯人かというと明確な回答がないようです。
地球6億年前は6000PPmの桁外れな大気中炭酸ガス濃度、しかも地球平均気温は22度くらい。
6千万年ぐらい前の炭酸ガス濃度の600PPmから平均気温も14.5℃程度の現在の値も下がってきました。よろしいですか、炭酸ガスが大きく減って、地球の気温は下がったのですよ。
近年では、炭酸ガス濃度は産業革命から急速に増えているのに、40年間、平均気温は下がり続けたのです。
これについてはどういう影響なのか、IPCCはこの矛盾には回答していないのです。
一方では、地球温暖化説は水蒸気で地球が包まれる、つまり地球がオーバーコートを着せられるという説もあるのです。
これも素人見解でなくて、米国と日本の大学の先生の論説です。
つまり犯人は地磁気や宇宙からの電磁波エネルギーの増加によるものという見解です。
炭酸ガス問題がなぜ国際的に評価されているかというと、裏ヨミをすると
①石炭を燃やさずに原子力発電へのシフト、その国際的正論づくり
② 炭酸ガスの排出権売買
排出権売買は、排出量削減ができない国には、余裕がある国から購入できるという、いわば国際ビジネスです。どうもこうなると論外な感じですね。
確かに、大気汚染は生命の危機にも直接影響をあたえ、炭酸同化作用を担当する樹木、その森林伐採も地球環境維持からすると規模の大きな問題です。
ただなにか炭酸ガスだけが真犯人と断定されていることに、一抹の不安をもつのです。
またエコカーとかいって電気自動車を大いに歓迎する向きもあります。
ですが電気自動車はガソリンスタンドならぬ電気スタンドから充電する必要があります。
さすれば発電はまぬがれません。
つまり地方の発電所周囲の炭酸ガスは相変わらず放出されて、都会の車が走行する空間は炭酸ガスが出ないだけ。
ですから電気自動車はエコカーなのかしら??
なんでも否定的にとらえるわけではないのです。
炭酸ガス排出は大きな問題ですが、それが地球温暖化と直接結び付くかどうかまだ断定は出来ないと思うのです。
それよりは、排出権取引という奇妙な国際ビジネスが絡んだり、安易に原子力発電の方向につき進んだり、ムードで何でもエコカー賛成というのも如何なものでしょうか。
最初の目標として、先進国全体で2008年までの年平均排出量を90年比で5%以上削減することが掲げられましたね。
各国・地域の削減目標はEUが8%、米国が7%、ロシアが0%。日本は6%減で合意しました。
米国は世界全体の二酸化炭素排出量のうち、最も多い約24%を排出するのです。
ですが議定書の策定時には7%削減で合意したものの、途上国の削減目標がないことや、自国の経済に悪影響を及ぼすなどの理由で2001年に議定書を離脱しました。

[地球温暖化の原因は炭酸ガスというのですが・・・・・・・]
今回 EUは20%削減目標といいますが、ある意味で軽いのです。
というのは1990年当時というと、旧東独など非常にエネルギー効率の悪い経済環境でしたので、EU一体化のなったものですから、現状の高効率技術を東欧に浸透すれば、目標値は比較的スムーズに済む。
ところが日本は高効率エネルギー技術立国ですから、鳩山さんが国連で公約した 1990年比 25%の削減は大変なことになります。
2008年時点で世界のCO2排出量 は272億トン / 年 とのことです。
その世界各地での構成は
米国 20.5%
中国 18.5%
ロシア 6.1%
日本 4.4%
インド 4.1%
ドイツ 2.8%
カナダ 2.3%
韓国 2.0%
イギリス 2.0%
イラン 1.9%
サウジアラビア 1.8%
イタリア 1.7%
メキシコ 1.6%
フランス 1.4%
その他 28.9%
ところが、水をさすようですが、炭酸ガスが本当に地球温暖化の真犯人かというと明確な回答がないようです。
地球6億年前は6000PPmの桁外れな大気中炭酸ガス濃度、しかも地球平均気温は22度くらい。
6千万年ぐらい前の炭酸ガス濃度の600PPmから平均気温も14.5℃程度の現在の値も下がってきました。よろしいですか、炭酸ガスが大きく減って、地球の気温は下がったのですよ。
近年では、炭酸ガス濃度は産業革命から急速に増えているのに、40年間、平均気温は下がり続けたのです。
これについてはどういう影響なのか、IPCCはこの矛盾には回答していないのです。
一方では、地球温暖化説は水蒸気で地球が包まれる、つまり地球がオーバーコートを着せられるという説もあるのです。
これも素人見解でなくて、米国と日本の大学の先生の論説です。
つまり犯人は地磁気や宇宙からの電磁波エネルギーの増加によるものという見解です。
炭酸ガス問題がなぜ国際的に評価されているかというと、裏ヨミをすると
①石炭を燃やさずに原子力発電へのシフト、その国際的正論づくり
② 炭酸ガスの排出権売買
排出権売買は、排出量削減ができない国には、余裕がある国から購入できるという、いわば国際ビジネスです。どうもこうなると論外な感じですね。
確かに、大気汚染は生命の危機にも直接影響をあたえ、炭酸同化作用を担当する樹木、その森林伐採も地球環境維持からすると規模の大きな問題です。
ただなにか炭酸ガスだけが真犯人と断定されていることに、一抹の不安をもつのです。
またエコカーとかいって電気自動車を大いに歓迎する向きもあります。
ですが電気自動車はガソリンスタンドならぬ電気スタンドから充電する必要があります。
さすれば発電はまぬがれません。
つまり地方の発電所周囲の炭酸ガスは相変わらず放出されて、都会の車が走行する空間は炭酸ガスが出ないだけ。
ですから電気自動車はエコカーなのかしら??
なんでも否定的にとらえるわけではないのです。
炭酸ガス排出は大きな問題ですが、それが地球温暖化と直接結び付くかどうかまだ断定は出来ないと思うのです。
それよりは、排出権取引という奇妙な国際ビジネスが絡んだり、安易に原子力発電の方向につき進んだり、ムードで何でもエコカー賛成というのも如何なものでしょうか。
2009年10月23日
高速道路は有料でいい

[最近はゴールデンウイークだけでなく、休日ともなると交通渋滞は結構ありますよ]
今年の8月に東京湾横断道路を通って、千葉の大原のほうに神業に行きました。
途中、PAの「海ほたる」などもあって久々に涼やかな風が吹く東京湾の海を360度 見渡しました。
そのPAあたりで若干の渋滞はありましたが、全路それほどの込み具合でもなく、車中「この横断道路は開通時には確か¥5000位だったよねえ。
チョイとお高すぎると思ったけど、また大分安くなってきた。これが休日だとさらに安くなると、どうなのかしら?メタ混みになるんじゃないの?」
車中こんな会話で持ちきり。そのときはまだ選挙戦のさなかで、民社党の優勢が伝えられていることでした。
千葉で一泊し、翌日 館山から高速に乗ろうとすると、ナナンジャ!こりゃ。
木更津に向かう高速が入り口ではや大渋滞。
およそ1時間も掛けて途中のPAで休息。
折を見てまた車に乗り込み木更津に向かうが、「海ほたる」まで凡そ一時間以上との標識がでている。
そうなんです、休日の¥1000料金のせいで大渋滞。
湾岸道路をとおって東京に向けましたがいやはや館山から5時間近くかかりましたでしょうか。高速道路を使うと通常ですと1時間半くらいで十分に着く距離。
民主党政権は高速道路全線を無料化するという。口ざわりのいいマニフェストなのですがこれは問題が残ります。
つまり高速代がフリーなもんですからそれっとばかりにマイカーを繰り出す。
さすれば高速道路の渋滞化はのがれません。
道路渋滞、それは排気ガスの助長なのです。

[国連で非常に高い値の、炭酸ガス25%削減を打ち出した鳩山総理]
政府は地球温暖化対策のために、1990年を基準として2020年までに25%削減すると宣言した。これは大変な値です。
単純に言えば25%削減というと工場の操業時間や人口や車の台数を25%削減しなければならないことになります。
しかし高速道の料金無料化で、交通渋滞が目に見えてますからまるで地球環境問題と相反することになりますね。
渋滞はモノの輸送時間も長くするわけですから、経済損失にもなるのです。
ですから、大所高所から見ても高速道路無料化は如何なものでしょうか?
夜中は暴走族、サーキット族も増えますよ。高級外車やスポーツカーを乗り回している連中も通行料無料化は如何なものかしら?
[アメリカ ネバダ州の高速道路 すれ違う車もすくないですよ]
ある一定の燃費クリアーの乗用車を対象にした、通行料無料化ではなく軽減化では、どうなのでしょうう。
一口で言うなら高速道の通行料は原則有料でいいと思いますが。
出来るだけガソリンを使わないように歩くことが生活の基本ではありますが、道路整備の財源は必要ですよ。
2009年09月12日
父子家庭の変
[いよいよお祭りのシーズンにはいります。皆で神輿を担ぐ日本の風習、その担ぐ対象は神様、小さい頃から神様を担いで「和背負い(わっしょい)! 輪背負い(わっしょい)!」です]
母子家庭には児童手当が、子供一人当たり4万円強が支給されます。
ですが父子家庭にはこれがないのですね。
母と児童の家庭を母子世帯(ぼしせたい)あるいは母子家庭、父と児童の家庭を父子世帯(ふしせたい)あるいは父子家庭といい、行政ではひとり親家庭とか単親家庭(たんしんかてい)というようです。
TVでも巷でもそのような家庭環境を持つ親を、母(女性)の場合はシングルマザー、父(男性)の場合はシングルファザーと呼んでます。
調べてみますと、チョット古いデータですが平成15年11月1日現在ですが、母子世帯が122万5,400世帯、父子世帯が17万3,800世帯。
離婚の場合、女性が子供の親権者になる場合が多く、また男性のほうが常用雇用で年間所得も高いから男性のほうは切捨てとなっているのでしょう。
ですけれど、男女同権というのが今の「法の精神」ですから、父子家庭に厳しい行政の対応はどうも納得しがたいですね。
とりわけ長引く不況と、離職の高い昨今の環境ですから、父子家庭のお父さんも失業しているかもしれません。
そう考えてみると、行政の視点は弱者にむけられたものではなくて、予算の配分政策の感がする。
ついこの間の厚生労働省の発表では待機児童つまり、保育園に入れないで待機している幼児が25000人もいるという。こうなると社会問題ですね。
経済環境の悪化からご両親が働いて、子供を預けようとする傾向が増えてきたのです。
常用雇用の父子家庭のお父さんでも、よしんば、子供が保育園に預かってもらっていれば、その送り迎えのために、会社を早く出るなどの会社時間を家庭時間に合わせざるを得ない。
保育園からの緊急コールで、子供さんが怪我をしたので直ぐに来てくださいとの対応で、会社を飛び出す必要もある。
さすれば会社にとっては忙繁期の残業や、緊急の出張など、時間的に融通が利かないお父さんには任せられず、必然的にそのシングルファザーには仕事評価が辛くなる。
つまり年俸が下がるというもの。
[神童といわれた幼少期の菅原道真 像:これは何処でしたか?下町のお寺さんだったと思います]
お父さんは、お休みの時にでも子供の行事にはできるだけ参加するコトも、恥ずかしがらずにママ友の輪に入ることも大事でしょう。
そんな父子家庭に、行政は平等な「法の精神」をあてねばならないのではないかしら。
もちろん保育所や小児科医の充実といったことが、少子化対策の基盤ではないのかしら。
各市町村でも「父子家庭」に対する支援の動きがあるようで、港区なども一律に児童手当を出すところなど様々な動きが出ています。
ですけれど、大元の児童手当に対する考え方が改まらないと、いけませんね。
そして、そのもっとまえに夫婦別れをしない、賢明な道はなかったものでしょうか?
右の手と左の手は、陽と陰の関係。男と女の意象。
その手をひっくり返しても、右手は右手と直ぐにも分る。左手もどの角度から見ても左手と分る。
互いに自己主張せずにパートナーに「ありがとう」と合掌すると、合掌のそれは左手でもなく右手でもない。
その合掌形は大元の神様、天御中主大神という一人身神のお姿。
大元神、それがやがて陰陽に霊が分かれて男女となった。
夫婦とは、男は女の感性、女性性を学び、女は男性のロジック、男性性を学ぶものです。
2009年08月17日
福沢諭吉の世界

[若かりし頃の福沢諭吉]
慶応大学三田校まで徒歩7~8分のところに住んでおりますので、今日は福沢諭吉についてチョット紹介。
彼は天保5年12月(1835年)生まれ、中津藩士といいますから大分県生まれですね。
著述家、啓蒙思想家、新聞時事新報の創刊・発行者であり慶應義塾の創設者です。
ところが諭吉先生 立見新流居合の修練を積み、成人の頃に免許皆伝を許された居合の達人であったそうです。
日清戦争の頃、新聞社が当時存命していた幕末の「剣客」たちの座談会を企画した。
その席上、物故者存命者を問わず、誰が最強であったかという話題になった時、出席者の全員が一致して「それは福澤だ」と言ったというエピソードがあったそうです。
勝海舟も坂本龍馬も山岡鉄舟も剣の達人ですから、みんな腹が据わっていて、幕末から明治の方々は生死を越えて、滅私奉公で国家事業をしていたのでしょうね。
「天は人の上に人をつくらず」というメッセージはあまりにも有名ですが、重要な下文は意外と知られていない。
「されば天より人を生ずるには、萬人は萬人皆同じ位にして、生れながら貴賎上下の差別なく」。
つまり神さまが一切を生じさせたのだから、萬物、宇宙に存在するすべてのものに上下の差なんてあるはずがないではないか。
「ありとあらゆるものの靈たる身と心との働を以て天地の間にあるよろづの物をとり」 つまり人間というのは天から与えられえた霊が本体であって、それが身と心の作用の大元になっていると言い切っている。
「以て衣食住の用を達し、自由自在、互に人の妨をなさずして各安樂に此世を渡らしめ給ふの趣意なり。」
だからこのことわりを天から与えられた霊体であることを踏まえて日常に生活をし、人に迷惑をかけずこの世を平安に暮らそうではないかという。
いくつかの諭吉論述のポイントに次のものもある。
「心事 高尚ならざれば働きもまた高尚なるを得ざるなり」
「学問の本趣意は読書のみにあらずして精神の働きに在り」
ただ本を読むにしても記憶では学問でも何でもない。学問とは己の心中に深く反芻して自己の精神の飛躍にあるという。
これからも、かれは「霊主心従体属」の思想であったことがわかりますね。
彼の墓所は、東京・港区元麻布の麻布山善福寺にあります。麻布十番街から仙台坂の韓国大使館に向かったところです。
こうした明治の志士は、欧米列強のアジア侵食に対抗するように、敢えて物質文明化を欧米から取り入れていったのですね。
技術の革新や法制度の整備などの国内体制の再編成に加えて、軍事力を背景にして自国の勢力を拡大させようという、いわば二面性を持ち合わせていました。
そうしないと、弱肉強食の国際社会で生き残っていくことができなくなっていたのです。
それでも霊止(ひと)の霊止たる「融合融和」と「霊主」の思想は頑なに保っていたのです。それが明治人でした。

[弥彦神社奥の院 奉納舞は北野初恵さん]
征韓論で知られる西郷隆盛さん。実は全く「征韓」ではないですね。
日本が欧米に開国したその姿勢に反対だった、西洋嫌いの朝鮮が日本と国交を断絶。
また現地の日本人居留民への締め付け姿勢に、板垣らは武力を背景に抗議外交を進言したが、西郷はむしろ、軍も従えない官位束帯で自身が単身赴くと唱えた。
そうこうするうちに外交優先の西郷派が内政優先の大久保らと袂を分かち、とうとう城山で明治10年に討ち死にしてしまいます。
明治時代の中ほどには、朝鮮半島の北の付け根までロシアのシベリア鉄道が延々と進出してきたのです。
正しく日本の目と鼻の先まで延々と物資、軍隊の供給路が敷かれたのです。
ロシアの軍隊を遠くペテルスブルクから短期に日本海まで運べるのですから、朝鮮国ばかりでなく日本も世界最強といわれる露軍の侵入に戦々恐々となります。
朝鮮国はこうした目先の外患に一般民衆が立ち上がり革命的な騒乱となるのですが、肝心の李王朝は宗主国 清王朝の顔色をうかがって朝鮮自体が動かない。
日本は朝鮮半島を露軍の進出のクッションとすべく日本軍隊を送る。
清国・朝鮮・日本の三大連合がないと英・米・仏・露のアジア浸食には対抗できないとの認識していたのですが、清国と朝鮮は日本を野蛮国とみなし、事実、清国軍が日本の朝鮮派兵をけちらしたのが事の始まり。
ここに日清戦争の発端が始まるのです。
そしてこの福沢諭吉も後に、ロシアに物言えず虚弱・旧体質の清国に応戦し、日朝連合を意図した「脱亜論」つまり、清国はもう付いて来なくて言いとという「三くだり半」を展開するのです。
当時のアジアの環境は、南アジアは欧米の植民地化に染まりさらに、中国・朝鮮も英・米・仏・露に蹂躙されていたのです。
こうした史実を知らないと、明治・大正・昭和の日本の基底は見えてきません。
かの福沢諭吉も日清戦争の戦勝に喝采を送ったのです。
一見、諭吉の高邁な『学問のススメ』にみられる思想と、日清戦争とはギャプして見られるのですが、英・米・仏・露らによるアジアの植民地化という当時の時代背景をしらないと、真底は見えてきません。
しかし現代日本も、物質経済至上主義と個人主義の世相と相成り、西郷さんや諭吉さんは天からこちらの下界を覗いて、どのように思われているでしょうね。
『せめて心の強さをもて!』と怒鳴っている声が聞こえてまいります。
2009年08月01日
戦後、魂が抜けた(その2)
その2 日本の精神の植民地化
1945年8月に「日ソ不可侵条約」を一方的に破棄して、日本の敗戦のどさくさ紛れに、樺太と千島列島に侵入したソ連軍は、その後、共産党員を日本の新聞社、教育界に大量に送ったのです。
当時 ソ連共産党の各委員会のそれはユダヤ系の方が平均で85%。
それはロスチャイルドを首魁とするイルミナティーに大量の借金をした背景を持つからなのです。
レーニンもその素性はユダヤ人ですよ。
日本に入り込んだ、赤十字関係(当時、ソ連の赤十字政府委員会は100%ユダヤ人で占められていた)はじめ、彼らの矛先は、世界統一のために金で買えない「日本人という世界に例のない奇妙な人種」からその魂を抜くことでした。
日本神国思想の徹底した破棄、「自虐思想」の植え付けにフリーメーソン系のCI&Eもユダヤ系のソ連共産党も同じ歩調だったのです。
当時の中国は復興のさなかで、日本に対する戦争保証などは、同じアジアの「大東亜」の精神構造の陰を持つことから無かったのです。
中国が日本の残虐史を唱え始めたのは、ついこの間の1982年 中曽根内閣からのことなのです。それまで中国は日本バッシングとは無縁でした。
「日米不沈母艦」というアメリカに迎合した中曽根アッピールが、対中国仮想敵国と映ったからでした。
今でこそ日本の満州侵略などとその犯罪史を声高に言われますが、日本の満州開拓は日清戦争で得た既得権でした。
これに対しても近年の若者はそれを知らない方が多いようです。
また大東亜の精神の足跡を持つ台湾の方々は、いまでも靖国神社のお参りが多いのです。
靖国神社に行っていれば分りますが、どうでしょう10人に1人くらいは台湾人戦没者をお参りしているようですよ。
日本人に一億戦争犯罪人思想を植え付けた、ソ連の本音は北方領土の利権を守り、日本という戦争犯罪人には統治国への反論の余地を無くするためでもありました。
勿論アメリカは、フリーメーソンとイルミナティの基地国ですから、「始末に終えない日本人魂」は排除すべき根源的課題でありました。
米国からの制約とソ連からの介入もあって、日本は洗脳され、そこに「武士道の魂」は完全に抜かれてしまったのです。
のちにアメリカはソ連共産党のアジア席巻を憂慮し、また朝鮮半島の共産化を恐れる余り、1950年前後から今度は、友好国ソ連を敵視し、ソ連のアジア支配排除に躍起になっていくのです。
フリーメーソンの巨魁 マッカーサー元帥の大成果は「天皇の人間宣言」だったと思います。神国日本の、その意識の根幹をゆすぶったのが天皇の人間宣言だったのです。

[ダグラス・マッカーサー]
また「人間」という言葉も現代の私たちは何気なく使ってますが、その昔は「霊止(ヒト)」でした。
つまりヒトとは「魂や霊性」を基準にしていたのですが、いつの間にか物質肉体にとって替わりました。
この和訳「人間」を導入したのは、明治時代のフリーメーソンといわれております。
ヒトは高貴な魂ではなく、モノであり肉であり、それがやがて「部品のように継ぎ変えができる人間」、部品医療へとも、魂が抜かれた医学へ変化して行きます。
人間とは「ヒトとヒトの間」と書きますから、そこには「何もない」ということになります。
「なにもない」と言わしめたのは、ユダヤ・タルムードやシオン議定書で言うところの「ゴイ」つまりユダヤ選民思想の最下位外のことです。
モノ的な「ゴイ」は「豚」や「ごみ」意味します。
つまりそれがいまでは誰も「人間」といっておかしくはない、むしろ「人間らしい」というと誇りさえ持ちます。
ヒットラー率いるドイツと欧州の戦火の中、ルーズベルトは国民の95%が欧州参戦に反対しているため、中立を大統領公約にして当選したのです。
その大統領秘書が、ルーズベルトの「日本が先制攻撃を仕掛けてくれたら、米国参戦の口実となる」との発言を書き残している。
それは彼の資金的後ろ盾、ユダヤの武器商人バーナード・バルークからの好戦論をいやがおうでも受け入れざるを得なかったからでしょう。
ルーズベルトはユダヤ系 フリーメーソンです。
1941年12月6日午後3時 日本の宣戦布告が14部に分割されて、アメリカの日本大使館に送信されましたが同時に米国側に傍受・解読されて、午後9時30分にはルーズベルト大統領の元に届けられました。
ですがワシントンDCからハワイには何も連絡ないままに翌日、真珠湾は空爆を迎えることになります。
正しく都合よく事は成っていたのです。
これらの史実は戦後50年たった現在、米国政府から開陳されております。
日露戦争以来の日本が得た権益の一切を放棄させるといった「ハル・ノート」の作成者ハリー・ホワイトはロスチャイルド系の人間。
かれはまたソ連のスパイということで後に逮捕されました。
「ハルノート」に言う満州開拓の20数万人からの日本開拓民一切を即刻退去も今の外交では考えられないことです。
日本政府は将来、500万人構想を持っていたそうです。
ソ連には満鉄の支配権を与えるという米・ソ・英三国間の密約も、のちに暴露されました。
ルーズベルト大統領の資金的後盾は、先に述べた大統領特別顧問バーナード・バルークですが、彼はロスチャイルドの大番頭さん、もちろん世界を牛耳るイルミナティーの武器商人です。
アメリカ大統領すら世界の権力構造の中で、手玉にとるのがイルミナティーという光明思想団体で、ロスチャイルド、ロックフェラーらが世界の金融資金の85%を握っている。

[バーナード・バルーク]
開戦にいたる当時 日本は原油国インドネシアにそのエネルギーを頼っていたのですが、その輸送ラインを切るといわれた。
当時のインドネシアはオランダの植民地でした。その油田は「ロイヤルダッチシェル社」の傘下。
シェル石油は今でこそ合併となりましたが、その頃は「ロイヤルダッチ」つまりオランダ王立の石油会社。しかし実質はロスチャイルドの資本会社なのです。
日本が、日露戦争の突入に際してその戦費の半分以上を頼ったジェイコブ・シフもロスチャイルド系の当時は世界最大手のローブ商会会長。
また誰が考えても小国の日本が勝てるはずもない日露戦争の、日本政府による開戦決意はロシアの南下政策、朝鮮半島と樺太からのニ方面からの軍隊南下による日本の植民地化の防止にあったのです。
一年中氷に閉ざされない自由な外洋航海を求めた、帝政ロシアの海洋覇権の野望を砕くためだったのです。
こうしたことは存外、知られていないのです。
明治・大正・昭和期のアジアは、欧米列強によるアジアを食い物にする修羅場の最中だったのです。
こう見てくると、「日本の魂」はイルミナティやフリーメーソンによって明治以来 凡そ150年かけて、意図的に「世界に類希なる霊性」を削ぎ落とされてきたことがわかるのです。
日本最初のフリーメーソン上陸は、長崎グラバー邸で有名な、武器商人のトーマス・グラバー。
大昔からの血の結社フリーメーソン、世界の金融・石油・法界・マスコミ・食糧産業などを牛耳るをイルミナティーによる「日本の精神の植民地化」はほぼ成功しました。
そして今なお低俗な娯楽番組に1億3千万の国民がもまれ、自由、平等、博愛という実体のないコトバのみ美味しい「建前の構図」の中で、痴呆化の精神が詰め込まれてきたように思われるのです。
そうしたことが、「物質世界統一」の目標を掲げるイルミナティの遠大な戦略であることを気付かねばなりません。
雄大な富士を持ち、四季の移ろいに美を感じ、相手の心を「太陽さん(今日さん)」とよび、それが挨拶にまでなった日本人のこころ。
忌まわしい戦争は、「民族間の分離の極致」で、霊止として決してあってはなりません。
しかしこの敗戦から、戦争否定の余りに「日本人の魂」まで否定してはならないのです。
私たちのDNAにはヤマトすなわち、大いなる和、大調和の精神が刻み付けられている。
イルミナティーの物質世界統一戦略に代わって、いまこそ日本人の使命、『霊主心従体属』を世の中に発揮していかねばならないのです。
1945年8月に「日ソ不可侵条約」を一方的に破棄して、日本の敗戦のどさくさ紛れに、樺太と千島列島に侵入したソ連軍は、その後、共産党員を日本の新聞社、教育界に大量に送ったのです。
当時 ソ連共産党の各委員会のそれはユダヤ系の方が平均で85%。
それはロスチャイルドを首魁とするイルミナティーに大量の借金をした背景を持つからなのです。
レーニンもその素性はユダヤ人ですよ。
日本に入り込んだ、赤十字関係(当時、ソ連の赤十字政府委員会は100%ユダヤ人で占められていた)はじめ、彼らの矛先は、世界統一のために金で買えない「日本人という世界に例のない奇妙な人種」からその魂を抜くことでした。
日本神国思想の徹底した破棄、「自虐思想」の植え付けにフリーメーソン系のCI&Eもユダヤ系のソ連共産党も同じ歩調だったのです。
当時の中国は復興のさなかで、日本に対する戦争保証などは、同じアジアの「大東亜」の精神構造の陰を持つことから無かったのです。
中国が日本の残虐史を唱え始めたのは、ついこの間の1982年 中曽根内閣からのことなのです。それまで中国は日本バッシングとは無縁でした。
「日米不沈母艦」というアメリカに迎合した中曽根アッピールが、対中国仮想敵国と映ったからでした。
今でこそ日本の満州侵略などとその犯罪史を声高に言われますが、日本の満州開拓は日清戦争で得た既得権でした。
これに対しても近年の若者はそれを知らない方が多いようです。
また大東亜の精神の足跡を持つ台湾の方々は、いまでも靖国神社のお参りが多いのです。
靖国神社に行っていれば分りますが、どうでしょう10人に1人くらいは台湾人戦没者をお参りしているようですよ。
日本人に一億戦争犯罪人思想を植え付けた、ソ連の本音は北方領土の利権を守り、日本という戦争犯罪人には統治国への反論の余地を無くするためでもありました。
勿論アメリカは、フリーメーソンとイルミナティの基地国ですから、「始末に終えない日本人魂」は排除すべき根源的課題でありました。
米国からの制約とソ連からの介入もあって、日本は洗脳され、そこに「武士道の魂」は完全に抜かれてしまったのです。
のちにアメリカはソ連共産党のアジア席巻を憂慮し、また朝鮮半島の共産化を恐れる余り、1950年前後から今度は、友好国ソ連を敵視し、ソ連のアジア支配排除に躍起になっていくのです。
フリーメーソンの巨魁 マッカーサー元帥の大成果は「天皇の人間宣言」だったと思います。神国日本の、その意識の根幹をゆすぶったのが天皇の人間宣言だったのです。

[ダグラス・マッカーサー]
また「人間」という言葉も現代の私たちは何気なく使ってますが、その昔は「霊止(ヒト)」でした。
つまりヒトとは「魂や霊性」を基準にしていたのですが、いつの間にか物質肉体にとって替わりました。
この和訳「人間」を導入したのは、明治時代のフリーメーソンといわれております。
ヒトは高貴な魂ではなく、モノであり肉であり、それがやがて「部品のように継ぎ変えができる人間」、部品医療へとも、魂が抜かれた医学へ変化して行きます。
人間とは「ヒトとヒトの間」と書きますから、そこには「何もない」ということになります。
「なにもない」と言わしめたのは、ユダヤ・タルムードやシオン議定書で言うところの「ゴイ」つまりユダヤ選民思想の最下位外のことです。
モノ的な「ゴイ」は「豚」や「ごみ」意味します。
つまりそれがいまでは誰も「人間」といっておかしくはない、むしろ「人間らしい」というと誇りさえ持ちます。
ヒットラー率いるドイツと欧州の戦火の中、ルーズベルトは国民の95%が欧州参戦に反対しているため、中立を大統領公約にして当選したのです。
その大統領秘書が、ルーズベルトの「日本が先制攻撃を仕掛けてくれたら、米国参戦の口実となる」との発言を書き残している。
それは彼の資金的後ろ盾、ユダヤの武器商人バーナード・バルークからの好戦論をいやがおうでも受け入れざるを得なかったからでしょう。
ルーズベルトはユダヤ系 フリーメーソンです。
1941年12月6日午後3時 日本の宣戦布告が14部に分割されて、アメリカの日本大使館に送信されましたが同時に米国側に傍受・解読されて、午後9時30分にはルーズベルト大統領の元に届けられました。
ですがワシントンDCからハワイには何も連絡ないままに翌日、真珠湾は空爆を迎えることになります。
正しく都合よく事は成っていたのです。
これらの史実は戦後50年たった現在、米国政府から開陳されております。
日露戦争以来の日本が得た権益の一切を放棄させるといった「ハル・ノート」の作成者ハリー・ホワイトはロスチャイルド系の人間。
かれはまたソ連のスパイということで後に逮捕されました。
「ハルノート」に言う満州開拓の20数万人からの日本開拓民一切を即刻退去も今の外交では考えられないことです。
日本政府は将来、500万人構想を持っていたそうです。
ソ連には満鉄の支配権を与えるという米・ソ・英三国間の密約も、のちに暴露されました。
ルーズベルト大統領の資金的後盾は、先に述べた大統領特別顧問バーナード・バルークですが、彼はロスチャイルドの大番頭さん、もちろん世界を牛耳るイルミナティーの武器商人です。
アメリカ大統領すら世界の権力構造の中で、手玉にとるのがイルミナティーという光明思想団体で、ロスチャイルド、ロックフェラーらが世界の金融資金の85%を握っている。

[バーナード・バルーク]
開戦にいたる当時 日本は原油国インドネシアにそのエネルギーを頼っていたのですが、その輸送ラインを切るといわれた。
当時のインドネシアはオランダの植民地でした。その油田は「ロイヤルダッチシェル社」の傘下。
シェル石油は今でこそ合併となりましたが、その頃は「ロイヤルダッチ」つまりオランダ王立の石油会社。しかし実質はロスチャイルドの資本会社なのです。
日本が、日露戦争の突入に際してその戦費の半分以上を頼ったジェイコブ・シフもロスチャイルド系の当時は世界最大手のローブ商会会長。
また誰が考えても小国の日本が勝てるはずもない日露戦争の、日本政府による開戦決意はロシアの南下政策、朝鮮半島と樺太からのニ方面からの軍隊南下による日本の植民地化の防止にあったのです。
一年中氷に閉ざされない自由な外洋航海を求めた、帝政ロシアの海洋覇権の野望を砕くためだったのです。
こうしたことは存外、知られていないのです。
明治・大正・昭和期のアジアは、欧米列強によるアジアを食い物にする修羅場の最中だったのです。
こう見てくると、「日本の魂」はイルミナティやフリーメーソンによって明治以来 凡そ150年かけて、意図的に「世界に類希なる霊性」を削ぎ落とされてきたことがわかるのです。
日本最初のフリーメーソン上陸は、長崎グラバー邸で有名な、武器商人のトーマス・グラバー。
大昔からの血の結社フリーメーソン、世界の金融・石油・法界・マスコミ・食糧産業などを牛耳るをイルミナティーによる「日本の精神の植民地化」はほぼ成功しました。
そして今なお低俗な娯楽番組に1億3千万の国民がもまれ、自由、平等、博愛という実体のないコトバのみ美味しい「建前の構図」の中で、痴呆化の精神が詰め込まれてきたように思われるのです。
そうしたことが、「物質世界統一」の目標を掲げるイルミナティの遠大な戦略であることを気付かねばなりません。
雄大な富士を持ち、四季の移ろいに美を感じ、相手の心を「太陽さん(今日さん)」とよび、それが挨拶にまでなった日本人のこころ。
忌まわしい戦争は、「民族間の分離の極致」で、霊止として決してあってはなりません。
しかしこの敗戦から、戦争否定の余りに「日本人の魂」まで否定してはならないのです。
私たちのDNAにはヤマトすなわち、大いなる和、大調和の精神が刻み付けられている。
イルミナティーの物質世界統一戦略に代わって、いまこそ日本人の使命、『霊主心従体属』を世の中に発揮していかねばならないのです。




