2009年04月29日
心の浄化

[リングの太陽さん]
ブラックホールというのは、全ての質量・エネルギーを圧縮し吸収する存在です。
そこに吸い込まれた質量とエネルギーはブラックホールを抜けて、反対に放出するホワイトホールへと向かう。
全てを吸い込み浄化するブラックホールとは実はホワイトホールと対になっているのです。
意識も同じで、吸い込まれた悪想念は、その通路を抜けるとブラッシュアップされた純正意識が放出される。
そして意識は、また進化の旅に出る。
この永遠の繰り返し、繰り返しのメビウスの概念が進化なのでしょうね。
メビウスの原点とは、二つのお団子の接点で、ブラックホールとホワイトホールの接点。
だからゼロ点ですね。ですから浄化とは「ゼロ化」とでも言ったことと同じですね。
繰り返し繰り返しの、出入りも、阿波踊りの手先八の字のように繰り返し、繰り返し永遠に続く。
ひとの呼吸も呼気と吸気のメビウスですね。
やむことのないアルファとオメガ。
それを遠くからの自覚(全)から、われ(個)を見つめれば、自分のものなど一切ないことが分りますね。すべての中のホンの一部が自己ということが分りますね。
「いのち」自体も神さまの一部から賜ったのですから「賜いし霊(たましひ)」といって、個の人生という魂の修行をしている。
賜りものの「いのち」と地球からの下されものの五穀で「からだ」があって、この人生を修行しているのですが、貸主(神さま)の一部としての大自覚も必要でしょうね。
ひとりの意識が地球に向かい、お友達や家族や一人一人の意識が地球に向かい、感謝し共鳴しあうと、地球は大きく浄化されます。
意識というエネルギーが協働して「共鳴進化」にむかうと、ホワイトホールから次々と地球再生のエネルギーが飛び出す。
それが、私たちがこの世に生まれた「自己神化という使命」と、もうひとつの「地球進化という神の使命」でもあるのですね。

[楽しいな! 鈴木 作]
「私が神だなんて!」と謙遜することなかれ、料理もカラオケも掃除も洗濯も、そこに無駄がなく、愛と感謝に裏打ちされて、純粋に生き生きであれば、まさしく地球浄化の祓いの行なのです。
心に悲しみ、苦しみという「シミ」がなく、その生きいき溌剌とした意識がこれからの再生地球を生み出す力となるのですよ。
政治や経済活動も、実は心の活動なのですから・・・・・。
国の法を作ったり、経済の投資する・しないの判断もすべて心から発します。
教育は子供の心を育てることが目的であり、警察は心の汚れからでた後始末なのです。
一切は心・意識が基本ですね。
ですから、「心の浄化」、お洗濯はいつもしておきたいですね。
たまには涙という洗濯水も効果的ですよ。
もちろん感動に付随する涙です。
2009年04月27日
仏性の中にわれあり
[自分の中の仏性探しから、仏性とは一切に在りと思った瞬間 ずいぶん楽になれました]
せっかく綺麗に掃除をした我が家の台所で、茶器の瀬戸物を収納棚にしまおうとしたら、手が滑って、ガシャンと床に飛散してしまった。
掃除機を持ち出して再び床掃除と雑巾がけです。
「もう一度おやりなさい」ということなのですね。
こうしたことは、誰しも経験するところです。
綺麗にしまいこんだ書棚の整理にヤレヤレと思っていたら、押入れにあった蔵書を発見。
ふたび整理をしなおしたり、郵便局と銀行に振りこみ手続きに行って、やれやれと帰ってきたと思ったら、郵便受けに住民税の納付通知書が舞い込んで来たりする。
若い頃には兄と二人のマンション住まい。時に、飲まず食わすの時代もありましたが、断食の修行と、食べ物を粗末にしない修業とを、天が与えてくれていたのですね。
今思うと、全てに意味があることに気づかされます。
少々いやなことでもすべてに意味があって、無駄なことなど何一つないのですよ。
[沖縄地方のシーサーも、ハイビスカスも貝殻も全てに仏性が潜んでいる]
40歳代の頃でしょうか、地下鉄に乗り込んだ、がらんとした座席シートに座って足を組んで本を読みふけっていた。
すると三田線、御成門駅から乗り込んできた頭髪をバラバラにした壮年男性が、急に私の靴底を蹴飛ばして、「ふざけるな!」といって、斜向かいのガランとしたシートに座る。
それでも下を向いて、何かぶつぶつ言っている。
はじめはムッともきましたが、彼が乗り込んだ御成門には港区役所がある。
よっぽど悔しいことがあったのだろう。昼だから酔っ払っている風でもない。
見ず知らずの私の靴底をけったのだから、怪我をしないでとの彼の感情もあったのだろう。
こう想って、逆に「まあ、元気をお出しなさいよ」と相手方に向けて無言で愛念を送った。
その昔、若い頃ですと通りすがりの、肩が触れても自己中心と見栄の塊ですから、学生同士のケンカ沙汰にもなりましょう。
年輪を重ねると、全ての現象に意味があることが分ってくる。
地下鉄のその小事をマイナスで引きっずったまま、これから向かう客先の会社に行くと、きっと約束の社長の彼が不在だったり、接客のお嬢さんが運んだお茶を私のズボンにこぼしたり、入り口のドアに手を挟んだり、マイナスの現象が待ち構えていることになる。
ところが地下鉄の小事の彼に、愛念を送ったせいですね、お客さんとのお話はごくごくスムーズにいって、夜のお食事まで誘われてしまいました。
万事、己の想念が、そっくり来るべき現象を誘うもの。
負の感情でいれば、周囲は確実に暗く悲しくなる。
プラスの感情でいれば周囲は明るく、また楽しい方が自然に寄ってくる。
現象は自己想念が作り出しているのです。
私たちは神さまですから、内にある感情想念が現象宇宙を創り出して行くのです。
そこに気付くまで、様々な仕掛けもあります。
それが人生修行です。
齢60歳もすぎると「仏性の中にわれあり」と思うようにもなりました。
全てが計らいの中にあるのです。
ですから些細な失敗であろうと、大きな失敗であろうと、「一切が気付きの手立て」と知るようになる。
計らいの中ですから、世の中には無駄なことなど何もなく、目の前に出された素材をどう受け取り、どう消化するのか。
[本郷の根津神社さん つつじ祭りには相変わらずの人出ですよ]
「天は最良にして、最大の素材をいま、ワレに与えている」ということなのです。
全てをウエルカムで看るか、全てを憎しみと悲しみで看るか、人生の現象は全く異なってくるのです。
「われの中に仏性あり」の視点から、「仏性の中にわれあり」と段々変わってまいりました。
すると世の中の一切が計らいで、それぞれに意味があるもので、その一切を受け取って進化しなさいということ。
結局、「神化」の階梯を経験しているのです。
全てに縁があって、全てがいとおしく、全てに意味があり、全てに悟りのつまり「神化」のヒントが隠されている。
マイナスと見えるもの、それは天のメッセージなのですよ。

どんどん失敗してください。

素晴しい気付きが、隠れていますからね。
2009年04月25日
宇宙の秩序と生体生理

[美しい波紋 それは一定の秩序を持つ波動に生体生理が同調するからでしょう]
池に小石をほおり込みますと、その波紋が第1波、第2波、第3波というよう綺麗な波を見せてくれます。
放り込まれた小石の衝撃で水分子が上下振動する動きが波紋となって広がります。
太陽系の惑星も秩序正しい楕円周回軌道を取ります。これも池の波紋と似てますね。
惑星が太陽の周りを回る回転面積と各惑星のもつ自転スピンエネルギーは、どの惑星も同じ関係性を持つのですよ。
もちろん原子の周りを回転する、電子のスピン(自転)とその電子が陽子の周りを回転する軌道のエネルギー関係も一定です。
人も太陽系の中でいき、体内には無数の分子、原子を宿してますから、こうした自転と公転の法則性に無関係なはずがありません。

[太陽系惑星もその公転軌道とスピンの間には一定の秩序があることをケプラーが証明している]
1年のサイクル、春夏秋冬や一日の日の出・日の入りなど一定のリズムがあって、素粒子の世界も一定のリズムの秩序系。
社会的な話になりますが、自動車などの交通騒音ノイズが好きな人はいないでしょう。
騒音とは音の周波数が一定ではないのです。
高低さまざまな音の周波数がミックスされて耳障りな感覚を覚えます。
ですがピアノの音など、一定の周波数の整数倍からなる音はごく小さく聞こえてきても、意識がそちらに向かいます。
逆に周波数レベルに秩序がない騒音は、意識がその騒音から離れようとするのです。
騒音と病理の関係はまだ結論が出てはいませんが、ノイズは健康に良くないことは確かでしょう。
私がサラリーマンの研究職時代、車両騒音の研究者に『音を小さくする研究もいいけれど、心がユッタリするメロディ騒音を発する研究をしなさいよ?』と言った記憶があります。
人間は和音で広がる豊かな世界を感じ、黒板をつめで引っかく時の気持ち悪い不協音は生理的に受け付けません。
ここに和音という一定の秩序やリズムに人間界も同調しています。
和音はなぜ気持ちよく感ずるのでしょうか?
さきほどの池の波紋や、太陽の公道回転、四季のうつろいなどミクロからマクロまで、一定の波動秩序、宇宙波動が心地好く、それが基本になっているのでしょう。
チョットむづかしい表現かもしれませんが、物質のスピン振動数(自転)とその公転軌道が一定の整数倍の関係を保つと心地好いのでしょう。

ですから同様に、音も一定の周波数倍音が肉体細胞や意識周波数に共鳴するからです。
バロック音楽時代のドレミファソラシドの周波数と現代音楽の周波数音とでは1930年頃に若干修正されたようです。
現代音楽が転調やらを多用する関係で「ラ」音を440HZに定め、「ド」音が261.63HZとしたようです。
それでも和音の代表「ド・ミ・ソ・ド」のハモリはドを基準にすると、ミはその1.26倍に、ソは丁度1.5倍に、高音のドはオクターブバンドですから2.0倍になります。
つまりn=1.2.3.4.・・・・・といったきちんとした整数倍ではないのですが、1を基準にその1/4増倍、1/2増倍、基準の2倍と音の周波数がミックスされた状態音がドミソの和音なのです。
波紋の世界に人は安らぎを感じ「美」を見出します。宇宙の一定の波動秩序が私たちの生体生理と大きく関係することがまもなく分ってくるでしょう。
2009年04月23日
うんちさん、ありがとう
[たおやかな川の流れ 循環は自然の原理、それは生活の原理]
「法」とは水が去ると書きます。何事も常に流れていることが自然の摂理です。
ですからこの身に入ってくるお金も、出して初めて経済が回転します。
血液もサラサラと流れて健康であって、ドロドロしていては不健康。
ましてや流れなくなったら細胞は壊死してしまいます。
ガン患者さん、それも患部によっていろいろなガンの種類がありますが、ガン患者さんはどなたにも共通するのが便秘。

ですから体内の便のめぐりが悪くなったら、まず第一にその原因を考えてみましょう。
いや正確に言うと、何が生活の中で流れていないのか十分に反省して見ましょう。
私の知っている方で、3日はおろか5日も6日もお通じがない方がいらっしゃる。
まだガンにはなっておりませんが、お話を聴いたり、顔色を拝見したり、霊視をするとまだガンではないものの、その予兆はかなりあります。
霊視とは、目線で頭のテッペンからつま先まで、追って行きますと、滞りを感じるのですが、とりわけ腰部に違和感を感じると、殆どが便秘症。
話は変わりますが、大樹の葉は、炭酸同化作用で、炭酸ガスを吸って、酸素を放出します。
人間の場合はその逆で、肺は酸素を吸って炭酸ガスを吐き出します。
そして大樹の根は、土中でいくつもに別れさらにその先端には、毛根があり、またその周りには根粒菌が存在します。
根粒菌は土中のミネラル成分を水分に溶解して樹木がその養分を吸収しやすいようにしてくれる「お陰さま」なんですね。
それとおなじように人間にも大腸のひだに、無数の
柔毛があって、そこには大腸菌が群生する。
その数 100兆ケを超えるのですよ。
その大腸菌がありませんと、ヒトの体内酵素が作れないのです。
肉体維持にとって大腸菌は「お陰様」です。

[岡山の 大芳商会さんの「ほれぼれうんこ」 単なる便秘薬でなく体毒を排出するようですね]
自然界の植物では「世界樹の大木」や「ブロッコリー」の姿が、それを逆さにするとまるで人間の肺胞のように似てますね。
毛根も大腸の柔毛も相似象で、これらの「お陰さま」が生命体を生かす大本になっている。

体内の大腸菌は、腸の働きが悪いとウエルシュ菌などの悪玉菌に勢力支配されてしまうのです。
私たちは食物を頂いて、その命を、その魂を頂いてわが身としてますので、いまや一体となった彼らのためにも「幸せ」にならねばならない存在なのです。
お腹を冷やし、ビールをがぶ飲みし、愚痴をいい、他人をそしり、不安で体がやすまりませんと、腸の働きは悪くなる。

[淺草に行ったら見てくださいね。俗称 ウンコビル]
ですからワクワク生き生き、毎朝のお通じに、体内を廻ってご縁を頂いた「ウンチさん」に、ありがとうございますと感謝しましょう。

今は水洗トイレが多いでしょうから、両手を便器の「ウンチさん」に合わせてみると、
これから毎日、腸内のご縁の方は気持ちよく体外に流れ出てくれます。
2009年04月21日
団塊の世代の「善喜高霊者」
[山形のジジイ杉 :ジジイでも実に荘厳でおみごとですよ]
大学時代の20代前半のころ、杉並の方南町に住む友人のお宅に泊めさせていただいたことがあります。
気さくな、お茶の教授をおやりのお母さんと交流の夕食がありました。
その夕食後、新聞をチラッと見たお母さんは、「あらいやだわ、60歳の老女が交通事故死ですって! 60歳で老女とは不届きですよ!!」と、こうおっしゃったことを記憶している。
二十歳前後の学生から見れば、もちろんお母さんはお年だが、結構 年齢を気にするものだなあと当時は思っておりました。
60歳ソコソコのお母さんからすると「老女」とは憤慨ものだったのでしょう。
当時の新聞記事では、たしかに60歳以上の男性は老人、女性は老女と表現されていたのです。
今でこそ「後期高齢者」とはけしからんと、自民も民社もその呼称変更に動いているようですが、そもそも行政はひと括りの年齢区分や、国民総背番号制をもくろんで、合理的に税収を上げたい体質。
そこには国民側の感情や、隣近所に住まうご近所同士の「心の機微」などはさらさらない。
そんなある日、論者の家に区の高齢者支援課から「団塊の世代のみなさまに」とかの福祉マニュアルが送られてきました。
アチャチャチャー!!! とうとうこの私に高齢者支援課から援助の手が来てしまったあああああ!
送られてきたマニュアルには、・シルバー人材 ・一人暮らしの方のために ・趣味サークル案内 ・各種手続き などなど、イザのときのためといったような内容。

ムムムム・・・・まだ腰など曲がっておりません。
『てやんでい!これから世のため人のために、あらん限りの力を尽くす所存でい。』
老後を豊に過すためでしょう、ありがたいご案内が届いてしまいました。
それをわき目にした家内は隣でけらけら笑っています。


[先人の道筋は繰り返しつづく]
40年前の友人のお母さんが、『60歳が老女だと!』と新聞相手に憤っておりましたが、私は、ふとその心情を思い出してしまいました。
十羽ひとからげの区からのご親切ですが、なにやら反発心が、プスプスと胸の中にくすぶる。
先月 このブログに紹介した、ヤッターマンの三悪ドロンボー一味をそそのかしドクロストーンを探させるドクロベーと泥棒のプロのボヤッキー。
そのドクロベーを担当する声優さんの滝口順平さんと、ボヤッキー声優の八奈見 乗児さんも、同じ年のおん年 77歳ですよ!

[帯津先生もノリノリですよ]
サトルの会長 帯津良一先生は確か 昭和11年生まれですから、73歳の元気のバリバリのガン専門医です。お医者さまは結構お年でもバリバリで若手医師も指導されている。
つまり心のあり方がいつもルンルンですと、60歳70歳でも、そうそう衰えなどないのです。
毎日の全てを喜んで受け止めて、霊性が高い「善喜高霊者」には、サラリーマンをリタイヤした団塊の世代とはいえ、それからが第二の人生なのです。

精神のタガがはずれたこの国を救い、次世代を徳育する使命があるのです。
2009年04月19日
赤ちゃんが産めない日本
[子供がこれからの日本を作るのですよ]
私の孫が通う幼稚園に、時折お迎えに行ったりしております。
その折には、見知らぬお母さんと挨拶を交わしたり、神輿かつぎで顔を覚えているお母さんと幼稚園で言葉も交わしたりします。
「もっと日本に子供がいて欲しいよねえ」というと、「でもなかなか経済的理由で産むことも出来ない環境で、出産資金も大変ですよ」と返ってくる。
大手の産院での通常出産だと、産後の検診などなども含めてトータル60万から75万円くらい掛かるそうですね。
帝王切開などの異常分娩ですと、補助がついて、もっとお安くなるそうですが、それもまた妙な話ですね。正常出産のほうが実質のお支払いが高くなるというのは????
出産一時金として、市区町村からの補助金が、その地域性や国保や社保の違いによってまちまちでしょうが、凡そ30万から45万円くらい。
でも出産直後には産院への支払いが直ぐに必要で、出産一時金はその2ケ月くらい後のこと。
また産科の病院が近年では少なくて、安心した地域環境の中で家から近くの産院通院というわけにも行きません。
ついこの間、定額給付金通知が私のところにも参りましたが、本当に困っている方には渡らないのですね。産婦人科や小児科の専門医不足、そして受け入れ病院をたらい回しにされる緊急患者など医療の基礎環境がお粗末とは思いませんか。
政策とは「票になること」が第一前提のようです。ですから受けのいい「定額給付金」になっちゃったのですね。
こうした手薄な産科病院にくわえて、出産の費用も掛かるのですから、これからの日本を創るおたから赤ちゃんを産めない日本の現状に釈然と致しません。

[母親のぬくもりをたっぷり与えると、将来けして犯罪人にはなりません]
少子化問題担当大臣は亡くなった小渕総理のお嬢さんから、いまは高市早苗さんになったのでしょうか。
カタチだけ推進責任者に女性を据えてはいるものの、まだまだ中味が見えないですね。
出産退院するときにお金がない方はローンを組まねばなりませんので、調べましたら「出産ローン」というのが民間の銀行系列でありました。なぜ国が率先してやらないのでしょうねえ。
平成19年の「こどもと家庭を応援する日本」重点戦略という総務省でしたか、
その中味をざっと見ました。
出産と子育てと女性の就労について唱えている結構な指針ではあります。
文中、これらの投資は社会コスト、それは「本来の投資」と書いてある。
子供や家庭を応援するのは「社会的コスト」であるという。まあナント唯物的な考え方なのでしょうね。
また支援の必要性を詠ってますが、「厳しい税の今後の行く末を見据えつつ・・・・」と、まるで消費税を上げることが資金源の前提のようですね。
この重点戦略にも出産や子育ての必要性を詠っていますが、具体性がまるでない。
具体的課題と目標スケジュールがないのですから、このあたりがオバマ政権とわが国との違いがあるのです。
やはり「票にならない」ことはやらないということと受け止めました。
[元気な日本の子供たち]
でも日本のお母さん、必ずご両親も、ご友人も、ご近所の方もあなた方を見守っているのですよ。
勇気を出してください。
日本人は」寄り添って生きる民族なのです。
それが魂に刻み付けられています。
2009年04月17日
森田玄さん

[ヒューレン博士と森田玄さんら ]
「ホ・オポノポノ」のヒューレン博士を日本に紹介したり、「マシュー君のメッセージ」でネット社会に静かなホット情報を出しているのが森田玄さん。
奥様が平和運動家の菊池ゆみさんです。
ご夫妻は長いことアメリカにいて、911、イルミナティーほかアメリカの裏社会をあぶりだしてきましたが、現在は日本に戻って千葉 鴨川に隠棲。
お二人で一反ほどの畑を耕しているそうです。もちろん講演や訳本などの活動をされていますが、サトルの春の大会にもきていただき、また先週にはアセンション関連のサトル主催のセミナー講師として来ていただきました。
ヒューレン博士も、マシュー君のお母さんも、実はコスタリカの友人 ヒーラーのカレンさんからの情報からが発端といいます。
「ホ・オポノポノ」とはハワイ語で「浄化」を意味するそうですが、正確には「太古からの魂の業の浄化」といったほうがいいかもしれません。
このブログサイトTHD(トータル・ヘルス・デザイン社)主催の ヒューレン博士 東京セミナーもあって、すでにご存知の方も多いと思いますが、その言わんとするところは、一切は私たちに内在する意識が現象に反映しているというもの。
一切は繋がっているのですね。
負の体験、負の情報ニュースも、その一切が浄化のための膿だしであって、過度に敏感になったり、いらだったり、嘆きすぎたりすることなく、こちら側の内なる意識は常に平和を願い、愛を意識し次のように祈りあげる。
1)ありがとうございます
2)ゴメンナサイ
3)許してください
4)愛しています
この四つの感情で環境は浄化へと向かうという。
アメリカの犯罪人を収容する精神病棟に勤務するヒューレン博士が、面談するわけでもなく、ただ患者のカルテを毎日眺め、祈るだけ。
それで全ての患者さんが治癒できたという。
内なる意識が、現象を変えたということですね。
ヒューレン博士の見方は、人生に起きていること全てが、自分の過去の記憶がなせる現象という。
つまり「業」ですね。
また世界と自己とはバラバラにあるのではなくて、繋がって存在しているということです。
自分に毎日インプットされる情報は、瞬時にして数1000万ビットの情報が入るのだそうです。
ですが、顕在意識に認知できるのはわずかに数ビット。ですから99.999999%は関連すれども顕在意識化には残っていないのだそうです。

[世界の地域紛争も、自分に責任がないとは言えません。だって私たちは地球の成員ですし、一切は繋がっているのですから]
マシュー君は17歳の時に交通事故死した少年ですが、彼からの天空のメッセージがお母さんに伝わって、地球が今後迎える様子やその心構えなどを詳細に伝えている。
森田さんいわく、実に深みのある訳しにくい流麗な英文だといいます。
とりわけ2012年のアセンションに関する話題が主題ですが、ポイントは第三密度という肉質に近い現在の次元体から、第四~第五密度に変化するということ。
つまりより高次の光の存在に近くなるというのですね。
恐ろしいことでもなんでもなくて、むしろ、恐れや、おののきといった負の感情が進化意識を遅滞させてしまうという。
でも、そうした意識進化を妨げる集団もいて、それがイルミナティー。
かれらの金権と力権が社会構造自体をがんじがらめにしている。
オバマ大統領の出現はそうした負の構造をとりのぞくためにあるとか。
この4月のマシュー君の情報では、一人一人の生活や行動様式が二極化されて、優しい人はより優しく、怒りの人はより修羅に急速に入っていくという。
このことは論者 鈴木の啓示と全く同一です。
このアセンションの時代に、その素晴しい瞬間に立ち合おうと、実は手を挙げて私たちが世に生まれてきたといいます。
地球は現在 67億人の人口ですが歴史上最大の過密状態です。ですから地球は、よろこんで生まれてきた人が一杯で満席状態なのですね。
こうした次元変化は地球だけでなく宇宙規模で数次起こっているというのですが、その変化期間は数千年から数万年といいます。
ところがこのたびの地球アセンションは1940年から始まって、わずか70年で完了するという。
ということは、戦後生まれに方々は、こうしたアセンションがわかって、そのソフトランディングにお手伝いしようと、自ら手を上げてこの世に産まれいでてきたのでしょう。
森田玄さんも2012年のアセンションを地球の崩壊や死滅ということでなく、またヒューレン博士の言う「浄化」という見方にも、共通するのですが地球全体がいい方向、しかも一人一人がその内なる力に気付き始めているということを力説されておりました。
2009年04月15日
公園に愛と感謝のセレモニー
[皇居 桔梗門にすこしづつ皆さんお集まりになります]
天皇・皇后両陛下のご結婚50周年記念式典 その翌日の11日に皇居周辺に「公園に愛と感謝のセレモニー」を行ってまいりました。
この大地に、虫、花、樹木、大気さんに、生きていることの感謝、全てのふれあいを感謝するためです。
公園の大地に生息する全ての生命体は、無償の愛で我々の住む地域に向けサトルエネルギーを休むことなく放出してくれております。
このエネルギーのお陰で、首都・東京を始めあらゆる地域の繁栄は維持されています。
城を中心として城下町が栄え、活気溢れる街へと成長するなか、東西南北に配置された緑の地(公園)は、仕事に追われ疲れた心身を癒してくれる場所としていつの世にも欠かせません。
現代では、汚れきった大気を新鮮な空気として家庭に運び、四季折々の美しい姿で我々を楽しませ明日への活力を産み、今日までの繁栄を維持してくれているのです。
この緑の地(公園)に対する感謝の念が近年薄れてきた事から、都市の腐食化が始まっています。
こんな主旨で、まづは手始めに東京の中心 皇居からスタートしたのです。
[お濠に向かって、綺麗なお水さんに戻ってくれることをお祈りしました]
桔梗門に集まったのがおよそ19名。
コーディネーターの音楽家 片岡慎介さんのご挨拶に始まって、まずお濠に向かって感謝の祈り、「お水さん綺麗になってくださいね」と皆さんが、しばし黙礼。
[一行は桔梗門からお濠沿いに大手門へ移動]
道々おほりに願いを込めた「波動水」を注ぎました。
波動水は鈴木が調整した「愛と感謝のエネルギー」を封入したものです。
また皆さんには感謝セレモニーの名刺サイズのカードを差し上げましたが、そこには、本文 下段の文言が書かれてます。
大手門から東御苑に入園する頃には夏を思わせるような陽光で、当日の気温は大手町で26度でした。巨石の石組みの胸壁や、大手門の重厚な構え、分厚い扉や乳描に一同にわかに観光気分に浸りました。
[道々 遅れ組みもあって全員ではありませんが、記念撮影]
遅れてこられたかたも何とか、東御苑で合流し親子での参加5組、総勢は29名となりました。
東御苑の二の丸日本庭園は八重桜が真っ盛り、藤棚の新芽に、芍薬、そして目に鮮やかなさつきが待っていてくれました。
日本庭園から能楽堂を抜け、天守閣跡へ。
天守閣跡といっても台座しかありませんから高さ15メートルくらいでしょうか、それでも園内はざっと見渡せる。
想い想いに自己紹介や、庭内雑感、そして感謝セレモニーの次の予定など、皆さんそれぞれ語り合いながらのそぞろ歩きでした。
東御苑の北詰橋門から抜け、皇居の周回道路を渡って武道館のある「北の丸公園」へ。
休日の陽光を浴びに来られたご家族連れや様々なグループが集まっていらっしゃる。
ここも華麗な東御苑とは違って、当たり前の植林はふっと心が抜ける空間です。
こんなに心自由に自然に和み、当たり前のように靴を脱いだり、樹木に触ったりの公園。
「公園に愛と感謝のセレモニー」ご参加の皆さん、輪になって、片岡さんの音頭で次のように締めました。
何千年もの昔より、「五穀豊穣」「末裔までの繁栄」を願い、無償の愛を持ってこの地を清め下さっている“緑の大地”に心より御礼申し上げます。
我々を守りしあなた様は、宇宙の真理に基づく天命を忘れる事無く四季を彩り、この地を、各家庭・個人・60兆個の細胞に至るまで精妙なるエネルギーを日々お送り頂き、ありがとうございます。
本日 集う我々は、自然と人間との共生を尚一層深め、「共に稔る」ことを祈念しつつ、日々過ごさせて頂きますことをここにお誓い申し上げ、感謝の言葉とさせて頂きます。
緑の大地さん=ありがとうございます
植物さん=ありがとうございます
鳥や昆虫などの動物さん=ありがとうございます
神聖なる大気さん=ありがとうございます
この地にご縁を頂き=ありがとうございます
本日の出会いに対し=ありがとうございます
[北の丸公園でのセレモニー]
こうした当たり前の「公園に愛と感謝のセレモニー」が日本全国に広まっていくと、物質至上主義や一人勝ちの競争社会、偽商品にみる社会不信は、日本からオサラバするに違いありません。
次回は
5月23日(土)駒込にある六義園にて13時30分より(正面入り口の垂れ桜の前に集合)
コーデネーター・川口哲史 サトルエネルギー学会理事が植物のエネルギーを解説して頂きながら体感したのちにセレモニーを執り行う予定です。
2009年04月13日
己心道(こしんとう)
[心の柱、神柱を建てましょう]
論者 鈴木は講演会などで「古神道」を「己神道」といったり、最近では「己心道」と解説しています。
勉強をするのもいいのですが、学校基礎教育は別としても一方的に脳の記憶野に入れるだけの作業は勉強ではなくて、暗記であって応用力が伴いません。
あくまでも心の中での反芻があって、そこから見出した「一つの原理」が大事です。


それが人間関係にも、自然生命にも、政治原理にも通用するのです。
なにかを学ぶとは、真似することから始まりましょうが、とどのつまりは内なる真我との語り合い。
その上で本物、真実の原理を自己消化していくことが大切なことです。
この時代、とくに「自立」と「自律」が大切だと思うのです。
自立とは頼らない、ひとり立ちという意味ですが、今の宗教界をダメにしているのは「すがり」という構図に由来していると思います。
「この教団や、この方にくっついていれば安心だ」でなくて、あくまでも自分の心の安定と確立は「自立」でしかありません。
「すがり」は指導者を求め、指導者に飽きると次の指導者を順番にさ迷い歩きます。
とくにスピリチャルの世界では、こうした方をよく見掛けるのです。
ある精神的指導者にどっぷり引かれたと思ったら、一年足らずでどんどん「すがり」のお相手が変わる。
こうした方に、特徴的なのは、第三者のお話を聞く耳よりも、ご自身が早口で、相手の言をさえぎる方が多いいようです。「自律」とは揺れない心を指します。いったん自立して一人歩きしても、その支えとなる「心の原理」が確信にまで煮詰めていないのでしょう。
青雲のこころざしをもった、日本をクリ-ンにするという気概に溢れる青年代議士が、やがて先生、先生とあがめたてられ、ついには金銭感覚がなくなり、汚職に身を崩す。
自律とはユラギのない心、「律心」でもあります。
古神道には教義・経典がありませんし、大きな組織もありません。
あるのは自己の心の光明を頼りに真実を固めていくしかないのです。
とりわけ何のために生まれてきたのか、何のために人生を歩んでいくのかが最も基本で、ここに古神道が大変プリミティブなところで、「教」ではなく、正しく「道」なのです。
それは、大宇宙の創生から関与して、霊と体をつくり、人に言霊と数霊という一切種智をあたえ、さらに意識を総動員すると「大生命意思という神の概念」が翻然と輝いてきます。
あらゆる存在は人智を越えた神から創られた。
しかし神は、その姿が見えたときには、限定と比較の対象ですから、決して肉眼で見えることは無い。
見えたら三次元の現象物で、もはや神ではありません。
心という高次元で感ずるものです。
とりわけ日本人の神概念は、西洋の気高い崇高な契約対象の神とは違って、全ての人々の「心の神殿」のなかに棲む。
これを神道では「直霊」といったり論者は「真我」といったりします。
一切の自然物はその背後に神が存在しているのです。
自然の一存在のワレもまた神、正確には修行を続けている「神の分身」ということに気付いてきます。
[講演中の論者 鈴木]
ですから、己の心の道、「己心道」と、古神道をモジって、お話をさせて頂いたりしているのです。
心のあり方を教えるはずの宗教が、組織を持つと、その唯心(唯神)がいつしか物質主義に変ってしまう。自ら垣根をつくって、異なる宗教集団を敵対してしまう。
教団は信者にお金をたかる。
ゆえに組織宗教と物志向の歴史が世界をダメにしていったと思うのです。
物言わず縋らず、たからず、全ての存在と現象に神の計らいを看破し、自ら悟れよ、自分で模索し消化していくのが「己心道」なのです。
人に頼らず、自らが神化への道を切り開く、それが「己心道」で、実践生活道、宇宙道と言えると思います。
今週の土曜日 古神道講座がございます。
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鈴木俊輔の古神道講座
古神道 数霊の世界、魂の本源への気付きへ
・ 日時 4月18日(土) 18:30~20:30
・ 場所 三田福祉会館 集会室A
港区芝4-1-17 TEL 03-3452-9421 (場所だけのお問い合わせ)
・参加費(当日受付にて) ¥3000 定員40名 先着順
・申し込み FAX 03-5730-6451 サトルエネルギー学会 info@subtle-eng.com
2009年04月11日
木花咲耶姫さまとのデート

[お勧めの 幸手の堰堤です]
今年も数箇所でのお花見を、目一杯楽しみました。おかげさまで足がパンパンになっちゃいました。
上野谷中の墓地は、徳川家ゆかりの墓所が多いのですが、意外と桜の名所とは知られておりません。
[上野の寛永です]
青山墓地も凄いのですが、ここ谷中も風情があっていいですよ。
時間があれば谷中の寺町から墓地を抜けて、鶯谷の下町を散策すると池波正太郎の世界に飛び込めます。
JR 山の手線の日暮里駅南口から直ぐに左手の階段を昇って谷中の墓地に入ると、そこはもう桜のトンネルでした。
古い墓碑をしげしげと見ながら桜吹雪の中をゆっくり散策して、寛永寺の境内を抜けて、上野公園へ。
毎年お花見シーズンでは、新聞各紙が「上野の花見」の模様を写真掲載しておりますが、この日も凄い人出でした。
その見物人をかき分けて、「不忍の池」のほとりをぐるりと廻って、京成の上野駅へ。
[法華寺の境内はご覧の通りのにぎわい]
[法華寺の五重塔]
今度は、京成線で「京成中山」で下車し、そこから門前町を徒歩で法華寺へまいりました。
法華寺の開祖は日蓮上人。
大きな山門をくぐると、同宗派の寺院が法華寺の山道沿いに数箇所散らばって、手入れの行き届いたお庭を見せてくれる。
参道沿いのソメイヨシノは善男善女をお迎えして、法華寺の正殿へと誘導してくれる。
正殿に入ると、その廊下の奥の祈願所からお坊さんの、「エイッ、エイッ!」と凄まじい掛け声が聞こえてきました。
正殿の脇には荒行堂とありましたので、かなりの厳しい修行所なのでしょうねえ。
その日はお花見のおまけにと、京成の中山から地下鉄淺草線の本所吾妻橋駅で降りて、牛島神社のある向島へ。
この向島もTVの鬼平犯科帳のラストシーンに出てくる隅田川を望む江戸桜見物。
ここも対岸の隅田川公園あたりも、お花見に浮かれ出てきた酔狂で一杯でした。
今年は、友人から桜の穴場と聞いた埼玉県の「幸手(さって)」というところにある「権現堂提」へ、次の日になりますが東武線ではじめて伺いました。
[幸手の権現堂提の桜です]
その昔は、江戸を守る利根川が湾曲する出水場所で、重要な堤防であったそうです。ですが今では坂東太郎の水路も大きく変わって、殆どその形跡もなく、わずかな水路があるのみです。
1000本以上ある桜のトンネル提が、約1Kmはつづく。おまけに堤の下、昔はここが水路だったのでしょう、そこには広大な菜の花畑に変身。
実際には長い長方形ですが、おおよその広さは東京ドーム以上でしょうか。
このかおる菜の花の黄色と桜のコントラストが見事ですね。
おまけに青空でしたから素晴しかったですよ。目がちかちかしてしまいました。
一度はどうぞとお勧めのところですよ。

TVのニュースでよく「菜の花畑」が出ますが、ここがそのポイントとか売店のおばさんが言ってました。

[むせ返るほどの菜の花畑]
[黄色とピンクの彩が見事でした]
今年は駒込の六義園の枝垂れ桜に、増上寺そして地元の芝公園の桜などなどなど、木花咲耶姫様と存分におデートを楽しみましたゾイ。

[駒込の六義園の枝垂れ桜]




