2008年07月31日

あんどうなつ




[和菓子は 見た目にも美しいですし、季節感がありますねえ]


てっきり「餡ドーナツ」かとおもったら、安藤奈津(あんどうなつ)なんですね。face08
なにげに、この間始まった夜のTVドラマを見ていましたら結構引きずり込まれてしまいました。
主人公の奈津ちゃんが、西洋菓子のプロを目指していたのが、ふとした拍子に淺草が舞台の老舗「満月堂」の和菓子職人に。

体と心にやすらぎを与える「和菓子」の世界へどっぷり浸って、だんだんとその奥の深さに入りこむ若い女性が主人公。
その主人公を演じるのは清楚な感じのする貫地谷しほりさん。
余り若い女優さんや最近の歌手のお名前は良く知らないのですが、確か彼女はNHKの朝ドラの「ちりとてちん」に出てましたよね。






「あんどうなつ」はそれもかなり細やかに、和の素材、丁寧な製造工程、そしてそれを頂く心まで描いていて、職人さん同士の会話の機微も拍子がいい。

この時間帯のTVだと今まではスポーツ番組、クイズ、世界何とか大賞、バトルトークなどなど。
それが日本の象徴の「和菓子」と「職人世界」と「身土不二」と「成長」が一緒になって家庭のTVにお目見えしてきた。

ですから、タイミングのいい日本全体の暗から明へ、荒廃から進展へそんな「世相の転換」のきっかけと眼に映ったのです。icon01

そうなんです、いまどんどん日本が変わってきている。
ウラが表に、表がウラへの数千年来の次元転換。


『和菓子』、それは甘すぎず、辛すぎず、季節感あり・・・そして差し出すお茶、本当に日本の原風景ですね。face02


多くの方々が一家団欒、子供と一緒にご覧になって、日本の美、心の美を見直そうというきかっけになるといいですね。
  

Posted by suzuki at 06:03Comments(0)次元の変化

2008年07月29日

いのちは預かり物



[南宮大社 金山彦様がお祭りされてます]

「大宇宙の永遠の進化と、生命の美しい輝きが、今此処の中にある」
これを深い瞑想の中で意識の奥底に発見したときに震える感動を覚えました。

「いまここの中に生きる」それを神道では中今(なかいま)といいます。
過去には実体は既に無く、未来もまだこの手ではつかめません。

今の姿こそ、目の前の認識と宇宙空間の同居があるのです。
そのいまの全てを受け取ること、そのいまの全てを生きること。icon27

自分の環境にどんなことがあっても常にその今を、よろこんで生きる。
そこに不平や愚痴やマイナスイメージを詰め込んではもったいないのです。




[夏越の大祓え  :日本文明研究所主宰の大祓えでした]


 論者は、宇宙の壮大な仕組みの総指揮者を『大生命意志』と呼びます。
科学的にいうなら宇宙法則であり、神道では天御中主大神とよび、仏教では大日如来とよばれましょうか。

いのちは大生命意志から、こちら側の魂に流れ込んできてますから「預かり物」なのです。icon01

この認識が「いのちは俺のもの」と勝手に理解されたとき、自分のまわりも俺中心の「体主霊従(われよし)」と、周りのものに翻弄される次元に落ち込んでしまうのです。
「いのちは預かりもの」だから、そのいのちの本源に向かって知らずのうちに感謝をささげるようになるのです。


暗いニュースの背景の根底に共通するのは「いのちは俺のもの」、ただそれだけ。icon15
もうその次元では、この2008年 夏、魂は奈落に落ちるしかないのです。

「いのちは預かり物」、だから折角の「いのち」を楽しむように今のすべてを受け入れ、認めて、嬉々として輝いていなければ・・・・・
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Posted by suzuki at 06:00Comments(0)神泉界

2008年07月27日

科戸(しなと)の風

伊勢の外宮に「風の宮」が祭られております。
風は一切の罪穢れを吹き払うもので、その神聖な風の起こるところが「科戸」。
そのご祭神は科戸神(しなとのかみ)または級長津彦命(しなつひこのみこと)といわれイザナギ、イザナミの御子になるそうです。
日本書紀では級長津媛(しなつひめ)とも併記がありますから、男女二柱の神様でもあったのかしら。





[伊勢外宮の風の宮]



大祓えの祝詞では『天の下 四方の国には 罪という罪はあらじと「科戸の風」(しなとのかぜ)の天(あめ)の八重雲を 伊吹放つごとく・・・』をという言葉がある。

これは「一切の穢れを吹き去ってくれる風」のことでの風の神である先の風の宮の「級長戸辺命」(しなとべのみこと)が由来。icon05

「科戸」は「し」が「風」、「な」が助詞の「の」、「と」が「場所」なので、「風の起こる場所」の意味ということになります。







[川匂神社 境内前 ながい階段をのぼると茅葺の素敵な門がありますよ]


相模の二の宮が「川匂神社(かわわじんじゃ)」さんでご祭神が級長津彦命と大己貴神(おおなむちのかみ)。
大己貴神さまは、永田町の総理官邸前の日枝神社さんのご祭神、別名大国主様ですね。

知人に連れられご一緒に、相模二の宮様に神業行かせていただきましたが、突然耳が聞こえなくなるような感覚で、なぜか涙が浮かぶ不思議な現象が起こりました。
ある意味で励ましを受けたみたいですね。face02

相模一の宮は寒川神社さんが知られていますが、いまでも寒川からお神輿が湘南の海岸まで運ばれるというから凄い運動量ですね。


川匂神社は二宮駅と国府津駅の中間付近にある押切川から山側に少し入ったところです。
山門はいまどき珍しい茅葺で、境内も静かな立たずづまい。 如何ですか一度。

内宮、外宮の「風の宮」にはそれとなく『罪穢れの払い』の気配を感じていましたが、
偶然にも相模 二の宮様が「風の宮」のご祭神と分りました。
この時期 日本を覆う全ての罪穢れを 祓い清めたい。
だがその主人公は、級長津彦、級長津媛様のご協力を仰ぐとしても、あくまでもこちら側の歩んでいこうという意識が大事ですね。
icon01  

Posted by suzuki at 06:00Comments(0)たまに行くなら

2008年07月25日

東京タワー下



炎天下では中々 お散歩も気がうせてしまいますね。でも朝早くとか夕方、陽の落ちた時間でお休みや、仕事がすいた時にでも周りの風景をジックリ見ては如何でしょう。
色々な発見があるかもしれません。

私の場合は 東京タワーまで徒歩で15分くらいですので散歩コースになってます。
この周辺をご存じないかもしれませんので、チョットだけ紹介しますね。

東京タワーを目指すには、通常はJRの浜松町駅や、地下鉄の「大門」または「御成門」辺りから来られるのでしょう。
最初は、行きがかりに「増上寺」に行かれると思うのですが、ここに寄ったら大きな伽藍(本堂)もいいのですが、そのお隣にある「黒本尊」が本命。
徳川家代々の守り本尊ですから本堂よりも、実はお隣がご本尊。
本堂の直ぐ脇ですが建屋も黒ずんでいますよ。
そして黒本尊の真裏に徳川家の将軍のお墓が6基くらいでしたか、守られている。
ですが4月のお釈迦様の花祭りのときしか開門されておりません。増上寺の枝垂れ柳や本堂裏のお花見がてらに来られるといいですね。




[芝の増上寺:枝垂れ櫻はこの界隈ではここが一番、櫻の見越しにあるのが黒本尊]



「増上寺」とお隣の東京プリンスホテル、その間の細い道を西に数分行くと、東京タワーにぶち当たる。
タワーにかかる坂道のちょいと手前にお豆腐会席の「うかい亭」があります。
夜のメニューはお高くて余りいけませんが、昼会席で5000円くらいかな。
でも予約は昼でも必要ですよ。



[うかいの入り口も風情がありますよ]



お手入れの行き届いた結構なお庭が自慢で、赤い毛氈や庭石も京都のそれに見劣りしません。
お料理につかう調度品やお部屋の掛け軸なども素敵で一度は行かれたほうがいいですよ。





[知人とご一緒のうかいのお豆腐料理]




中庭から見た背高のっぽの赤い東京タワーを見つめるのも何か、新旧のコントラストがある。
水をたたえた、つくばいの渋さと赤の毛氈や苔むす敷石に日本の文化を感じ、そして上を見上げると東京タワーの文明がそこに同居する。



[うかい中庭です]


タワーのすぐ西下に「浄瑠璃寺」があります。瀟洒な小さなお寺でこちらには「お竹堂」が祭られている。
江戸時代に奉公人のお竹さんが、自分のご飯すら貧乏人に施しをする。
お店の台所のまな板や、流しにたまったごはん粒を拾っては食したとも。face06
阿弥陀如来信仰に一生を捧げたお竹さん。後年それを聞いた桂昌院さまが彼女の遺徳を偲んで「お竹堂」を造ったといわれます。


「浄瑠璃寺」を下ると桜田通りに出ます。
道路を渡ると町名が麻布飯倉町になりますがそこに「熊野神社」がある。





[飯倉の熊野神社 この奥、裏手方向にロシア大使館などが位置します]



小さな神社さんですが、なぜか西向きに拝礼をする格好。
この神社さんも地形的に小高いせいか、気配はいい。この飯倉というのは大化改新の時代までさかのぼるそうですが米を備蓄する倉があった場所なので「飯倉」という。

飯倉の交差点を神谷町方向に僅かに向かうと八幡神社さんがある。
ここも小高いところで物思いにふけるにはいいイかもしれませんね。

東京タワー方面に戻って、北玄関の道路向かいにロシア料理で有名なヴォルガという古くからのお店がある。入り口はロシアの宮廷をイメージしたインテリアで有名です。icon28

知人に聞きますと夜のコース料理で4000~5000円くらいかな。
でも私は入ったことはありません。
このヴォルガの脇の小道を北に少し入ると幸(さいわい)神社という縁起のいい名前の稲荷社があります。
毎年大晦日には、自宅の芝から、大門の「芝大神宮」さん、「増上寺」、「幸神社」など数箇所まわっております。

たまに行くなら、東京タワー周辺にも結構いいところもありますよ。face02  

Posted by suzuki at 06:00Comments(0)たまに行くなら

2008年07月23日

パチンコのTVのCM?




パチンコのTVのCM?
このところパチンコ機械のTVコマーチャルがやたらに多いと思いませんか。
パチンコ業界は凄いのですよ。国民総医療が32兆円ですがパチンコ業界は一時期 31兆円にも。
今はやや低落傾向のようですが、それにしても桁違いに凄いですね。

一種のギャンブルなのですが、何でOKなんでしょうねえ。
パチンコの景品のライターの石でしょうか?路地の交換場で簡単に現金に換えてくれますからね。
この業界は戦後の警察との長い関係がそこにもあるのでしょう。
パチンコのプリペイドカード発行産業は確か警察の退職者を中心にした組織とか・・・。
駐車禁止の一次車庫からレッカー会社まで警察の息のかかった企業は多いですよ。


米国では銃器が売れなくなると、TVで黒人暴動やブラジルのストリートギャングのドキュメンタリー番組をたびたび流します。
いわずと知れて防衛本能に働く心理を操作するのですね。
見たかたは、何気なしに備えあればと銃器を購入する心理が作用する。face04

一方で大手の業界が社会批判を受けないもっとも有力な手段はTVコマーシャルや番組のスポンサーになること。icon15
TV画面で仲間と団欒の楽しげな「コカコーラ・パーティー」を見れば、視聴者は高感度を増します。
TV局側はスポンサーの悪口は絶対いえないし、何かあっても片目を瞑る。
したがって社会的にまず批判を浴びやすくなるのはTVコマーシャルにあまり出ない企業といえそう。
勿論火の無いところには煙は立ちませんから問題はあるのでしょうが、TVやマスコミで少々叩けば、全体批判を浴びやすく世論をそちらに誘導しやすい。
ですから某湯沸かし器メーカー、某菓子メーカなどなど社会につるし上げられた企業に共通するのは、余りTVでお見かけしないこと。

また知人から教えられたのですが、重大な政治汚職やマスコミに暴露される寸前の政治がらみの犯罪は、えてして重大災害によってかき消されるとか。
そうは思いたくないのですが、新聞の社会面で数日間もつづく重大事故、重大災害のニュースの裏側には、そうしてニュース性が希釈され絶ち消えた政治犯罪があったのかもしれません。
つまり意図して、重大事件が画策されたとも・・・・・。


外資系生保が何故こんなにもTVコマーシャルを出すのかな?なぜパチンコの機械がこんなにもコマーシャルにでるのかな?
何故 洗剤の宣伝が毎日も出るのかな。そんなにCMに出なくても、そう売上に寄与するとも思いにくい。

元に戻りますがスポンサー企業にはTV業界は片眼をつむる。
それとなく眼に映るテレビCMをチョットだけ羅列してみますね。(カッコ)は裏事情?

・ パチンコ (ギャンブル批判)
・ 生命保険、カード (外資への生命財産預託)
・ 家庭用洗剤 (環境問題)
・ 胃腸薬(薬価問題)
・ 炭酸飲料 (慢性病)
・ 競馬、競艇 (ギャンブル批判)



ただなんとなくCMに見慣らされている私たち。ただなんとなく見ているCMですが壮絶な世界ですよ。上記のどれを見ても企業サイドからの献金やら財団活用やらで公的資金に近い還流の構造がありますね。
競馬・競艇なぞは研究育成助成金や海外協力開発資金に売り上げが廻ってますね。ですから批判の矢面に立ちにくい。

一方 TV局側にしてもスポンサーには肩眼をつぶるし、マスコミでの批判キャンペーンの俎上には企画まえに潰される。
政治家もTVには弱い。それはもちろん自分の名前とイメージの刷り込みが票に繋がるから。face07
ですからTVの裏側に政治家が首を突っ込むことは、マスコミから自分が抹殺されるから絶対にやらない。

ブラウン管の世界、いや今や「液晶の世界」かな?
華やかなマスコミの裏側に、不透明な裏構造もあることに気がついたほうがいい。
ヒットラーもマスコミを手中に収め国民の心理操作をしましたね。
正しいマスコミのあり方にもっと注力注視したいですね。face02  

Posted by suzuki at 06:03Comments(1)気になる出来事

2008年07月21日

小さな親切を





ブッシュさんが国連勧告を蹴ってイラクに侵攻してからずいぶんになりますが、まだまだ収束しそうにもありません。
イラクの核保有疑惑とは言うものの911の報復の名分と埋蔵年数100年とも言われているイラク石油資源。
そしてなによりも西側経済協力とは相容れにくいイスラムの根強い宗教色とその精神結束文化への攻撃。


打倒フセインだけならフセイン捕獲後の局地テロはないでしょう。
あとは石油の安定確保までが時間かかりましょう。face07

イスラムとは「一切を神に従う」の意味ですから、自爆テロでも聖戦の大義名分が立つ。
ですが自爆テロも「自らが神である」ことの完全放棄で、神から頂いた「いのち」の拒否であるからその業は実に深いものがあります。

イスラムの対米主義はアフガン、イラク、パキスタン、そしてインドネシアまで根付いて近年では東南アジアのほうがくすぶっているようです。
どちらの側も罪業を積み重ねて、彼らのSpiritの放棄とMindの歪みには母なるガイヤ意識の我慢も限界に来て震わせています。face10icon10icon10

世界中にはイラク、アフガンのみならずエルサレム、ロシア内紛、多数の紛争もある。
アフリカでは、ソマリア、アンゴラ、スーダン、ルワンダ、西サハラなど多数の紛争がみられ、ウガンダでは160万人が難民と聞きます。
サハラ以南のアフリカにはエイズ孤児が1100万人もいる。
アジアでもカンボジア、スリランカ、インド、インドネシアの東チモール、フィリピンのミンダナオなどで紛争が続いている。
南米はニカラグアやグアテマラなどで紛争がつづく。これらは国連登録で200以上と聞きます。


「一つの命の地球」はその細胞が対立と差別と貧困にあえいでいる。
地球を人にたとえれば戦争はガンであり、ガンを持つ人間はやがて息を止めてしまう。
地球上のガンは、やがて地球の息の根を止めてしまうでしょう。

こうした最中、イスラムの某聖山にてイランとサウジの高官も列席し日本神道も参加しておととしでしたか平和の裏儀式も行いましたね。
まづ日本人が「世界融合融和」の意識発進をしてゆかなければ霊成型(ひながた)日本の役割の放棄になってしまいます。


いま日本各地に小さな草の根運動として、生きたまじめな海外支援をされておられる方々も居る。おのずとこの時期に来て、ご縁ある方々から海外の子供や飢餓支援の情報が入ってくる。
食べ残し四分の一の日本人にはまだまだ「与える」だけの余力は十分にある。face02

[大きな奉仕より、小さな親切]に日本の本物が見えてくる。
  

Posted by suzuki at 06:00Comments(0)次元の変化

2008年07月19日

砂浜と昆布が温暖化地球を救う


人間の意識が様々な現象を造り、今朝の目醒めの世界も、それまでの意識の積み重ねの結果。
「意識の力」が全ての発露なのです。

1975年以前に比べて最近の世界規模の火山爆発は5倍に増え、地震は4倍にも増えていますね。地球規模の出来事は、地球に住む65億人の意識がなしたもの。
とりわけ人間の悪想念が様々な自然災害の元となっているのです。icon15
「一つの命、地球」はまだまだ対立と差別と貧困にあえいでいる。






[自宅前の外壁を伝わるアイヴィー]


一方で地球温暖化は、工場排煙、自動車排気ガス、焼却炉排煙、全てのエネルギー消費の結果と科学的にも比定されています。
石油石炭などの炭素資源エネルギーが燃焼して炭酸ガスが地球全体をオーバーコートのように包み込んでしまう。
地球が48億年前に誕生して以来、自己浄化でここ数億年は酸素濃度も22%をキープ。
もちろん氷河期やらも繰り返しましたが、人間の消費が起因となった異常温暖化などはこれまでにないこと。


炭酸ガスを逆に消費するのは樹木による「炭酸同化作用」がしられ、光と水の作用で糖類やセルロースが出来る。
従って森林緑化に世評が集まるのも良く知られるところです。




        [里山ともう一つ、砂浜こそ日本の宝]


ですが砂浜に打ち寄せられる海水による炭酸ガスの取り込みは余り知られていませんね。
波と砂の作用で海水は細かい乱流を起こし、酸素や炭酸ガスを十分に混ぜてくれます。
そして炭酸ガスは海に固定されていたのです。



大自然のこの巧みな作用のお陰で、海浜地帯や、南洋の小島はいかがでしょう、清々しい美しい大気になってますよねface02
これは皆さまが南海をイメージするとおりです。すがすがしいさわやかな風と日光・・・。


ケルブランというフランスの生物学者ですが科学者といったほうがいいでしょう、彼は体内原子転換という説を古くから提唱しています。
その彼も実は日本人の桜沢如一先生の影響を受けていたのです。
桜沢先生は日本ではむしろ玄米療法で知られてしましたね。


鶏は何故、カルシウムを全く与えないでもカルシウムの塊のタマゴを産みつずけるのでしょうか?
 などとといった自然界の様様な疑問から、塩をなめた労働者の尿中の塩分濃度の計測実験(体内での塩素の原子転換に変化)など実に多様な実験を行いました。おしっこなどからの排出塩分や、体液中の塩分と、取り入れた塩分は比例せず、取り入れる塩のほうが圧倒的に多いのです。


ケルブランの結論は、元素と元素は融合し原子番号が重なり合った元素に生まれ変わるというもので「体内原子転換」として知られています。

例えばマグネシウムは原子番号12、酸素は原子番号8ですから、ある触媒や電子の作用で12+8=原子番号20のカルシウムに変わりうること。
炭素(6)と炭素(6)でマグネシウムに変わりうる、炭素(6)と酸素(8)で珪素(14)になりうること、カリウム(19)と水素(1)でカルシウムになりうることなどなどです。



太陽と砂浜といった大自然になぜ貝殻のようにカルシウムが豊富な産物があるのもうなずけますね。海水には「にがり」と言うマグネシウムがいっぱい含まれていますし、太陽光はさまざまな触媒反応のエネルギー源です。
カンラン岩という岩礁(マグネシウム、鉄分、酸化ケイ群)が実に素晴しい漁礁になっていますね。

このMg、Fe,Siこそ素晴しい生命の秘密があると思っています。
論者は海洋から生命体が発生したというオパーリンに文句を言うつもりはありません。
ですが何故 植物は葉緑素をその活動の主体にしているのでしょう。
また動物はなぜヘモグロビンをその活動の主体にしているのでしょう。
葉緑素の中心核はMg、そして赤血球のそれはFeなのです。
原始生命体は海に生まれたといいますが、やがて地上に這いだして植物や動物になっていった。

鉱物が生命と大きなかかわりを持っていると思っております。



美しい砂浜こそ人間界エネルギーを消費してその結果、放出した炭酸ガスを吸収するのです。
そして母なる大自然の海洋に戻しているのです。icon01


昆布1本で年間に4.8Kgの炭素を固定します(CO2 ⇒ C + 2O )。
face08


日本全体で年間 1.5億トンの 炭酸ガスがばら撒かれていますが、
北海道面積の20~30%の面積を昆布の養殖場にしますと、
日本全体の炭酸ガスの半分は固定される計算になります。


あとの半分は海岸線の砂浜化でほぼよろしいでしょう。






[磯崎神社前の海岸の鳥居:うなばらとは何かを暗示してくれていますね・・・]



日本という竜骨列島を小さな海洋国にしたのは神維(なんながら)の神仕組みです。
海洋小国の沿岸は、美しい砂浜にしたら如何でしょう。
砂浜に洗われる産腹(ウナハラ)の姿こそ本当の美しい日本の姿ですよ。


日本の産腹からの「真の静脈産業の開発と国際貢献」。
科学一辺倒に頼らずに古神道や伝統の中に本物が隠されてもいるのですよ。
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Posted by suzuki at 06:00Comments(0)気になる出来事

2008年07月17日

神様を論じる



    [京都 貴船神社]



この間の日曜日に、東洋大学での地球マネージメント学会に行ってまいりました。
勿論様々な学会研究報告があったのですが、ショーレクチャで「神様と向き合う生き方」といような講演も。

1)神と人が一つになって生きる道を尋ねてーその結果は? 
                         リラ自然音楽研究所 山波言太郎

2)神と宇宙と人間―神の大愛に生かされているいのち輝かせて生きる―
                          人間科学研究所所長 米田 晃

3)今、"神と人生とどう向きあうか"を哲学する
    ―愛溢れる私と地球と宇宙のホリスティック・マネジメント―
                            東洋大学教授 石井 薫

学会発表で「神」を前面に出しているのは宗教団体をのぞいて、当方の情報不足で他に研究団体があるのかもしれませんが、サトルエネルギー学会と地球マネージメント学会くらいかな? 真面目に哲学論、科学論、地球環境の延長として「神」という名を掲載してきているのは時代の流れでしょう。

ついこの間までは、「神」を持ち出すと、いかがわしい眼差しや「オーム真理教」まがいのバッシング、エセ科学とのラッテルも張られる攻撃が待っていました。

ですが人間の神性まで追求しないと、限界を見せている地球環境破壊や3万人を超す自殺、親殺しや子殺しの家庭内殺人がおよそ年間500件を超す現状、そして毎日ニュースにのぼる社会悪の本質が見えてまいりません。


また物理量子論にしても、並行宇宙論やハミルトニアン(H:観測演算子)を取り扱う過程の中には神性宇宙論にまで科学が発展してきているのが実体です。
私たちの宇宙は、5次元の世界に浮かんだ膜のようなものかもしれませんし、主観があって初めて現象が見えますので、それぞれが自己世界を創っているのかもしれません。
まだ政治や経済の中に「神」概念は十分浸透しておりませんが、アービン・ラズロー博士の「量子真空場」、徳や公共善を考えた経営学ほか、「神」を内包した諸説もこの2008年には急速に広がりを見せているのは事実です。face02

誰しもが「このままでは地球が危ない」と認識し始めた時に、101匹目の猿現象のように「神」というキーワードが俄然、湧き上がってくるのでしょう。






先の山波言太郎さん、著書では桑原啓善さんですが、御年87歳です。
ネオスピリチャリズムの先駆けの方です。
人は永遠不滅の創造神の子、つまり人は神成りと断じる。
ただ言・行・想の浄化に努め光明を取り戻す必要があると訴えつづけている。face02

米田晃さんは肉体・理性・知性・感性の中心に位置するのが「神性」であって、137億年前のビッグバンは創造神の意識が顕現した状態ともいう。
そして人間の意識が集中固定したものが物質化するという精神量子論を展開している。
神の子としての人間がその意識に目覚め高次元ミロク世を築くのが2008年からもう始まったとも力説されていた。icon22

東洋大学教授の石井薫さんは神智学はじめ東西の神学・哲学からクリシュナムルティの「神を知ることは自分を知ることである」という思想を採用している。
神の属性としての「愛」にまず自己の生き方の本質をおき、「愛溢れる私」の自己宣言から始まって、見える世界の壁を越えてゆく自己の姿を力説。
さらにまた物質科学の複雑系から神秘系へ、物質論の環境マネージメントから、環境を作る原点である意識マネージメントへ、加えて、医療、教育、経営そして科学哲学の枠を超えたホリスティック・マネージメントへの意識拡大の必要性を論じられた。
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大学校舎内での学会発表でしたが、会場受付けや整理のお手伝いをする多くの学生の姿に、「さあこれから、日本も神様発進だ!」との思いを持ちました。icon01  

2008年07月15日

王子稲荷神社

 


[扇屋さんのおみやげ店舗]



王子に行きますと、落語の「王子の狐」にもある老舗の厚焼きたまごやさん「扇屋」に寄って行きます。春先ですと飛鳥山公園のお花見に「たまごのつまみにお酒」がお似合いですが、オフシーズンでもよく寄りますよ。

音無川沿いの遊歩道にあるその店舗、その脇から急な上に昇る階段の途中に大きな銀杏木がある。都の指定天然記念樹ですが、そこが王子神社の目印。
王子神社さんに行く時には、必ずその医長?さんに向かってご挨拶をします。イチョウは葉が青から黄色にかわるその時節には、イチョウ葉エキスとして知られる医薬にもなるからです。銀杏木の下で佇んだり、触っていると清々しい「気」が流れ込んできます。icon22

私は何処でも神社のご神木に触れるのが習慣ですが、人間よりもはるかにお年寄りの彼らは、焼き鳥も食べないしトンカツも食べず、お酒も飲みません。
ただ純粋にお水と空気と太陽の光を頂いてますから人様よりもはるかに純粋な気を発するのです。
ですから少々体調を崩された方や、ウツに入り込みそうになったらどうぞご神木に抱きついてください。
そして足の裏を開いてグランディング。つまり足の裏で呼吸する感じで地球と一体になる。





[銀杏木は向かって右手下にありますよ]



王子神社のイチョウは、今では柵があって人目もはばからず抱きつくことは出来ませんが、その場にいて医王の気配を楽しむことは出来ます。

王子神社は、江戸めぐり十神社コースにも入ってますが、ご祭神は伊邪那岐命(いざなぎのみこと) 伊邪那美命(いざなみのみこと) 天照大御神(あまてらすおおみかみ)
速玉之男命(はやたまのおのみこと) 事解之男命(ことさかのおのみこと)
五神を総称して「王子大神」と呼ばれています。


江戸10社めぐり神社の南が品川神社で、北が王子神社ですから南北を繋ぐ拠点ですね。ほかに根津神社、芝大神宮、神田神社、日枝神社、亀井戸天神、白山神社、富岡八幡神社、氷川神社が江戸城をぐるりと囲む。icon16



[江戸 会所絵図  王子稲荷付近]



王子神社からJRの線路沿いに十条方向に7~8分も坂道を登って歩いていくと王子稲荷が見えてくる。
駅から離れているせいか人もまばらで、閑静な緑濃い境内で拝殿内にも靴を脱いで入り込める。個人的にはとても気配の素晴しい好きなところです。face06

せっかくここまで来たら、境内の裏手にある狐穴までご覧になるべきだ。
昔は、こんもりと茂った杉の大木に包まれて、昼なお暗く狐が沢山いたという。
もちろんのお狐様は神様のお使いで稲荷社のシンボルですが、その跡は今も、「お穴さま」として保存されています。




[王子稲荷神社]


はじめに申し上げた、扇屋さんのお料理と狐を舞台にした「王子の狐」の落語は、ここのお狐様が登場する古典落語。face02

さて狐穴を皆さまどう感じられるか。





   [狐穴は境内の裏手を廻ってください]



論者の場合はかなりな深い気配を感じさせていただきましたよ。  

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2008年07月13日

チョッとだけプサイ(ψ)の話




[量子物理学者 シュレレジンガー]



朝からシュレディンガーの波動方程式の話で恐縮です。
シュレジンガーさんというのはノーベル物理学賞をとった量子物理科学者です。

「波動」というのは、ものや重さと大きさを持つ物体が移動するのではなくて、カタチといいましょうか情報といいましょうか、カタチが玉付き的に移動していく状態をいいます。
ボールがピッチャーからキャッチャーへ渡されるのが物質移動。それではなくて、池や海の波のカタチだけが連続的に移動していく。

その時間と距離とカタチの関係はx・Sin(θ)の微分で高校時代に習った皆さんが良く知るところの波動関数です。
ですが、それから拡大して1次元、2次元、3次元、多次元と多次元空間に漂う波とエネルギーの関係を求めたのがこのシュレジンガーの波動方程式。
朝から数学の方程式を書くのははばかれますが、下図に示します。





[シュレジンガーの波動方程式]




ここには虚数、つまりこの世の物質界でない次元が関数に含まれます。
一般的記述方法として波動はプサイ(ψ)として表現されてます。

このプサイの二乗を波動収束といいます。
「収束」というのは見えにくい波動状態のものが固定され認識される状態への変化。
つまり二乗すると虚数(i)が実数に変わりますからこの世に姿を現すのですね。


量子論では電子も観察しなければ何処にいるかも分らない確率論として宇宙のどこかに存在するのですが、観察した時点では勿論そこに現われるので、それを「収束」といったりします。

数学者でもないので十分な中味までは分りませんが、虚数項を含むプサイ(ψ)、
それって「意識」と同じだと思いませんか? face04
何処にあるかも分らないし物質のように目にもみえません。
ψの二乗つまり波動収束が、なにか「現象」のような気がするのですね。






[ときどき 事務所で皆さんと 思考実験の論者]

「念の状態」はなにか時間ゼロという宇宙にいて、思いが外に動くとき初めて「時間」が動くような思いも致します。
波動とは物質移動しないでそのカタチが移動する。
こういいましたがカタチとは時空の振動ですよね。
その時空振動は念(意識)によって創られると言ってもいいのではないかしら?face02icon10


世のため人のために、お互い素晴しい意識で、その波動収束(プサイの二乗)で素晴しい現象世界を創りたいですね。icon01
「素晴しい意識」というところが、全ての始まりなのですが、原則的にはそう遠慮したり、心配することはないように思います。

私達はどう考えても「神様の子」としか思えませんから必要条件は備えていると思うのです。
ですが、目移りして「現象世界」を先に見てそれが実相だと誤って判断するもんですから、うちなる「神様意識」をつねづね忘れてしまっている。


プサイ(ψ)はすべからく「真我意識」でいること、
それが私たちが生まれてきた必要十分条件のような気がするのです
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