2009年07月29日
戦後、魂が抜けた(その1)
その1: 誘導された日本自虐思想
CI&E という戦後日本に水面下で影響を与えた機関をご存知でしょうか?
CI&E アメリカ政府軍による、いや実質的にはフリーメーソン系の遠大なる思想統一情報教育機関、その正式名を「民間情報教育局」という。
民間情報教育局の使命は「ウォー・ギルド・インフォメーション」という、日本人に戦争の罪悪感を植え付け、民族の魂である日本文化の価値基準を抹殺するもの。
そして連合国の脅威とならない日本人の精神構造の弱体化を目指すものだったのです。
日本は戦後 パン、脱脂粉乳など多大な食糧をアメリカから頂いたということになって恩義を感じています。
ですが、米国内での酪乳と小麦の取れ過ぎによる価格暴落の危険を、敗戦国日本にその原料を単に廻しただけ。
アメリカ軍による終戦直後の食糧配布は、ララ資源つまり日系アメリカ人の人道的本国支援とするもので米軍は単にその配給の手立てのみでした。
それを議員さんがこぞって、国会でマッカーサーに感謝する決議すら行ないましたが、殆どの方がその輸出元の事実、供給者は旧日本人だったことを知りません。

[世界を見通す左目には、物質世界しか見えていない]
また、決して日本はそれらの資源をタダでもらっているのではありません。
十二分な借金818億ドル 現在価格で約12兆円を、さらに敗戦から8年後の1953年からは世銀から8億6千万ドルの電気、鉄鋼、その他インフラ整備の借款もしてます。
それらが返し終えたのがついこの間、1990年のことです。
CI&Eに話は戻りますが、彼らは日本からまず「大東亜戦争」という用語を抹殺しました。
欧米によるアジア全域にわたる植民地政策を回避して、連帯アジアをまとめる意味で日本とその関係国は「大東亜」という統一スローガンを生みだしました。
この大東亜思想には頭山満はじめ早大生の孫文、朝鮮から来た金玉均(皇族)、インドでは詩人のタゴールらも関与していたのです。
原点は欧米のアジア侵略からの防衛、ただこの一点だったのです。
戦後、日本の参戦は侵略戦争と位置づけられていきました。
日本は第二次世界大戦で310万人の犠牲者を出しましたが、このうち一般人は80万人、東京大空襲では米軍のB29空爆機により一瞬にして10万人の一般市民が殺されました。
沖縄から本土に向かう避難の小学生ら1660名が乗った一般客船「津島丸」がアメリカの潜水艦によって撃沈、その子供たちは南の海に沈んでいきました。
こうしたことは、一切表には出なかったのです。
一般市民の虐殺、これこそが戦争犯罪でなくて一体なんでしょうか?
高邁なアジア連帯思想からはずれて、日本軍部の暴走もありました。
しかし先の田母神発現ではありませんが、大アジア連帯が往時のカナメであったのです。
戦争という全体狂気の中で、どちらかが正しくて、どちらかが悪いなどということは出来ません。
第二次世界大戦の戦勝国 アメリカ、イギリス、フランス、中国、ロシア(旧ソ連)が、任期が決められていない国連常任理事国であり、それらの国だけが核兵器を持つことが許されているのです。
他国の核保有はすべて、国連決議の元ですべて排除されます。
こうしたことも近年の若者は知らないのです。
話は戻りますが、終戦直後GHQによって言論統制が敷かれたのですが、それの背後にあったのが、CI&E。
1945年の9月から日本国内の出版規制に入りましたが、道徳のような「魂」に関わるものは焚書で、連合国に対する批判めいたものは没書、および拘束でした。
学校教育では「道徳」の時間は消えてしまいました。
奮ってますよ、CI&E介入によるGHQ発令は「新聞の言論と自由に関する新処置」といいます。
ここに「自由」という表現が出てますね。ほかに「平等」と「博愛」がフリーメイソンの欺瞞のシンボル用語なのです。
30項目の出版物検閲対象、その中には ・満州における日本人の取り扱いに関しての批判 ・神国日本の宣伝 などなどもある。
さまざまな「不自由」を突きつけて、それが「自由」というものだという。
1945年12月から‘48年1月までCI&Eの手による原稿を新聞各社にリリースして、「太平洋戦争史」を強制掲載させた。
その内容は如何に日本軍が残酷、非道なことをし抜いてきたかという内容でした。
この辺りから、日本人の自虐思想が蔓延し始めてまいります。
そしてアメリカナイズした自由?と合理性が、まるで美徳のような思想にまで浸透していくのです。
合理性とは、少ないお金で、如何に最大のお金儲けをするか、その最短の方法をさすのです。
それが合理性(Rationality)の語源なのです。
そこには情動や、育みや、施しの概念はありません。ストレートな物欲思想のみです。

[このツインビル崩壊も本当にアラブのテロだろうか?]
(後日に続く)
CI&E という戦後日本に水面下で影響を与えた機関をご存知でしょうか?
CI&E アメリカ政府軍による、いや実質的にはフリーメーソン系の遠大なる思想統一情報教育機関、その正式名を「民間情報教育局」という。
民間情報教育局の使命は「ウォー・ギルド・インフォメーション」という、日本人に戦争の罪悪感を植え付け、民族の魂である日本文化の価値基準を抹殺するもの。
そして連合国の脅威とならない日本人の精神構造の弱体化を目指すものだったのです。
日本は戦後 パン、脱脂粉乳など多大な食糧をアメリカから頂いたということになって恩義を感じています。
ですが、米国内での酪乳と小麦の取れ過ぎによる価格暴落の危険を、敗戦国日本にその原料を単に廻しただけ。
アメリカ軍による終戦直後の食糧配布は、ララ資源つまり日系アメリカ人の人道的本国支援とするもので米軍は単にその配給の手立てのみでした。
それを議員さんがこぞって、国会でマッカーサーに感謝する決議すら行ないましたが、殆どの方がその輸出元の事実、供給者は旧日本人だったことを知りません。

[世界を見通す左目には、物質世界しか見えていない]
また、決して日本はそれらの資源をタダでもらっているのではありません。
十二分な借金818億ドル 現在価格で約12兆円を、さらに敗戦から8年後の1953年からは世銀から8億6千万ドルの電気、鉄鋼、その他インフラ整備の借款もしてます。
それらが返し終えたのがついこの間、1990年のことです。
CI&Eに話は戻りますが、彼らは日本からまず「大東亜戦争」という用語を抹殺しました。
欧米によるアジア全域にわたる植民地政策を回避して、連帯アジアをまとめる意味で日本とその関係国は「大東亜」という統一スローガンを生みだしました。
この大東亜思想には頭山満はじめ早大生の孫文、朝鮮から来た金玉均(皇族)、インドでは詩人のタゴールらも関与していたのです。
原点は欧米のアジア侵略からの防衛、ただこの一点だったのです。
戦後、日本の参戦は侵略戦争と位置づけられていきました。
日本は第二次世界大戦で310万人の犠牲者を出しましたが、このうち一般人は80万人、東京大空襲では米軍のB29空爆機により一瞬にして10万人の一般市民が殺されました。
沖縄から本土に向かう避難の小学生ら1660名が乗った一般客船「津島丸」がアメリカの潜水艦によって撃沈、その子供たちは南の海に沈んでいきました。
こうしたことは、一切表には出なかったのです。
一般市民の虐殺、これこそが戦争犯罪でなくて一体なんでしょうか?
高邁なアジア連帯思想からはずれて、日本軍部の暴走もありました。
しかし先の田母神発現ではありませんが、大アジア連帯が往時のカナメであったのです。
戦争という全体狂気の中で、どちらかが正しくて、どちらかが悪いなどということは出来ません。
第二次世界大戦の戦勝国 アメリカ、イギリス、フランス、中国、ロシア(旧ソ連)が、任期が決められていない国連常任理事国であり、それらの国だけが核兵器を持つことが許されているのです。
他国の核保有はすべて、国連決議の元ですべて排除されます。
こうしたことも近年の若者は知らないのです。
話は戻りますが、終戦直後GHQによって言論統制が敷かれたのですが、それの背後にあったのが、CI&E。
1945年の9月から日本国内の出版規制に入りましたが、道徳のような「魂」に関わるものは焚書で、連合国に対する批判めいたものは没書、および拘束でした。
学校教育では「道徳」の時間は消えてしまいました。
奮ってますよ、CI&E介入によるGHQ発令は「新聞の言論と自由に関する新処置」といいます。
ここに「自由」という表現が出てますね。ほかに「平等」と「博愛」がフリーメイソンの欺瞞のシンボル用語なのです。
30項目の出版物検閲対象、その中には ・満州における日本人の取り扱いに関しての批判 ・神国日本の宣伝 などなどもある。
さまざまな「不自由」を突きつけて、それが「自由」というものだという。
1945年12月から‘48年1月までCI&Eの手による原稿を新聞各社にリリースして、「太平洋戦争史」を強制掲載させた。
その内容は如何に日本軍が残酷、非道なことをし抜いてきたかという内容でした。
この辺りから、日本人の自虐思想が蔓延し始めてまいります。
そしてアメリカナイズした自由?と合理性が、まるで美徳のような思想にまで浸透していくのです。
合理性とは、少ないお金で、如何に最大のお金儲けをするか、その最短の方法をさすのです。
それが合理性(Rationality)の語源なのです。
そこには情動や、育みや、施しの概念はありません。ストレートな物欲思想のみです。

[このツインビル崩壊も本当にアラブのテロだろうか?]
(後日に続く)
2009年07月27日
勝浦から館山へ
[勝浦遠見神社の長い階段、そこにお雛様が飾られる]
勝浦港の直ぐ近くにある勝浦遠見神社では全国から廃棄されるお雛さまを、その長い急傾斜の階段に飾るお祭りがあります。
この勝浦遠見神社さん、長い階段を登りきると、さらに急坂な細道がつづく。
やがて息をついて歩いてゆくと、見晴らしの良い境内に行き当たる。
ですからズット手前の階段の前にお賽銭箱があったのですね。
遠見神社ですから、勝浦を遠くに見渡せ、太平洋に思いを馳せるのかなと思ってもいましたが、「遠見」ですからふと「冨」かなとも想いが掠めました。
天富命(あめのとみのみこと)を祭神としてますので、おそらく遠見(とみ)に変化したのではないかしら。
[見事なタモの木ですね]
調べますと、江戸時代までは富大明神と称し、はじめは今で言う八幡岬公園の突端 富貴島にお社があったといわれています。
つまり前にほど紹介した「八幡岬公園」の素晴しい地場波動をこの勝浦遠見神社さんが受け継いでいるのですね。
慶長6年(1601年)の津波で、岬の富貴島のお社が流され、万治2年(1659年)に現在の場所に建立されたようです。
遠見神社さんでは「天地融合万物融和」の祝詞を上げさせていただきました。
かなり良い波動のせいでしょうか、その境内には巨大なタモの木が生育している。
神社さんでは、必ずといってよいほど巨大なご神木がありますね。

[四條流 包丁式]
勝浦から車でおよそ30分程度走って南房総市の千倉に入りますが、そこに高家神社(たかべじんじゃ)さんがあります。
日本で唯一料理の神を祭る神社さんで、ご祭神は磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)。
通称は高倍神(たかべのかみ)、この境内では京都の四條流の包丁式が例年行なわれるところです。

[高家神社 宮司さんらと]
箸と包丁だけで鯛を裁くことで有名ですね。
烏帽子、直垂をまとい、一切手を触れることなくキチンと頭、骨、尾とさばきます。
高倍神様は景行天皇の安房の浮島行幸のおりに、ハマグリと鰹を調理されおおいにその技を評価され、いらい膳大伴部(かしわでのおおとのべ)を賜った方。
日本料理の基礎を築いた神さまということですね。
宮司様は代々高木姓で、たまたま居られた宮司様にもご挨拶をさせていただきました。
[平成12年に竣工した、素敵な茅葺の拝殿ですよ]
この千倉の高家神社さんから、白浜海岸をとおると忌部氏の上陸した布良を経て館山の下立松原神社へ参りました。
下立松原神社のご祭神は天日鷲命・天太玉命・天富命・伊弉諾命・伊弉册命を主祭神とし、阿八別彦命・須佐之男命を配祀。
天日鷲命は天太玉命に従う四柱の神のうちの1柱。
天太玉命さまは、天岩戸隠れにも出てくる占いの神様で知られますが、忌部氏の遠祖です。
天太玉命の孫天富命が、天日鷲の孫(阿波忌部氏系図では由布津主命)を率いて、阿波の国(徳島県)、更に四国から流れて、総の国(ふさのくに:千葉県)を開拓したとある。
ですからこの当り一帯は阿波の国の忌部氏なのですね。
本籍地が阿波(あわ)の地でしたから、たぶん房総も安房(あわ)になったのではないかしら。
下立松原神社の境内も素晴しい地場波動で、ひふみ祝詞を奏上。
日本人のアセンション、その軟着陸を祈願してまいりました。
この拝殿には巨大なご神鏡がありますよ。ひとめ80センチ余りあったかなあ?
[下立松原神社の拝殿、右奥に外の景色を反射している大鏡があるでしょ。左の丸いものは太鼓ですよ]
この辺りは神がかった町名も多く、「神余」というところではなかなか見れない渦龍雲を大空に発見。
千葉県は日蓮様ゆかりの地でその関連仏閣が多いのですが、神社さんも気配の良いところが多いですよ。
2009年07月25日
天御中主大神
[房総の清澄寺は日蓮さんが修行されたところですが、ここにも妙見様が祭られている]
天御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)さまとはこの宇宙の創造神とされる方で、後にお出ましになる高皇産霊神(たかみむすびのかみ)さまと神皇産霊神(かんむすびのかみ)さま、この三柱をして造化三神といわれております。
私たちが住むこの地球が誕生する以前の、大宇宙を創られたのが造化三神で、地球の創り固めは国常立大神さまの御用と言われております。
後に移入されてきたの仏教の影響で、妙見様つまり北斗七星信仰が芽生えますが、とどのつまり神道の天御中主大神様がその妙見様に当り、多様なお姿をとることから十一面観音とも別称されてしまうようになる。
ですから、妙見菩薩や十一面観音をお祭りする仏閣には必ずといっていいほど、神道固有の「神鏡」が正面に安置されている。
数年前に秩父神社におまいりしましたが、ここも妙見信仰のつながりで天御中主神を祭る妙見社です。
神社の北面にはふくろうの絵があり、「ふくろう」それは天御中主神様の表現体であるということが分ります。
7月の中旬に、千葉県内の神社神業に入りましたが、千葉県には天御中主神様をお祭りしている神社さんが数多くある。
調べますと神社宗教法人登録をしているものだけでもなんと50社以上もあるようです。
千葉県庁の直ぐそばの「千葉神社」も主宰神は天御中主神様です。
[北斗七星は妙見様でもあり、その信仰は様々な形で残されてます:撮影 村岡文晶氏]
たまたま千葉神業に行った日は、数日続いた厚い曇天で星一つ見えない日が続きましたが、その夜は綺麗な北斗七星、妙見様を見せてくれました。
また泊まったところから数分のところに天御中主神社さんがありました。
[新田野の天御中主神社境内 早朝の太陽木漏れ日ですね:撮影 村岡文晶さん]
なぜ、千葉県に天御中主神様系が多く祭られているのか詳しいことは不明なのですが、ヤマト王朝以前に総の国に上陸した大国主、猿田彦、武甕槌神(たけみかずちのかみ)らがさらにいにしえのの足跡を残したのではないでしょうか。
のちの日本武尊が東征の折に、あらぶる東海の海を鎮めようと、その海に身を投げた弟橘姫。その姫をヤマトタケルが偲び、立ち去り兼ねた地、「き(君)さらず」の名の由来 現在「木更津」方面にも天御中主神、妙見信仰の寺社も多く、忌部氏が上陸したという館山 布良(めら)近辺にも妙見信仰の寺社もある。
四国の阿波(徳島県)の忌部(いんべ)一族が、海路を黒潮に乗って房総半島南端の布良に着き、総(ふさ)の国(後に上総・下総に分かれる)の開拓を進めたのですね。
[勝浦 八幡岬にある小さな祠から勝浦港を臨む]
勝浦では、八幡岬公園という非常に波動の高いエリアがありました。
岬自体が堆積層の地質で、その層状の地層を露出させ、太平洋の波浪を受ける奇岩絶壁など、見事な景観を見せております。
とりわけ岬突端にある八幡社という小さな祠付近は、非常に精妙な波動を出しておりました。
2009年07月23日
芝公園で感謝セレモニー

[芝公園エリアマップ]
皇居から真南にあたる、芝公園。この当り一帯はかつて増上寺の敷地内に当るといいます。
増上寺は徳川家の菩提寺にあたり北は愛宕に接し、南は三田四国町の薩摩屋敷にっ接し、往時には学僧3000人が学ぶ僧坊があったという。
その一部が、芝公園となって現在では緑色濃い都会のオアシスともなっています。
上野の寛永寺が江戸城の鬼門に当り、歴代将軍15人のうち6人が寛永寺に眠る。増上寺はウラ鬼門です。
公園に感謝のセレモニーも今回は、皇居―六義園―新宿御苑 とつづいて4回目。
古神道のお話を交えて、鈴木俊輔が片岡慎介さんとともにコーディネーターを勤めさせてもらいました。

[芝公園内の巨木:撮影 西村 健治氏]
芝公園 丸山古墳エリアの高台で「神社拝礼の作法」、「拍手の意味合い」などをおはなししました。
拝礼時の背骨を真っ直ぐに、あごを引いて背を真っ直ぐに直立させる意味合いが、言霊の「人体に刻まれたア・オ・ウ・エ・イの脊柱御柱」を打ち立てることなどもお話しました。
つまり下丹田が「ウ」に相当し生命チャクラとLINKする。
「オ」はスワッディースタナチャクラとマニプーラチャクラに相当し、内臓諸器官の細胞を強化し、また先祖霊との交流ともそこは関連する。
「ア」は胸腺のナハタチャクラで、情愛や菩薩心を噴出させるポイント。
「エ」はヴィシュダーナチャクラの咽喉部で自己表現、豊な理性とも深い関係を持つポイント。
「イ」は眉間のアジーナチャクラと頭頂のチャクラに関係し、仏陀の高次元意識にはいりやすい。
しかし基本は基底部の下丹田や腹のチャクラが最も大事で安易な、頭部だけのチャクラ開発は癲癇や、ウツを助長しかねない。
こうした人体とアオウエイの関係、そしてその御柱を立てることが、拝礼の重要な意義であることを解説しました。
つづいて芝公園丸山古墳のお隣にある「芝東照宮」に移動。そこで実際の拝礼を皆さんとご一緒に行ないました。

[芝東照宮 : 撮影 西村健治氏]
[芝東照宮の巨大なイチョウ。幹周:6.45m,樹高25.5m 都天然記念物]
7月18日の当日は梅雨明け前でしたが、小雨もなく、また暑い日差しもなく、曇天の感謝セレモニーでした。
上の写真の銀杏は三代将軍家光が1639年に一年物をお手植えしたと伝えられている。
とすれば樹齢は丁度今年で約369年。
ミロクですね。
[華麗な仁王門がありますよ]
お参りをした芝東照宮を抜けて、お隣の「区民の広場」に場所を移動。
さらにそのお隣に重要文化財「旧台徳院霊廟惣門」がある。
台徳院は秀忠公の送り名で、もともとはここが秀忠公の霊廟の門。現在は増上寺の裏手が徳川家の霊廟となっております。
仁王門を上がると、西武系の「プリンス パークタワー」の中庭に突き当たります。
丁度この日は、中庭のところどころにバラの花がまだ咲いていて、東京タワーを背景に感謝セレモニーに参加の皆さんと一緒に記念撮影。

[芝公園 くみんひろば: 奥にパークタワーが見えますね]
そして又、広い芝生と花壇に囲まれた「くみんひろば」にもどって「感謝セレモニー」を実施。

[公園に感謝の言霊を:撮影 西村健治氏]
普段当たり前のようにベンチに腰をかけて休んだり、キャッチボールの少年たちがいたり、花壇で子供にお花の名を教えているお母さんがいたりする公園。
この芝公園にあたらめて、「大地さん、植物さん、虫さん、空気さん、そして私たちを受け入れてくれている緑の公園さん、ありがとうございます」と感謝の言霊を送った。
こうした、休んで当たり前と思っている公園に、心から感謝の言霊を投げかけてみよう。
日本全体が再生すると思いますよ。
2009年07月20日
真我と偽我
[羽黒山にて]
人間をからだ(Body)・こころ(Mind)・いのち(Spirit)の三つの視点で見つめることが大事だ。医療の見方からすると、からだの健康と、心の健康と、霊的な正しさを持った生き方、その三視点だ。
人間はもとよりお肉の塊だけであるはずもなく、そこに意識や喜怒哀楽といった感性の世界(パトス)と同居している。だからやりすぎ頑張りすぎの過度なストレスや、逆に何もしない怠惰な精神は、同居している肉体細胞に影響を与える。
つまり心が先行して肉体細胞の異常をつくり病を誘い、心が豊なら健全な肉体が維持できる。
西洋医学は、眼で見えるものだけを対象にした物質科学に依存してきた。
だから壊れた人間の機械部品を修理することが西洋医の仕事だ。
東洋医学は陰陽五行、動と静、寒熱といった大自然のバランスに対応して生命場を論ずるから、人間のこころの健康と肉体の健康の両方のバランスを診ている。
ところが霊的な健康というと、見えない心のさらに上を行くから観念的な世界で、見える物質の住人にはまるで馴染みがない。
[皇産霊神社 静岡県函南地区]
しかし西洋でも東洋でも、物質科学が台頭する遥か大昔から基教、儒教、回教、佛教、神道などと一緒に、「今此処にある」存在の哲学が研究されてきた。
心のもっとも深いところに「生かしめている大きな存在」を古の聖人君子はもとより気付いていて「愛」・「法」・「(融)和」を生活の大本に据えていた。
Spiritを論者は「いのち」と平易に捕らえた。
それは「いのち」とは我が物だけではなく生かされているすべての存在に天から共通に与えられている生命エネルギーという考えにある。
つまり「いのち」は自分の中にも、同時に内から外にも繋り、家族や地域社会とも繋がっている。
そしてその「いのち」は、より大きな「地球という巨大ないのち」とも繋がっている。
魂という日本的な表現も、「いのち」と同義同質と考えている。
神智学では高次な意識、コーザル意識やメンタル意識は神我に近い概念である。
仏教にも六根を越えた未那耶識や阿羅耶識、宇宙意識という高次意識の概念がある。
こうした人間の肉質から遠く、高次な神仏の意識、性質をSprit とも霊性ともいい、論者は巨大な神意識の一部が「いのち」であるように感じている。

[品川神社 山門]
別の見方をしてみよう。肉体の内部に五感肉体センサーと受感された反射意識がある。
これを「五感六根」という。
6番目の六根は「意」そのもので、情緒系を伴わない「重い、熱い、痛い、まぶしい・・・」などの単純反射意識である。
それを仏教では「意」として「こころ(意識)」と分けている。
また神道では肉体、幽体、霊体、玄体、神体と肉体よりも精妙な波動意識体を順に指している。
「いのち」、「たましい」、「Spirit」、「神体」はいづれも高次な神意識の領域で先にも言う同義とおもう。
私達は物質世界だけに生きる偽我の領域を超え、さらにその奥にある真我の自己を見つめなければならない。
「真我」と「神我」とは同義同音である。
私達の心の深奥は天、宇宙創造神と通づる。
その神と通づる心のパイプの中核を純正自己といったり真我といったり霊性(Spirit)或いは魂とよんだりする。
自分の心には嘘はつけない。
それは自己の中核が神我であることの証明で、その真(神)我が人間の純正本体で純正、信念、希望、創造、愛、勇気、進化、調和の八つの神霊波動を持つ。
偽我とは肉体五感のセンサーだけでこの物質世界を認め、それのみが真実で、目では見えない愛や調和は認めない生き方である。
「われこそ」、「われ良し」、「われのみに」が偽我の生き方、物質世界に拘泥した生き方である。
2009年07月18日
気導術ってなあに

[日本気導術学会 鈴木眞之 会長]
この7月に日本気導術学会 会長の鈴木眞之(まさゆき)先生にお出で頂き、「気導術とは?」のお話を伺いました。
気導術については船井幸雄先生もしばしば著書で紹介してますが、私は全くの初体験でした。
鈴木会長は、西洋医学はもう物質医学だから限界がある。
けれども東洋医学も4000年もかけて一体何をやってきたのかとも鋭く指摘。
確かに鍼灸や、漢方薬、気功など目に見えない世界、つまり季節、時間、心などなど総合的に判断する。
しかしそれでも快癒には膨大な時間とお金がかかる。
だから4000年かけて、何を研究してきたというのでしょう。
「気導法」の詳細までは浅学で分りませんが、筋肉の異常がそもそもの発端という。
つまり肉体の筋肉にエネルギいーが不足すると、その筋肉組織が萎縮し硬化する。
すると神経細胞を圧迫し脳に痛みの信号が発せられることになる。
ひざや腰も、医学は骨を重点に調べるが、結局は瞬間風速的に直っても、ふただび同じ症状を繰り返す。原因は筋肉であることが分っていないからで、その筋肉へのエネルギー不足を気で補うのだという。
筋肉の自己治癒に生命エネルギーが必要でそれを「気」と称して、気は宇宙に充満するととく。
論者は40肩をわずらい、もう完治状態でしたが肩を廻すとコリコリ音がして、十分には廻らない。そこで施術をしていただきました。
鈴木会長の軽い手当て、それもわずか20秒ですよ!
それで本当にスムーズに方が廻るようになっちゃったのです。
会場では、腰痛もちのかた、万年ひざ通の方、目の痺れ、ウォーキンギ中の姿勢の歪み、それらがことごとく、いいですか瞬時に治っちゃったのです。

[あらま、嘘のように痛みが取れたり、体が曲がるようになっちゃた!]
鈴木会長に万病の元の「便秘」について治癒のヒントを頂きました。
ポイントは後頭部だそうです。
便秘は骨盤の圧迫と胃下垂、だから大腸と小腸が上下から圧迫される状態。
この療法は、左右の耳後ろの毛の生え際辺りから後頭部中心 中段付近にある突起骨まで頭部を親指で揉み上げる。これが骨盤の安定化に、作用するのだそうです。
また左右耳元から突起骨に達した親指をさらに頭の上方左右に揉み見上げる。これが胃の上方移動に効くのだそうです。
そして何よりも、胸式呼吸がいいとのこと。つまり胸呼吸で胃袋を持ち上げ、胸を存分に膨らませることが大事という。一般的に言う「腹式呼吸」は気が廻りにくいのだそうです。
ちなみに膝痛は腰骨付近背骨の左右のつぼを揉む。
こうしたポイントが気の龍穴なのだそうです。
また実演セミナーでは、過去のトラウマはずしも、ものの2分程度でやってしまった。
存分に苦しいイメージを眼をつぶって思い出し。
十分に負のイメージを思い出したら今度はアジーナチャクラにめがけて胸呼吸で一緒に吸収させる。
存分に胸を目一杯開いて吸収する。
同時に眼球ヘリと脳稜あたりを揉みしだく。
ここもポイントなのでしょう。
これなら禍々しい過去の汚点を他人のケアマネージャーに言葉で言わずに済むから、心理的にも都合がいい。
こうした心の痛みはずしも実演し、依頼者は「もう一度 マイナスを思い出してご覧」の声に、「なぜか思い出せません」とこたえる。
「気導術」、興味津々ですね。
笑いと感謝と信頼が何より大事と鈴木さんはおっしゃる。
そうですね、生命が輝いて生きるということは、全てを肯定する魂のきらめきが必要ですね。
2009年07月15日
空振りサミット

[ 写真は地元イタリアのデモ隊によるイタズラ人形のようですよ。でも旨いですね。]
イタリアのラクイラで行なわれたサミットでは、北方領土問題に進展が見られると期待されたのですが、残念でしたね。
5月に来日したプーチン首相が「(サミット時に)大統領が領土問題を話す用意がある」と述べ、新提案が期待されていましたが・・・・・。
逆に、ロシアのメドベージェフ大統領との会談では、北方領土はロシアにより不法占拠されているという麻生首相の国会答弁や「我が国固有の領土」と明記した「改正北方領土問題等解決促進特別措置法」を批判され、成果ゼロでした。
麻生太郎さんは、なぜか日本ではほとんど見せない満面の笑みに、派手なジェスチャー。
写真撮影では、他の首脳が渋いダーク系なのに1人だけシルバーグレーのスーツで、左端にもかかわらず目立っていましたね。
オバマ大統領との会談もなく、結果は25分ほどの立ち話で終わってしまいました。
イランや北朝鮮の核問題に関する非難や、国際的な金融経済再建の表明という、まあ余り成果のない「しゃんしゃん会」のイメージでした。
日本にとっては「空振りのサミット」です。
ウイグル問題対応のため胡錦涛主席が急遽帰国で、それに代表されるように何かそれぞれの国で火種を抱えたまま参加したサミットの首脳陣。
中国では一昨年、チベット問題で大揺れに揺れましたが、また死者180名を超えたウイグル問題も勃発。
死者が200名近いということは、重軽傷者はその凡そ30倍と見ていい。
何らかのけが人はその300倍と見ていい。
ですから、6万人くらいが傷を負ったと見られます。
コトバも文字も宗教も変えられ、ウイグル人の教育の全てに押し付けの北京文化ですから、いつしか噴き出すとは思っていました。
でも回教徒のウイグル民族よりも、仏教徒のチベット自治区のほうがダライ・ラマという優れた主導者がインドに現存することから、さらに激しいものがあるようです。
中国だけでなく、麻生太郎さんも自民大敗の都議選と衆議院の解散を腹におさめてのサミット出席でした。
世界全体が、「見えない世界」であるそれぞれの心の中に、くすぶり続けている「このままでは危ない」という危機感が、至る所で噴出してきているようです。

[ピラミッドの左目は一体何を見ているのでしょうねえ]
物金・権力支配の世界構造が、早く変わるといいのですが・・・。
まず日本こそが、日本人の意識が、「すがり」と「たかり」の精神からおさらばして、愛と調和と感謝のこころに浸りたいものです。
「見える世界」でなく「眼では見えない世界」にこそ真実がある。
2009年07月13日
抗がん剤が人を殺す

[健康は家族の願い。病になってはじめて健康のありがたさを感じる。 不平不満、愚痴、そんなものはどうでもいい・・・・健康のありがたさを噛み締めてみよう]
日本建築医学協会の役員に知人も多く、ときどきその主催の講演会に出かけます。
医事評論家の船瀬俊介さんは同じ「シュンスケ」さんですから、何か親しみが湧いております。
そんな船瀬俊介さんの医事セミナーに行ってまいりました。
人間の体には毎日平均で5000個のガンが生まれているという。健康な人でも誰でもがその胎内に何百万から数千万のガン細胞を持つことになりますね。
ところがそのガン細胞をやっつけてくれる胎内のパトロール隊がNK細胞。
このナチュラキラー細胞がガン細胞を攻撃して排除してくれている。
体内のがん細胞を発見すると、それを細くし三種類の毒性たんぱく質を与えてがん細胞を死滅させ、その死骸は尿から排出されるといいます。
ところが「抗がん剤」が、このNK細胞、リンパ球を破壊してしまうというのです。
「抗がん剤」の投与で、脱毛、無力感、便秘、嘔吐様々な副作用、いやある意味で新らたな病症状を与えるのです。
そしてまた赤血球や血小板も破壊してしまい、それが原因で内蔵出血や臓器不全で死亡することは知られています。
しかし、NK細胞破壊までひき起すとはとは知りませんでした。
でも瞬間的にでもなぜ「抗がん剤」を使用しているというと、たしかに一部の腫瘍は萎縮するからです。ところがそれは5~8ヶ月間で効かなくなるのだそうです。
1985年に米国立がん研究所のデヴィタ所長がアメリカ議会で衝撃的な証言を行ったそうです。
それは、ガン細胞は「抗がん剤」によって反抗がん剤遺伝子(アンチ・ソラッグ・ジーンズ ADG)をつくり、抗がん剤を無力化してしまというのです。

[心の優しさと、正直に生きる生活態度、それが何よりも健康維持の土台です]
ですから「抗がん剤」の投与で一時的に縮小した腫瘍も、例外なく5~8ヶ月でもとの大きさに再増殖。
つまりリバウンドしたガン細胞は猛烈に増殖して、全身を侵食する。
築地にある国立癌病院の歴代の院長さん、確か7名でしたがその内6名がガンで死亡されたとか?もう一名は現役の院長さんだそうです。
船瀬さんが言うところの「抗がん剤」の効能判定で4週間くらいしか病院では観察しないのだそうです。
それはこの5~8ヶ月でのリバウンドを「隠している」からだと強烈に指摘する。
日本では上記のデヴュタ所長の米国議会証言は、製薬会社の支配下にある日本のガン学会が緘口令を敷き、マスコミもこの事実を握りつぶしたというのです。
特効薬の「抗がん剤」は0.1CCで7万円だそうです。ガン患者の年間平均治療費は350万円。年間でガンに関連する利権は15兆円だそうです。
そう訊くと、「抗がん剤」とは何のことはない、「増がん剤」ではないということになります。

[自然の美しさ、それは純性無私だから・・・・・・・・]
人間は体だけで生きているものではありません。
心があって、喜び、感動を覚えて、また感謝して生きるもの。
細胞さんは、そのはつらつな、心の底から今を楽しむ「良性意識」に応じて、自己主張もせず、60兆全てが連動して、健全性を保ってくれている。
そうした心の明るい状態や、分離間のない受け入れる心根などの「霊性、心性」を第一に磨き、そして正しい食・眠・動の「体性」とでもいう生活習慣の三位一体が「細胞さん」の健全な働きを維持するのです。
『霊主・心従・体属』が全ての基本です。
病を治すのは医師ではなく、自己治癒という「細胞さん」なのですから、不調な方は「細胞さん」に心から「ごめんなさい」と繰り返し謝ってください。
堅調なかたは「細胞さん」に、心から「ありがとうございます」と感謝の言霊を投げかけてください。
2009年07月11日
川勝知事と文明史観

[川勝 静岡県 新知事 じつは 文明史観で有名ですよ]
7月の静岡県知事選で、接戦の末に初当選を果たした川勝平太さんは御年60歳。
選挙期間中は禁酒していたという川勝氏。
祝勝の宿泊した同市内のホテルで、同県産の日本酒で祝杯を挙げたようです。勝利の美酒の味を問われると「静岡県のお酒はうまい。どうぞごひいきに」と、早速「トップセールス」を始めたそうです。
大学学長から異例の政界転身。選挙期間中は、学生からプレゼントされた寄せ書き入りの青いTシャツを着続け、出馬表明からわずか1カ月の短期決戦を制した。
さて、この川勝さん、実は日本の文明論でも識者には広く知られる人物です。
政治なんて全く無縁の方だけに、ビックリしました。
「かわかつ・へいた」 日本国際文化研究センター教授。専攻は比較経済史。
1982年早稲田大学大学院経済学研究科博士課程修了、1985年オックスフォード大学よりPh. D取得。1997年度読売論壇賞受賞。
著書に『日本文明と近代西洋―「鎖国」再考』(日本放送出版協会)、『富国有徳論』(紀伊国屋書店)、『「美の文明」をつくる―「力の文明」を超えて』(ちくま新書)など多数。
川勝さんの「海洋史観」は著名で、人類の歴史や進化が「陸上」にあったことの対比に、それは「海洋圏全域」でとらえるユニークな視点を提供されている。
たとえば、「鎖国」とは二つの見方がある。一つは、外界との交流を絶ったことで世界標準の科学的精神に劣り近代化が遅れたという見方。もう一つは、鎖国は保護貿易であり、国内産業の保護に役立ったとする見方。
しかし、川勝さんによれば、鎖国しても国内で自給自足が可能であったことから、その強固な経済基盤がなぜ成立したかを問題にする。
つまり自給自足がなぜ可能であったかということを問題にする。
室町時代から戦国時代にかけての世界経済は、ヨーロッパと日本がともに海洋アジアと活発な貿易を行った時代。その背景には、ヨーロッパは14世紀から流行った疫病、日本は南北朝以来の内乱期という未曾有の危機があった。
ヨーロッパ人は疫病対策として香辛料を求めてわざわざ危険を冒してまで東南アジアまで渡来。
よろしいですか 香辛料の由来は疫病対策なのです。
まあそれはいいとして、日本人からは「倭寇」が食糧を 求めて東アジアを荒らしまわった。

[近世ヨーロパは 海洋アジア圏がなければ成立しなかった]
そこでヨーロッパと日本は作物も技術力も豊潤な海洋アジア圏と出会う。
これが人の生活と海洋圏を一緒に巻き込んで行った歴史の視点。
ヨーロッパ諸国は金銀などの貴金属を供給し、アジアの香辛料や綿製品を入れた広い意味
での環太平洋にわたっての自給自足経済圏を確立。
一方の日本はやがて国内という狭い範囲での自給自足体制を確立したことである。
ヨーロッパは香辛料の栽培地を新大陸(特に南アメリカ)に見出し、イギリスが先行した産業革命の力で綿製品を東南アジアからの輸入に頼らなくてよくなったことで太平洋経済圏へと拡大していく。
産業革命とは植民地から物を運んだりする技術に化けていく。
一方の日本は綿、絹、茶など輸入品のほとんどを国産化に成功したために、国内での自給自足が可能になった。
その結果、ユーラシアの両端 東と西で二つの「脱アジア」文明が成立し、ヨーロッパ文明はその後に「産業革命」(資本の集約)を起こし、日本は「勤勉革命」(労働力の集約)を起こし、ともに近代社会を準備する。
おもしろいですね、日本の勤勉という性癖は、自給自足文化を土台に生産性を挙げるという方向に向かう。
近代ヨーロッパが誕生する過程は海洋アジアのもつ資源搾取、そう!植民地の搾取なのです。
そのアジア植民地に頼らなくなる独立・自給自足過程が近代ヨーロッパ。
日本は、ヨーロッパのように自らの外に自給を実現したのではなく、自らの内側に取り込んだところに日本の特異性があるという。

[雄大な海洋全体像の中の日本から、必要物を求めた交易、必要物の内部自給への取り込みへ、そして自給自足文化の発展からさらに、勤勉へと日本は意識も変化した]
日本の歴史を、近世から近代への転換点に明治維新を置く。
その際に明治日本は先進的な西洋近代というシステムを輸入して、頑張って遂に追いついたというストーリーで理解している。
また西洋史も古代→中世→近代という時系列で普遍的に説明できると考え、その典型例を最初に産業革命を起こしたイギリスに見た。
西洋近代を、陸の上での経済活動しか見ていない点で「陸地史観」であるとするのに対し、近代社会にインパクトを与えたのは海洋であるとする「海洋史観」を提示する。
それが川勝さんでした。
さて川勝さん、「広大な海洋文明史観」を駆使されて、新しい日本造りに全力を注いでもらいたいですね。
まづは静岡から文明観を変えてもらいたい。
2009年07月08日
心根の表面化

[ パチンコ店 火災の現場 ]
大阪 此花区のパチンコ店での放火殺人犯の「金も仕事もなく 人生に嫌気がさして 通り魔みたいに 誰でもいいから 大勢の人を 殺したかった」。
これが4人を殺した犯人の述懐です。
2008年6月に7名を無差別で殺し、10名に怪我を負わせた秋葉原の事件もこれと似ております。
殺される被害者は誰でもいいのです。
また過去数回、アーケード商店街などむろん車両通行禁止のヒトにぎわうプロムナードに車を暴走させた事件がありました。
2005年4月 仙台市青葉区の商店街「中央通り」(アーケード街)にトラックが侵入、暴走し、歩行者7人が死傷。
また同年12月にも同じ仙台でも同様な事件が起こりました。
犯人は、「悪魔の声が・・・」とか言ってたらしいですね。
これらに共通するのは、ゆがんだ自意識もさることながら、「殺せ 殺せ」という 悪霊の声。
悪霊は自分と同じ低次な意識に憑依する。
肉体を持たないからその怒りや渦巻く憎しみを、自分で実行する手立てがない。
ですからこの三次元世界では肉体を持つ同質の人間に憑依して、その想いを実現するしかない。
同じ波長を持つ、低級な意識に憑依してそそのかす。
憑依されたほうは、その怒り憎しみ恨みがさらに増幅して、行為にうつる。
だから逆に、高次な意識で愛、感謝、喜び、調和で生きていると、悪霊の憑依はまるで次元が違うからどうしようもない。取り付く島がないのです。
怖いもの見たさに霊スポット探検とか醜怪な書き物を見たり、この類のゲームの実行は実に危険極まりないのです。
その悪霊世界に同調しやすくなるからです。
[ 榛名神社 ここの磐座は 立て替えの大きな波動を持ってます。]
6月は一口で言うと『自分の性癖を表面意識でつくろってきたものが、おのずと隠せなくなる時期』、その峠を越えました。
この次元の変化は、『本質自己の飛躍のため』であって、本人が気付かぬうちに、心根が 表に現れてくる現象です。
たとえばこれまで隠してきた獣性が、隠し切れずに表に出てきたり、謙虚の性癖がさらに磨きがかかって、菩薩の心根が見え出してきたりする、心根の表面化です。
、
今まで怒りっぽかった方が何故かこのところ穏やかになったり、悲しんでばかりいた方が、このところ笑顔が見えてきたり、強情のヒトが急に素直になってくる。
これから、そういう抑えてきた現象が多く出てくるのでしょうね。
隠せなくなったということでもあります。
自我を離れて物事を観ることが出来ないから、その方の顔つきを見ていると強欲の心根が顔に出てくる。
これまで外面的に取り繕ってきた顔に「内面のこころ」がはっきりと映し出される。
注意してご自身のお顔をみてください。チェクしてくださいね。
誰にも隠し事だ出来なくなったということで、心のままの行動とその表現が外見にも出てまいりました。
建前や嘘で自分で自分が分からなくなってきた、奇妙な「現代自己未確認分離型人間」が「自己確認人間」という本来の状況に戻ってきたのです。
だから自分も他人も、その想いがストレートに表現される。
共時性もどんどん出てくる。
でも共時性とは、偶然ではなく、自分が創り上げているというのが実相です。
このストレートな想いの表現というのは、思いの実現速度が速まったということの付加条件だったのです。
歪んだ想いが、その実現が早まると困りますから、少なくともその想いが、心中に隠されるのではなく顔にも、言葉にも行動にも見えやすく本音が表に出るという意味。
そのほうが自己発見、自己成長そして本質自己に繋がるからです。
もちろん、ひとは神の子ですから、ネガティブな想念のその行為責任は「最後まで自分がとる」ということになります。
[前橋市 産泰神社 : 時代はオールリセットで新しく産まれるということに・・・・・]
霊性磨きのための次元変化は少しずつ、こうした「心根の表面化」という形を取って進行している。
逆に通常の方が あせる心 おごる心が出てさいなまれたりもする時期でもある。
時宜 自分の想念体のお洗濯現象です。
想念体の曇りをはらうと純精魂がみがかれる。
その汚れが負の遺産で、お洗濯の瞬時、あせる心、うつが表面にも瞬時でる。
しかし本体は魂の光。
みがかれた摩尼宝珠のひかりが、菩薩界の光・・・・。
世の「静かな次元変化」に気が付くこともだいじですね。
心根が隠せなくなるとは、そうした想念体(これまでの経験による善悪想念の記憶)のお洗濯。
始まってます・・・・・・。




