2009年03月30日

入れ歯社会





[サトル春の大会時の 鈴木俊輔  まだこの時は抜歯はしておりませんよ]




実は先々週 横浜の歯医者さんに行って、上あごの内部にもぐりこんでいた永久歯を抜歯。

抜歯といっても骨をガリガリと削って、骨の内部に埋まっていた永久歯を細かく切って切除。
あな恐ろしや・・・・・。 face10icon10

若い頃から歯がよすぎるのも困ったもので、上歯の両乳歯が23歳まで抜けきらず、それが何かの拍子にポロッと欠けた。
歯医者さんに行って、上歯の犬歯部分 左右の両乳歯二本は、それぞれ抜歯時期はズレましたが両方が差し歯と相成りました。ですが、もちろん永久歯は生えてきません。


その20歳代の時に、処置をされた歯科医さんからいわれたのですが、『犬歯二本はもぐりこんだまんまだね、こういう人も珍しいねえ・・・・』と。

以来 30数年も経つのですが、虫歯がなかった代わりに、ここ数年は歯周病に悩まされ毎週のように歯医者さんに通院。
60歳も過ぎますと歯のぐらつきもすすみ、奥歯がどんどん無くなる始末。
ところで歯周病も、最近の研究では免疫体質に依存しているようですねえ。



とうとう歯医者さんから、ブリッジが出来なくなる位ですから、いっそのことインプラントにされたらいかがと勧められました。
つまり顎骨に生体適合の支柱を埋め込み、その支柱の上に歯冠を被せる方法。
これですと骨中の土台がしっかりしてますので、大きな入れ歯を口の中にカポッと入れずに口腔内が違和感なく済みそうです。 

ところが、私の場合はアゴの骨のなかに邪魔者がありますので、これを取り出さないといけない。
家を建てる土地に、大きな岩が埋まっていて、基礎杭が打てないという状態ですね。icon25


話が長くなりましたが、そんなわけで恐ろしい基礎工事をしてきたのです。


抜歯された体内に長年お付き合いいただいた永久歯を見ると、そこに両親の影とそのわが身への何十年経っても変わらぬ親の保護を感じてしまったのです。

まだ左の永久犬歯しか見ておりませんが、その分解切除された大きな姿に父親の陰を見たのです。


この年になっても論者が20歳代に亡くなった父が我が体内にあって、ずっと私を看ていてくれたんだと、父の大きな加護を感じたのです。

少々腫れ上がった左の頬を、手かざしで父の霊に感謝していくと、不思議なものですね、腫れが収まるのです。



まだ掘り出していない右の犬歯は母の加護と感じました。
母が亡くなって40年経ちますが、まだ我が体内に居てくれているのだなあと、頬をなぜております。


こうした肉体の痛みや腫れも、単に物理的医学的なことではなくて、そこには見えない霊的な原因があるように、つくずく感じるのです。






[熟年暴走族も  いいかもしれません]




歯は「シ」とも読みますが、「シ」から「ちち」をイメージし、歯(ハ)から「ハハ」をイメージします。

2025年には国民の25%が65歳以上の「入れ歯社会」を迎えます。

歯は「ちち」であり「はは」である、その肉体はすでにこの世にはないが、食物を良く噛めよと、ずっとわが身の中で生きている。

日本は、これから「入れ歯社会」を迎えますが、65歳を過ぎた高齢の御仁もいまだ、親に支えられて生きている。

酸いも甘いも噛み分けたと自分勝手に思っている60歳過ぎの鼻ったれ小僧っ子は、まだまだ己の徳を積み、本物の世直しに貢献していかなければ、亡き両親に申し訳が立たない。


70歳や80歳を越えたハーレーに乗る熟年暴走族集団があってもおかしくない。face02

元気に世直し、地球環境再生の産業起しに貢献しなければ今生の使命は果たせない。icon22


前期高齢者とは「善喜高麗者」のこと、また世に言う後期高齢者ではなく「光輝高齢者」も、きたるべき『入れ歯社会』の中で、若年層を霊的に指導していかなければ日本は沈没してしまう。  

Posted by suzuki at 06:00Comments(1)気になる出来事

2009年03月28日

意識の求心力と進化





[ひとの意識エネルギーも、その本質は光と推定しております:三重県 尾鷲にて]




この宇宙には必ず力場があって、素粒子理論では真空中でも微小なエネルギーがあるとしています。 
そこには必ず「力」が作用しているのです。


男女の関係でも力場があり、月を見る私と月との関係も認識する以上、力場があるのです。


「場」というあるカタチを規定したとき、そこにはバランスという重心点があり、場には求心力と遠心力が作用します。


「存在」とはある力があって、そのエネルギーが拮抗している状態であって、つまり「無」ではなくてエネルギーが充満されているけれど、見た目には中和されている状態、「空」が「存在」の原点です。

真空中でもそこは「無」ではなくて、「力」が拮抗したギッシリ詰まっている状態なのです。


形があるものも、形が無いものも、全て「場」を持っているのです。
もちろん部屋の空間も、昔懐かしい友人が一杯集まった同窓会の会場も場を持っています。

物質波や意識波が混在している「場」が現実でしょうが、もっとこれをシンプルに理解するために紙に書いた三角形平面を考えます。


どんな二次元平面であっても、三次元の立体図形であってもそこにカタチを認めると重心点は形成されます。
重心点は「調和」という基点なのです。


紙面に書かれた三角形はなにもない、単なる三角形ですが、目に見えない微小エネルギーが重心点を中心に求心力と遠心力が常に発生しているのです。

この様子を解説してみます。



変化とは力の変化や加速度変化ですが、連続時間を前提としtを変数とした微積分が通用する世界(F=m・d^2 x/dt^2  つまりF=mα)を一旦どけて、刹那の瞬間の「存在」の様子を模索するために次に簡単な図を書いてみます。

「空」の中のある平面を規定して、任意な方向のランダムな三本の微小エネルギー(質量のない一種の力)を描きます。






この図は任意の三つの力 A,B,Cを勝手に書いたものです。
同時にその分力も認識しやすくするために書いてみました。



ところが分力a1、分力b1、分力c1 を集めると下の図のように中心に向かう求心力となるのです。
分力a2、分力b2、分力c2を集めると下図のように回転力が描かれます。




赤い矢印の向き、分力a1、分力b1、分力c1はみんな中心を指しますね。
そして青い矢印 分力a2、分力b2、分力c2は、回転する方向にあることが分りますね。


空間にある微小な任意な力、その実体は求心力と、回転力ということが分ります。

宇宙空間のあらゆる微小な点でも、私たちの肉体細胞内でも求心力と、回転力が常に存在するということなのです。


数学論からいったん離れて、「求心力」それ自体を考えてみます。
求心力とは、大宇宙への回帰でもあり、それは宇宙法則とでもいった、大ルールに則れということです。
私たち自身が、目で見て意識した多くのものを引き寄せ、それらの一切を融合融和へと向かわしめる使命のようでもあります。

また求心力というのは、この現象世界から私たちが人生で吸収した全てのエネルギーを、魂の中心に注ぎ込むということになります。
もちろん魂につぎ込まれた一切は「宇宙の法則」に従うように浄化するために吸収されるのです。

一見ネガティブな現象経験も、進化のために吸収されるということなのです。


魂の内部で浄化して、吸収するからには、今度は放出もあるわけです。
つまり、いったん吸収した一切を、浄化して、こんどは別空間のホワイトホールから放出するということが対反応としてあるということなのです。


一方、全ての「場」には回転力があるということが、分力図から分りました。
回転それは全ては変化し、進化するために変化があるということが宇宙の大原則だからです。


言霊のラ行の、ラ(螺旋)・リ(理)・ル(流・瑠)・レ(礼、励)・ロ(路・労)は回転力、旋回力、つねに渦のように回転し進化して止まないダイナミック性がラ行の正体です。


回転とは変化であり、変化とは「進化」のための方向性なのです。


意識がカタチや空間を認識した時点で、その認識されたこちらとあちらの空間場にはエネルギーが共有される。 
認識したヒト意識と一緒に、共有エネルギーは進化の力場を創造する。
流れる「時間の存在」は、その進化のたゆまない方向性のために在るといえます。
「時間とは進化の触媒」なのですね。

もちろんそこには大宇宙創造神への希求(求心力)という原理が常に伴います。


三次元空間は立体ですから、上図の紙面に書いた二次元平面の解説図よりはるかに複雑になりますが、大きな球の接平面にパンチパーマのように、渦がいたるところで分散存在してかつ、大きな球の中心、頭で言えば脳幹とそれぞれが導通しているイメージです。


あらゆる空間エネルギーは、球の中心である意識中心に集中吸収される。
吸収するということは、逆に放出するホワイトホールがあることですから、認識された現象は、吸収された意識中心から、こんどは現象世界の全表面に向けて大宇宙の真理に浄化された進化エネルギーを全域に放射させている様子になります。


これが本来の私たちの、生命意識存在の役割なのです。


このイメージ概念は、意識中心は時間が動かない瞬間の「今」と捉え、時間ゼロで意識の正体を考えると、以上のように推考されるのです。



私たちにはこうした浄化と進化の使命が規定されているという認識になかなか到達しずらいのですが、瞬間、瞬間、時間ゼロの「今意識」は、つねに三次元現象世界のあらゆる現象を浄化させつつ進化させるというのが、生命意識体の純本性なのです。






意識の正体は、「われ神なり」なのですね  

Posted by suzuki at 06:00Comments(0)神泉界

2009年03月26日

原点回帰




[秩父神社  茅の輪    メビウスくぐりとは己の浄化です]



時は大相撲大阪場所で賑わっております。
お相撲さんがが土俵上で塩を撒く所作は、多くの外国人に、そのパフォーマンスが喜ばれるところですが、ユダヤ人にはごく普通に映るようです。
それは大地の浄化や身体の浄化に、塩を降り撒くという古来からの風習は、日本もユダヤも同じだからです。


ユダヤの祭礼所には、拝殿に向かって左側に手水があって、禊ぎ所の様な大きな浴場まがいの規模のところもあるようです。
階段を上った拝殿の構造や、神殿を朱に染める風習もなにやら日本の神社のようです。


日本の神社での鳥居をくぐる参道は、まさしく「産道」にして母なる胎内への原点回帰の道。

世俗のチリと埃にまみれた身を清め拝殿へと向かう。
奈良・京都地方では「茅の輪くぐり」の風習もありますが輪をくぐって左脇から戻って、また入りなおす。
今度は右脇から戻って輪をくぐって拝殿に向かう。
これはメビウスの形取りで、自分が輪を入って通り抜けるルートが ∞ 状で、その結び(産霊)の中心がゼロ点の自己。
つまり質量がゼロの精神だけの原点に戻る所作。

一切の現象は自分の想念が作っている姿。
それに気付けば、自己の浄化、「真我の自己」へとわが身、想念の一切をゼロ化すべし。


拝殿正面の上からぶら下がった玉鈴は古来「裂口代(サクシロ)」といって、口が裂けているようなペコちゃん顔の玉鈴は、無言の言霊を意味し、拝礼者の魂の感応をゆすぶる音霊なのです。





[港区    三田八幡神社] 




人はいろんなことを神頼みしますが、世俗の願い事でなく、その方の内なる魂の叫びをミルキーのペコちゃんの口のような裂口代が代行しているのです。

もちろん巫女さんが手に持つ玉鈴もこうした意味があるのです。
天川弁才天様の「鈴のお守り」は有名ですが、これも心の音霊、無言の言霊を表現したものであります。





[ 麻布十番稲荷 ]




鈴木姓の旧姓は鈴気でもあり、神武天皇東征のさきがけを勤めた三氏族(榎本、宇井、鈴木)の内の一氏族がそれで、古来 鈴木姓は神官を勤めたようであります。鈴にまつわる氏姓のほかに、いくつかの地名もあります。


伊勢神宮の拝殿前を流れる五十鈴川(イスズガワ)は、禊((ハラヒ)の洗心所ですが言霊五十音を意象した命名にほかなりません。


2009年サトル春の大会で講演させていただきましたが、拍手(かしわで)は右手のイザナ気(精神原理)と左手のイザナ身(物質原理)の統合の意味と、陰陽の統合つまり陰と陽がわかれる前の合体のゼロ点、原点回帰の意味合いを持ちます。


来月4月18日に鈴木の古神道講座を下記の要領で開きます。

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鈴木俊輔の古神道講座 
古神道 数霊の世界、魂の本源への気付きへ

 
・ 日時 4月18日(土) 18:30~20:30

・ 場所 三田福祉会館 集会室A

  港区芝4-1-17  TEL:03-3452-9421

・参加費(当日)  ¥3000   定員40名 先着順

・申し込み   FAX 03-5730-6451 サトルエネルギー学会 info@subtle-eng.com
  

Posted by suzuki at 06:00Comments(1)神泉界

2009年03月24日

サトルの大会


サトルの大会は毎年 春と秋の年に二回の大会を開催しております。
サトル自体が「見えない意識」と「見える現象」を繋ぐことを大きな会の目的としてますが、
大会そのものの特徴は、と言いますと、

① スピイリチャルと現代科学の融合  
② 舞台装飾と映像オープニング 
③ あきさせない懇親会

こんなところでしょうか。






[2009年 春の大会委員長を務めた、お月様のテンポ116の 片岡慎介さん]





上の舞台写真にもありますように、五色人つまり、世界中のヒトの融合融和を意図して、五色の吹流しを舞台に仕込んでます。
その下に神社さんから頂いたお榊が二対。
見えませんが写真の左手には、桜を配置しております。



大会にお出でになれない方のために、2009年3月の春の大会、この日の雰囲気だけお伝えします。

オープニング映像は、ピアノの大久保裕子さん、司会の小林ひろみさんのナレーション、太古から人間の進化の歴史をつづる映像からなる、ピアノ効果音、ナレーション音声、画像のコラボ。
小林ひろみさんの声は艶のある穏やかな魅力あふれる音霊。彼女は古式舞踊の踊り手でもあります。



この3月 春の大会の登壇者は、わが国DNA研究の草分けでもある筑波大学名誉教授の村上和雄先生、微小生命体ソマチットの研究者 福村一郎さん。

このお二方が、外部から招請したご登壇者。


学会員サイドでは、国際心理開発協会の意識力のリーダー 小林充先生、波動塩や音楽器サルーを開発し深い精神性が全ての基調とおっしゃる大木さだ子さん。
トライアスロンの世界ではトレーナーとしても知られ、体力、精神力の一体的バランスをとく矢島実さん。
それに今回は「言霊の力」を話した、わたし鈴木と、大会委員長の片岡さんでした。


毎回 霊性、意識力、それが全てに先立って、周りの現象は想念の後からついてくるという霊主心従体属を基調とした講演です。
しかし皆様には、極力 科学性に裏付けされた内容を吟味して発表を頂いております。






[朝10時過ぎからお越しの大会来場者です]








[講演以外にも、展示ブースも新しい情報やワークショップもあって、こちらも大変賑わいます]




今回は、約400名の方が津田ホールにお集まりになりました。
場内も熱気と笑いでしたよ。

何よりも主催者側として嬉しいのは、お帰りになるときのご来客のお顔が、朝ご入場されるときのお顔よりも、生き生きと輝いて笑顔に変わっておられることなのです。


今回は朝からの講演者全員が、最後には一緒に舞台に上って、童謡「ふるさと」を歌いました。
私も帯津良一会長のお歌は隣で始めて聞きましたが、結構伸びがありましたよ。







[舞台上の閉会時   帯津良一会長が歌ってますよ。鈴木も一緒に・・・・]




夕刻の7時近くまで講演が続いたのですが、サトルの大会の特徴は、あきさせない懇親会です。
毎回 懇親会では鳴り物入りで、これまでにインド楽器シタールや、三味線、太鼓、笙、それにインド舞踊など様々な催しを懇親会のなかに織り交ぜました。

今回は懇親会上の広さの関係で鳴り物や舞踊のスペースがとれず、全員で楽しめる「ビンゴ大会」を実施。皆さん乗ってましたよ。
景品も当日の各展示ブースの各社様からも頂きました。






[ビンゴで賑わう懇親会場です]




こんな、和気藹々とした、サトルの大会に是非お出で下さい。


次回は 11月3日(祝日・火曜日) 千駄ヶ谷・津田ホールです。  

2009年03月22日

負け惜しみゴルフ

『鈴木さん、今度ご一緒にプレーしましょうよ』とよくゴルフに誘われます。
その都度、『わたくし全く、ゴルフはやらないのですよ。申し訳けございません』とお断りしております。


学生時代に、もちろんお金もありませんので、ゴルフの練習場だけでウッドを振り回していたことはありますが、とうとうコースでの実践はやらずじまいでこの年まで来てしまいました。


30代の時に、仲間内からどうしてもというお誘いで、コースにはじめて出かけようと、車に乗ったとたん、高速道路の寸前で大事故。

頭上から鉄骨それも大きなH型鋼が降ってきたのです。
落ちた場所が、当方の車の数台先のこと。
道路は瞬く間に渋滞で動きません。それよりも自車の上に落ちてきたら、もうこの世にはおりません。

いままで全くやらずじまいだったゴルフ、その初体験の日の初っ端に、これですから、神さまが「おやめなさい」と言ったも同然です。

以来スッパリ止めました。
その辺りから家内が始めていたバドミントンに誘われ、狭いコートに日参するようになりました。
家内と試合をしてはじめは一点も取れません。
たかが羽突きと思っていたのに、この始末ですから、悔しさ100倍で以来バドミントンの虜に。





[こんなに広大なゴルフ場  チョットありすぎじゃないかしら・・・・・・・・]




日本はオランダに次ぐ人口密度が高いお国柄。
その狭い国土に1億3000万人もの人が住む。
オランダはというと、山がありませんで平地だけなのです。

日本では山あり谷ありで、黒部峡谷や北海道などその奥地にはまだまだ人跡未踏の地だってありますでしょう。
ですから実質的に、住まえる平地が圧倒的に手狭で、日本の人口密度が、世界で最大ということになります。

人と人がぶつかるほどの狭い日本国土に、ゴルフ場は国内に2500箇所もあるのですよ。
千葉県だけでも150箇所があります。
中型の練習場まで入れると全国で9500箇所だそうです。





[全国ゴルフ場数  年度経緯 ]



TVでも石川遼君のニュースや、休日はゴルフイベントとが尽きない人気スポーツですが、住宅難やゴルフ場の芝生育成の農薬汚水問題などに目をむくのは、私の根性が狭いのでしょうかねえ。


ひとつのゴルフ場で何件家が建って、おまけに小学校と公園と病院も建てられるなんて、チマチマと面積計算すると周りから白い目で見られてしまいましょうか。


こちらが、日本人には面積のいらない小さい卓球とバドミントン、せいぜいテニスと、サッカーくらいがいいなんて、日本人が適する趣味を拘束してしまいますと、ゴルフ愛好家にはどやされそうですね。


『あんた!ゴルフが出来ない負け惜しみをいうんじゃないよ』と、いわれてしまいますかしら。  

Posted by suzuki at 06:00Comments(2)おかしな話

2009年03月20日

市川右近




[師匠 猿之助の域を超えたか、市川右近 ]



久々に新橋演舞場に行く機会がありました。出し物は「どくろ道中五十三次」、鶴屋南北作を市川猿之助が演出のスーパー歌舞伎。
猿之助さんは病気療養中で、「おもだかや」一門の市川右近さんが主役の出し物。


猿之助のおはこでした「ヤマトタケルほか」のスーパー歌舞伎を、もうしっかりと市川右近が引き継いだようでした。


京都三条の河原で、悪人に切り殺され奪われた宝刀などを、その縁者が東海道を追いかけ、品川、日本橋とたどり着いて取り戻しその仇を討つという筋書き。
分りやすい勧善懲悪ものです。


道中の岡崎・無量寺では化け猫が、十二単をまとって宙を飛ぶ。これも猿之助まがいに、堂々とガ市川右近が演じきる。
師匠の演じたように妖気漂う中にも、どこか愛嬌(あいきょう)のある化け猫が評判ですね。


新橋演舞場は、歌舞伎座よりも裏舞台装置が整っていて、以前にもここで見たことがあるのですが大滝の流れ落ちるシーンが厚巻。
箱根の白糸の滝のシーンでは20トンもの本物の水が流れ落ちる中、滝つぼにはまり、流れる河原でのた打ち回る大立ち回り。
おもだかや一門、善玉悪玉ずぶぬれのシーンでした。

宙を飛ぶ「化けネコ」も、スーパー歌舞伎ですがこの大滝のほうが、個人的にはもっとも迫力がありました。

わざとなんでしょうが、ずぶぬれのまま舞台前方まで来た役者さんが、大見得を切ると当然びしょ濡れの衣服からしぶきが客席に飛ぶ。





[出演中の おもだか屋 一門 主役の右近は下右から二人目]




東京では13年ぶり上演らしいのですが、猿之助に代わっての市川右近のみものは、15人の早替わり。これは素晴しかった。

舞台で踊っていた奴(右近)が上手に引き下がると、客席後方の花道から艶やかな芸者が登場。
この間、たったの45秒ですよ。
舞台裏を駆け抜けながらカツラを付け入るのでしょう。
そうでないと絶対に間に合いません。


昔から私は、研究室時代から合成実験などで時計を見ては反応状態をチェックしていました。
ですので、歌舞伎でも腕時計を眺めて、右近の早替わりの時間をチェック。


下手に下がった芸者(右近)が、その同じ下手から坊主に早替わりで飛び出るのにナント10秒でした。

舞台上の二人の若い男(右近)と女が舞い踊り、傘を手前において睦まじく寄り添う。
そのまま固まった6秒間で男が女(右近)に早替わり。
こうした引田天光バリの早替わりが都合15の衣装早替わり。

男から女への変わり身ですから、カツラも帯も衣装、草履もソックリ入れ替わのですよ。
これは今の若い右近でないと、猿之助では体力的に相当厳しいのではないかとも思った次第。


ひさびさに演舞場での心躍った一味変わった歌舞伎を見させてもらいました。
演舞場から東銀座の地下鉄の駅まで帰る夜の帰り道、歌舞伎座が綺麗にライティングされていました。

もうすぐ歌舞伎座も取り壊しになるそうですね。

いい物はいつまでも残しておきたいですねえ。  

Posted by suzuki at 06:00Comments(0)たまに行くなら

2009年03月18日

昔の電話と今の携帯

それは40年前の光景でした。

駅前の赤い公衆電話に、10円玉を何枚も握り締めて、たたみかけるように電話をしている女の子。
『そうよ!お母さん・・・・』という声がモレ聞こえてきた。

この私鉄沿線にあった某女子高校の合格発表の報告のようでした。
一刻も早く一番大事な方に報告したいのでしょう。








[昭和30年代からかなり長いこと 赤い公衆電話でしたね]





自分の心を一刻でも早く伝えたい。それが外出先の公衆電話でしたね。
自宅と自宅を繋ぐ家庭の固定電話は、昭和30年代の後半には多くの各家庭にありましたが、携帯電話などはもちろんありません。


たしかその頃、TVマンガの「スーパージェッター」という少年が、腕時計からアンテナをピュッと伸ばして
、『ちちらジェッター、ジェッター!』などと口頭送信してました。

へー、そんなこと出来たらいいなあ、などと思ってました。
そのころでは、現在の携帯電話の普及はまるで考えられません。


時代は変わって、
今では東京都内の小学生のうち高学年はおよそ50%が携帯電話を持つといいます。

しかも書き込みも自由ですから、授業中でも机の下で、ごそごそとメールを送っても先生には見つかりません。


学校裏サイトというのがあって、これは学校自身が運営するサイトではなく、卒業生や在校生などが勝手に立ち上げた掲示板形式の携帯サイト。

もうひとつ、プロフというのは、登録すれば簡単に自分の自己紹介画面がつくれる携帯サイト。
数多くの無料サイトが存在して、画像などの掲載も可能で、中高生中心に若者のコミュニケーションツールとして定着しているようですね。


いずれも平成21年の今年に入ってから、その有害性も指摘される一方で、加速度的に拡大を続けている。

何と高校生では学校裏サイトを知っていると回答したのは、74%。
また、学校裏サイトで「いじめ」の書き込みを目撃したことがあると答えたのは全体の47%。face07icon10icon10


電話は自分の心を、一刻でも早く、お相手に伝えたいことにありました。


ですが、今の教育現場での携帯の現状では、心や情報を伝えたいのではなくて、イジメの道具になっているのですね。


科学は利便性を与えてくれました。
便利な道具を社会にばら撒いて、楽に暮らせるようにしてきました。

でも、精神不在の科学や、その経済至上主義の売らんかな流通構造が、心の闇を作ってしまうのですね。


ひとを自殺にまで追い込む、若者の携帯社会。

夜更かしで夜中の二時までメールのやり取りをする小学生もいるという。
きっと、朝起きても「だるいな、ねむいな・・・・・」でしょうね。

それで頭がボケたまま学校へ行くのですね。





[携帯の悪質対策の参考本まであるという]




メールを送って三分も待って返事がこないと不安になるという。
そうならば、携帯電話はこの日本には不要です。

少なくとも教育の現場には不要です。  

Posted by suzuki at 06:00Comments(0)おかしな話

2009年03月16日

花のメッセージ




[津田ホールでの鈴木  講師演台周りは小手鞠と桜が活け込まれました:装飾 塚田夢笙]




サトル春の大会の舞台は毎回 草月流の塚田夢笙さんに協力をお願いしております。
室礼(しつらい)といって、奈良時代からの作法で、お客様をもてなす室内装飾のことですが、夢笙さんはその室礼の指導をされている。


花を外に見ると、単に美しい、可憐という視線なのですが、花を内側に看ると、
それは人のためにあることが分る。


人の背丈よりも高いところに咲く、桜のようは花は『心大きく 見上げてご覧』と語りかける。
人の背丈よりもはるかに低いところに咲く草花は、『元気を出してね』とささやく。
人の背丈と同じくらいの高さで、顔を見せる紫陽花のような花は、『こんにちは、いつも応援しているからね』とエールを送ってくれる。


不思議なことは、人の背丈よりも高いところの花も、人の背丈よりも低い所で咲く草花も、また人の背丈と同じ高さの草花も、全て人にも向かって咲いていることに気付きます。

花は人のために咲いてくれているのです。
その美しさを人に与えて、美しく生きなさいと元気づけたり、慰めてくれたり、自然体であることの美しさを教えてくれている。






[富士宮市の富士花鳥園 写真は昨年の9月初旬でしたが綺麗なところですよ]



夢笙さんの室礼もそんなお花さんたちからのメッセージが伝わってくる。

彼女が大会前にその装飾準備で摘まれる草花も、『私たちを会場に連れてって』とせがんでくるのだそうです。
そして室礼の会場ホールでは、多くの方々に花の精霊さんが、無言で「元気」を客席に放出する。

ですから、私 鈴木も舞台装飾の最中にお花さんたちにご挨拶回りをしております。






[咲きっぱなしのベゴニア  ありがとうね]



4年前の5月でしたか、米田晃さんが主催する「覚醒ネットワークの集い」というシンポジウムが毎年恒例でひらかれ、その時にベゴニアの1鉢を帰りがけに頂きました。

それを自宅のベランダに置いて、他の植栽と一緒に毎朝水遣りをするのですが、これがもう3年と8ヶ月咲きっぱなしです。

東京では、今年は雪がなかったのですが、昨年はかなり積もるほど降りました。
それがなんと、白い雪にかぶった中でもベゴニアの赤い花が顔を出しているのです。

ベゴニアは多年草と聞いたことがありますが、もう3年以上も途切れることなく語りかけてくれております。


ありがたいことです。  

2009年03月14日

いやし



[堰堤のつくしは春を感じさせてくれますね]





癒しというのは、人に対して何かことを構えることではない。 

わたしたち自らが、心の底から晴れ晴れと生きることが、この地上界における最大の癒しです。

その命の輝きが、つながりあう他の命を照らし、地球さえも照らす。

大地への感謝、草花への感謝、樹木や五穀への感謝、そして細胞さんへの感謝が命を増幅する。

一人ひとりが、自分の周りを良くしようと気づき、自ら実行すること。

難しいことではない・・・・・肩の力を抜いた当たり前のこと。

障害と見えるものは、進化のための材料。

全てを受け入れ、いつも前向きに進んでください。

受け入れれば、否定がないから 自由度が増す。

先入観がないから、心の器が大きくなる。

あなたが楽しめば、あなたの周りに楽しい方が集まってくる。

思う通りに環境は変わります。







[池上本門寺の紅白梅]  

Posted by suzuki at 06:00Comments(1)神泉界

2009年03月12日

原監督 優勝の陰に




[分厚い少年ジャンプを破りきる小林充さん]




小林充さんは国際心理開発協会の会長であり、プラスイメージ研究所の所長もされている。

サトルの「意識科学研究会」の研究会のメンバーでもあり、時々お会いしています。
実に軽妙洒脱の方ですね。


先だって、ご一緒にタクシーに乗っていたら、運転手さんに「君、高知の生まれでしょう?」という。
運転手さんは一言も話もされてないので、方言もないのによくわかるなあ?と感心しました。
ところが、運転手さんが車線をとっさに変更したのを見ていわれたのです。

そう!トッサなんです。つまり運転手さんに、「トッサだねえ」と後から話されたので、大笑い。
「土佐だねえ」ということのようでした。
全てがこの調子で、まあ駄洒落で24時間暮らしているようです。






[サトル春の大会での 帯津良一先生と 日本生命情報科学界の山本幹男先生]



いま侍ジャパンで熱くなっているジャイアンツの原監督や、引退した桑田投手のイメージトレーニングをされて、輝かしいジャイアンツの記録を陰で導いた方。


小林さんは幼少の頃、小児麻痺でさらにイジメに合い、こうした病苦の克服体験をもとに、健康法とやがて潜在能力開発法を見出されていった。

今ではお嬢さんもトレーナーとして活躍されていますが、36年間で延べ1万五千人が能力開発セミナーを卒業されたという。

短期間で誰にでも身につくといいますが、スポーツ、ビジネス、学力向上、健康から美容にと精力的に指導されている。


過去のマイナスイメージを心から追い出し、想いが実現したイメージをインプットし行動する。

サトル春の大会では、スプーン曲げから、少年ジャンプの分厚い漫画誌をこともなげに演壇上で素手で破りきった。face08
とりわけ日本人の使命について熱い想いを話されたのが印象的。
想いが世界を変える。日本から世界の世直しを発進しようと絶唱された。





[サトル春の大会では 小林充さんの著書サイン会が開かれておりました]




小林充さんの著書に・プラスイメージ成功法、プラスイメージ健康法(ともに三恵書房)、プラスイメージ実践法(日新報道)などがある。日本文芸大賞ノンフィクション賞も受賞されている。