2008年10月31日

意識と光の関連性




[僕の心は、君の心に伝わるだろう]



元理化学研究所に居られた川田 薫博士はラットの死亡時の瞬間に体重変化がある様子から、
人間が死んだ時にも魂が抜ける分軽くなるはず。
その重量は約4grと計算したようですが果してどうでしょうか。face06

個人的には、「意識は質量ゼロの光からなる」から重量変化はないはずだと考えてます。


マイケルソン・モレーやヤングの光干渉実験では、ごくごく細い二つのスリットの穴に、光や電子を当てると、スリットを通過したあとの光はスリットに対応する二つの筋が後方の写真乾板に映るのではなくて、波状に映し出されたのです。face02

一つのスリットからの横に広がる波と、もう一つのスリットからの波が重なり合って乾板に映し出されたのです。
ですから光や電子はスリットから入るときには波であったという証拠です。

ところが圧電素子のように電子がそれに当たると電気が生じたり、
昔タイプのTVブラウン管のように電子が当たって画像がみられるということは粒子性を示します。

 粒子は大きくなると物質性を、もっともっと小さくなると波動性を持ちます。
だから質量のない光は大変大きな波動性つまり高次振動数をもっていることになります。





[ぽちゃん、この波もカタチが伝わるだけで、水自体は移動してません]


波動性とは池にポチャンと小石を放り込んだときにできるあの池の波紋と同じです。
池に小石が放り込まれた中心の上下振動の水分子自体が岸辺に移動するのではなくて、中心の振動のカタチが第一波、二波、三波、四波と横方向に整数状に伝わっていく。


波動性とは物質移動ではなくて、カタチや情報エネルギーが次々と玉突き的に伝わっていく現象で、ここに「意識は波動」といわれる由縁です。icon11


粒子性と波動性の両方の振る舞いを見せる電子ですら9.11×10-31 Kgの質量を持ち、
陽子の質量 1.67×10-27Kg(中性子も同じ)の約1/1800の重さだから原子量には電子の重さは通常考慮しないくらい小さなものです。


平均寿命が10-8~10-12秒のπ中間子やその素粒子仲間ですら100~1000MeVの質量を持ちます。
近年まで電荷をもたず質量ゼロといわれてきたニュートリノですらわずかながら質量をもつことがつい最近わかったのですが、光には質量がないのです。face08


南部陽一郎先生が説くように、電子も反電子があり、陽子も反陽子の存在が確認されていますが光には反光なるものはありません。

つまり「見えない意識」とは光であって質量がない。
質量と電荷がなければ数10cmの部厚い鉛の扉を貫通して外を覗くこともできるし、地面を貫通しマグマを経由し地球の裏側も覗くことができる。

それは意識が光だから可能なのです
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Posted by suzuki at 06:00Comments(1)神泉界

2008年10月29日

里山を残そう




[田畑のうら山には、里山なりの風物がある]



この夏でしたか、神奈川県秦野の出雲大社相模原分祠におまいりに行ってまいりました。
田畑そしてまだ緑の色濃い森林もあるようで、里山といいましょうか自然美を残す地域でありました。

ところが、最近 狸や狐、場合によって鹿やイノシシも市中に出回るようになったのだそうです。
つまり、彼らの食べ物である「どんぐり」などの木の実が、土地開発によって伐採され餌を求めて市中に出回るのだそうです。
そこで出雲大社相模原分祠のご関係者が植林を始めておりました。
この呼びかけに神社とは関係の薄い方もボランタリックに応じて、
休日を利用しては植林活動にいそしんでおられています。

TVでも小学校にイノシシが逃げ込んできたりするニュースが放映されてますが、
就学児童の安全もさることながら、その背景にある里山の破壊に思いを馳せてしまうのです。

知人と、湘南地方に車を出していただいたときの話題でも、近日 西湘バイパスにも鹿が出没するのだそうです。
恐らく小田原奥の山々から餌を求めてくるのでしょうか。



宮崎駿監督のアニメ「平成狸合戦」の舞台、稲城.南山地方は新宿から小田急で30分程度、
近くには読売ランドなどの団地があります。

その都心から30分でゆける、最後の豊かな里山が、消える!?
都と稲城市によって宅地開発が促進され、都心に一番近い里山が消えようとしているようです。
このご時節にその付近の開発地は、売り手も決まらず空き地の多い地域ですが、
なぜかその狸合戦の舞台も消えてしまう。





[ 8月にTV放映された、"噂の!東京マガジン" からの 消える里山に関する映像です]



里山の必要は、世界のサル博士でも有名な京都大学霊鳥類研究所の河合正雄先生に平成18年の サトルエネルギー学会 秋の大会でもお話いただいた。

『森は人間の原郷である。その森を今人間は破壊しつつある。それは心の故里の破壊である。文明の歴史は一面、森林破壊の歴史でもあった。21世紀は人間は再び森に還り、高度文明の基盤として構築すべきである。』

というのが 河合先生の主張。


 人間にとって森とは何か。
生産資源、環境保全資源、文化資源の三つです。
日本人は前二者に力を入れたが、欧米に比べ森林文化の形成は実に低調でした。


全国土の約20%を占める里山が放置されています。
「森遊び」を通じて里山を文化の森として再生することが、
実は日本人の自然観を、心のたおやかさを取り戻してくれるのです。
  

Posted by suzuki at 06:00Comments(0)気になる出来事

2008年10月27日

トルコ、その混成文化




[トルコの国旗は、三種の神器 月読みと素佐鳴の二神が関与のデザインで、アマテラス様の日章旗と浅からぬ因縁を持つ]


2006年9月に『西と東の魂の響きあい』 ~サトルな意識が世界を繋ぐ~ 
こういうテーマでサトルエネルギー学会「秋の大会」を行いました。
このテーマを頂いたのは、その年の2月ころでした。
毎回 静かに瞑想して湧き上がる想いを大会テーマにぶつけております。

エネルギー場が下がったこの地球を、ひとつにする使命があるのがこの日本。
その思いが、湧き上がる脳裏の底にあったからのテーマです。

日本の三種の神器はヤタの鏡、八坂の勾玉、そして八握の剣。鏡は天照皇大神、勾玉は月読みの神、剣は素佐鳴神のシンボルです。

日本の国旗は白地に赤、つまり日章旗で、
言挙げせぬ和平・調和の白地に、太陽の心をデザインしてます。
ふと閃いたのは三種の神器のモディファイで、熱血の赤字に白抜きの月(月読みさま)と剣の変形である星(素佐鳴さま)の国旗。

それがトルコでした。




[アガサ・クリスティーの小説でも登場したオリエンタル特急の終着駅 イスタンブール駅]



かの国はヨーロッパ系の顔と、東洋系の顔が入り混じり、往古は世界の覇者 ビザンチン帝国。
こう思うと、にわかにトルコに行きたくなって2006年6月に現地をおとずれたのです。
皇紀ではその年が2666年で、20世紀に入った最初のミロク(666)の年でもありました。
そんな神仕組みを感じたのです。





[広大なドーム:メッカ方向に向かって拝礼場がありました]




かの国は回教が中心ですが、基教も入って同じ仕事場でも宗教の違う職人同士が席を並べて働いている。
ラマダン(日中太陽がある時間は断食)では、机の隣の作業者が黙々と作業をしても、平気で基教の職人はチャイ(甘い紅茶)を飲んでいる。

イスタンブールには「アヤソフィア」という高さ50数mの大聖堂があるのですが、ここにはキリストの荘厳な壁画が飾られている回教の大寺院。
元々はビザンティン帝国の時代に基教の聖堂として建立されたものです。
その後のオスマン帝国の時代においても第一級の格式を誇るモスクとして利用されていったのです。




[アヤソフィア 入り口です]





[内部には聖母子像が残されている]



世界最強の軍隊を誇るオスマントルコの軍隊は、そこにキリスト教系軍団もトルコ軍別組織として控えていたのです。
おまけに世界各国から宗教の違う美女や技術者や商人を引き連れてきたのです。
商人街のバザールを作っては輸出入の拠点とし、宗教の違う美女に生ませた子供も王侯として即位させているのです。




[バザールの入り口  内部には4000あまりの店舗がひしめく]


トルコの特徴はといえば、

① 回教ではあるが、キリスト教の軍隊すら自国の部下に引き入れた。
② 世界中の商人、技術、芸術を自国に引き入れ混成文化を築いた。
③ 基教OK,回教OK、ユダ教OK,そして仏教OKの、寛容がある政教分離の国。
④明治初年ころの和歌山沖沈没のトルコ軍艦救助の歴史から日本びいきが多い。日本原産の紫陽花がその昔トルコに渡り、今では市内いたるところにも多く見られるお国柄です。


つまりなんでもありの国是。とりわけ他宗教を隔てなく取り入れてきたところは、まるで日本の感覚に近い。ですから日の丸とトルコ国旗の浅からぬ因縁に、はたと感じいったのです。

トルコでは回教徒が95%とは言うものの、政経分離で他宗教を排他するところが、ほとんどみられない。

すると「西と東の魂の響きあい」とは、その牽引者が「霊の元の民族 日本」とかの「オスマンの後裔 トルコ」なのかもしれませんね
  

Posted by suzuki at 06:00Comments(0)たまに行くなら

2008年10月25日

愛は光?




[厚木の雲: 写真提供 塚田夢笙さん ]


人間の目は、目の前の物事を光として捉えて、それも可視光線波長420nm~660nmゾーンのわずかの波長域しか見ることができません。
ですけれども遠赤外線領域の長い波長や、ガンマー線、X線などの可視光波長以外の短い波長の電磁波もあります。
それらは肉眼ではとらえられません。でもその存在は確かにあるのです。


富士山を可視光線でとらえて網膜で映像化し、意識で認識します。
視覚認識は光の波動で入力されて、網膜でフィルム化され意識の作用で映像として認識されます。従って意識の映写機でフィルムがスクリーンに映写されているとでもいえそうです。

意識は65億人、全てそれぞれ意識振動数が違い、その個性(スペクトラム振動数)と状態(強度)により寂しい富士山になったり雄大な富士山や怒っている富士山など違った感受性で捉えられるのでしょう。





[写真では、観察者の意識状態によって、さまざまな光がキャッチされるようです]



ニルス・ボーアの{E=ν・h v:振動数 h:プランク定数} から分かるように振動数が高いほどエネルギー(E)は大きくなります。
意識が光で、しかも高次な振動数成分を持っているほどエネルギーは大きくなります。icon14
意識の高い振動数とは、お釈迦様やモーゼ、イエス様のような聖賢の意識であり、
低次の意識振動数とは地獄界の分離排他の意識と言い換えられましょう。

聖賢とはすべての存在に対する大愛意識をもち、またその視覚も常人とは違って過去も未来も、
霊界も見渡せますから可視光線領域だけの視覚認識ではないのでしょう。

高次の愛・進化・調和などの見えない波動も感じることが出来るのでしょう。
純正意識ほど光に似て、その意識振動数は高いものと考えられます。


大生命意志には悲哀と言う消極性はなく、憎悪という破壊性もない。icon20
消極性と破壊性の意識は粗雑な波動といえましょう。
またこうした粗雑な振動数が、宇宙の基本数であればマクロ大宇宙もミクロ物質原子も秩序を保てません。





[品川神社にて]




科学者のどなたも宇宙には秩序があることは認めています。
その秩序とは宇宙則といえるように、すべての生命体、そのいのちの協働体を受け入れる本源的な器。

ですから宇宙とは機械的構造ではなく、はるかに生命的な存在で、進化と言う大きな流れに動いているのだと思います。icon01


私たちは創造的な生命体でありますから、進化とは「神化」をさし、その原点は「感謝」と「愛」と「調和」のまさしく無私・無我の極地でありましょう。
icon01


モノがあるというのは視覚確認だけでなく触れてみてその存在が確認されます。
其処にあっても触れて五感のセンサーでは存在が確認できない存在状態、それが物質化されていないエネルギー状態といえましょう。

物質はエネルギーの集中固定化した塊(E=mc2)なのですが、TV波にしろ可視光線にしろ重力エネルギーにしろ手で触れて、その存在が確認できない状態です。


意識は一般的には目では見えません。愛も目では見えません。エネルギーなのです。
愛も、充実も、生命体のそこにあることは万人が認めている。

意識に質量がないとすると、「深い愛」というのは光以外に考え様もありません
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Posted by suzuki at 06:03Comments(0)神泉界

2008年10月23日

じじ・ばば同窓会

  


[40年ほど前のユースホステル活動時代:前段 左から4人目が鈴木]



1965年(昭和40年)前後は日本全国にユースホステル協会の直営荘や契約民宿のようなものがあって、当時の金額で一泊二食 ¥500円程度で宿泊が出来ました。
もちろん予約がベースで、全国の若者が安価な旅を楽しんだものです。
二段ベッドが一般的で寝床に使用する専用シーツと枕カバーは、持参の物を使うために持ち歩いたものです。

食事は皆さん一緒に多いときでは50~60名、小さな施設でも10数名と食堂で一緒にとります。
食後の風呂も終わった、そのあとのミーティングというのがゲームやらダンスやら、今で言うところのかなり健全な「合コン」。これが結構楽しみでもありました。

男女問わず様々な出会いがあったからです。


そんなユースホステル(略称YH)の研究会も大学のクラブにあったり、民間の若者サークルでもかなりな数の団体がありました。
私も当時、そうした旅好きな若者のひとりで1967年でしたが「さわらび」という名のYHクラブを仲間と一緒に立ち上げたのです。

当時は機関紙「さわらび」もつくり旅の話題や、行事予定ほか、パズル、小説なども皆さんと一緒に投稿しました。

また都内の庭園内の安い会議室を使った新年会やオフ会も散々やりました。

関東周辺のユースホステル利用も年に数回行いましたでしょうか。
御殿場YH、緑ヶ丘YH、伊東YH、軽井沢YH、鎌北湖、白樺湖、榛名湖周辺、だいぶ嘗め尽くしまして、それも複数回行ってますので、ペアレントと称するYH経営者ともおなじみともなりました。





[たしか千葉の館山だった思います。洞窟探検の仲間たち。 後列右のおひげさんが論者]



こうしたクラブでの青春真っ只中の若者同士、先輩後輩ら多くの男性・女性と語り明かしました。
悩み、楽しみ、学園紛争の話、お堅い政治や経済、そして柔らかい男女のことなど様々な話題と体験を通じて、いつしかサラリーマンともなり所帯を持つようになっていったのです。






[およそ40年ぶりの再会ですが、心はいつまでも変わってません]




そうした思い出の深いユースホステルの立ち上げから42年後、「じじ・ばば同窓会」を先週 銀座のホテルで実施。
集まったメンバーは、さすがに頭は白くなったり、禿げあがったりで、瞬間には見分けはつかねども、次第に当時の仕草と声がかぶさってくる。

今では、政治家も居れば会社役員も居る仲間たちですが、なぜか教育や福祉、介護関係、こうした社会のお世話係が多いのです。

若い時に、横一線を見つめてくると社会弱者や理想世界がそっと体に染み込んで、
いくつになっても「世の中にお役に立ちたい」という心情が前に出てくるのでしょうか。

60歳前後の壮年集団が銀座の夜を二次会でも騒いでおりましたが、いくつになっても想い出は懐かしい。



いまの子供たちに、のぼる朝日を見せるのはその親だろうか、「じじ・ばば」だろうか。
お月様に団子とススキを供えて眺めるのは、はて何方がするのだろうか?


大自然と接する機会がなくなると自然との調和の心や、ひいては大宇宙に思いを馳せる心が育たない。それでいて物質合理の世界と、地位名誉の世界にしがみつくようになる。


『若い子には旅をさせよ』と昔の方は言ったが、なるほど「大自然」と語らい「見知らぬかたの親切」に触れられるもの
  

Posted by suzuki at 06:00Comments(0)次元の変化

2008年10月21日

日本とユダヤその友好の歴史




[講演中のシロニー博士:日本語べらべらですよ]

 先週、ヘブライ大学名誉教授のベン・アミー・シロニー博士の表題の講演にいってまいりました。
広島・長崎の原爆投下の研究で博士号を取られ、その後、米プリンストン大学で「226事件」を研究、91年にはハーバード大客員教授となって、また母国イスラエルに戻っています。
博士の数多くの日本研究が評価されて「勲二等瑞宝章」を受章されてます。
主な著書に「ユダヤ人と日本人の不思議な関係」・「天皇陛下の経済学」・「誤訳される日本-なぜ世界にのけ者にされるのか」ほか多数の日本関係の出版物があります。





[著書の一冊です]





[講演会に同席した前田さんがサインをもらいました。 ヘー!日本語と英語とヘブライ語で書いてますよ]




日本が戦争に突入した直接の原因である、アメリカによる東南アジアの対日本石油封鎖と、日本の満州開拓民の即時撤退などその背景と明確にとらえていた。
また欧米諸国による植民地化する全アジアの危機から「大東亜共栄圏」という、アジアの一種の国連のような理想連合体の思想も評価されている。

開戦当時植民地化していない国は、日本と欧米の手に染まりつつある南北分割前の朝鮮のみだったのです。タイは植民地統治化されていないとはいうものの実質的に傀儡政権でした。

もちろん一部の軍部による過激な戦争への突入を博士も私も肯定しているわけではありません。

昭和天皇の崩御の時に、日本行きに批判的な時のイスラエル国情下にある首相に、日本の独自の精神性を持つ歴史と、終戦を正当化した昭和天皇、そして6000人のユダヤ人を助けた日本の精神を進言し、時の首相を葬儀に参列させた張本人が彼 シロニー博士。


ホロコーストを逃れるユダヤ人を日本経由、またはベーリング海経由で満州に移動する旅券発券はリトアニア領事館の杉原千畝の偉業としてしられる。
当時、他の欧州諸国はユダヤ人に対して何処も手をつけなかったのです。
また満州に移送するための尽力は樋口中将ら、杉原領事以外の日本人も関与しているのです。

この当時 日本の心は戦争といえども、根底は人類愛ととらえることを、戦後のユダヤ人も評価していたようだ。だから今のユダヤ人は日本びいきが多い。
ただ三国同盟を読み違えた日本軍部に問題が多々あったと振り返る。


マンハッタン計画は対ドイツのもの。ドイツが降伏した時に科学者はルーズベルトに日本への原爆投下をやめるよう進言したという。そのさなかにルーズベルトが死亡したのである。
当時副大統領トルーマンは全くの知名度が無く突然の大統領の死で椅子のぼった無名の政治家。
彼にも、マンハッタン計画の科学者は日本への原爆投下に否定したが、新進のトルーマンに迎合する他の政治家の意見で原爆が日本に向かったという。


原爆という悲惨な行為、そして東京大空襲という無差別攻撃でいわゆる非人道行為にも、今でもあえて日本人は自虐の戦争責任意識から口をつぐんでいる。
もちろん賠償訴訟などもしない。


東京大空襲では米国先発部隊が江東区・墨田区・台東区またがる40k㎡の周囲にナパーム製高性能焼夷弾を投下して火の壁を作り、住民を猛火の中に閉じ込めて退路を断った。

その後から約100万発(2,000トン)もの油脂焼夷弾、黄燐焼夷弾やエレクトロン(高温・発火式)焼夷弾が投下され、逃げ惑う市民には超低空のB-29から機銃掃射が浴びせられ死者は13万人をこえた。face07


まさに東京裁判で日本軍部の非人道行為を指摘したが、一般市民を巻き込んだ米軍のそれこそ非人道行為ではないか。



ユダヤはホロコーストを体験し、日本は原爆を体験した。
だからこそその両者は、世界和平に向けて知恵を出し合っていきたいというの博士の主張。


ユダヤはユダヤ教と国籍がセットで、ユダヤ教を否定すればユダヤ人でないという考えだ。
キリスト教(新約聖書)とも一線を画し、またイスラム(回教)とも一線を画す。

日本は他国の侵略を受けていないが、イスラエルは市内に砲撃をうけ今でも国境地帯が危ない。
したがって若い男女も常に危機感を持っている。
ここが日本と違うところで、日本には他国に侵略され、国の割譲と宗教の変更の歴史を持たない。

ゆえに、防衛に関しては極めて軟弱であるとの指摘。
博士による危険な国はすべて非民主国家で、北朝鮮、イラク、シリアが該当するという。

そして日本自体も本来の杉原千畝のような、身を賭した「日本の良き魂」も薄れてきたようにも感じているようだ。






[会場にはエハン・デラビーさんと二年ぶりに再会。 いまドキュメンタリー映画を製作中といってました。来年の3月くらいに映画が出来るから、鈴木さんきっと見てねね! といわれました]




シロニー博士は多神教の日本に来て、京都で初めてパレスチナの代表に会い、始めて握手をしたという。
そしてもし日本がイスラエルに「日本文化センター」を作れば、そこにパレススチナ人も日本文化を学びに来るだろうとも。

それが融和の接点になるかも知れない。


ユダヤ教も基教も回教も一神教で、それは「キリストを信じるか」、「ムハメッドを信じるか」その一点に尽きて、「信じること」が根本の問題だと、日本とは違う世界の宗教観を論じた。



八百万の神を信じ、厠にも神さまが居る日本の精神文化。
モーゼに純正自己と勇気を感じ、キリストに愛を認め、回教のそれに潔斎と道義を感ずる日本人。face02


その日本人の心が、世界に通じて融合融和の先駆けになるものと思うのは私だけではないでしょう
  

2008年10月19日

いさぎよさに学ぶ




[大雄山 真如殿まえ :早朝の本殿でのお勤めのあと真如殿で勤行をします]



毎年5月にはいりますと、小田原の大雄山におこもりをして、僧坊にて潔斎精進の上、
般若心経など唱えています。ことのきっかけは今は亡き義父に勧められてのことでした。

その義父もキャバレー通いも仕事の内という方で、そんなに信心が篤いわけでもない。
彼が大雄山に行くようになったのは、さらにその父親が講元として古くから大雄山に縁があったからでした。
その祖父も銀座から芝界隈では飲む・打つ・買うでその名も知られた方だったようでした。





[祖父の名前が刻まれた石碑を発見]




明治生まれの方は、気骨があったのですね、貧乏職人だったとも聞きますが、
大雄山には惜しげもなく寄進をしたそうです。

したがって義父も、心の安らぎをその親の愛に重ねて、年に一回、大雄山に求めていたのでしょう。
でもその帰りの直会では、箱根付近で朝からドンチャン宴会だったようですよ。
大雄山の奥の院に向かう階段に、祖父の名前を発見。






[奥の院に続く石段。 全山杉林で早朝は本当に気持ちがいいですよ]




今の方は、神仏のお陰だと、口では言うものの、さして神社仏閣に寄進をするわけでもなく、せいぜい町内祭礼の寄付程度でしょうか。
またお寺さん自体も、寺院の経営が柱で、地域住民の方々への「心の教導」という本来の方向には向かなくなってしまいました。


ところが昔の方は、皆さんが「神仏あってのワレ」という概念での日常暮らしですから、お伊勢詣りにしろ、大山参りにしろ、大雄山参りも、お参りをすることによって罪穢れをはらい、感謝をするという実に素直な性格だったのですね。face02


今ではお稲荷様の鳥居というと、長いところでは数10本もくぐってお参りをする。
それもことの始まりは、大願成就、無事に子供が産まれたり、病平癒のお礼に鳥居を寄進したこと。
それが広まって、誰しもが鳥居寄進をした事から、お稲荷さんには赤い鳥居がずらりと並ぶ。


いいか悪いかは別として、武士はいさぎよく切腹につく。江戸時代の市中罪人も素直に罪につく。
中村吉右衛門の「鬼平犯科帳」などをみると、江戸をあらした盗人は、最後には「恐れ入りやした」といって火盗改めの縛につく。

ところが今のお役人は、「恐れ入りやした」とは絶対に言わないし、産地の違う肉をブランド肉として売ったり、汚染米を売ったりしても社員や役員が勝手にやったとか、実に見苦しい。






[大きな樹には私たちの年以上の歴史が刻まれています。その純粋な気を触れて頂きましょう]



大正時代末期位からの合理性、科学物質思考が日本を悪くし始め、第二次世界大戦のあとには日本らしさがまるで消えてしまった。face10icon10


「恥を知る」・「いさぎよさ」 こんないささか古めかしいキャッチが、実は日本のいしずえであったと思います。


昔の方の神仏崇拝、大自然敬愛、「お天道さまに、もうしわけがねえ」その素朴な心を見習いたいですね。お天道様という言葉をかみ締めると、全てを明るく照らしてくれる太陽といおうか、秩序を持つ大宇宙といおうか、こころは深いですね。



サトルエネルギー学会でも、まあ神仏崇拝は、個人の主義主張もあるから控えますが、庭園・史跡に感謝して愛の波動、サトルなエネルギーを送りましょう。icon06icon06
こんな運動を東京から仕掛けたいと思います。

当面は皇居を中心に、真東・真西・真南・真北の四方向にある庭園から始めます


地球全体が不安定な昨今、愛と感謝のサトルエネルギーで日本のエネルギー・ポイントを活性化させ、平和で豊かな大地を取り戻そうではありませんか、みなさま。いかがですか。


皆様のエリアでまずお近くの庭園・公園に、愛と感謝のエネルギーを送られてみてください。

そして「ありがとうございます」の言霊を大地、そして大地に眠る祖霊に送っていただけませんか。

出来れば、そのポイントで100回 「ありがとうございます」の言霊を心から発してください。


無音でも、小さな声でもいいですよ・・・・・。

大地の奥深くをイメージされてくださいね。
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それが、日本全体の浄化になるのです。  

2008年10月17日

ビッグバンと私たち




[ノーベル物理学賞を受賞された南部陽一郎先生]



南部陽一郎先生がとうとうノーベル物理学賞を受賞された。
「とうとう」というのは、日本の素粒子物理学の世界ではもちろん、基礎科学を研究している方々は「なんで南部先生が受賞されないンだ」といわれているほどに、受賞は当たり前の認識なのです。

「ユダヤ系のアメリカ人研究者でないと受賞はむづかしい・・・・」などともささやかれておりました。
反粒子の存在は、いまや定説でNASAの最近の研究によると、この宇宙と見えるものはビッグバンの総エネルギーのおよそ4%とか。


見えないダークエネルギーやダークマター(物質)が残りの96%と推定されている。
つまりあの世を構成しているエネルギー、さらにもっと高次な次元世界を構成しているエネルギ-がそれらともいえるのです。





[つい30年ほど前は銀河は宇宙にひとつでありましたが、いまや銀河とはこの宇宙に1億もあるのですって!]



150億年前のビックバンで、瞬時に素粒子が生まれ、わずか一秒程度で水素をはじめとする元素が生まれました。
そして融合を繰り返し今では100を越す元素が見つかっています。


その一部は銀河の石クレとなり、あるときには釈迦の骨ともなったかもしれない数多の元素。
ビッグバンから生まれた元素は様々な時代でカタチある七変化を見せて、近くには祖父母、両親の肉体細胞の炭素、水素、酸素、窒素へと変わりました。


やがてその一部は私たち自らの細胞の一元素へと取り込まれていった。face08
宇宙創生の元素は縁あって、今、現在わたしたちの肉体の一部となっているのです。


この貴重な存在『自己』、それは宇宙創生の歴史を持つ元素を携え、非物質の霊体ともいう、見えない神の分身が強固に宿って、今を体験させられているのですねえ。


霊体を反粒子というのは、いささか乱暴かもしれませんが、粒子と反粒子をドッキング(衝突)させると光が出るという。すると、何か私たちの見えない意識を持つ生命体の存在を示唆しているのかもしれません。


量子物理学というと難しいのですが、全部私たちと直接かかわりを持っているのです。
宇宙から生まれた私たち。

だから私たちの想いが、宇宙にも関わっていくのです。
大宇宙は偏見も無ければ、意地悪も無い。
宇宙に秩序があることはどなたも認めること。
それが宇宙則であって、『宇宙には意志がある』といい換えてもいいですね。
  

Posted by suzuki at 06:03Comments(0)宇宙のこころ

2008年10月15日

区民まつり




[朝から幼稚園にいって声援です]



この10月12日(日)には、朝から幼稚園の運動会に出かけて、ちびっ子たちの競技共演に声援を送ってきました。
いまや若いお父さんたちがVTRを駆使しています。icon14
このための陣取りに結構集中されて、都会の小さな幼稚園も立ち見ばっかりで座れません。
「一部のせきとりに迷惑をしている」とは相撲協会ばかりではないですね。






[サンバのお姉さん方が後方に集結中です]




この日は、引きつづいて中天12時からの港区のパレードに参加。icon17
日頃お手伝いをしている選挙管理委員会のメンバーに混じったジジババ団体が、ブラバンやらサンバの隊列の間に恥ずかしげも混じっての行進。





[マスコットのメイスイ君 (明るい選挙推進協議会の 「明推」からネーミング)]




みちみち大勢の知り合いの方から手を振っていただきますが、慣れぬことゆえ照れますね。icon16
当方は先頭から7番目の集団で一時間たらずの行進ですが、沿道の方には鳴りものあり、民謡あり、多種多様な内容で後方の団体が過ぎるまでは優に2時間はあったでしょうか。






[ブラバンのお嬢さん方は高校生でしょうかねえ。ブラバンだけでも7-8団体ありましたよ]


芝公園・港区役所、東京プリンス、増上寺、日比谷通りぞいの界隈が、お祭り広場と化して、露天、園芸、バザーそして消防隊や警察隊、その他もろもろの公共団体からの公報支援もあって土曜日・日曜日はご家族連れの方ではたいそう賑わいを見せました。





[ちびっ子 フラダンサーも登場しておりましたよ]



飲食には事欠きませんでした。
そうです。詩吟、武術演舞、民謡、フラダンス、もちろん音楽などのイベント会場もやんやの声援もあって賑わっておりましたよ。face02  

Posted by suzuki at 06:00Comments(0)たまに行くなら

2008年10月13日

時間について





[たまには寝転んで空を見て、夢想してみよう]




午睡のひと夢で人生をつぶさに体験する自己時間、それだけでなく麻雀やおしゃべりに打ち興じる時間とは、自己に特有な主観時間といえるようですね。

時間とは、自分とは無関係に流れている絶対時間の定義はさて、正しいかしら。
セイコーの時計が絶対に正しいとすることにはどうも問題があるようです。


あの世では、思ったことが直ぐに実現する。
例えば戦闘モードに入ると映画のマトリクスのようにあらゆる武器が出てきます。

夢もそうですね、思ったところに瞬間に移動できます。

三次元、時間軸を入れてこの四次元ですから時間に拘束されるのですが、人生の主役は時計ではなくて、主観自己。
ですから、意識が時間を連続状につなぎとめているので、あたかも時間は連続様にみえていて実は意識が時間を繋ぎ止めていたのでしょう。





[夢想しながら、自然を撮ると さまざまなシルシがみえてきます]face08



そこで、今その瞬間瞬間の意識が常に肯定・積極・融和・一体感であれば、時間と時間を繋ぐ刹那に作用する。

刹那時間に良性な意識が転写すると、次なる時間の展開はその良質意識に応じた未来現象を創造することになるといえます。

心や意識は4次元以上の高次の世界。ですから過去にも未来にも月の世界にも瞬間に飛んでいける。

この四次元、高次元界の投影が三次元といえそうですね。



「時間」とは「全なる進化の流れ」としるべしです。
時間の存在とは「進化」のためです。



「自分の意識(心)が、実は今の自分の現象世界を創っていた」ことを発見した大釈迦は、
『色即是空』と書とめ「見えるもの(色)」とは即ち「見えないもの(空)」だよと後代に書置きしてくれました。icon01

色即是空を『物質とは光の変容態だ』と、解いてはいては如何でしょうか。
  

Posted by suzuki at 06:00Comments(0)神泉界