2010年06月23日
一の宮 アンジェロさん
[一の宮のアンジェロさんの店舗内には素晴しい置物・家具類で、見飽きませんよ]
先週の日曜日 尾張一宮の室内装飾家具輸入の㈱アンジェリさんにおじゃまさせていただきました。
イタリアのベネチアングラスから、大分高級な陶磁器の置物などがずらりと並んでおります。
特徴的なのが可愛い天使の絵画ですね。
ですから「アンジェロ」なのでしょう。
この店舗内にはピアノも常設されていて、ミニコンサートや、会話教室や様々なカルチャー教室が開かれているのです。
スピリチャル性の高いオーナー社長の平松さまが多彩な方をお招きしては、交流を深めておられる。
実はアンジェロさんには故 片岡慎介さんも何度かお招きされて、テンポ116の講演などもされていました。
その関係で論者 鈴木も平松様にお招きに預かったといういきさつ。
名古屋での言霊講演は三年ぶりくらいです。
お見えになった方々もお互いにお知り合いの方もいれば、初めての方もいらっしゃった様子。
ですが一様に後光が強いのには大変ビックリしました。
もちろん一般の教室とは違って、店舗内のセミナールームですから30名も入れば一杯ですね。
ところが天使さんが一杯見守ってくれてますので実に空間波動が高いのです。
鈴木の講演の前に、フルートのakiさんが音霊でさらに場を清めていただきた。
ビックリしたことに片岡慎介さんが良く歌っていた「オーバーザレインボウ」なのですよ、ウッカリ涙ぐんでしまいました。
講演後 akiさんにそんな話しをしたら彼女もビックリ。
おまけにakiさんはテンポ116で新曲の相談を慎ちゃんにしていたらしいのです。
Akiさん作詞作曲の「幸せを呼ぶ魔法の言葉」、「幸せのカギ」、5曲が入ったCDがリリース(定価 ¥1000 お問い合わせ:growup@wh.commufa.jp )されてます。
Akiさんのフルートもとても素晴しいのですが、作詞がまたいいのですよ。
彼女は子ども達がまづ素晴らしい言霊を使うようにと、こどもむけに作詞作曲しているのです。
歌手はMIKIKOさん。
チョット 作詞を紹介しますね。

[AKIさんの ジャケットですよ]
「幸せのカギ」
幸せになる時って 幸せを探してる
幸せになる時って 幸せを呼んでいる
1.「ありがとう」が言えなくて・・・
はずかしがりやの僕
だけど勇気を出して言ってみたら
みんな笑顔になった
「ありがとう」ってステキな言葉
幸せを呼ぶ魔法の言葉
「ありがとう」で生まれ変わる
あたたかい心になる
2. 「ありがとう」が言えなくて・・・
はずかしがりやの僕
だけど勇気を出して言ってみたら
みんな笑顔になった
※「ありがとう」ってステキな言葉
幸せを呼ぶ魔法の言葉
「ありがとう」で世界が変わる
あたたかい地球になる
※(繰り返し)
2010年04月17日
たちあがれ日本人

[今年の桜は、早咲きでしたが永いこと咲いてくれましたね。 芝増上寺にて4月4日]
平沼赳夫さんらが新党「たちあがれ日本」を立ち上げましたね。
別の方の非政治的な講演会で平沼さんと数度お会いしたことがあります。
彼は自民党の大臣在任時代に中国に行かれた時に、私の養父は平沼騏一郎といって法学者で日本大学の初代総長でした。
そしてその彼は昭和14年(1939年)1月に日本の総理大臣に選ばれた人間であると同時に、後に戦後の東京裁判でA級戦犯で訴追され終身刑の判決を受け、そして昭和28年に病没したことを話されたそうです。
とくにドイツのナチス全体主義に対する危機感を持ち、そのために戦争に突入して行った軍部からも敬遠され、武器を持って家に押しかけてきた軍人との押し問答をたびたび平沼赳夫少年は目撃したそうです。
そうした軍部批判をもつ人間も東京裁判で永久戦犯の烙印を背負ったことを、中国側に話したそうです。
かつて日の丸の掲揚と国歌の斉唱を拒否した学校教師の集団がおりましたね。
いまでも頑なな学校の先生もいるようです。それは軍国主義を髣髴させるからだといいます。
しかし国を思う心とその型血を排した教育で、いかほどの人材が育ったのでしょうか。
心の奥底に田舎の山河あり、客観的には「故郷に旨いものナシ」と言われようがどうあれ、故郷に名物ありで、なつかしい友あり、素晴しい山河ありなのです。

[海外にいる日本人には心の故郷の代表は 富士山だそうです]
壮年期のおじさんたちが年をとっても学校唱歌「ふるさと」を合唱すると、誰はばかることなく大声となるのです。
日本人が日本を愛し、国旗を掲揚し、国家を斉唱するに何のイデオロギーを持ち込む必要がありましょうか。
論者は国民の休日には玄関先には毎度 国旗を掲げております。
だからといって憲法改正に全面的に賛成するつもりもありません。
モンゴル人もイタリア人も一旦外地に出れば、自分を育んでくれた故郷を想い、夫々お国自慢をするのは人間の自然の姿です。
この日本という龍骨列島、その海路には南から黒潮という大きな潮流が日本をさしはさむ。
一部には下関から瀬戸内海への流入と、そして紀伊水道からの両潮流がぶつかって鳴戸の渦潮を作る。
日本龍体の下腹部に相当する鳴戸すなわち言霊鳴る戸口にて常時 浄化の渦が発生している。
国を愛し、地球を愛し、そして宇宙に感謝することに何の憚りがありましょうか。
むしろ日本の文化伝統を学び、それに誇りをもって、地球アセンションという意識進化に日本人が率先して海外に手を差し伸べねばなりません。
日本は世界のひな型ですから、巷に言う2012年よりも2年早く日本内地の意識進化がやってくるのです。
「たちあがれ日本」の政策進路は見えませんが、少なくとも「たちあがれ日本人」と叫びたいです。
2010年04月08日
サトルな独り言
[サトルの秋の大会では毎回司会をお願いしている武田はるかさん。素晴しい気配りの方ですね]
先だってアナウンサーでもあり音学評論家の武田はるかさんの出版記念会に行ってまいりました。
赤坂の「たまサロン」での出版記念には東京大学 文学部の中澤先生、はじめ知り合いの方がぞろぞろと。
人間科学研究所の米田晃さん、サトルの仲間の寺山心一翁さんら50名くらいいらっしゃったでしょうか?
でも素晴しいのは、華やかな仕出料理でなくて、手作りなのです。
中にはこんにゃくを土から取り出して刺身こんにゃくにして持ってきたり、小松菜のおひたしも美味しかったですねえ?
みんな手作りのお野菜中心、そしてチェロ生演奏のありの出版記念パーティでした。
武田さんには毎回 サトルの秋の大会での司会をお願いしております。
伸びやかなツヤのある美声で、それでいて柔らかい波動なのです。
その彼女が幼い頃から、実父から家庭内暴力を受けていたとのことで大変ビックリしました。
それがもとで母親も離婚されて、祖父母に育てられた少女時代。
男性不信、そうした心のトラウマを引きずって生きてきたのですが、その彼女がやがて頑なな過去の自分を慰め、父をも許していくようになる。
武田はるかさんの著書 「ピュアハート~桜の木が教えてくれたこと~」(定価500円 たまサロン発行)一度ごらんになってください。
私もサトルエネルギー学会の事務局長として、出版記念会に挨拶に立ったのですが、サトルエネルギーの意味についてお話しました。
行きづまっている世の中、幼児虐待、このところ連日のような殺人事件。
物金が優先の価値観は、現代科学にも責任があると思います。
それは科学が眼で見えるものしか対象にしてこなかったからです。
医学にしても物質医学で、そこには限界があります。
優しさや感動で、瀕死の患者が劇的な回復をするという医療事実を、お医者様は眼をそらしてしまう。
もの的なエビデンスが、そして再現性が常に求められます。
大宇宙はそもそもエネルギーからなるのです。
地球も太陽も人間ももとはエネルギー体。
だから人間は「思考」するというエネルギーをもち、それは手ではつかめないし、眼でも見えません。
愛や感動を否定する方はどなたもいません。
科学者も否定しないでしょう。
ロジックに固まる科学者でも、奥様の前で「愛は見えないから、そんなものはない!」といったら、キット半殺しの目にあうかもしれませんよ。(笑)
ですがそれらは、手ではつかめず、眼でも見えません。
見えないから無いのでしょうか?
もっとも大事なところが、いまの社会の中に、科学の中に欠如しているのです。
[新宿御苑のお花見はアルコール類持込 本来禁止なのですが、まあソコソコな方も。でも乱れた酔客はおりません。たいそうな桜の大木は新宿御苑の見所ですね]
Subtle(サトル:ほのかな) Energy(エネルギー:ちから)が私たち全てを包む本質なのです。
論者 鈴木は、サトルエネルギーを「いのち」や「愛」と同義にとらえております。
そしてその「いのち」は、全て繋がっている。
こうした視点で、社会全体を大きな輪でつなげていくことが、私の使命と思っております。
2010年04月02日
神否定の洗脳戦略

[今の子供たちは、朝の太陽を拝むこともなくなってしまいましたね。それが自然とだんだん離れて行くのです]
いま龍馬ブームに沸いてますが、かの長崎グラバー邸はメーソンの日本ロッジ第一号。現在では三菱系財閥が管理してますね。
往時は、中国を含めて東南アジアは西欧諸国の植民地。
中国、タイ、朝鮮は統治権までは西欧列強に握られてませんでしたが、傀儡政権である事は三者とも同じ。
唯一日本だけが独立国といってもいい。
幕末の武器輸入のこの辺りから徐々にメーソン系の日本古来思想、金では動かない奇妙な人種の取り崩しが始まる。
私心のない果敢な精神、気骨ある明治の心は大正期に入って急に薄らいでいった。
それは大正モダニズムという外国かぶれの風潮がはびこる戦略があったからです。
日本はロスチャイルド系の資金協力の元、日清・日露戦争に勝利しますが、同時にその海外進出と軍国主義の波に翻弄されていきます。
やがて迎えた第二次大戦の敗戦時には、日本人の神々への崇高なる敬愛精神や、道徳の精神は完全に取り除かれました。
メーソン系の戦略は日本人の『敬神』の排除が最大の眼目でした。
それから凡そ50年経った世界金融市場はユダヤ系資本によってその80%程度が席巻されています。東京株式市場の半分以上は海外の資金ですよ。
小泉総理時代に実施された郵政民営化は、わが国に向けられた米国政府対日要望書に数年前からはっきり記されている。
国債をあながっていた郵政340兆円のお金の国際市場への放出が直接の狙いで、日本人の総貯蓄額の1/4、その放棄から始まって、とどのつまりは勤勉性と貯蓄性の完全放棄が根底の狙いでした。
こうしたブログにも過去、何度か書きましたが、メーソン系教書によれば、無知な人民には、自由、平等、博愛つまり「名目」を標榜させて、その実、人間管理しやすい安直な人間に誘導すればよい。
そうした闇の勢力ピラミッド階層の頂点に、白系ユダヤのフリーメーソンやイルミナティーが君臨する。
巨大な資本を背景に、政治、医療、マスコミ、教育、農業生産、エネルギー、娯楽産業などのあらゆる分野で最高権力を牛耳る。それが17数世紀に発見されたシオン議定書の内容でした。
フランス革命もフリーメーソンの策謀ときく。第一次世界大戦も武器輸出と国債を背景にした巨大なる金儲けの土壌と聞く。第二次世界大戦も反ユダヤのドイツ、イタリアそして物質合理主義に染まらない日本、これらへのバッシングと武器輸出による金儲けであった。
原爆を落としたトルーマンもチャーチルも、そしてマッカーサーもルーズベルトも初代のジョージ・ワシントンもフリーメーソンの最高級幹部。
日本国憲法も進駐軍GHQの手製で、戦後60年間一語一句すら日本人は手を加えていない。
アメリカこそ敗戦後の日本を救ったと言うが、脱脂粉乳をはじめとする学校給食やさまざまな救援物資は、在米日本人によるLALA物資。
自由と平等、合理主義、経済発展こうした名のもとに、日本の神々は姿を消された。
日本は150年という長い期間をかけて、敬神を否定しモノ金を崇拝する民族に洗脳をされたのです。
もちろん論者の知人には素晴しい欧米人もいる。だが彼らはフリーメーソンとは名指しでは言わない。「F」とはばかって呼称する。それが彼らの親からの教育である。

[使い捨て、そうした貪欲な消費が地球を取り返しの付かない姿に変えていく]
昨今ではCOP15の失敗。つまり地球環境問題の締約国会議(Conference of Partiesの略)、その主催国デンマークによる新たな枠組み作りの失敗。
つまり地球温暖化の犯人と言われる炭酸ガスも今や多くの方が疑問視され、それは炭酸ガス排出権取引や、環境ビジネスの売り込みの道具に踊らされてきたと気付き始めたのです。
つい先ごろの「黒マグロ禁輸か法案」も何故、モナコ国から発案されたのか?
いずれもマイナーな国からの提案発信ですね。
だが、本当は金権先進国による遠大な策謀とも見られている。
もし黒マグロが禁輸されれば、次はフカヒレの禁輸、鮭の禁輸とつずきます。
そこにまた漁業権の国際取引の暗躍が始まるのは見えすぎる。
環境資源という美名、名目に隠された策謀は、このところその殆どがアラブ系知識人や東南アジア諸国の国際政治家には見抜かれでいる。ゆえに黒マグロの規制も一気に規制撤廃に追い込まれた。
もっと日本の素晴しさを見つめようではないか。
海外から伝わった、ディベート(討論主張)に何の魂の昂揚があろうか。
合理とは分け前の合理分担、Share がその語源で、のちに最も少ない資本で、最も早く莫大な儲けをうること。それが「合理性」になった。
[六義園のしだれ桜。論者は3月27日 来客で行かれませんでしたが、その夜の写真: 提供 村岡文昌さん]
眼に見える「合理と自由」の輸入の「名目」が、日本古来の眼に見えない「 敬神の心」を放逐していった。
その結果が今の社会問題で、いじめ問題、見てみぬフリ社会、家庭内暴力の日本へと変わっていった。
日本は、古来より天津霊継民族である。もう一度の自己の神性を見つめ直す必要がある。日本の歴史を見直して、その根底となる魂を拾い、再構築して己とし、神性の発揮がいま要求される。
2010年02月12日
慎ちゃん、ありがとうございます
[寺山さんのチェロの献奏でもおくられた慎ちゃんの追悼式]
想えば本当に気配り、心配りの片岡慎介さんでしたね。
セミナーの会場では、カーテンの開け閉め、音楽もボリューム、照明などお客様の視点で常にチェックされてました。
また満月の日には、用事もないのに何人もご挨拶の電話をされてました。
本名は片岡眞太郎 これからのペンネームは「輝光院眞楽浄月居士」。
ご家族やご親戚も「眞ちゃん」で通され、私たちの呼び方も「慎ちゃん」ですから、本名も芸名も愛称は同じ発音でした。
輝き光る 音楽家の眞ちゃん 清らかな月に戻って、これからは自由自ままに作曲三昧です。
2月6日が慎ちゃんのお誕生日。その数霊をひっくり返すと 62歳のお歳に。月の如しとかいて、この二月の 「如月(きさらぎ)」 にお月様の世界に・・・。
[ご弔問にこられた方々ですが、本当に顔が広い慎ちゃんですね]
慎ちゃんの奥様はじめ、ご家族のご意志で論者 鈴木が、葬儀委員長をさせていただきました。
顔の広い彼ですから、お通夜や告別式の当日は、帯津良一先生はじめサトルの理事や公益団体の面々、「水からの伝言」の江本勝さん、舞踊家関係では浅野みずほさんや小林ひろみさん、そして板倉リサさん、ヨーガの西川真知子さん、和太鼓の響道宴さんらも駆けつけてくれました。
写真家のロッキー田中さん、「天上シンフォニー」の著者 伯宮幸明さん、教育界では飛谷ユミ子さんや宮西ナオこさん、実に多方面からのかたがたの参列でしたよ。
また寺山心一翁さんのチェロで、厳かな献奏もありました。
浄土宗のお坊さんの読経の直前には、奥様、お嬢様とのふれあいや、お孫さんらとの日常のご家庭でのVTRが放映されて、むしろその「素」の慎ちゃんの仕草に、思わず私の眼が霞んでしまいました。
[サトルの理事会では、チベットベルの音の合図で、片岡慎介さんの黙祷から始まりました]
人生、長い命を生きながらえてきたから、決して幸せでもなし。
また短命であってもその生きてきた過程にずっしりと重みがあれば幸せでしょう。
この三次元世界で他人の眼でみた、ある方の人生や寿命の長短悲哀を論ずるわけにも行きません。
魂の清らかさは神と本人しか知りえない。光の第二の世界は神様の判断でご用意されること。
サトルの「春の大会」http://www.subtle-eng.com/2010spring.htmlは4月17日に津田ホールで計画されています。
誕生から少年期をこえ、社会人から壮年期へ、そして光輝高齢者となって天界へ。
その光の世界でもなお「人生をオールインワンに生きる」。
この生き通しの人生で、輝いて生きるということを「春の大会」の統一テーマにしたのですが、それは片岡慎介さんの提案なのです。
「赤ちゃんの胎内記憶」の話をされる産婦人科医の池川明先生、親子のスピリチャルなあり方のお話をされる小児科医の向後利昭先生、子供や少年期の脳力開発のポイントを指導されている飛谷ユミ子先生が登壇される。
また、世界経済、地球資源を分析し、これからの本物のサトルな生き方を論ずる小川 修先生、女性生き方評論家の宮西ナオ子先生、そして著書にもある「達者でポックリ」の外科医の帯津良一先生らで「サトル春の大会」を実施する。
こうした講師陣も論者鈴木とと、片岡慎介さん、そして運営委員の皆さんで企画させていただいた。
[2009年 春の大会では 大会委員長の片岡さんも歌をご披露。帯津会長も矢島実さんも私、鈴木も壇上で歌ってしまいました。またこの二月の理事会を終えた懇親の席で、慎ちゃんが歌った[ふるさと]を理事さんが全員手を繋いで、もう一度 彼を偲んで歌ってみました]
サトルの大会では、片岡さんは毎回 舞台裏で音響と照明を担当、またお客様を迎える実に細かい配慮をかかさず、お手伝いの大会ボランティアにも常に優しい声をかける人物でした。
ですからどなたにも愛された片岡慎介さんでしたね。
事務局で私と談笑するときでも、いつも私の体を気遣っていただきました。
テンポ116で音楽界に名を馳せた片岡慎介さんですが、子供たちの将来を憂い、日本人の魂の貧しさを憂いていた慎ちゃんは、むしろ素晴しい意識啓蒙家であり心貴高い本物のスピリチャリストでありました。
これからは、お月様の世界で素晴しい音楽を作って、月光と共に私たちに届けてくれるのでしょう。
片岡慎介は、お月様と一緒にいつも、そこに輝いて居ます。
[今年1月30日 1月では二回目の満月でしたね。 写真提供:村岡 文昌さん]
2010年02月09日
私心なき日本人へ


[明治の志士たち: 日本のために私心なく死ねる気概は何処から来るのだろう]
幕末から明治にかけての志士たち、その「日本のため私心なく死ねる」という強烈な意識は、一体どこから来たのだろうか。
特に重要なのは「私心なく」というところです。
さきに坂本龍馬について、このブログで多少触れてみました。
小沢 民主党幹事長の土地物件など、相変わらず物金に踊らされる現代社会にあって、ひるがえって幕末・明治の「死ねるこころ」とは何処に拠点があるのかという想いに馳せてしまう。
幕末の偉人というと西郷隆盛を想い出します。
坂本龍馬が初めて西郷と出会った時の感想を、師の勝海舟に次のように語ったようです。
「西郷という人は、わからぬひとでした。釣り鐘に例えると、小さく叩けば小さく響き、大きく叩けば大きく響く。もし、バカなら大きなバカで、利口なら大きな利口だろうと思います。ただ、その鐘をつく撞木が小さかったのが残念でした。」
西郷を「釣り鐘に」、龍馬自身を「撞木」に例えているのでしょう。
明治の偉勲でも西郷を評して
「世に最も始末におえぬやつがおる。それは金も欲しくなければ、地位や名誉もいらぬという骨柄だ」と。
西郷さんの骨柄には暗い陰がない。
それは彼の座右が「敬天愛人」、宇宙大自然、天の理を謹んで敬うと同時に、なんびとも愛する「至誠」からであり、暗くなりようがない。
そして彼の心がいつも落ち着いた「律心平安」にして「私心」がないから生死を度外視していた点が多いに西郷評にあずかっていたと思う。
こうした大西郷のような偉人は桁外れだろうが、江戸末期においては、それに準じた「赤心の志士」がごろごろいた。
吉田松陰は下級武家の杉家から吉田家に養子に出された。
彼の叔父に玉木文之進が居る。
玉木文之進は自宅で松下村塾を開いた人物で、世に松陰が松下村塾の開講者と誤解されているが、叔父の文之進がその人である。
松陰は3歳位から文之進の薫陶を得て育った。
クワを持つ百姓仕事の文之進、その田んぼのあぜ道で、論語を素読する松陰。
松陰が藪蚊に顔をさされて、ほっぺを叩く。
すると文之進が、クワを放って松陰に近づくなり、横っ面をなぐりつけた。
「素読を止めて、私心に浸るとはなにごことか!」
蚊にさされて顔を掻く、三歳男児のそれだけでも、私心とどなられて松陰は育った。
幕末・明治の「私心なき心」その底流は、父や母の家庭の徳育や、教学の師からの腹に響く薫陶ではないだろうか。
隆盛ら「敬天愛人」をより拠として活きてきた古き日本人が、そのまま現代にまかり越したとしたら、世界は相当変わっていたでしょうね。
日本発の、世のため人のためと母国を愛する心が、総じて地球を愛する心に発展して、今日のような、地球環境汚染や資源の取りつくしのような問題も深刻にはならなかったのではないだろうか。
[品川阿那稲荷神社 天から頂いた命、それを感謝していただくことそれがまず第一です]
日本という「日出づる国」に住む気高い精神性の民族が、金も命も要らないとなると、
とりわけ当時1800年代から1900年初頭にかけての英仏露米のもくろむアジア全地域の植民地支配のしようも無い。
そうなると困るから、「民主主義」・「自由と平等」・「合理的精神」を明治の後半から大正、昭和にかけて日本に押し付けた。
「赤心や天命というヤマト精神」を希釈させ、支配しやすい口当たりのいい合理主義に導く。
長崎の武器商人グラバーは紛れも無いフリーメーソンで、グラバー邸は日本初の初代ロッジなのである。
彼らが押し付ける「民主主義」と日本の「神主主義」とは次元が違う。
言葉尻のいい「民主」にしても、腹の据わらない薄ペラな全体合意と過半数主義は、現実開拓に相応しない。
一人であっても素晴らしい正論、長老に従う日本的な叡智がこれまでの大和を支えてきた。
愚民は「民主」という歯切れによさに酔うだけだ。
人と人の個性差、得手不得手、記憶力の差、行動力の差が有る以上、平等はありえない。
ヤマトびとはその個人差、能力差をそれぞれに生かした村落社会構成をつくり、慈愛と互恵を一大前提として生きて来た。
自由と平等を唱えたジェファーソン第3代アメリカ大統領のご自宅には、黒人奴隷が300人もいたことはあまり知られていない。
それが「平等」の実体である。

[もう房総では、菜の花が咲き始めていますね]
「民主主義」「自由と平等」「合理的精神」の欧米化教育、そして戦後の道徳を離れた知識教育偏重が「私心なき心」を徹底的に捨てさせたと思うのです。
アメリカでも教育の場で見られるディベート(自己主張、自弁)は、あたりまえで、今の日本でも「キチンと自分の意見を言いましょうね」と父母や教育界も自己主張をもてはやす。
徳育とは逆に、周囲をよく見つめ、よく聴き、その真理を己の腹に納め、不動の自己を図ること。
そうした心の素養の育みである。
ヤマトのそれは、主張の前にまづ生死観から入る。
そのためには診る、聴く、考える、そしてそれに基づいて行動するを養う。
そして生き様をつねに鍛えてきた。
むしろ多弁は軽薄とすら覚えていた。
「恥を知る」それは個人が個人のこころの奥深く叱咤する「律心」である。
「私心なく」はは透徹して「天に生かされている」ことの自覚でなかろうか。
2010年01月31日
江戸期の金銭感覚

[大川橋蔵演ずる銭形平次はたしかTVのシリーズモノでしたね]
昭和30年代の初頭、「夕陽丘三丁目の時代」は、論者が小学校から中学校にかけての頃で、勉強そっちのけで、お小遣いのお金さえあれば映画に明け暮れておりました。
ちゃんばら好きな少年は、お小遣いを溜めては東映の時代劇モノをよく見に行きました。
ちゃんばらの東映モノがやっている映画館までは大分遠くて、小さい子供の足で30~40分くらいあったかしら。
それでも平気で歩いていきましたね。
大川橋蔵の「新吾十番勝負」や長谷川一夫の「銭形平次」などなどシリーズモノもよく見に行きました。
銭形平次の見せ場の投げ銭、これがかっこよかったですね。寛永通宝というやつですが、大人になって考えてみると、どうも一文銭ではないようですね。

[寛永通宝 一文銭]

[寛永通宝 四文銭]
丸い中に四角の穴があいて、裏に波形の模様がある。
それで波銭とかも言ってましたが、当時一般に通用した四文銭(おおむね寛永通宝)が平次の投げ銭のようです。
寛永通宝の一文銭ですと軽すぎて、遠くまで飛ばない。
ですから平次の使った投げ銭は、小説家 野村胡堂によるイメージは4文銭だと思います。
平次が住んでいたのは神田明神下、その神田明神に行かれますと、境内みぎ手に平次の墓といいましょうか、碑がございますよ。

[神田明神の平次の墓 JR御茶ノ水から北へわずか数分のところが神田明神。この明神様入り口の甘酒やさんはおススメですよ。なんといっても蔵出し甘酒なのです]
先般、「武士の家計簿」という書を出された、磯田道史さんのお話では、当時の一文は平成二十二年 今の価値では50円くらいだそうですね。
一文は、約50円、銀一匁(もんめ)はおおよそ3300円。1000文が15匁(銀)になります。
当時の江戸界隈では、「そば」のお値段が16文平均ですから、だいたい800円。
いまでいう立ち食いですね、路地裏のおやすい「素うどん」が4文から6文くらい。
ですから200円から300円くらいですかねえ。
江戸人は平均して一日に酒を10文つまり500円くらいアルコール代に使ったそうです。
タバコ代に3文(150円)をつかい、そして髪結さん(美容院)には結構足繁く通ったようです。
髪結いに2~3週間には一回行った結構オシャレな人種ですね。
それで一回が銀一匁つまり3300円。
まあ今の感覚と同じくらいかしら?
でも回数が多いような気がしますよね。
男性は月代(さかやき)を剃るので、自宅で奥さんにかみそりを当ててもらっていたようで、髪結さんには主として女性が行っていたようです。
農家、町家、商家、武家様々でしょうが、平均して子供1人の年間教育費は50万円(銀150匁)から、ハイクラスでは200万円(600匁)くらいだったそうです。
結構教育費が、かかっているのですねえ。
つまり日本人は、昔から子供の教育意識が非常に高かったといえるのですね。
ですから300年前は、日本が世界で最も教育レベルが高かったのではないでしょうか。
江戸時代の文盲率が50%で、世界の文明大国といわれるイギリスの文盲率が90%ですから圧倒的に教育水準が高い。
日本の植民地化の下心で江戸期に来た諸外国人は、一般庶民が高札を読む姿を見てビックリしたそうですし、武家の小さい子供が道々、論語をそらんずる風景を見て、これは侮れないと意を新たにしたようです。
日本は昔から教育費には大分お金をかけていた、そうした人を育てる歴史文化だったのですね。
2010年01月28日
龍馬よ蘇れ
[坂本龍馬 :なぜこの写真に大きな机があるのかというと、当時の写真は露光に長時間がかかりますので、静止のためのもたれかかりのためだったそうですね]
今年からNHKの大河ドラマで福山雅治主演の「龍馬伝」がスタート。
余りにもかっこよすぎる顔立ちのいい坂本龍馬に、いささかの違和感を感じないでもありませんが、評判ですね。
若い女の子も、もちろん高知も長崎も龍馬ブームに沸いている。
龍馬の魅力は、図抜けた行動力と発想力。
会社という概念が無い幕末j時代に、他人の資金で会社の原型(亀山社中)までつくってしまう。
でもそうした行動能力は、現代人が必ずしも劣るとは思いにくい。
問題は、いつでも死ねる。明日にも死ねる覚悟があるかどうか。
そこがまるで龍馬と現代人は違う。
最近では、封建主義の代表とされてきた「武士」が見直されてきました。
山本周五郎や藤沢修平といった時代物作家の、「雨上がる」という寺尾聡主演の映画や「武士の一分」という木村拓也主演の映画が以前ヒットしましたね。
これも鑑賞しましたがハリウッドからトム・クルーズと渡辺謙 主演の「ラストさむらい」が来ました。
これらのモチーフはいづれも「侍の魂」です。
サムライ映画のヒットは、魂の抜けた日本人には、死を覚悟した中に武士の一分、仁と義をを通す波動が、現代人に残されている血脈に、少なからず浸透したからでしょう。
「武士」、その生き様の根底は、金でなく道義、道徳、心の気高さがが何よりの価値基準でした。
現代はホリエモンに代表されるように「金さえあれば人の心も買える」風潮ですから、心よりもモノと金、体主心従の価値観。
往時、士農工商という身分制度はあったものの、士は総じて商より貧しく、困窮暮らしの上に、志が高い。
年収が三両一人ぶちの侍のことを俗に「三一(さんぴん)」といいますが、今の年収にして凡そ100万円を下回るのです。
しかし志の卑しさを嫌うから、農民や商家からも寺子屋の先生や書画の教師としてまねかれました。
比較的 高給取りの旗本でも冬場でも暖をとることはなかったのですよ。
つまり火鉢やコタツなど無いのです。もちろん床暖房もファンヒーターもありません。
大名の世継ぎですら幼児期からそうした教育生活であったそうです。

幕末に来日していた英国人が江戸市井を見て仰天したそうです。
彼らは植民地政策が来日の狙いであって、無能な土着民を教化するという大義名分で日本という野蛮国に乗り込む。
ところが乗り込んできた当の英国人の日本人観は次の二点であった。
① 武士のカネで生きない潔さ
② 一般民衆が立て札を読む教育の高さ(英国の文盲率は90% 日本のそれは50%)

[およそ国民の半分が、このような高札をよんでいたのです]
時代は150年ほど経って、カネが全ての行動基準、汗水たらさずマネーゲームで一攫千金に血眼という日本の気風と相成る始末。
小学生がトレーダーの訓練をするという。
もしそれが義務教育とでもなろうものならとんでもないことだ。
そんな年で子供からの国際人化でも、経済の勉強でもなく、金儲けの亡者を育てることしかならない。
自国の文化を読み、書き、愛せる基礎がまづ必要でしょう。
自国の歴史を外国人に話して、はじめて外国人から尊敬の対象となるのです。
日本人の心から、150年かけて徐々に徐々に、「民主主義」、「自由と平等」そして「合理的精神」をあたかも正義のように注入して、神意識を無意味なものと洗脳していった。
その犯人は欧米の物質合理主義と、それに迎合した日本の一部の政治家たち。
挙句が、リーマンショックでただ慌てふためく、腹の据わらない人種を育てていった。
「世のため、人のため」という私心を捨てた、私たちが本来もっている天津霊継ぐ「霊主心従体属」に平成二十二年は、一気に突入するでしょう。
「魂の本質」に否が応でも気付かされる、「神仕組み」が次々と現われるでしょう。
坂本龍馬という、その天翔ける武士をとおして、TVの茶の間からも魂の本質を磨かせてくれるでしょう。
日本龍馬よ蘇れ! 今年はいたるところに飛龍が翔ぶでしょう。




