2009年05月31日

感動を貯金する




[足立美術館内の中庭: いつ見ても感動ものです、世界屈指の日本庭園ですね]





芸術作品は心の世界に、豊かさや深い感動を与えてくれます。
作品自体の大きさや、長さ・重さ・成分・基本物性値が、私たちに感動を与えるのではありません。
その芸術作品を見て、触れて、感じて、その宇宙の広がりや作者の心に感動するものです。


感動や感謝や喜びや充実とは、芸術作品に接している時と同じような、心の震えであって何物にも換え難い心の糧です。
サトルの大会講演でも科学的なお話は、図や数値で説明したりしますが、同時に絵画や、映像や、場合によっては音楽や舞踊で大会の壇上を飾ることも毎回いたしております。

つまり心の充電というのは、科学性に基づいた知見だけでなく同時に、体験談による感動的話題や芸術性なのです。
むしろ後者の方が遥かに複雑な心の様相、人生の縮図や、舞踊の美や、理論方程式を一緒くたに整理して、その複雑系をすんなりと心に落とし込むことができるのです。



個人的な経験で言うと、ヤクザまがいの方と接したことがあります。
部下は青くなっているのですが、このとき敵ではなくて一緒に棲む味方だという心で接したのです。
それが、彼には仲間は刺せないという気になったのでしょう、最後には「じゃあな!」と笑みまでこぼしてくれました。

以来、「敵対心をどんなときでも持たない」、「格好をつけない」、「旨くやろうとしない」こうしたことを心の座右にしました。face01

そうすると、殆どのことがスムーズに行くのです。
このように何かの経験則を単純にまとめて、心の腑に落とし込むと、それが人生の理論方程式のようになってくることが分ります。





[土産物屋さんにぶら下がった、ジジイ竹。竹の根っこから作ってるのです。感動モノですよ]




科学者ですら、ご自身が茶器や絵画や舞踊に感動を覚えるのですから、そこには絶対的価値があるといえます。
ところが科学的価値というのは数値的な評価のみですから、かりに舞踊を見ても価値尺度がないのです。
さて困ったものですね。

ですから感動という指標のほうが、総合尺度としては適切と思うのです。

科学性つまり真実の法則の発見で、感動を覚えますし、正しく感動的なお話は、もろに「感動」そのものです。また舞踊や音楽もその幽玄な自然美や妙なる調べに心が震える感動を覚えます。

「科学の追及」よりも「感動を科学する」という全体方向が、なにかより総合的な真実の追究のベースと思うのですが如何でしょうか?
face02

感動しているときのときの意識状態は、通常の意識振動数よりも高く、例えば作品が放つ周波数と観客が共鳴し、心が震えて作品の世界と同化する高次の意識状態だといえます。

感動は、意識エネルギーを増幅させますから、意識の現象化つまり、粒子化に大きく寄与するはずです。
観察している芸術作品自体には、新たな粒子化現象は与えませんが、観察する側が持つ心の高振動数が強化増幅されて、「心が磨かれた」とでも言う意識状態に洗練されていくのでしょう。

さすればその方の思いが、洗練されるのですから、意識の現象化の方向に少なからず影響を与えると思うのです。





[むらさき紫陽花  それをジーッと見つめてください。語りかけてくるものがありますよ]


人の善意に感動で胸が一杯になったり、涙することもあります。

苦労をしている時に、両親からいわれた「嘘の言えない心なら、何時しか報われる」という言葉を大事に、それを拠り所にして生きてきた経験もあります。

人は誰しも多かれ少なかれ「純正な心」を、モノよりももっと大事な、生きる価値にしてきたこともあります。

その良質な高次意識を大事にして、感動を沢山貯金すると、心の器は強化され、そこに「全てを受け入れる」ことができる。icon01

そうした貯金をすればするほど『心の器』がどんどん大きくなるというもの。

感動が薄く、相手を受け入れることが少なければ、心の器は小さいままで、意識の現象化のための良質な粒子放出はあまり出現しにくいものです。


超巨大なとてつもない器が「宇宙即我」で、その神意識に到達できれば「一切を存在させる」という粒子化放出が存分に豊富なのだと思います。


だから神さまは、私たち人間に「神化」のための人生修行を与えているのでしょう。
  

Posted by suzuki at 06:00Comments(1)神泉界

2009年05月29日

時間は何処から来るの




[時計を目の前にして、眼をつぶって夢想していれば時間はありませんが、眼を開いて認識すると時間があります。 素粒子物理学では観測演算子H(ハミルトニアン)の概念まで入り込んでます]




JR田町駅前の国道一号線の横断歩道で信号待ちをしていると、隣の親子の会話が聞こえてきました。
5歳くらいの男の子が、お母さんに「ねえ、おばあちゃん来ているよねえ。お家で待っているよねえ。」

遠くから、おばあちゃんがその親子のご自宅に来てくれる約束があったのでしょう、お子さんはおばあちゃんを待ちかねているようです。


お母さんが、「まだよ、まだ時間が来ないもの」と、歩行者信号を待ちながら子供に応えてます。
多分お約束の時間はまだ大分先のことなのでしょう。

小さい子はお母さんに不思議そうに「じゃあ、時間は何処から来るの?」

なるほどね!
おばあちゃんが来るその時間が、まだ来てないのでしょうが、その「時間」はどこからくるの?という質問。

私はお母さんのその答えを聞きたかったのですが、信号が変わって親子も歩き始め、こっそりそば耳を立てることは出来ませんでした。

するどいお子さんですよねえ。





[マラソンランナーを待つ観客、そこには時間があります]





鈴木の結論は、時間は自分が作っているから、時間は心から来ますということです。

意識が、時空間を繋ぎとめているといったほうがいいかもしれません。
お稽古事や何かに熱中したり、お友達とおしゃべりしていると時間を忘れてしまいますが、時計がなければ時間は自覚できません。

そもそも時間とは、意識が作り出しているのです。

この時空間にはエネルギーが満ちています。
まだ粒子化していない力の波、それが見えないエネルギーです。
そのエネルギーがつぶつぶの見える粒子化にされて物質となります。

E=mC^2 ですね。 つまり E(エネルギー)が変わってm(質量)となります。

時空間中のエネルギーですから時間(T)はつねにEに関与してます。
もちろん質量も存在するということですから、時間の中にあることになります。


宇宙人の小人ETみたいですが、記号ではエネルギーEとは、実際にはEと時間Tの関数。物質mもTの関数です。

ですから虚無という時空がない状態は時間がゼロといえます。

意識とは、虚無と現象との間をを行ったり来たり、人は空想で過去にもいけて、未来にもいけます。
もちろん意識は光速を超えて、あっという間にアンドロメダ星雲にだって飛んでいけます。
時間を超えて何でも出来るのが意識です。ですから虚無を含みます。

すると意識には右脳という感性の領域では時空間がありません。
左脳という論理のつながりを意識すると時間性を帯びてまいります。
意識には時間ゼロ(右脳)と時間拘束(左脳)のという二つの領域があることになります。


ペラペラめくりのマンガ動画の原型本のように一枚の写真と次の写真とを連続状に繋ぎとめ時間を認識することもあります。





[中国 杭州で見かけた、のぞき眼鏡屋さん:ここにも時間の大元を教えてくれるヒントがある]




映画のマンガは最低一秒間に26コマの平板画の連続送りで動画となります。
この映画のコマ送りのように意識が刹那の時間の写真を連続状に繋ぎとめているのです。

意識の反映とはイメージ写真のコマとコマの間の黒線のようなもので、その黒線にマイナスイメージで写真を繋ぎとめれば映像はマイナスが次々と展開されます。

プラスの意識が写真のコマを繋げば、プラスの画像が次々と展開されるのです。


意識が『心の器』に集中したとき、つまり「信じきったとき」にそのイメージである時間性を帯びたエネルギーが放出され、エネルギーは粒子性を帯びて現象を導くものと考えます。


意識が時空を作っているのです。


私たちの目の前の現象は、一切私たち自身が作り出しているのです。  

Posted by suzuki at 06:00Comments(1)神泉界

2009年05月27日

六義園でのセレモニー




[感謝セレモニーのコーディネータ 川口哲史さんに感性の動かし方を訊くみなさん]



先週の23日の土曜日に、「公園に感謝のセレモニー」を駒込の六義園で実施。
六義園は江戸時代 お側用人でした柳沢吉保の大邸宅。
その昔 大奥のお女中たちの歓心を買うために、広大な庭内に江戸市中の小間物屋さんやら、かんざし屋そのほかを、まるで江戸市中の賑わいの茶店風に設け、市民感覚でお女中を喜ばせたことでも知られています。
さすがアイデアマンですね。


明治以降 東京市民の「憩いの場」ともなった六義園、その庭内に海あり川あり小島あり、また築山ありの自然空間に多くの方々が癒されてまいりました。

今度はこちら側が「公園さん」を癒しに行こうということで、いそいそと駒込に出かけてまいりました。

六義園では、サトルの「感性を磨くワークショップ分科会」担当の川口哲史さんのガイドで、樹木に手を触れ、その声を聞き、また重さ軽さ、回転エネルギーなどを楽しみました。





[みなさん裸足になって 大地のエネルギーを感じる]



川口さんは、日本ハーブ研究所を開設されている野草の研究家でもありますので、20名くらいお集まりになった皆さんはご自身の感性を開くことに興味深々でした。

裸足で大地のエネルギーを感じ、気持ちの良い風向方位を感じ、またこっそりと赤松と黒松の葉の味見までさせていただきました。

また「どくだみ」のハート型の葉っぱと十字クロスの花びらも、そのカタチは人への愛と、上下左右の配慮を暗示して、川口さんの音頭のモト、これもまた少々お味見を・・・・。

「どくだみ」は、最強の解毒剤ですとの解説に加えて、これがご家庭に多く出回ると、お医者様が失業するとかのお話もありました。

またお風呂に入れると、『精神的な疲れもすっかり取れますよ・・・』と、ご同行の小堀喜枝子さんから教えていただきました。





[桜のウロに顔を突っ込むと、黄色い広がりの空間イメージと喜びが感じられました]




園内の築山から眺める、大池につつじの点在する六義園の全景は、さすがに向こう側から豊なエネルギーが伝わってくる。
その小山にある小さな四角い台座はその昔 お殿様が座った場所とか。
皆さん交代で裸足になって立った台座からの景観もまたすばらしい。

あわせてこちら側から全樹木、池、草花に愛念を送る。





[築山の皆さん 愛念を送ってます]





江戸時代から残る赤松は1本だけで、桜の大樹があるお茶屋の脇、その池のほとりに横になった龍神のように水辺に突き出している。

この大赤松の波動は初めは「優しさ」を論者は感じたのですが、誰言うともなく皆さんでこの赤松に感謝のエネルギーを送ったとたん、それが「喜びの波動」に瞬時に変わった。

これは川口さん始め、居合わせた多くの方が感じられたようです。
不思議なくらいにこちらの意識に同調するのです。





[水辺の赤松さんは本当に喜んでくれてましたよ]



論者はこの「赤松さん」に、都内で無残に伐採されている多くの古木さんたちに、心からの感謝の意を伝えてくださいねと「感謝の念」を送った。

樹木は、その地下水と地電流を伝わって交信していると考えられます。


そして私が早朝より神棚で祝詞を上げてきた、感謝の波動水を池や樹木にかけさせていただきました。icon01



ちなみに川口さんの「感性を磨くワークショップ」は定例的に三田福祉会館で行う予定。(6月19日 金曜 18時半から)
サトルのHPのセミナー・イベントコーナーをときどきご覧下さい。
多くのイベントの日程がわかります。
またサトルHPのトップにメルマガ配信の申込があります。


次回の「公園で感謝のセレモニー」は新宿御苑 6月20日(土)新宿門 13時半からの予定。face02  

2009年05月25日

マスク着用に思う




[あらあら、マスクで野球観戦ですかあ! NHKより]




先週は東京も28℃の夏日が多く続く日でしたね。
大阪の中ノ島でビーチバレー世界ツアーの日本大会がありましたが、観戦者は手洗いとマスクが義務で、炎天下でマスク着用の観戦。観戦者がまるで感染者まがいですね。

新型インフルエンザの対策で、野球の観戦もジェット風船は禁止になったところもありますね。
まあツバが飛ぶというよりも、うるさくてお邪魔虫のジェット風船ですから、インフルエンザ対策というより、はじめからなかったほうがよいようです。
TVでのお相撲観戦を自宅で見ていますと、国技館のほうにはマスク着用の方は殆ど見かけず、場内を映すTV画面では2~3人くらいでしたか。

先週の朝7時前ですが、孫が起き出してゼーゼー咳き込んでいる。若い母親は「発熱相談センターに連絡したほうがいいのですかねえ」と私にいうから、その必要はないでしょうと返事。

なぜ彼女がそうまで言うかというと、小学校からの通達で、発熱やせきが出た場合、速やか「発熱相談センター」に通告し、その後 学校にも報告をということらしい。
どうも学校もスポーツ界も画一的に過剰な反応ですねえ。

孫には、「しょうが湯」を作って飲ませて、ハンドヒーリングで手当てをしてやり、母親には小児期からクループ気味(軽い喘息)なので、念のため呼吸器科の病院行きを勧めました。

でも、如何でしょうか、この当り、寝冷えあり、過激な運動有りのさまざまな原因の咳や発熱がある。その常識的な症例と行動の判断が、小学校側からの指示ではまるで見えない。
学校の指示は単に通り一遍な「咳と熱が出たら発熱相談センターへ」ですから。
お母さんがたは常識的にどう動いたらいいのか迷ってしまいます。


一般人が病気でないのならマスクの着用は欧米ではする必要がないという。
WHOですら病気の人が外出する時にはマスクは好ましいという程度。







[新型インフルエンザ  各国対応  :読売新聞より]



学校閉鎖は図のように、欧米もWHOもむしろ否定的で、罹患者が自宅でとどまることを提言し、全体閉鎖はやりすぎというような意見のようだ。

ましてやマスクの品切れ買占めは、オイルショック時代のトイレットペーパー騒動を思い出してしまう。


どうも今回の「新型インフルエンザの日本の対応」は過剰な気もする。face04


悪性の突然変異をケアする向きもありますが、菌というとその存在全てが、まるで悪者にする基本姿勢があるのですね。

怖いのは、中国とは言いませんが乾いた大陸での大量の農薬を大地に散布すること。
それが、鳥内や地中のウイルス菌を変異させたり、プロテイン増強の人口飼料を無理やり家畜に与えて薬物の体内蓄積やその糞便中の菌種を変性させるほうが本当に怖い。

そもそも何で、悪性インフルエンザが発生するのでしょう。
なんで変異するのでしょう。
大本は、人間側に起因するのです。


院内感染のSARSは薬物の耐性菌。つまりモトを糾せば、人が作りあげたともいえる悪玉菌。

48億年のおだやかな地球の生命環境と違って、たかだか100年の間に人が金儲けのために開発された薬物の大量使用。
それによるあらゆる生命体異常の方が遥かに恐ろしい。


薬物は体重比例ですから、60Kgの人が使用する薬の量はかるいミジンコやウイルスにとっては膨大な化学薬品となる。
仮にミジンコですと体重およそ1mgですから人間に投与する6千万分の一の薬物で作用する。

ウイルス類はさらにその1000分の一の重量ですから、人に投与する薬物の凡そ600億分の一の重量で変性する可能性がある。
微小生命体である彼らのほうが、実に軽微な薬物で変性し、人間が大量投与する農薬ほか全薬物に感応することは自明です。

ご存知でしょうか?北海道の農地にばら撒かれた農薬ほか全人工肥料の総量は、昭和23年頃からの累積計算ですと1平方メートルあたり、1トンです。


48億年 地球と一緒に住み付いてきた土壌菌、腐敗菌、酵母菌、大腸菌などなど、彼らのお陰で生命循環、大地循環、環境循環がある。  

Posted by suzuki at 06:00Comments(1)気になる出来事

2009年05月23日

国民投票制度




[総務省発行の憲法改正国民投票制度のリーフレット:いよいよ来年 5月に施行です]




今週から新しい裁判員制度がスタートしました。
このブログでも、わけのわからぬまま国民全員が『裁く側に強制される』ことの理不尽さを述べたことがあります。


高度な法律解釈や判例判断などは一般人にはできません。
それでも無理やり裁判に引きづりまわされるのはさて如何なものか。

国民側の視点に立った良識ある裁判をという狙いでしょうが、それよりもなによりも国民を『裁く側に強制する』ことのほうが、はるかに恐ろしい。


最近のTV解説などでは、裁判員が意見を述べても最終的判断は裁判官が下すのだそうです。
だから安心してくださいという。
それもおかしな話ですね。ならばなんで無理やり裁判員にするのですか。


とりわけこうした大事な国民の義務?? 強制される公職性を殆ど国民に開示する事前情報がなかったということです。
これこそ国民投票ものでさえあると思いますが、この制度の成立までに、どれほどの社会公開がなされたでしょう。
ほとんど新聞報道にもなく、毎日 新聞をジックリ読む論者も昨年の11月くらいまで知りませんでした。


さて、つずいて論者のように、制度の成立にいたる経過は殆ど知らなかったということのないように「憲法改正国民投票制度」についてお知らせします。
といいますのは、来年の平成22年5月18日から施行されるからです。

これについては、裁判員制度よりもはるかに国会で与野党論議してましたのでご存知の方も多いでしょう。

たまたま総務省からの「憲法改正国民投票制度」についてのリーフレットが手にはいったのです。





[政治は物・金・物質的ルールをこね回しますが、そこに心がベースになければなりません]



憲法改正に関して、その96条に、衆参両院の各三分の二以上の改正議決があった場合、国民投票によるものとあるのですが、この国民投票制度が今まで不在。

法令化されていなかったのです。
それを「国の不作為」とも読めますが、いよいよ来年の5月からの施行です。


有権者は18歳以上とありますが、確かこれは民主党の意見によるものでしたね。
自民党も民主懐柔のために盛り込んだのですね。


国民投票の過半数で憲法改正が成立するのですが、無効投票が多い場合はどうするのという議論もある。
日弁連辺りからの意見でしたが、投票率が40%くらいで改正賛成が仮に60%とすると、有権者の24%しか賛成じゃないことになる。


一方で棄権は投票しないことで、他人に選択を委任しているので問題ないという意見もある。

いづれにしても、いよいよ来年の5月から「憲法改正国民投票制度」が施行。
段々、憲法論議が活発化することになるでしょうねエ。


合法的なシステムで、金をもうける物質欲の社会構造を政治は創り上げてきました。

何が真実なのか?そうなると心の豊かさが増すのか、単にモノの豊かさが増すのかを、よくよく考えてまいりましょう。


一切の前提は、「調和」と「愛」。

これにゆらぎがあると社会は大きく変調し始めます。  

Posted by suzuki at 06:03Comments(1)一言ご意見

2009年05月21日

おみくじ




[写真は本文とは関係ありません。実は娘家族です。 まあ、いろいろとぶら下がってますねえ]





江ノ島の弁財天様でしたか、引いた「おみくじの神札」を真剣に樹木に結んで、両手を合わせていたお嬢さんの光景がありました。

きっと、「凶」が出たのかしら?いやそれとも大吉かしら??
足を止めて、ごくごく真面目に両手を合わせておりました。

ですが、凶でも最近のおみくじは確率から言って、非常に少ない。
ですから大吉と並んで非常に貴重ですよ。ですから凶なら運がいい。icon22


それにいいことでも悪いことでも、祈り上げること自体は結構なことですが、どうせなら個人環境よりも社会環境、地球規模のお祈りのほうが、神さまにとってはありがたい。
おみくじは自分の問題でしょうから、おみくじを離れた通常の世界平和のお祈りのほうがいい。


神様は忙しい身ですから、まいど、ばらばらな個人的なお願いよりも、地球全体のよい方向のお祈りのほうがありがたいのです。



でもそもそも現象は自分が創っているのですから、自分を占う他力本願のおみくじを引くこと自体はどうも見当が違う。
今の状況と未来の姿を「おみくじ」は詠っているのですが、それははっきりいって寺社の収入源にほかならず、今の状況と未来は自分が全て知っている。
こころが、静かで魂を探り、光明に触れたときとはいいませんが、フット現れた何気ない「想い」、それが道しるべ。


自分の心が平和に浸りきっていれば、目に投ずる現象もまた融和の姿しか来ない。

雄大な富士を憎しみの目で見つめれば、怒りの富士に変わり、我が家にもどってみても、我が家の環境も、怒りの波動で飛び交う。





[こちらの絵札は、稲穂がデコレーション。絵馬も様々ですねえ]



これまでの想いが、行き先を決定し、今瞬間の心の情景があたらしい現象場面を作り出していく。

ゲーム感覚で恋人同士がなごやかに仲睦まじく引くおみくじも、ある意味でほほえましい。

ですが、元旦のおみくじに殺到する、老若男女はなにかむなしさを感じてしまいます。


一人一人の心の質が何よりも、おみくじよりも重要です。face02  

Posted by suzuki at 06:00Comments(3)気になる出来事

2009年05月19日

心の力




[お人形さんに映して、未来の子供たちに思いを馳せる:ロシア大学前]



出会いに偶然はない。偶然なく一切が必然。
今此処は、「天が与えた最善の場面」だから、天が学ばせる現象のいま、それが一見悪く見えようが、そこ一切に「ありがとうございます」の言霊が自然にほとばしり出る。

今を肯定し、認め受け入れ、笑顔だから、あたらしい感動・感謝・喜び・充実の「四合わせ」が飛び込んでくる。
縁があって、認め受け入れて絆がむすばれる。
絆ができれば、しあわせはおのずと向こうから飛び込んでくる。
幸せのカタチは、心の力がこねあげる。


どんなご家庭にも、夫婦喧嘩や親子ケンカはつき物ですね。
でも必ず自分に責任があるのですよ。
どんなに相手に非があろうとも、その暗い心の陰を作り上げてしまったのは自分。
相手方に一方的な非というのはありません。
喧嘩は自分と相手があって成立しますから、どんなに相手が悪かろうが、その怒り、悲しみ、ムカつき、様々な負の感情を創り上げた当事者、それは自分。


今が楽しくならないと損なのは、分りきっていますから、喧嘩で起きてしまった負の感情を消すのには、許す、楽しむ、折れる、謝る、語りかけるなどなどプラスの心が大事。
そのほうが器が大きいですよ。
負の感情が –100だとすると、それを好転するには逆方向の感情つまり、あらたに-100(方向性が違う100の感情)を乗ずると、

-100 × -100 = +10000 

最初の方向性とは違う陽の環境が10000 生まれることになる。

 頭の悪い子?ほど、きっかけで群を抜く子になるし、大きな不幸ほど大きな幸せの宝庫となる。
負の値が大きければ大きいほど、プラスに好転したときの喜びは大きい。

その幸せのカタチは、心の力がこねあげる。





[5月9日の小田原 大雄山にての満月 そう満月ではなくなりました。この日 鞍馬ではウエサク祭りでしたね。お月様からのメッセージですよ。  ]




純正とは「霊主心従体属」の魂の形質、信念とは神我一体の今の統覚。
希望の下絵が地球の笑顔を作る。
創造は信・善・美・聖に向かう産み出し、愛は融通無碍なる与える愛、勇気とは行動する純正意識である。
進化とは神化に他ならず、調和とは物心不二一体、モノと心の調和と共に、地球と大宇宙の調和そのものである。


だから「純正」、「信念」、「希望」、「愛」、「勇気」、「進化」、「調和」の心から八方に広がる光が人類のいのちの大原則。

これを大宇宙の八光玄律といいます。
光の中心点は吾が魂。



[天盤]




[吾から発する八光の魂波動]




天盤図形の「九星」の真相は、中央の「五」が実は数字の五に口とかいて「吾」のこと。
さらに心を加えれば「悟」となる。
その魂の吾から八光が外に向かって放出される。


あえて一二三四五六七八九十(ひふみよいむなやこと)と十の統一界まで整理するなら、
九の神数は「信頼」、十の統一数は「感謝」。
八光玄律が己の魂から発する地平方向の八つの光なら、「信頼」と「感謝」は上下の方向。



どんな今でも力を抜いて、今を認め素直に受け入れること、これが心力を増強する。
どんな今でもじっくり味わうと、これが幸せの素材を集めることになる。

純正・信念・希望・創造・愛・勇気・進化・調和の八光の素材が幸せのカタチを作る。
この応用を「桃の実合掌形」に転じてみよう。
両の手を、指先あわせて桃の実状に蕾を作る。
イザナ気(精神性)・イザナ身(物質性)の 二神の親指をそっと離して、その天岩戸の隙間から、八指でできた空間に飛び交う八光を覗いてみる。
このしあわせのカタチの中に、信頼と感謝の息吹を存分に吹き込んでみよう。
これを永世息吹(ナガヨイブキ)の法という。
長寿の秘法です。


ちなみに気・身 二神の親指の開離とは分離にあらず、精神(気)と物質(身)による構成二極の再認識なのである。
永世息吹が、気・身 二神の再生進化行にして、その再認識された二神は不二一体にして、光明一元神に他ならない。



しあわせの「桃の実」のかたちを創って、内部に飛び交う八光に息吹きかけ、さらに信頼と感謝エネルギーを注入補強すれば「意識の量子化」が始まる。
すなわち「想いの実現」である。





[中国杭州 西冷印社まえの論者  印の形も意識と現象の重要なキー ]




人生の様々な衝突、それなくば、魂(玉)の瑕は気付かず。
時空を超えて、全てが計らいであったことにやがて気付く。
過去の出会いの全てに、かの仇敵に、かの人生最大の難敵にお礼がいえたら本物の感謝の塊だ。  

Posted by suzuki at 06:33Comments(3)神泉界

2009年05月17日

朝昇龍の学生服姿




[こちらは朝昇龍のファッションショーの舞台]




マゲをちょこんと乗せたお相撲さんが、愛嬌ある顔でTVに出るとなにやら微笑ましさを感じますね。
お茶ずけのコマーシャルの高見盛りでしたか、大きな手に小さな茶と小さなお箸で永谷園のお茶ずけを頬ばっている。
これも結構愛らしい。


ですが、コカコーラのコマーシャルだったかな、学生服の朝昇龍ですと、微笑ましさよりも「悪がき」のイメージを持ってしまいます。

一昨年でしたか、出稽古の土俵に転がった豊ノ島の上に、ひざを押し付けて、脱臼させちゃいましたね。
そのほかでも本場所で負けた相手に、しばらく「ダメ」を押すシーンが、正統力士らしからぬ印象を与えてしまった。
昨年には協会への傷病届けの最中に、モンゴルに戻ってのスポーツが報道されて不評を買ってしまいました。
そんなイメージがありますから、朝昇龍が勝つと『あーあ!』と、ため息が漏れる。face10icon10





[あーあ! 安美錦がまけちゃった]




同じモンゴル出身でも白鵬ですと、「つよいねえ!」と、同じため息でも、違うため息が漏れる。
横綱は「心・技・体」のレベルがお相撲さんのトップでなくてはいけません。
それが基準で横綱になります。

中でも「心」が真っ先の基準ですから、何よりも品位が求められるのです。icon14


ですから何かと話題の多い朝昇龍ですと、その学生服姿がさほど、かわいらしく映らない。


先月 日本の永久居住権を得たようですし、日本の大学に入学して学位をとって将来にはモンゴルと日本を繋ぐビジネスをするとか??




[モンゴルでの横綱]


相撲は勿論日本の国技。お国自慢といいますから、やはり若手の日本人が頑張って欲しいですね。
魁皇も、千代大海もちょいと限界でしょうか?

鶴竜もモンゴルですし、大阪出身の豪栄道、山口出身の豊真将、茨城出身の希勢の里あたりの若手が、もっともっと力をつけてほしいですね。  

Posted by suzuki at 06:00Comments(0)気になる出来事

2009年05月15日

公園に愛と感謝のセレモニー




[写真は4月の皇居での集合風景です。赤ちゃんや低学年の子供たちも入れて最終的には30名を超えてましたね]



4月11日(土)に皇居を皮切りに「公園に愛と感謝のセレモニー」を実施しております。
ただ、大地に感謝するだけの催しです。icon06
視線が大地ですから、開催日は土曜日にして皇居から、東西南北の公園に感謝行。

参加資格なんでありませんよ。ご自由に。face02





[六義園に論者 鈴木が4月のお花見のときの撮った枝垂桜。5月ですからもう桜は散っていますが都内有数の枝垂れ桜ですよ]







[六義園庭園内 日本庭園は山あり谷あり海あり川ありです。西洋の公園と違って、そこは自然と一体になった日本人の宇宙感があるのですね。]


◕ 5月23日(土
)13時半 集合 「六義園」入り口 入場料¥300 自己負担

この「六義園」は皇居の真北に当ります。
柳沢吉保の庭園で、非常に気のいいところです。
この日のコーディネーターは代表世話人の片岡慎介さんと、サトル理事の川口哲史さん。
川口さんは、サトルの分科会では「感性を磨くワーク・ショップ」を都度開催してます。

川口さんから、樹木からどんな気が出ているのか、葉を触って何を感じられるのかなどの「波動感性」を道々 コーディネートしていただきます。忘れかけた感性を取り戻しましょう。
 JR駒込駅(地下鉄 南北線も乗り入れ)から徒歩で南方向へ 5~6分のところです。


◕ 6月20日(土)13時半 集合 「新宿御苑」<新宿門の入り口を通過した近辺に集合>入場料 ¥200自己負担

新宿御苑は皇居の真西に当りますね。
新宿編はコーデネーターの片岡慎介さんに加わり小澤吟水さん(ウォーキング・アドバイザー)が参加。休憩時間に「公園de講演」です。

小澤さんに正しいウォーキングを指導して頂きながら園内の日本庭園・イギリス庭園・フランス庭園などを散策した後にセレモニーを執り行う予定。
レジャーシートなど持参して頂くと芝生の上でリラックスできますよ。


アクセスは地下鉄「新宿御苑」、「新宿三丁目」から5分くらいです。
吟水さんというとお坊さんみたいですが、美しい女性ですよ。
美しく見せる歩き方、健康になる歩き方など教えていただけます。
論者鈴木も彼女から教えていただきました。face02

私たちの両親も、そのズット昔の方も、公園にはお世話になりました。
さみしい心や、トゲある心を公園はそっと、包んでくれました。
今度はこちらがお返しする番ですよ。

私たちの子供たちにも、大地に向かって感謝するそんな素直な心でいて欲しいですね。face02
初めての方とも、また新しい出会いとご縁を作ってみましょう。  

2009年05月13日

音霊と日本人



[巫女舞に五十鈴はかかせませんね。舞いも音霊も場の浄化です]



日本人の特徴の一つに大自然の音霊と、己の心とが一つになるという感性が与えられております。
外国人には自然音を魂の響きととらえることは比較的不得手のようです。
典型的なのが「虫の音」ですが、欧米人にはノイズとしか聞こえません。
ですが、日本人には四季の贈り物、優雅な音霊ととらえます。


風の音は「ヒュー」とも「ザワザワ」とも、そよ風にもなると「スウッ」と入ってくる。
また恋人同士のささやきは耳元で「フッ」と息がかかる。
雨の音霊にも、「ポツリポツリ」、「しとしと」、「ざあざあ」、「ごうごう」・・・・さまざまな擬音が表現されていますね。
五月雨(さみだれ)や、時雨(しぐれ)の表現にも風情が見えてきますでしょう。


「さみだれを集めて速し 最上川」という句や、秋の降ったり止んだりの「時雨」にも突然の雨に雨宿りする庶民の姿が浮かんでまいります。
また時雨も、岩手の民謡「さんさ時雨」、歌舞伎の「しぐれ傘」、さらに転じて歌謡曲の「浪速恋しぐれ」など、どれ一つとってみても様々な音霊と情景がからんだ日本人の魂の深さが見て取れます。


日本人の感性に入り込んでいる音霊は、自然の一部で、爽やかに魂と一緒に根づいているのです。
今では神社でもあまり聞くことが少なくなりましたが、宮司の奏でる岩笛(いわぶえ)は、その音色が大宇宙とこの場の共鳴調和で、居合わせる方々の心の浄化の音霊となっているのです。

論者 鈴木も月末の日曜日には神棚に向かって岩笛を吹き上げ、大祓え祝詞を奏上しております。澄んだ音霊が鳴り響き、宇宙の素なる本源に返ってきた感覚に浸れます。

その昔、岩笛の素材は地球に落下してきた隕石だったそうで、これに1センチ径くらいの吹口を掘り込んで用ていたようです。





[天河弁財天   三つ鈴]




天河弁才天様のお印は「三つ鈴」、でも世には五十鈴(いすず)と呼ばれていますが、神さまにささげる音霊で、神社も巫女さんの天地交霊の舞に、鈴は欠かせません。
五十鈴振りの音霊は、魔払いや、場の浄化という所作であります。
伊勢神宮に流れる川を「五十鈴川」といいますが、当然 禊ぎ払いの川と知れます。


巫女さんの打ち振る五十鈴のほかにも、神社の境内には大きな玉鈴が釣り下がっております。
このミルキーのペコちゃんのグッと口を結んだカタチですから、これを裂口代(さくしろ)といって言霊の代行なのです。
言霊奏上の変わりに音霊を鳴らし無言で感謝を意乗り挙げるという意味なのです。


この宇宙に「われ在り難し」、それを神の子、子神としてわがいのちを賜り、この世に出現させていただいた「感謝」、五穀の豊穣に対する感謝が神社拝礼の基礎なのです。

願い事は本末転倒で、究極の祈りである「存在の感謝」があくまでも神道の本筋。





[拍手にも深い意味が・・・・・・・]



拍手(かしわで)もまた重要な音霊です。
このニ礼ニ拝については今年の「サトル春の大会」で、論者 鈴木が、その本意について講演させていただきました。
拝礼とは、人間が赤ちゃんの四つ這いの爬虫類次元から、神さまにその背を引っ張り上げられ、直立してニ立歩行できる霊止(ひと)への進化の姿でもあります。

ために、90度に折り曲げられた腰と、真っ直ぐに伸びた背筋、引いた顎の状態からゆっくりと背筋を起こし立ち上げていきます。
頭を低頭するときは、万物への感謝の意識とともに息をゆっくり吐きながら、真っ直ぐ伸ばした背筋のままに倒します。そして息を吐き切ってから背をおこします。

背を起す際には、息をゆっくり吸いながら、地平線上から昇る太陽をイメージして起き上がり、それがグングン天中に向かい、真っ直ぐに背が直立した時点では太陽、すなわち天照皇大神様が頭上に昇りきって光り輝く状態です。

私はこの起きあがる所作だけでも約7秒はかけます。低頭に7秒でゆっくり息を吐き万物に感謝いたします。
低頭しゆっくり吸気しながら起き上がったのちに吐気し、その吐気ともに頭上に昇った太陽の光を、頭上から頚椎を落下し背筋を通って光をフッと腹中丹田に納めるのです。
つまり天照皇大神を腹中に鎮座させるのです。


神との一体化が拝例の極意です。
拍手(かしわで)は魔払い浄化の音霊ですが、音鳴ったその合掌の瞬間が、天御中主大神の次元に入ることを意味します。つまり「ゼロ次元」に入ることを意味します。

天御中主大神さまは女性性と男性性を併せ持つ中性神で、一人身の宇宙創造神です。
人間は目・耳・鼻・口・触感などのセンサーで、この現象世界を認知し、ワレヨシ、ワレコソの意念で自分の周りの諸現象を選り好み、不浄の陰を心の中に落としていきます。

拍手は、それらの不浄の陰一切を浄化する所作なのです。右手のイザナ気(精神性)と左手のイザナ身(物質性)との合体調和にてハッシと音霊を鳴らし、その合掌の瞬間が「ゼロ次元」の天御中主大神さまへの原点回帰なのです。

右手と左手はその左右を見ればそれぞれに異なりますが、合掌の瞬間、それは右手でもなく左手でもない一体の手掌、つまり天御中主大神さまです。

所作だけが先行した神社拝礼の昨今ですが、何よりも重要なのは外ではなく、内なる意識なのです。

日本人は音霊に慣れ親しむ天津霊継ぐ民族、そして時代は音秘めから音成(おんな)の時代に入ってまいりました。

乙姫は澄んだ音霊のない世界の比喩、ここに浦島(ウラシマ)を迎え入れ、にわかに笛太古の音霊が鳴って音成るとなります。


「ウ」はスサノウの勇気判断、「ラ」は螺旋の進化を意味し、「シ」は支え、「マ」は真実の真。
浦島の正体は、真実を支え、勇気判断をもって進化をいざなう神性意識。


この神聖意識は、2009年急速に日本に渦巻いている。


さすれば、神鳴る音霊は女性意識から発進されることになる。
今年は神鳴る雷鳴の年となりましょう。 

女性は謙虚さと素直さがなくてはなりません。
男性は女性の感性を素直に受け止め真言(まこと)を生活に発揮していかねばなりません。

そしてともに本物の中性性(天御中主大神次元)を腹に据えねばなりません。




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Posted by suzuki at 06:00Comments(0)神泉界