2007年03月31日

会社の常識(原発事故)

サラリーマン時代に、東京電力、東京ガス、関西電力などの公共料金でおなじみの
会社さんとお付き合いを持ったことがある。

開発関係者の方とのお付き合いだったが、皆様 折り目の正しさ几帳面さが漂っていた。
その律儀な真っ直ぐな対応が、なにやら違和感すら覚えて、
表ざたにしない会社への忠誠心をかいまみた。

石川県の北陸電力 志賀原発では、つい先ごろ核分裂の臨界事故がおきた。
臨界とは猛烈な核分裂反応が連続的に起こる臨界点をいう。
通常の原子炉は、瞬間的には核爆弾の爆発的威力を持つが
その核反応を制御しながらゆっくりとエネルギーを取り出すのである。
だから志賀の事故は、まさにチェルノブイリの臨界事故を髣髴させる寸前だ。
東京電力でも20年前にはそれに近い、事故もあったようだ。

プルトニウムだと核分裂の放射能の放出量が半分の能力になる、
いわゆる「半減期」は30万年と記憶する。face08
つまり一旦事故が起こると、計算ではわれわれの子孫3500世代目辺りまでもが放射能に脅かされ続ける。

その臨界事故をひたかくしに隠した原発関係者。
国も検察も大変な事故という認識が余り伝わってこない。
エネルギー政策上、反感を買うような状況には極力 蓋をしろという程度であってはならない。face09



石油や天然ガス、石炭などのエネルギー総合資源の枯渇とCO2 問題から現実的には、
一次エネルギー源10%の原子力エネルギーが将来方向と目される。
それだけに安全に対しては三重、四重、五重の対策が必要だ。


折り目の正しさは得てして会社への忠誠心の表現。
つまりそれが昂じて「会社の常識」と「社会の常識」が違ってはならない。 
事故はえてして設備安全対策が中心になる。
しかし最も怖いのはこのような管理システム上の隠蔽体質や管理放任にある。
100名以上の死者を出した福知山脱線転覆事故も、真の原因はこうした管理システムの問題である。 


管理という人間のチェック体制にこそ問題が潜む。
エネルギー管理に国民の不信がつのったら国のエネルギー政策は根本から崩れ去る。
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2007年03月29日

大会の裏庭


    (よく見れば舞台上には大きな「たまゆら」が・・・・・)

3月25日 サトル「春の大会」が虎ノ門 イイノホールでおこなわれた。
五日市剛さん、七田眞さん、宇田成徳さんら6名の講師をお迎えしてのシンポジウム。
多分浄化だろう、風と雨の東京、そのさ中600名を越える方がお見えになった。

こうした大会の会場取りは1年前、そして企画詳細は半年前から始まる。
サトルでは、ほとんどが手作りで、各種プログラム案内のデザイン創作を含め、舞台装飾、演出、
懇親会のすべての企画もサトルの身内でやっている。

サトルの皆さんが、当然 金銭目的で無くハートで動くから、その一つひとつに愛がある。
舞台にしつらえられた雪柳、菜の花、そして小ぶりで可愛い、おおやま桜も、
塚田夢笙さんのお陰で大地からのメッセージを運んできてくれている。
舞台と客席の浄化はコッソリと、聖水と早朝4時半に「大祓祝詞」を意乗り上げた「盛塩」を散布。
開演前の論者の意識は天と地のタテのラインを繋ぐ、神降し。
天と地の光で、こんどは会場周囲に愛・調和・進化、純正、勇気、希望、信念、創造の八光で満たす。
そんなサトルな意識がお客様に伝わってくる。
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もちろん運営総責任者の論者も、別な会社を経営しているとはいえ、
大会の三ヶ月前くらいからまるで脱サラ状態である。
だが企画をしていて楽しい。
それは『日本人の霊性の覚醒と進化』を標榜し、
そうした意識波動を多くの方々と共有できるという喜びがあるからだ。face05

大会スタッフとボランティアは総勢 35名だった。
コマゴマとした役割分担表はあるものの、心得の原点は次の三点である。
「笑顔」(こころ)、「明るい挨拶」(ことだま)、「素早いお世話」(行動:身)
空海のいう『身、口、意』が、それである。
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どんな会場でもそうだが、お迎えする側の『身、口、意』がその「場のエネルギー」であり、
お客様側の「意識エネルギー」と交流する。
それは互いにふれあい増幅して、あたらしい「愛や調和や勇気の空間場」を創る。
加えて、素晴しい講師方々の「純正で溌剌とした高度なエネルギー」が注力されて
『こころの充電』がなされる。


会場からお帰りになる方々からは、「サトルは年々 美しくなるね」、「毎回盛況ですね!すばらしい」、「次はどんな方が来るのかしら?楽しみですわ」・・・・と。
お受け頂いた明るい『言霊』に素直に「ありがとうございます」と応えた。face02
感動や充実を、お土産にもってご家庭にお帰り頂ければ、還暦を迎えた論者の心と体はとても軽い。
こうした『こころの充電』がご家庭で、お子様やみなさまに放電すれば、日本の未来は明るい。
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(七田眞講師と  作家(『天上のシンフォニー』著者 伯宮幸明さん)  

2007年03月26日

魂のうずき


目や耳だけの判断と評価に片寄ってこれまでを生きてきたから、
目先だけの現象を信じ、モノ偏重の世界に陥ってしまった。

心の感性は、長さや重さや容量として測りようがないから評価の対象にはならなかったのです。
それが政治も経済も科学も、うすうす心を理解しつつも見えないから絶対評価の基本にできなかった。
芸術作品を見て感動するのは、この心の豊かな感性です。
相手の優しさに感動するのは、この見えない意識や心。


喜び・感動・充実・感謝という物理量の無い「幸せの尺度」は心の感性なのです。
幸せとはこの四つを合わせて『四合わせ』といいます。

ところが幸せとはモノの豊かさと錯覚して「眼・耳・鼻・舌・身・意」
肉体五感六根のセンサーとその反射感覚だけに頼っていたのです。


「心の喜び・充実」が本当の御主人とはいっても眼では見えず、
札束勘定できるお金やバイクやゲームソフトの「もてる喜び」のほうが五感では確かです。

信頼される喜びや健康の喜び、一体感の喜びなどは肉眼で見えるものではありません。
だが「持てる喜び」だけでは「心の器」は一杯にはならず、
愛や信頼感の無い「心の虚しさ」が心の空腹感として残ってしまいました。
その大きな原因が「見えない意識・心」をスボイルして、
肉体の眼と耳と鼻と口と触感だけを頼りに生きてきたことあったのです。
そのツケが、病や家庭内殺人、汚職、様々な社会悪としてこの現象世界に回って来た。
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時代の風は、自分の本物の「魂のうずき」を素直に聞く、反面教師として変化してまいりました。

「魂のうずき」を素直に聞くようになると、本当にやりたいことがやれるようになってくる。
まず心を覗くということがなければ魂は見えてこない。目先の金、モノに目を奪われていたのでは本当の魂のメッセージが始動しないのです。

「お金にならない」、「やるだけ無駄」というネガティブ思考を一気にジャンプしてみよう。
「間違ったら恥ずかしい」、「私なんて」というまだ半積極の意識のもある。
半積極の意識の裏側には、「かっこよく見せたい・見られたい」という自己保身の我欲もある。


「魂のうずき」は、自己保身やてらいも無く「自ら感動を創り出そう」、「生き生きと輝いていこう」とする魂の作用なのです。icon06
一気に魂のメッセージにしたがってみよう。
それが「積極なる人生」の信念を固めるのです。
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Posted by suzuki at 06:39Comments(0)神泉界

2007年03月25日

ホリエモン



一昨年には、近鉄球団買収から衆議院選出馬と話題を撒いて、
そして多数のクイズ番組やTVに出演のホリエモン。
閉塞感のあるこの日本に、何かしてくれるという期待感もあって、大もての時代の寵児だった。
そんな彼が、粉飾決算と自社株操作、巧妙な手口の証券取引法違反で捕まった。
ジェットコースターまがいの急上昇icon14と急落。icon15

若者も株式証券のトレーディングにとマネーゲームにも走らせた。
それがはやりか、小学生までもがまねをし始めた。icon07
ゲーム感覚で一攫千金。
そんな金銭亡者が、ホリエモン逮捕で一気に目がさめたか?

論者は、金の亡者とその顛末に警鐘を鳴らしたホリエモンをある意味で時代の流れと評価もした。
もし彼が保釈後に、山寺にでもこもって人生を見つめなおし、再び国のために立ち上がるのなら「裏菩薩」。
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だが残念、東南アジア諸島にモデル美女や友人と豪勢なリゾート三昧。
月、二百万円もする家賃の六本木マンション暮らし。
出張すしを呼び込んで、
「ホリエモン海苔巻き」face08なるものも飛び出す友人とのパーティ暮らし。 一歩外に出ると好きなカラオケで豪遊とか。

検察に挑戦的な言動だけで、その身勝手さに反省がない。
人生とは「銭儲け」。
そんな生き様で本当に幸せなのだろうか。

日本人は1990年代にバブル経済を体験した。
銭が銭を産む道理はない。
ハタと気づけば、枯渇する地球資源・エネルギーを前に、バブルに浮かれた贅沢三昧で有限の地球の宝物を失う速度を速めるものと知った日本。

ホリエモンの実刑判決に、物質経済至上主義の奇形な人種を生み出した背景を知る必要がある。icon23  

Posted by suzuki at 05:35Comments(0)気になる出来事

2007年03月23日

美しいヤマトを



イエス・キリストが純正と愛を、釈迦が調和と法を、モーゼが信念と勇気を教えてくれた。
ヤマトは霊(ヒ)いづる国、そこに現世うまれしものは天照大神を母と観じ、
神世をワレ創るものと表明し、さらなる自己霊性の浄化神化を努める必要がある。

その天照様こそ「美と融和」の象徴の極地である。face01
ヤマト神民が常にその美を意識し、美を極めるために古来より様々な「道」を作り、
庶民は「道」のなかに究極の美を求めた。
ヤマト神民の「心の美」は言霊と作法礼儀に込められているのである。face05

日本は2600年以上 他国の侵略を受けず、一時の侵略危機はあっても、
土地の割譲も無く、言語の変更もなく、宗教の改宗も無い。
こうした国は世界史上類例が無い奇跡の国なのである。
また万世一系の天皇を擁しているが、これも他国に例がなく
イギリス王朝にしても高々400年前は海賊である。

日本の文明文化は数千年、いや数万年以上、神仕組みで守られてきたのである。
言霊は古代言語が発生する時点から「ア・オ・ウ・エ・イ」であって、
その発声ひとつ、一つに意味がこめられている。face08

太古より「ありがとう」は「在り難し」あって、現在の女子高生も「ありがとう」と発する。
それが「それって、いいんじゃなくない」では意味をなさない。
言霊の乱れが「言の葉の波」を粗末にし世に乱れをもたらすのである。icon07

心の美のもうひとつの形は礼儀作法であり「道」に展開されていった。
日本には茶道、香道、弓道、剣道、古武道、雅楽から舞踊、
全ての領域に究極の心の美を求める「道」がある。
宗師といえども天命を知ってなお「道」ありなのである。


西洋のマスター、達人とは「階級と金額」という物理目標が最終であって、
ヤマトの「道」の「究極の美の求道者」とは違う。
今の日本が、再び美しいヤマトを再現するためには、正しい言葉づかい、
とりわけ毎朝の「おはようございます」、「行ってらっしゃい」、「お帰りなさい」
そして「ありがとうございます」をはっきりと口にすべしである。

この言霊波動が日本の秩序を回復するのである。アメリカナイズされた野放図な挨拶や応対、そしてファーストフードの簡便な食事は
心の乱れの元である。

日本古来の礼儀作法が心を正し、調和をもたらし、相手への尊敬と配慮を育んでいくのである。
ヤマトの芸道にその「見えない美のカタチ」をみることができる。

今の子供たちもぜひヤマト稽古事をしてもらいたいものである。
諸般の都合から稽古事が出来なくても、履物をそろえる、モノを片付けること位は家庭でも出来る。
家族揃って食事をすることもそれぞれ時間を融通しあえば可能である。
家族で稽古事を神社におまいりし感謝の拝礼をすることくらいは、
仕事や付き合いに忙しいといっても出来るだろう。
それらが躾けられなければ、親は「心の美」の脱落者といわざるを得ない。

簡便性、効率、低廉化、合理性・・・こうした物質主義的合理性の導入から、
だんだんヤマト神民の「心の美しさ」が消えていったのである。
  

2007年03月21日

裏菩薩

民間の会社でも建前論が先行するから「出る釘は打たれる」、「他人の衣装で踊るのが旨い」などと囁かれ、
その社内の澱んだ空気をカバンに入れて会社帰りの赤提灯がにぎわい、店内は愚痴と怒りの喧騒に溢れ返っていた。face07

建前が先行しているから夫婦間でも後ろめたさが残ったり心の腑に落ちていかなかった。
前総理の小泉フィーバーは個人の視点でモノをいい、本音で言い切っているから
瞬間風速支持率85%を越える超人気となった。
その真の原因は国民自体が建前社会に辟易していたその反動に他ならないのです。
つまり、徐々にですが「本音で語りあえる」ようになる次元変化の風が吹いてきてもいる。

 「本音」とは魂の言霊であり、別名「良心」の叫びでもあり、てらいも嫌いも無い。偽我(エゴ)をスッパリはずした「本音」は社会に向かって心から勇気をもって発することができる。face02
それがこの「膿だしの時代」に同時並行して本音意識への変革が始まっている。


いままで内側に意識を向けていなかったから表層的な現象やモノだけに目を奪われていて、
現物志向になっていたのです。
相手の贈ったモノに向かって礼を言い、贈った相手の思いやりの心に礼をしていた訳ではなかった。こうした感覚を当り前としてきた子供達、巷に溢れる言霊乱れた女子高生。
ピーロン茶(ピアス、ロン毛、茶髪)の若者。
「親が勝手に産んだんだろう」と赤ちゃんから手塩にかけて育てた親の愛は我知らず。
デンと道端に尻を下ろし、虚ろな目を空に向けていたのです。

自分の心の内面に意識を深く向けていなければ自分の本当の心はおろか、相手の心も見えてきません。
だから一緒に生きていてくれることの素晴らしさの発露「ありがとう」のコトバもなく、自他を認め合う素直さの原点「おはようございます」のことばもない。
生き生き感と、認め合いがないとやがて子供達は「自分と赤の他人,
自分と外社会の分離感」をつのらせていく。
少年犯罪や教育に絡む社会現象の根幹がこれ「分離感」であったのです。

いまの奇妙な社会現象、悲惨な事件を日々目の当たりにするとこんどは逆に、
「自分と社会現象とのかかわり」をふとした瞬間あたまをよぎるようになるのです。
その社会病理が訴えるところの本質は「心の内面に意識を向けよう」というメッセージでありました。


それが裏菩薩の配慮。icon01face05  

2007年03月19日

若者ほど死を恐れる

実利の親の背中を見て育ってきた子供達。
しかも母親の自己欲で無理やり塾に行かされ、競争に打ち勝てといわれつづけてきた子供達。
やがて思春期の彼らにとって、大人世界からの忠告には「関係ね-や!」。
敢えて分離意識の道筋を辿ろうとする。
礼を失い、言霊の乱れた子供達には、礼の本質である見えない心や、
言霊の本質である見えない魂のバイブレーションなど非現実にしか映らない。
やがて「同情するなら金をくれ」、「援交やってなにがわるい。
自分の体は自分の勝手」、「勝手にやれば! 私は私だよ」、・・・・・・・。

目で見て、手で触れられる現実一切が真実で、モノと金と肉体が全てだから、
「私のもの・俺の金・あたいの体」に絶対的価値がある。
何で楽しい?という質問に、その答えの奥の奥、自分の心の内側に意識を殆ど向けていない。

何故だろう、どうしてだろうと心の深みの中から、慈しむ心の存在、それを糧とする克己心の存在、
さらに愛や調和や進化の心の本質を存在させているもっと大きな存在がみえない。
自分の心の内奥に意識を向けず、受けた・張ったの表層的な現象現実世界。
その表層のモノとヒトの寂しさ憎さが、突発的衝動事件を引き起こす。


ゴマンと膿み出された世紀末の社会事件。
新聞紙上は犯罪に埋め尽くされた。face04icon07

良心とは心の奥からのメッセージ。
その奥からのメッセージが変性意識で伝わり始め、子供達も「近頃、何か変だなと」と薫風かおる四月の波動を感じ始めた。
 肉体こそ全てと信じて疑わない若者ほど実は死を恐れている。
口先の威勢のよさと裏腹に彼らが最も怖いものは「死とお化け」。
殺人事件や事故死が毎日起きている新聞紙上やTVを通じ、彼ら若者も、
逆にここにきて死が身近なもの、死に対する恐怖感を感じ始めてきた。


何か違う、本当に自分が求めていたものはこんなのじゃない。
何か足りない心を見つめなおす現代若者の僅かな変化の兆しが見え始めてきたicon14  

Posted by suzuki at 06:03Comments(0)気になる出来事

2007年03月19日

祈りの究極は感謝



生かせて頂いている存在、そういうように自分を認めたとき、
バラバラに在る「個」ではなく、「全」のなかの「個」と気づく。
その個にあって「全」なる自分に気がついたときヒトは光を作りそれを操作することが出来る。
それが癒しの原点であり、愛のエネルギーであり、調和の光なのである。

意識はエネルギーであって、光である。
意識は瞬時にしてアンドロメダまで飛んでゆく。
神我の意識は光速にして宇宙を巡り、全ての生命体に通じ、癒すことが出来る。

この身についた食料という頂き物、その数兆千万の八千萬魂命をも取り込んだ共生体「神我」。
それは、純正・信念・希望・創造・愛・勇気・進化・調和の八つの光を放出する。
神我はその光を操作して万物に大調和の「エネルギー場」を与えることができる。

「大調和」と「進化」が神人の使命である。
使命とは、命を使うと書くが、命を使っても決して減ることはない。
大宇宙大神霊の愛を頂いているから涸れることはない。

想像、それは希望の下絵であるが、その意識がダイナミックな創造へと転化する。
ヒトは想像という進化力のモーメントを持つ。
此処が猿や犬や他の動物には無い神人なる所以である。

神人は、全ての生命体を「生き生き」とさせる意識能力を持つ。
意識能力とは想像する力であって、具体的な快(信)・善・美の神国ユートピアを築く創造力でもある。

「なぜくれない・あんなやつ許せない・なんで自分だけこんな目に……」と思うのは大変苦しいことである。
そういう心でいては気が休まることが無い。
こうした心の状態は「自分を苦しめている」ことに他ならない。
自分を苦しめてはいけないのである。icon06
自分を苦しめているのは、他人ではなくて、そう思う自分自身なのである。


自分の全てを受け入れて、そのすべてを愛し感謝することが神人の常なるこころである。
あらゆる祈りの究極は感謝である。
全てを大宇宙や地球から「いただき」、そのいただいた心の反映は「感謝」である。
  

Posted by suzuki at 06:00Comments(1)神泉界

2007年03月17日

ひとごと

いじめの問題も、電車の中の痴漢にも「ひとごと」がj時代の背景にひそむ。
地下鉄でも私鉄でも、車内の乱暴やからむ嫌がらせに、ひとは見てみぬフリで対岸の火事。
それが子供の世界も同様で、へたに仲裁に入るとこんどは自分がターゲットにされかねない。
だから「ひとごと」が、子供の世界にも大人の世界にも植えつけられてしまった。

その昔、小学校の通学途中に、水撒きおばちゃんが、だれかれと無く「おはよう」と声をかけてくれていた。


「おはようございます」と返事を返さない子は、時には怒られた。また同じ通学路の上級生にも注意を受けた。icon06
場合によっては、上履き袋を振り回し行きかうヒトにぶつかりながらバタバタ駆け出したり、通りすがりに生垣の葉っぱをむしりとって騒ぐ子供達には、おっかないおじさんが「こらあ!何しとる!!」と怒鳴った。

今の世界、水撒きおばさんや、怒鳴るおっかない叔父さん達は姿を消した。
自分の子供だけじゃなくて、他人の子供をしかるおじさんやおばさんはいなくなった。
そして挨拶もしなければ、「ひとごと」と無視する環境がいつしか取って代わっていた。face10icon10

「知らない人から声をかけられても無視しなさい」とか「声をかけられたら逃げなさい」という。
それが学校や家庭の指導だとすると、世の中は益々、ヒトを見れば犯罪者で、ヒトを信頼するなということになる。それが学校や家庭の基礎教育のはずではありえない。

町の大人たちの挨拶、それは通学の干渉でもなく、ヒトとしての当たり前の「言霊」である。
だれかれと無く声をかけ、町中が挨拶をする。
むしろ防犯の原点こそ「町中の挨拶」なのである。
それが、ヒトとヒトとの絆に変わっていく。
小さな絆がヒトとヒトとの信頼に変わっていくのだ。


新時代の幕開けは「あいさつ運動」からスタートする。  

2007年03月15日

七田 眞さん



サトルエネルギー学会ではこれまでに 七田眞先生に4回講演を頂いている。
それは人の心や脳力に新しい「眼からうろこの知見」をおもちで、
なおかつ全世界に教室をもって実践されている実績があるからだ。
近年では子供の能力開発から、大人の脳力開発に進んでいる。

七田先生からのメッセージを紹介する。


右脳には宇宙にアクセスし、宇宙エネルギーを使いこなす脳力が組み込まれているのです。
そのアクセス法と、アクセスした人たちの示す脳力の実例を「サトル春の大会」ではお話します。
例えば、七田式の呼吸法で宇宙とアクセスし、右脳を開いた55歳の女性Kさんがおられます。
Kさんは、初めは半信半疑でしたが真面目に呼吸法を実践してみました。
その結果、野菜とお話ができるようになりました。
その方は公園に行って、授業を抜け出している高校生を発見。
瞑想・呼吸によって心を静めてみると、どうでしょう。その生徒の心がありありと見えました。

そこでKさんはその子にアドバイス。そのアドバイスが見事に実って、高校生は立ち直りました。
その高校生が、同じような悩みを抱えた高校生を次々に引っ張ってきて、
アドバイスを求めるようになり、今では高校生の悩みを聞いてあげる相談役をしておられるそうです。
そのような脳力を開く、宇宙とアクセスする呼吸法について詳しく語ります。


2007年3月25日 IN TORANOMON イイノホール
ほかには 朝日舞さん、江場康雄さん、宇田成徳さん、五日市剛さん、知花敏彦さんです。face05


こんな豪華なゲストが絡む一日。 10時開場(開演10時半)  終演は17時50分 
七田さんの講演時間は14:20~15:20。 皆さんの書籍コーナーも在る。



充実の一日 「サトルエネルギー学会 春の大会」 2007年 IN TORANOMON イイノホール
お申し込みは: http://www.subtle-eng.com/2007_spring.html