2007年07月30日

柏崎原発 地震の恐怖



{柏崎原発 敷地内の段差 :震源地から9Km}

7月16日猛威を振るった台風4号も関東を過ぎ、ようやく抜けたと東京船堀のクアハウスに出かけた。
広い浴場内でカミソリを頬に当てて鏡を見ていたら、目眩がするのか鏡の自分が歪んで見える。
お風呂の熱気と、立ち眩みを用心せねばと思っていると、再び腰をかけている体がゆっくりとふらつく。

周りを見渡すと浴場内は大理石仕立ての内装で、我が家のように
観葉植物のユレやらをみて『オット!地震だ!!』という判断が出来ない。
わが身の脳溢血をとっさに心して、日常の予防などが頭をかすめていた。
やがて館内で「ただいま新潟地方に地震がありました」との放送。

私の好きな塩サウナルームにはTVが付けられているので、しばらくはTVのNHKの情報に釘付け。
仕事の都合を外し、午後になってもTVをみていると、
やがて上空ヘリコプターから柏崎原発の中継画像が飛び込む。

黒煙を上げている柏崎原発に思わずドッキリ。
これには政府筋や原発関係者も相当、息を飲んだに違いない。
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 {柏崎原発 火災発生の変圧器 :なんと事務職員4人の消火のみで防災組織なし}

原発で最も怖いのは核分裂反応の暴走である。
そして第二に放射能漏れである。
日本はそもそも火山列島であり、加えてプレート断層として中央構造線に静岡-糸魚川ラインの
「フォッサマグナ」おまけに、ローカルな断層はいたるところに散在している「地震列島日本」。
そんなこの上なく危険な列島の上に、原子力発電所が乗っかっているのだ。
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ニューヨークの地盤地殻は分厚く巨大な岩盤構造である。
だから100階建てのビルも出来るが、日本はまず地盤が軟弱で比較にならないほどゆるい。
だから膨大な基礎工事を要して、それでも20階建てくらいがいいところ。

神戸の震災では「液状化現象」という言葉がはやった。つまり地下は岩盤ではなくて砂地だ。
普段はそこそこ、しっかりした砂地でも地震の影響で液体のようにまるで地盤強度が無くなる。
つまり建屋の基礎を支える地盤がまるで池のように支えがまるで無くなっているということだ。
地震列島日本、その平野部の地下構造は、砂、ローム層、シルト、そんなものだ。

原発に使われるプルトニウムの半減期つまり放射能の放出が半分になる年月は30万年である。
だからどんなに安全対策をといっても、30万年も保障できる対策は考えられない。
アメリカ映画で『チャイナシンドローム』というのがあった。
アメリカ西海岸の原子炉の大事故、その核反応が暴走を始めて、その熱で地中に穴が開き、地球の反対側の中国にまで突き抜けてしまうといった内容である。
それほどまでにすさまじいエネルギーである。
ちなみに柏崎原発の明年春頃までの休止に伴う、その損失エネルギー対価は7000億円という。
だから地震列島日本での原発建設は慎重の上にも慎重でなければならない。


エネルギー需要を確保した上で、CO2温暖化の問題を論ずると
原子力発電という道筋が出てくるのかもしれない。
けれども問題は核分裂という危険性に加えて、こうした日本列島の特殊構造もある。
IAEAの新潟査察は地震国日本での原子力発電の基本構造に大きな教訓と勉強を与えてはくれよう。
だが今回のように震源地から僅か9Kmの地に原発がある場合をも想定した、
国際標準のような根本的な構造指針が果たして講じれるだろうか?face04

常温核融合にしても、重水素と三重水をぶつけてゆっくりと熱を取りすため、
核分裂の暴走は無かろうが、この原理そのものが「水爆の原理」でもある。face08
確かに1グラムの水素で8トンあまりの石油に近いエネルギーが理論上取り出せるが、
トリチウム(三重水素)自体、放射性物質であって、安全であるなどというのはまるで根拠がない。

安全な新エネルギーを期待する以前に、
急速に地球からエネルギー資源を奪っていった人類側の勝手な
「エネルギー使い放題」に歯止めをかけたほうがいい。
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2007年07月28日

破綻する?介護保険

欧米ではジェロントロジー(Gerontology)なるものが急速に普及していると聞いた。
老人の介護やお世話という領域を超えて、熟年の生き方や価値観を磨いていく老齢学と訳す。
アメリカの一部の大学ではすでにカリキュラムも組まれていると聞く。
海外では1千万人近い方が、ジェロントロジー運動に何かしらの形で参加している。
旅行会社の添乗員、デパートのエレベーターガールや売店の方、病院の案内係、全ての人たちがその仕事を通じて求められる能力でもあろう。face02icon06

さて老齢化に関し、話題をわが国に転じて考えてみよう。
早晩、介護保険は破綻するだろう。
現在、既に8兆円の支出、介護保険制度がスタートしてから間もないが、うなぎ登りの利用過多で、
おいおい財政赤字限界の10兆円を越すのもそう遠くない。
2020年には国民の4人に一人が65歳以上の高齢者と目される。
だから介護サービス事業、通称「いれば産業」には誰彼となく進出するが、
この皮算用もやがてホンモノ企業に淘汰されていくだろう。
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介護されるほうも、かつてはボランティアに『ありがとうね』と善意の心で応えていたが、
介護保険制度が普及するにつれ感謝の心は彼方に飛んだ。
『ちょっと遅いんじゃないの』『それ終わったら買い物、行ってよ』と、
世話を受ける側が今では雇い人の風情。
これまでの善意の介護が、国が面倒を看る制度にかわるや、人心の荒廃を生みはじめる。

世話をされる側は、『介護保険適用うけないと損』という考えが芽生えてくる。
また介護医療保険の給与天引きという源泉お召し上げの背景もあって、
元を取らないとソンソンという気にもなる。
だから、介護する側の企業や第3セクターも、
一方介護される側の国民もお金に寄ってたかっての要介護争奪戦となる。

すでに「コムスン」に代表される「介護はうまい商売」の利益優先思想が蔓延しはじめている。face04

国も「ヒトは肉体のみの存在」の表層認識で、肉体介護、医療ハウス・介護設備というモノの充実、
介護人派遣にお金つぎ込む。
だが、要介護者の大元の原因や生活背景そして価値観、こうした介護者の霊性や心の問題にはまるで踏み込んでいかない。

健康保険も薬ずけとタカリ医療で、病院に行かなきゃ損という国民か大半だから、
遅かれこれも破綻するだろう。
国家予算は80数兆円、それに対し国民総医療費31兆円であるから、大凡その4割に相当する。
だからこのままでは医療や介護という分野で、
加えて年金問題も加担して国家財政は破綻に傾いていく。

ずさんな年金問題、健康保険料問題、それに介護保険、
これらの老後保障、介護や医療の裏にうごめくゼニカネ意識にソン意識。


そうしたさもしい心の問題が日本全土を覆っている。
問題の本質はモノ・かね・肉体の唯物思想なのである。
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もう時間が無い。 『日本人の魂の覚醒と霊性の進化』に繋がなければ、日本どころか世界が危ない。icon01  続きを読む

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2007年07月26日

十四葦原(トヨアシハラ)

ア.オ.ウ.エ.イ(五母音が心の精神階梯 五段階)、カ.コ.ク.ケ.キ(カ行はエネルギーの階梯 五段階)である。
そして、サ・ソ・ス・セ・シ(サ行は愛他共生の階梯 五段階)である。
このア(精神の吾)から始まってシ(世界を支えるの意)に至る十四の階段が
トヨ(十四)ア(吾)シ(支)ハラ(原)の言霊神田の実相である。
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ハラとは広大な原野で波(ハ)が螺旋状(ラ)に渦巻く場であり、ヒトにあっては腹であり「発展進化するウズの場」である。

精神ア行の内容は、感情や勇気や経験や愛や知恵、様々な人生体験から、
万物一切に大生命意志の息吹を感じるまでに至る心の階梯である。
また衆生ウ・声門オ・縁覚アから菩薩界エそして仏陀イにいたる仏門五階梯の五重の塔にも比喩される。
このウ・オ・ア・エ・イは人体の会陰-丹田-壇中-咽喉-眉間の五つのチャクラと感応する。
たとえば「ウ」の言霊は会陰チャクラに作用し、性腺、勇気、生命力を強化する。
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カ行全体はエネルギー場の様相といってよい。
「カ」は総合的チカラそのものを指す。
「コ」はエネルギーが凝縮して物質をなしてゆくその道程を意味する。
「ク」はエネルギーの流れ、方向性、時空に意志判断をあたえ広がる姿である。
「ケ」は虚次元の対称性が崩れて湧出するチカラの原素で、
素粒子論で言うゲージ粒子とでも言いえようか、超精妙な力の素である。
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「キ」はその集合体、虚次元場で生命意志を持ったエネルギー。
3次元物質界にあっても意識波動でコントロール可能な氣エネルギー、それが「キ」である。
ちなみにコントロール可能な意識とは「心からの確信」で、その意識が時空に展開し凝り、質点を呼ぶ。
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サ行全体は共生・愛他のフィールドである。
「サ」は佐(タスク)が本源の意義で、愛他の言霊が鳴り響くさまをいう。
「ソ」は言うまでもなく個のルーツ、「祖」あり「素」を意味し大元へ戻り照らす心、素直な心を意味する。

「ス」は産巣霊(むすび)のチカラであり天御中主大神の結合力である。
産巣霊という結合の内容は集合と分散、遠心力と求心力の作用力にも関係する。
宇宙渦から頭頂の渦に至るまでフラクタルなその渦の本源である。
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・ア :吾・天  ⇒感情・芸術・宗教・政治 ⇒ 縁覚 (さとりはじめ) 
・オ :緒・王  ⇒経験知、時間、 ⇒ 声門 (気付き、耳を傾ける)
・ウ :宇・穿  勇気・感覚・感動・判断 ⇒ 衆生 (一般大衆)
・エ :慧・恵  知恵・閃き・道徳・愛 ⇒ 菩薩 (愛他意識) 
・イ :意  大生命意志・時空意識 ⇒ 仏陀(わが身なし)

・カ  (開動エネルギー)チカラ・果 ⇒言霊の判断/分析
・コ  (集中)子・凝  ⇒大いによろしき都
・ク  (方向ベクトル)久・供・九 ⇒圧縮、アワの名の気
・ケ  (ゲージ粒子)氣・毛・解 ⇒音集まり成る
・キ  (霊素)氣   ⇒ベクトルポテンシャル、勇気

・サ  (共生 愛他)佐・栄 ⇒ (たすく)鳴り響くさま
・ソ  (ルーツ)祖・組 ⇒ 霊水の配り
・ス  (もと1つ)素・主 ⇒ 天御中の統合調和力
・セ  (わけあたえ)世・施・瀬 ⇒ 水の分け与え

・シ  (ささえ) 支・志・仕  ⇒純正




「セ」は、アつまり心の「吾(ワレ)」からはじまってセに到る以上十四(トヨ)の照合と組み立てをつかさどる。
また神人としての全能力を用いて施(セ)する思念と行為の一致であり、もって地球を支える「シ」に至る。

「シ」は死でもあり、また始めに戻って「ア」から繰り返す生命進化のスパイラルアップを展開する「ア」からスタートして、地球を支える「シ」に至る十四階梯は以上のトヨアシハラである。icon22icon06

豊葦原とは葦が茂れる豊かな野にあらず。
吾(ア)の心から始まって精神の五階梯を把握する神性の目覚めから、
霊エネルギーの構成要素(カ行)とその発揮の場を知り、希望のおぼろな映像を確信にまで高める。
そして、新しい共生と愛他の地球界を主神の心で創造することにある。



「瑞穂の国」とは、稲穂垂れる五穀豊穣の国にあらず、水(ミズ)と火(ホ)。
すなわち「カ(火)・ミ(水)」の国なのである。
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2007年07月24日

風のこころ



『赤ちゃんは素直、どんな極悪人も微笑んでしまう。それは単純・明快だから』





『大人は執着、詭弁、一人がちに明け暮れる』





『だから とらわれない、こだわらない、かたよらない』





『そよ風になる覚悟を決めれば、大宇宙は愛のエネルギーを与えてくれる』  

2007年07月22日

神性の自覚



宗教は人類を救うことは出来なかった。
キリストもモハメッドもその子孫に縄張りと敵害の心の種をまいただけの結果となった。
[すがりの民衆]と[たかりの教団]の構図は、
世の中を物質の反映と認め、霊止(ヒト)をして肉体物質としか認識できなかった。


 言挙げせぬ民族の本源心は、自己主張の認識が希薄で
「ありがとうございます」の言霊に見られるよう、私だの貴方だのという主語を伴わない。
Thank You や I love you などの言霊を放つ、その主語やその対象者もまたおぼろである。
つまり万物一体だから、その言霊はWe あるいはそれを超えた「集合意識」の概念に近い。
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日本人の誰もが、集合意識で交し合う本源なる「ヤマト言霊」を継承しているのである。
心行一致した純正なヤマト言霊の霊々氣(ヒビキ)、
良性なる愛の言霊、
純正なる感謝の言霊、
勇気あるはげましの言霊、
これらの霊々氣が太陽(火)、月(水)、地球(土)の波動と相まって神聖DNAを覚醒させるのである。
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しかしこれらの覚醒を伴わない、亜人の集団のフルイかけ。この世情の膿み出しも一気に噴出する。face07

大宇宙は一大調和系であって、系の中の個々の構成体は自己主張しない。大宇宙は発展と調和のスパイラル構造を保ち、150億光年の広がりをもつ宇宙の渦。
その宇宙の渦の中の小さな小さな霊止もまた、「全」の進化と調和の形質を持つ「個」なのである。「個」は波動性(霊エネルギー)と粒子性(三次元肉体)をもつことはいうまでもない。

『大宇宙大生命意志よ、地球のために宇宙のためにこの身すべてを使ってください』
この心境が、今生に生まれてきた子神の生きざまである。
即ち全ての人類が
霊主・心従・体属の霊止となった「神性の自覚」がなければ地球上に争いはなくならない。
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霊止は神である。ここから全てが始まる。icon01  

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2007年07月20日

きれい過ぎは危険


{藤田セミナー}

以前にもこのブログで紹介したが、回虫博士で有名な藤田紘一郎先生のお話。
まな板も、洋服も、通勤靴も抗菌グッズの、抗菌社会日本。
だけどそれが災いしてアレルギー疾患を増やしている。

藤田理論は日本国内よりも海外で高く評価されている。
アメリカのサイエンス誌にも顔写真が掲載されたことも在る。
皮膚の常在菌はぶどう状球菌ほか沢山の空中に浮遊する悪玉菌の皮膚侵入を防止してくれ、
適度な酸性皮質が守ってくれる。
したがって一生お風呂に入らないようなチベットの人とか、余り清潔とはいえないインドネシアの田舎の子供は全員、皮膚がつるつるしている。
もちろんアトピーなど一切無い。

洗いすぎはNGでドライスキンは保護膜をそぎ落として悪玉菌の防御反応を過剰にさせ、
ひいてはアトピーに。

コアラの赤ちゃんは母親の便を嘗めるそうだ。
それは常食とするユウカリの葉に含まれる毒素に対する抗素を産生するため。
ウンチも腸内も大腸菌で一杯だが、菌は汚いという誤った考えが、
逆に人間を菌の無抵抗化にさせている。
腸内細菌も、大腸菌が無ければ体内に摂取するための酵素は創れない。

この大腸菌を増やすには穀物の摂取がベスト。
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またインドネシアの奥地の子供たちはお腹に回虫がすんでいて、
花粉症、小児喘息など日本ではおなじみの小児疾患がまるで無い。
それは回虫から分泌される代謝物がそれらの過剰反応を抑えるためだそうだ。

現に1963年から急激に日本全国の回虫感染が5%を下回った。
それを契機にアトピーや花粉症などの過剰免疫反応症例が急激に増えてきた。

藤田先生からは日常の指針として、免疫力強化のために次のことをいただいた。face02

①細菌を大事にする。敵ではないし特に大腸菌を大切にする。(便通が第一)
②自然と触れ合う(泥んこ遊びも大切な子供の運動)
③穀物、野菜、果物などをとること。(肉食は免疫を低下させる)
  

2007年07月18日

言霊は魂の発露



 意識をまとめている大元は何かということであるが、それは言霊であった。
もし言霊がなければ、脳内の思索はまとまらず「私」すらも「何処へ」すらも定かではなく
一切は混沌のカオスである。
もちろん「好き」も「嫌い」も「海」も「山」も分別できず、自己はただ虚空に漂うのみである。

哲学や自然科学を論ずる前に、「言霊」があって初めて宇宙のカオスは自己の前にまとまりを見せるのである。

ヨハネ伝に曰く「初めに言葉あり、言葉は光なり、光は神なり」と。
まさしく言霊が「存在認識」の初めの初めである。
言霊なければ思索は纏まらず、従ってコトバをもたない動物には芸術作品は創作し得ない。
言霊(本意はコトバと精神の一致)が意識をまとめ、意識の内容を深め、
本能・知性・感情・理性の分別を整理し、言霊が行動意識の原形をつくる。

「物質現象」と「精神意識」の一致は「今の瞬刻」にしかないことに気づく。いま、本を読んでいる主観意識体と、読まれている本との時空間の一致はその「今」にしかない。
想い認め知覚している「意識」と、同時存在する時空間の「現象」は「今」にしかしない。

宇宙も同様に、過去の宇宙はこの手では掴めず、記憶による夢想のみで、未来の宇宙もいまだ展開はしていない。

古神道では「中今(ナカイマ)」といって、いまこの瞬刻瞬刻の魂の躍動こそ真実であって、
眼で見える物質現象論は二義的で、魂や意識の活動結果の一虚像であると指摘する。icon01

宇宙という実像は中今(ナカイマ)にしかない。

この中今を、存在せしめているのが「言霊」である。face08
過去に言霊はない。
過去の言霊は脳内の記憶野にあって、その音声空気振動は消えてなくなっている。

意識はこころと言っていい。
その心の純真な中央座を魂と呼ぶが、その魂から湧き出るのが言霊である。

無音の言霊を未だ鳴らずという意味で『未鳴』(マナ)あるいは『未成』(マナ)ともいう。
脳に送りこまれた閃きであって、意識の初発である。
つまり魂の響きがそれであって、嘘偽りのない魂のバイブレーションが本来の言霊といえる。
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       {ロシア  エミルタール美術館秘蔵}  

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2007年07月16日

与える



台風一過、すがすがしい朝を迎えた。
久々の太陽は、アマテラス光輝を放っている。

神様はよそから何かを奪って、取ってきてからその材料で創るということはしない。
奪う神はいない。
無から有を創造するのだから奪う必要がないのである。

ヒトは神の子だから、奪うものが何もない神の嫡子だから、本質的には何も奪えないことを本性とする。
独占や奪うという想念があると純正心から必ず大きな反動がおこる。
宇宙の調和秩序のなかで奪うということは大きな秩序崩壊であるからその反動は大きい。
奪うというその歪みの修復が苦悩・恐怖・怒りであって、
こうした心に強烈にさいなまれることになり、しいては肉体にも転移する。face07

分離の極致が収奪と破壊だから、その歪みの反動は極大である。
ヒト自らがその原因を創ったのだから、奪うという歪みを元に戻すまでには
長いあいだ多大な責を負い込んで、場合によっては死後の世界にまで持って行くことになる。

神はすべてが許容で何物も奪わず受け入れ与えるだけの存在。
だから奪う心に内在する負の悪寒や病から解放されるのは、
180度正反対の「全てを受け入れる心」になるまでの長い長い道のりを必要とする。

収奪と破壊は宇宙の存在の法則に合致しない。
存在そのものを否定・消滅させる行為であるから、「存在している自分」がその罪をあながう。
罰する神はいない。善くも悪しくも一切は自らまいた種は、自らが刈り取るのである。

神は、光を与える太陽と同じように与える一方である。
だからヒトも 『与える存在への修行』をしているといえる。
「愛」は、与えるということと同じでもある。
喜怒哀楽の「喜」と「楽」も生を全うする心の美の表現であり、
神から与えられた「今」を素直に受け取り同調する心の琴線波動である。
誕生・合格・恋愛しかり、与えられた今の美の表現である。

「与える」とはまたカタチでいえば無償の奉仕であり貢献である。icon01
平たく言えば「つくし」でもある。
「奪う愛」なんぞの存在はなく、愛ゆえに奪うとはウソであり初めから自我である。
一方、与えるといって、心が競って無理をして与えてもどうにもならない。
自然体でもなんでもない。
自然体とは無理がないから、与えているということすらも記憶にとどまらない。
ところがこの無理をするということが存外、世事には多い。

人生にて与える行為とは、モノもいいが本質は愛である。愛とは与えるもの。
しかし無理をしてはならないことは、先に述べたとおり、心にひずみを創るからである。


65億の人類が自分の本質は何かということに気づくことから第三文明は始まる。
つまるところ本質は「生命(いのち)」であって、生きているという自覚体である。
人間は肉体に乗っかる精神生命体でもあるが、
その心という意識の本体は、もう一人の自分、真我、純正意識体である。
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物質世界でワクワクうきうきしているのは心であり、
愛することも充実や感動や喜びも心の世界である。
其処は物質世界でないから、その喜びは何グラム、感動は何センチという
質量・長さ・容積・時間などの単位を持たない。
『霊主心従体属』なのである。face02

人生における一つの勉強知識を単に頭で記憶したり引出したりすることに終わらせず、
その体験・知識を自然観、人生哲学にまで噛み砕いてとらまえる。
これが知識(モノ)から智識(心)への変化である。
一つの小さな智識の積み重ねが大きな自然の集合意識(魂)へと融合してくる。
その早道は、一切を受け入れ、認める生き様である。

全ての状況、出逢いも『神が与えた最良にして最大の場面である』と看破すべし。icon01
崇高な意識体を「命(ミコト)」と大昔から言う。
このミコトの意識と一緒に行動すると今までとはだいぶ違った世界が作られる。
魂がもう「われ神なり」と知っているから、それを自覚して楽しく今を肯定し、
歪んでいる自己すらも否定せずに認めてしまう。
人に喜びと感動と愛を与えて共生(トモ)に生きていく、それが新しい地球を創っていくことになる。
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2007年07月14日

 愛のエネルギー



「サトルエネルギー学会」というのは12年ほど前に、東京大学名誉教授の大島正光先生が命名されました。
今にして思えば、アメリカの「サトルエネルギー学会」(ISSSEEM)とも連動した、
科学に軸足を置きなおかつ心を基本に置いた素晴しい命名であったように思います。
サトルはもちろんお釈迦様の「悟り」にもこじつけてもいる。face01

サトルエネルギーは英語で“Subtle Energy”と書きますが、
ほのかな、かすかなエネルギーの意味です。

日本では「波動」とか「気」とか「癒しパワー」とか目に見えないほどの
微かなエネルギーの世界が注目されておりますが、これらを科学的なエネルギーと解釈します。
海外では「サトルエネルギー」にはアロマテラピー、カラーセラピー、音楽セラピーなど
眼に見えないエネルギー全てを総称しております。

サトルエネルギー学会は「見えない意識と見える物質をつなぐ」ことを目的として設立されましたが
今年で12年を迎えております。

近年 親殺し、子殺し、一つ屋根の下殺しの獣人の歪んだ精神、そ
の残酷な犯罪が新聞社会紙面をにぎわしております。
その背景は心や意識というものが、物質や世の中とは全く関係がなく影響も与えないという考えが
犯罪の根底にあったのではないでしょうか。
つまりモノ・金が第一で見えない愛や感動などは意味を成さないという
物欲思想が混沌たる世相の根底にあったのです。face07

喜び、充実、感動、感謝という幸せを求めて私たちは仕事をし、家庭を守り、人生を歩んでおります。
しかしモノの世界、物理の世界では物理単位がありませんと確かなものとは認定されません。
その喜びは何センチですかと聞かれても困りますし、
その充実は何グラムですかと聞かれても返答できません。



       (モスクワ 「白鳥の湖の舞台」 :論者)

物理量はないのですが、確実に私たちは「充実」や「感謝」をその心に中に持っているのです。
愛は肉眼では見えませんし計測できません。
だからといって初めから{愛}なんて存在しないと思う方はいないと思います。
見えないけれども{愛}は確実に存在するのです。


個人的にはサトルエネルギーとは愛のエネルギーで、
・電磁力・強い力(核力)・弱い力・重力につぐ第五の力 ・愛の力 と言えるように思います。icon01

この第五の「愛の力」 Subtle Energy こそ重要な力で、
人と人との絆を作ったり、地球を修復するほどのとてつもない力であると思うのです。
  

2007年07月12日

愛の収穫祭



足利市に在る有)プレマさんの実験農場にさそわれ「野菜の収穫祭」に行ってみた。
東京のスーパーでは中国産の野菜やらで溢れているが、
取れたのお野菜をその場で味わうというのは、かなりな贅沢。
農場では「たまへび」(トカゲ科)もちろちろと見かけるし、
小さな昆虫類も這い出てきて久々に日本の農場の雰囲気を味わった。



(少年の肩の上に「たまへび」)

サラダはもちろん、トウモロコシ、ゴーヤ、ポテトスープ、赤いも、ハーブ類、野菜だけでお腹が一杯になってしまった。
初対面の方も多かったが、「長い眉毛」のもちぬしの方も。


        (なんと「長い眉毛」は10cm位はあったろうか。)

女史はクコドリンクの輸入商社をおやりになっているそうですが、TVにもご出演されたとか聞いた。

大自然は土、光、空気、水、ミネラスなどから人間の生活に必要な穀物を存分に与えてくれる。
人間はどんなことをしても、これらを作れない。

土や水や光は、人間にその対価を求めない。請求書を送らない。
だから土や水や光の側に立たないと、本物は見えてこない。
  

Posted by suzuki at 06:00Comments(1)結構なお味