2009年08月31日

マジ人間ほどガンになる




[筑波大学大学院 宗像 恒次 先生]




筑波大学大学院教授の宗像常次先生は1995年の阪神大震災、ペルー日本大使館人質対策などの被害者をメンタルケアされた。阪神大震災では被災地の学校の多くは休校。被災者は、体育館・教室などで寝起きした。また、公園にテントを張ったり、自家用車において寝起きしたりする人もいた。






1996年(平成8年)12月17日に、ペルーの首都・リマで起きたテロリストによる駐ペルー日本大使公邸襲撃および占拠事件。翌1997年(平成9年)4月22日にペルー警察の突入によって事件が解決するまで、4ヶ月間以上かかった。
こうした心耗症状の方々の心療内科にあたられた。
宗像先生の著書に『行動科学からみた健康と病気』『自己カウンセリングで成長する本』『ストレス解消学』などがある。
新潟大学大学院の安保徹先生は人間のストレスと免疫活性の関係を研究され、ガンも本当の原因は心の問題から生ずるとおっしゃる。


宗像恒次先生によればガンの8割はなんと心因性と断ずる。
『ガンにかかりやすいヒトは?』とヒトコトで言えば『いい人』だそうだ。
つまり他人から見ていつも頑張っている自分の姿。なにを人から言われてもめげない自分。へとへとになっても働く自分。そういう方だそうだ。
ですからあらかたの日本人のスタイルですね。


その無理、自分の本音を騙すガンバリは、細胞さんや内臓さんに及んでくる。
心因的な負担が60兆個の細胞に大きな歪を与えてしまうのです。

社会的な背景が絡んだ理想の自分、仕事人間に生きるよりも、自分がこころから楽しく輝いて生きる「生の自分」のほうが、素直で軽くて、肩に力が入らず細胞さんたちも生き生きとする。


アメリカのサトルエネルギー・サトルエネルギー医学会(ISSSEEM)の前会長 クリスティーヌ・ペイジ博士に聞いたのですが、全米の内、心臓疾患の最も少ないエリアはどこかと調査したアメリカ厚生省の結果。

それは、菜食主義で禁酒禁煙のモルモン教徒の住む片田舎をイメージしたら違う。
なんとワインをしこたま飲んで、肉食OK、高カロリーでも何でも食べる。
カンツォーネで歌ってガンガン騒いで暮らす「イタリア人居住区」がなんと心臓優等生地域だったそうです。



ですから「五時から人間」といいましょうか、仕事を終えた夕方に生甲斐を持って遊ぶ「ゴジカラ人間」、「アホ人間」が健康ということになります。


論者は真面目に働く勤勉や、頑張る目標設定を決して無意味なものと断じているのではありません。
努力なくして波涛は越えられず、仕事の目標設定と精進は常の心とすべきでしょう。
だだ心に過度な負担がかかるスモッグがあっては何もなりません。


頑張るぞ!という燃える心、輝きのある心はよし。
だがそれが苦痛になって『耐えに耐え』などの心情になってはどうにもならない。

心疾患でもガンでも、とどのつまり「イキイキとしている」ことが「健康」の本源だと宗像先生もサトルの大会などでお話されていた。


さらに突っ込むと『自分に厳しい人、ときには自己嫌悪に陥るほどの潔癖のかた』がどうもガン体質のようですね。


とどのつまり『自分意識で自分の細胞さんをいじめている方』が、病の本質にどっぷりということになります。  

2009年08月29日

怪僧歩く




[ムムム・・・・ 怪僧が行く]




衆院選の選挙カーが巷を走るさなか、それに並行して怪僧を発見。

選挙カーの快走もやがて永田町に怪僧を産み出すのでしょうが、ふと歴史上の人物を思い出してしまいました。


日本の明治維新の頃にロシアではラスプーチンが生まれるのですが彼は12歳の頃に母親がなくなります。
そして彼は聖母マリア像が空中に浮かんでいる姿を目撃するのです。

これをきっかけにラスプーチンは2年間かけて聖地エルサレムまで徒歩で尋ねるといった行脚をする。
その巡礼から戻ったラスプーチンは、容貌が変わっただけではなく、ヒーリング、予知能力、透視といった特殊能力を身に着けていたのです。


1904年、サンクトペテルブルク(旧首都)に出たラスプーチンは、人々に病気治療を施して信者を増やし『神の人』と称されるようになり、皇族のニコライ大公夫人に取り入る。
さらにアレクサンドラ皇后に紹介され、血友病患者であったアレクセイ皇太子を治療して皇后の大きな信頼を得るようになります。


皇太子の病状が悪化する度に宮廷に呼び出されたラスプーチンが、そこで祈祷を捧げると、不思議にも皇太子の発作が治まって症状が改善するのです。

こうして皇帝夫妻から絶大な信頼を勝ち取り、『我らの友』と呼ばれるようになったラスプーチンは、徐々に政治に口を挟むようになった。

そのころロシア社会は、日露戦争の敗北のあとです。また国内には、革命運動も激化しはじめます。
 帝政への不満は表立ったところで出されず、多くの場合、失政の責任は側近に向けられることが多。もちろん標的はラスプーチンにも向けられたも。

夫の死後、女帝となったアレクサンドラはラスプーチンを立てることも多く、逆にラスプーチンは多くの貴族から狙われます。






[ロシアの怪僧 ラスプーチン ]




1916年に青酸カリの毒薬の入ったケーキを食べた後、銃で撃たれ、それでも死なずにカーペットで巻かれ凍ったネヴァ川に投げ込まれる。
死因は肺にたまった水から溺死と断定されますが、毒薬と銃と寒気では死ななかったのですね。溺死でようやく死んだという伝説の持ち主です。

また彼は巨根の持ち主とも知られて、彼のペニスはあるヨーロッパのある博物館に保管されていると聞きます。



日本では弓削の道鏡が怪僧として知られますね。
弓削道鏡は法相宗の僧で、孝謙上皇の病を治したことからその信頼を得て徐々に政治に顔を出す。孝謙上皇は聖武天皇の娘さん、安倍内親王です。

764年、孝謙上皇と対立した、彼女のいとこに当たる最高実力者・藤原仲麻呂が反乱を起こす。上皇は仲麻呂の専制に不満を持つ貴族たちを結集して仲麻呂を滅ぼす。

余勢を勝って、さらに上皇は仲麻呂の推挙で天皇に立てられた淳仁天皇を武力をもって廃位し、淡路国に流刑にする。そして自らが再度天皇に復位するのです。ここに女帝が誕生。


道鏡は復位した女帝 称徳天皇のもとでその片腕となり765年には僧籍のまま太政大臣となり、翌2年(766年)には法王となります。

この女帝 称徳天皇もわずか5年にして病没するのです。以来 江戸時代まで女帝は出現しません。

道鏡が女帝に使えてのち権勢を振るうのですが宇佐八幡宮で「道鏡をして帝位を下す」というようなご宣託を受けるのですね。
彼もまた下世話に言うところの巨根の持ち主とも知られる。
やがて、彼自身が帝位の野望を持つところはラスプーチンと質の違いはありましょうが、やや似てますね。

道鏡もラスプーチン同様、女帝 称徳天皇の没後、新天皇の威光をもつ藤原氏によって下野薬師寺に幽玄されます。そしてのち1~2年で亡くなってしまいます。



現代日本のラスプーチンとは、元外務省職員の佐藤優さんが「外務省のラスプーチン」と呼ばてましたね。確か今もそんな題名の本がありますね。


しかし、能力を見出されて国家の最高位責任者に認められると、やがて周りからの「やっかみ」というさもしい心情が、権力争いの根底にあるのが歴史上の実際ではないかしら。


そして自らも少しでも「ゴウマンさ」があると、どんな世界でも長続きはしない。だから政治の要諦には「やっかみ」と「ごうまんさ」を無くすことですね。


民主党も永いこと国会で第一党であった自民党に取って代わって、政権のトップの座に着くことになりましょう。

自民党の「ゴウマンさ」と、野党の「やっかみ」のけっかでしょうか。

民主党も子育て資金やら、単にお金のばらまきの、口当たりの良いマニフェストよりも、日本の基本設計図をキチンと示すことが自民党に取って代わる最大の眼目です。


これからどういう政治の舵取りが民主党でなされるのか楽しみですが、「見える物質」、「見える経済」「見える科学」すべて「見える社会構造」ですが、「見えない心や意識」をどう世相に反映させていくのか。


そこがこれから様変わりする新生日本の本質的なポイント。



まだ残暑もあって、たまには浴衣で街中を往来する私ですが、ここで一句。


「ものいれぬ ふところ凉し 盆踊り」  

2009年08月27日

龍源寺と松原先生

 



[松原泰道 先生 三田の龍源寺の前のご住職でした]
 




毎年12月31日の除夜の鐘は、自宅から三田 慶応大学脇の坂道を登った、イタリア大使館前 龍源寺に鐘撞きに行ってまいります。

その界隈はお寺の廻りも大使館や神社や学校や住宅ですので、深夜の鐘衝きにはネオンなどなく周りが暗く深閑としてますから、北斗七星が見えたりします。
龍源寺の鐘撞きは無料で撞かせてもらえますので、毎年 地元の方々が深夜12時前には鐘撞き堂の回りにズラッと並んで、お一人お一人づつ、よき年を想い撞かせてもらいます。


いまでも鐘撞きに来られる方には全員お饅頭を無料で振舞ってくれる奇特なお寺さんです。
20年前頃には、お寺の僧房、といってもお台所のようなにあがり、そこでお汁粉をご馳走になりました。

お寺さんは大変ですよね、100人以上の鐘撞き人にふるまうのですから、慈善事業みたいなものです。



松原泰道さんというと、三田の龍源寺よりもはるかに著名ですが、龍源寺の前住職さんなのです。
いまではお寺の業務は引退されご松原先生のご子息 哲明氏が継がれているのですが、その松原泰道さんが先月 101歳でお亡くなりになりました。





[三田にある 龍源寺  まいど12月31日には世話になってます]




松原泰道さんは「般若心経解説」やら「禅」にまつわる書物やら130冊以上の著作を発行されている。紀伊国屋の書籍店でもかつては「松原泰道コーナー」などもありましたよ。


ご子息にお寺を譲った後も松原泰道さんの活動は精力的で 写経、禅の会、喫茶店講話 など様々なところで講演されて、100歳をすぎてもなお法話を若い方にされていた。



私もひょんなご縁で、25年くらい前から龍源寺に鐘撞きに行ったのですが、そこが松原先生のお寺だとは全く知りませんでした。知ったのはつい数年前。

知らないで、毎年 12月31日の夜に尊敬する松原先生のお寺に上がりこんでお汁粉を頂いていたのです。それも私の本当の誕生日にです。
私は戸籍上は1月4日生まれですが、親が当時「かぞえ」の年齢ですと、翌日には2歳になるのは如何なものかということで、1月4日付で出生届を出したのです。


『それにしても現在は、あまりにも忙しすぎます。みんな何かに振りまわされ、ものごとをじっくり「観察」するゆとりもなくなっていますし、自分の内面を見つめる余裕もなくなっています。


 潤いのない、ぎすぎすした多忙なだけの人生では、あまりにも寂しすぎます。自分を考え、他者を気遣うだけの心のゆとりをもちたいものです。


 ゆとりは、人生の充実のためにあります。ゆとりのなかで、自分は何のために生まれてきたのか、どう生きるべきかを大いに思索すべきでしょう。』 


 『人間としての生き方』(松原泰道)より



これを若い頃に目にした私は20代の頃から『こころのゆとり』を座右にしておりました。


般若心経の「空即是色」とは、のちのにアインシュタインの[ E=質量m かける 光速Cの二乗 ]と私は考えるようになっていきました。


それは「空」という一見、眼では見えない中には無限の「エネルギー(E)]が詰まっていて、それが変化したものが「色」つまり目に見える物質(m)と考えるようになったのです。



こうした私のサトルエネルギー的な現象(質量の世界)とこころ(意識エネルギーの世界)の考えの方の下地は、松原先生の著書「般若心経入門」から教えてもらったものです。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

・ 鈴木俊輔の講演 『日本人とアセンション』 

. 8月28日 (金) 18:30~ 20:45  港区「三田福祉会館」

    (JR田町より徒歩8分 、 地下鉄「三田」A9 出口より徒歩1分)


・ 参加費 一般  ¥3000 当日会場にて

   お申込は ymurata@subtle-eng.com   

Posted by suzuki at 06:00Comments(2)気になる出来事

2009年08月25日

善行は負を創る?





[千葉 茂原市の高滝神社  この拝殿裏の池付近 非常に波動が高いですよ! ]




「善行」が知らずの内にマイナスの心を創っていくこともあります。

相手のためにしてやった好意、それが結果として、自分の内側で「なぜ感謝しない」、「これだけしたのに何にもなし!」、「もう少しやっとけばよかったなー」などなど。

「もう少しやっとけばよかった」というのは、マイナス感情とは言うより、少しでも引きずり苦を呼び込む軽い負の心。



一切の執着を残さないことが、さらにいえば毎日が楽しくて仕方がない、笑顔の生活が最強にして万全ですね。

相手に良かれと思う「プラスの感情」であっても、お手伝いなり無償な行為のはずだったが、その後に「負の感覚」が残ってしまう。

いまどき醤油、ミソの貸し借りはないでしょうが、ご好意の近所付き合いという「善行」でも、心のうちで「自分がいい人だ」と思われたい自己保存心からやっているのかもしれないのですね。



一方では、過度な善行をけしかけるかのように、「ああもすれば、こうもすれば」というおせっかいな心情が首を持ち上げることもある。
これにはスピリチャル系の方が多いようです。
はやく「いい事をしないと、いいあの世が失われる」という切迫感なのでしょうか。
過度とは、過ぎたる行いで、負担がかかる。負担はこころに重石がかかる。





[ときおり こうした注連縄を見かけます。陰陽の産霊(むすび)と覚えます]






世のため国のため地球のために、アフガン、イラクほか世界中の危険地帯へボランティアをしたいという方がときどき訪れる。
或いはまたスピリチュアル系の仕事に何が何でも付きたいと言う相談にやってくる若者もいる。
ですけれど、どうも冷静でかつ不動な心底なかなか見えてこないのです。


お話を聴くと、皆さん一般的に早口で、自分の希望をまくし立てる方は凡そ、そういう「気合に酔っている」傾向にあるようです。

物質的なバランスが欠けて、移動や宿泊資金の目処がまったくない状態で、危険地帯を渡航する若者もいる。


地震や台風災害で、それーットばかりにご家庭を打ち捨てて、現地に急行される方もいる。
確かに尊い行為には違いないが、ボランティアをサポートする被災現地の仕組みもあるし、さらにそのサポーターをサポートすることもある。
そうした中で、自分の生活も考え、現地のシステムも考え行為してもらいたいですね。

みなさん崇高な善意識で行動されるのですが、心の基底に「与えるだけの愛」が見えず、ただ急いた義務感であったりして、ドッシリとした「人生の使命感」を淡々とこなす心根が見えにくいことが多い。




[茂原には神社が多いですね。小さな妙見社でしたが素敵な気配でした。妙見さま=天御中主神ですよ]




「善行」、もちろん素晴しいことなのですが、行為のその前に、自分が生かされていることへの深くてゆるぎない感謝がないと、おだやかな「生命の分かち合い」がボンヤリしてきてしまいます。

わき目も振らず猪突猛進に目標志向だけが強くなるのはいかがなものか。
それはかえって自分にも他人にも危険。



「善行」で戒めなくてならないのは「あいまいな決意」や、「俺がやってあげる」自我自尊の感覚。
ですから「善行」、そこには毎日、反省で心根のチェックが大事となります。
反省による負の消去、それが『執着』を創らない最良の方法。

心の中のよどみが『執着』になる。
水が入ったガラスのコップにドロを入れてかき混ぜれば、コップを透かした先は見えません。
ですが濁った水は、静かに時間をかけて落ち着かせれば、濁りは透明になってコップの先が見えてくる。

反省で魂が磨かれ本質の自己、真我さえ見えてくる。


人間、何をしても必ず自己保存の種が隠れているものです。
毎日キレイさっぱりにして寝床につければしめたものです。



2009年夏 かえり梅雨と豪雨、そして台風災害、地震の季節でした。
政治を含めて、まだまだ大きく引っくり返る現象もありますが、心おだやかに、どっしりと自分を見つめてみましょう。  

Posted by suzuki at 06:00Comments(4)神泉界

2009年08月23日

浄波良法セミナー





[浄波良法の開発者 松本光平さん おだやかな方ですよ]




『浄波良法』の開発者 松本光平さんは、ご実家がお寺さんで、若い頃は、雪深い北陸の永平寺で修行されたそうです。
今ではお兄様に殆ど札幌のお寺を預けて、ご本人は『浄波良法』の講演と病院での施術に
飛び回っている。それもガンをはじめ難病の患者さんばかり。もちろん西洋医学の病院から請われて施術応援に行かれているようです。


松本さんご本人が、むかし何度も肩の脱臼をされたそうで、そうした辛い自己体験から禅僧修行中も、気功や漢方医学のなど様々な方面を学び直したそうです。

松本さんと、毎度お話をするのですが実に謙虚な方です。
患者さんが劇的な回復を見せるのですが、それは患者さんの自己治癒という。
その点、論者と認識は同じで「細胞さんが直してくれている」のです。


本人が気がつかないうちに、内にあるその悲しみや苦しみ、場合によっては妬みや疑いや怒りのエネルギーが、自己細胞を歪ませるのです。
負の意識のエネルギーが、本来健全な細胞さんを圧迫し、神経に障り、凝縮して骨にまで歪みを与えてしまう。

病は心のストレスが原因で、お薬はいっときの痛み止めであっても、真の原因は治らない。その心の大元までたどらないと完治はしないのです。


松本さんの浄波療法で患者さんは、痛みが直ちに無くなったり、大きな回復を見せるのですが、かれが療法を開発された当初は、四国の病院で随分ひっぱりだこになったようで、大きな実績を上げてきました。






[ひょうたんを6ケ セットでプレゼントするといいですよ。なんたって「六瓢」(むびょう)ですからね]




松本さんお1人では多くの方々の施術に限界があるため「浄波セイバー」という器具を開発。
今ではこれを使ってご家庭で皆さんそれぞれがヒーリングに使用もされている。
30cm大のハンディな器具ですが、それから発する宇宙円光エネルギーを主として仙骨に照射する。


宇宙円光エネルギーは仙骨と共鳴するのですね。
仙骨は最も重要なポイントでムラダーラチャクラがそれに当る「生命力」のポイント。

よく「クンダリーニが上がった」とか言いますが、この仙骨に見えない野球のボール大の「摩尼宝珠」があって、そこから脊柱を火龍が頭頂にまで上昇する現象で、覚醒の一種です。

合気道でもこの相手方の仙骨を意識することが力ではない本当のコツです。
介護士さんが、ベットにふせているご老人や患者さんを起す際、相手の仙骨を意識して手枕で身体を回転するように起し上げるとラクに起すことが出来ます。


この仙骨に気エネルギーや宇宙円光エネルギーをチャージすると生命力が強化するのです。
この辺りは「気導術」と大変よく似ていますね。



施術は相手方への「労わり」、「愛」、そして相互の命のわけ御霊という意識が大変重要で、「全ては繋がっている」という意識が大大前提です。
だからこそ、宇宙円光エネルギーも相手方に作用するのです。


9月7日(月) 東京 三田の「三田福祉会館」18時半から浄波良法セミナーがありますが、鈴木俊輔も前半 一時間ほど「型霊」や「病の本質」などのお話をさせていただきます。後半の一時間は松本光平さんからの実践講習が体験できるようです。

興味のある方は[日本浄波協会] http://www.k3.dion.ne.jp/~hado/ までお問い合わせ下さい。  

2009年08月21日

子供の名前




[誰しもわが子には、優しさや希望そしてたくましい名前をつけたいものですが・・・・・・。 この写真のヒゲオヤジは直接親子関係ではありません。]




一昔前に自分の赤ちゃんに「悪魔くん」という命名届けを親が出し、役所の出生登録窓口で拒絶されたことを思い出しました。
親が勝手につける名前ですが、それがわが子に後にどのような影響を与えるのでしょう。


子供の立場で余り考えていないのですね。

先ごろ、人名漢字から「恨」「乱」などが削除されたようです。
戸籍法では使える文字を同法施行規則で常用漢字、人名用漢字、カタカナ、ひらがなとしています。ところが、読み方には言及していないのですね。


赤ちゃんの名前に使える漢字の制限はあるのですが、読み方の定めはないということです。
最近では、サッカーの「別科無(ベッカム)」や「路那独活(ロナウド)」もあるそうですよ。

ですが如何なものかしら?
子供が大きくなったら、過去の有名人で、もう誰も知らなかったりして・・・・。
名刺の字数も増えて面倒ですよ。



在波(あるふぁ)さん、紅多(べーた)さん、紅甘(がんま)さん、出誕(でるた)さん。
これも大人になったら、いつも振り仮名が必要になるお名前かもしれませんね。



個人的には季節感があって、花のような愛らしさや、海や山や青空のイメージがいいですね。
菜摘、奈々穂、光、鉄平なんかイメージが爽やかで、元気溌剌としている。






[7月の後半からの夏休み、雨も多かったですが朝のラジオ体操は気持ちよかったですよ]





夏休みのラジオ体操に出かけて、そこに居合わせた子供たちのお名前を聞くのですが、「翔くん」、「そらちゃん」、「陸(りく)くん」、「響(ひびき)ちゃん」「萌えちゃん」一字のおなまえが結構多かったです。

アニメやTVの主人公の影響もあるのでしょうねエ。



ちなみに当方の孫は長男の子の蓮樹(れんじゅ)と、長女の子が、稀大(まひろ)と颯人(はやと)。三男児とも私がつけた名前ではありませんが、やたらむづかしいですね。


知人から聞いたのですが「七七七」ちゃん。


女の子ですって、可愛そうにおとうさんがパチンコがよほど好きなのでしょうねエ。
それで「ななみ」って呼ぶんですって!?  

Posted by suzuki at 06:00Comments(0)健康に生きる

2009年08月19日

心の平和を




[市内のごみもヒトの意識が変わらなければ改善されません.環境問題は心の中にある] 





「この戦争は正しい」なんてことはありえません。相手を痛めつけ、殺しあうことですから、「お互いの存在の否定」その極致が戦争です。
以前私は、日本に敵が攻めてきたらこれに応戦し自衛防御するのは当たり前で、そうした意味で、現在あいまいな『自衛隊の存在』を自衛に限り合憲的にする憲法改正は致し方ないと漠然と思っておりました。

ですが、2003年のイラク報復戦争あたりから少しずつ考えが改まってまいりました。

そもそも武器や軍隊がなければ応戦のしようもなく、武器・軍隊のない国への侵略は、この時期にあって世界中が許さない。
そうした国連環境になってきている。

してみれば日本の憲法改正については「ちょっと待てよ」という考えに変わってまいりました。


「おどしと牽制」のための核開発、いわゆる「核の傘論」が北朝鮮やインド、パキスタン、イランなどの核を持つ動機心情ですが、もうそんなことをやっている場合ではありません。


地球環境全体が取り返しのつかないレベルにまで落ち込んで、加えて水、食料、エネルギー、森林などのあらゆる地球資源が枯渇し始めている。
完全に元に戻すことはできなくても、せめて地球村をこれ以上に疲れさせない「地球維新」に全地域、全世界が向かっていかねばなりません。
「戦」にとらわれ、核などの大量破壊兵器の開発にとらわれている場合じゃないのです。








アフガン、イラクも相変わらすの「自爆テロ」。
世界からのニュースで爆殺事件がない日がほとんどありません。
天からいただいた霊魂と、親からいただいた肉体を放棄して、なおかつ他人の命を奪ってこれを聖戦とは、これ天は決して許さず。



「平和」とはこのような「戦争がない」ことではないのです。
戦争がなくても、かつての東西冷戦時代もあったし、今でも北朝鮮と五カ国の冷戦もある。

家庭にあってはDVや家庭内暴力という戦争もある。


平和とは、単に武器を持った「戦」が無いと言うことではない。

戦争は人々のこころの中から生まれる。

平和の原点はひとえに「こころの平和」なのです。



「相手を認め」、「相手を受け入れ」、「相手を許し」、すべての繋がりとその「融和」を願うこころがなくてはならない。

日本人なら本当の大和(やまと:弥真統)、大調和を心の中に広げよう。
まづはお一人お一人の心の中の平和の確立が大事。  

Posted by suzuki at 06:01Comments(1)健康に生きる

2009年08月17日

福沢諭吉の世界





[若かりし頃の福沢諭吉]




慶応大学三田校まで徒歩7~8分のところに住んでおりますので、今日は福沢諭吉についてチョット紹介。

彼は天保5年12月(1835年)生まれ、中津藩士といいますから大分県生まれですね。
著述家、啓蒙思想家、新聞時事新報の創刊・発行者であり慶應義塾の創設者です。


ところが諭吉先生 立見新流居合の修練を積み、成人の頃に免許皆伝を許された居合の達人であったそうです。
日清戦争の頃、新聞社が当時存命していた幕末の「剣客」たちの座談会を企画した。
その席上、物故者存命者を問わず、誰が最強であったかという話題になった時、出席者の全員が一致して「それは福澤だ」と言ったというエピソードがあったそうです。

勝海舟も坂本龍馬も山岡鉄舟も剣の達人ですから、みんな腹が据わっていて、幕末から明治の方々は生死を越えて、滅私奉公で国家事業をしていたのでしょうね。


「天は人の上に人をつくらず」というメッセージはあまりにも有名ですが、重要な下文は意外と知られていない。


「されば天より人を生ずるには、萬人は萬人皆同じ位にして、生れながら貴賎上下の差別なく」。
つまり神さまが一切を生じさせたのだから、萬物、宇宙に存在するすべてのものに上下の差なんてあるはずがないではないか。


「ありとあらゆるものの靈たる身と心との働を以て天地の間にあるよろづの物をとり」 つまり人間というのは天から与えられえた霊が本体であって、それが身と心の作用の大元になっていると言い切っている。


「以て衣食住の用を達し、自由自在、互に人の妨をなさずして各安樂に此世を渡らしめ給ふの趣意なり。」 
だからこのことわりを天から与えられた霊体であることを踏まえて日常に生活をし、人に迷惑をかけずこの世を平安に暮らそうではないかという。


いくつかの諭吉論述のポイントに次のものもある。

「心事 高尚ならざれば働きもまた高尚なるを得ざるなり」

「学問の本趣意は読書のみにあらずして精神の働きに在り」


ただ本を読むにしても記憶では学問でも何でもない。学問とは己の心中に深く反芻して自己の精神の飛躍にあるという。

これからも、かれは「霊主心従体属」の思想であったことがわかりますね。



彼の墓所は、東京・港区元麻布の麻布山善福寺にあります。麻布十番街から仙台坂の韓国大使館に向かったところです。


こうした明治の志士は、欧米列強のアジア侵食に対抗するように、敢えて物質文明化を欧米から取り入れていったのですね。

技術の革新や法制度の整備などの国内体制の再編成に加えて、軍事力を背景にして自国の勢力を拡大させようという、いわば二面性を持ち合わせていました。
そうしないと、弱肉強食の国際社会で生き残っていくことができなくなっていたのです。

それでも霊止(ひと)の霊止たる「融合融和」と「霊主」の思想は頑なに保っていたのです。それが明治人でした。





[弥彦神社奥の院  奉納舞は北野初恵さん]




征韓論で知られる西郷隆盛さん。実は全く「征韓」ではないですね。
日本が欧米に開国したその姿勢に反対だった、西洋嫌いの朝鮮が日本と国交を断絶。
また現地の日本人居留民への締め付け姿勢に、板垣らは武力を背景に抗議外交を進言したが、西郷はむしろ、軍も従えない官位束帯で自身が単身赴くと唱えた。
そうこうするうちに外交優先の西郷派が内政優先の大久保らと袂を分かち、とうとう城山で明治10年に討ち死にしてしまいます。

明治時代の中ほどには、朝鮮半島の北の付け根までロシアのシベリア鉄道が延々と進出してきたのです。
正しく日本の目と鼻の先まで延々と物資、軍隊の供給路が敷かれたのです。
ロシアの軍隊を遠くペテルスブルクから短期に日本海まで運べるのですから、朝鮮国ばかりでなく日本も世界最強といわれる露軍の侵入に戦々恐々となります。

朝鮮国はこうした目先の外患に一般民衆が立ち上がり革命的な騒乱となるのですが、肝心の李王朝は宗主国 清王朝の顔色をうかがって朝鮮自体が動かない。

日本は朝鮮半島を露軍の進出のクッションとすべく日本軍隊を送る。
清国・朝鮮・日本の三大連合がないと英・米・仏・露のアジア浸食には対抗できないとの認識していたのですが、清国と朝鮮は日本を野蛮国とみなし、事実、清国軍が日本の朝鮮派兵をけちらしたのが事の始まり。
ここに日清戦争の発端が始まるのです。


そしてこの福沢諭吉も後に、ロシアに物言えず虚弱・旧体質の清国に応戦し、日朝連合を意図した「脱亜論」つまり、清国はもう付いて来なくて言いとという「三くだり半」を展開するのです。

当時のアジアの環境は、南アジアは欧米の植民地化に染まりさらに、中国・朝鮮も英・米・仏・露に蹂躙されていたのです。

こうした史実を知らないと、明治・大正・昭和の日本の基底は見えてきません。
かの福沢諭吉も日清戦争の戦勝に喝采を送ったのです。


 一見、諭吉の高邁な『学問のススメ』にみられる思想と、日清戦争とはギャプして見られるのですが、英・米・仏・露らによるアジアの植民地化という当時の時代背景をしらないと、真底は見えてきません。

しかし現代日本も、物質経済至上主義と個人主義の世相と相成り、西郷さんや諭吉さんは天からこちらの下界を覗いて、どのように思われているでしょうね。


 『せめて心の強さをもて!』と怒鳴っている声が聞こえてまいります。  

Posted by suzuki at 06:03Comments(0)一言ご意見

2009年08月15日

アセンションは始まっている



[セミナー風景  ①]


2002年 その暦年数は、右から読んでも山本山、左から呼んでも山本山。
この年は神武天皇がヤマトを平定して皇紀2662年でした。
ですからこれも山本山ですね。
平成の字も 「一八十 成る」 つまりイワト成ると読ませます。

この時期あたりより、いよいよヤマト 岩戸開きの初動。

そして昨年2008年の子年から 本格的にアセンションに向けての意識の加速化が始まった。

 
日本人の特徴は次のようです。

1)清音言霊五十音の継承者 
2)万世一系の天皇を拝し、領土侵略・割譲の歴史なし
3)モンゴロイド系だがYAP(-)遺伝子は日本固有 
4)華道、武道、茶道、柔道・・
5)すべてに神性あり、海山に神ありの神道世界 
6)世界中の宗教に抵抗なく受け入れる体質 
7)虫の音などの自然音を解する日本人の脳作用 
8)主語を多用せず、常にWeに近い言語習慣 
9)多数決よりも、それを越えた真理、長老会議の尊重

こうした日本人が大きな役割を持つ。
それはお一人お一人が「神性を発揮する使命を持つ」ということです。





[セミナー風景  ②]



日本人のその神聖な意識が「ひな型」となって全世界に飛び火する。


2012年が地球アセンションといわれますが、新しい地球、美しい地球を作って行く使命がまず、日本人にある。

ヤマトはもうアセンションが始まっているのです。
そんなお話を8月28日(金)にお話します。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆<セミナー 告知>◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

テーマ  : 日本人とアセンション
        ~日本の神化はもうはじまっている



講 師 :   鈴木 俊輔

日 時 : 8月28日(金)
        
      午後6時30分~8時30分


場 所 : 三田福祉会館 港区芝4-1-17
      
最寄り駅: 地下鉄三田線・浅草線の三田駅A9番出口から左方に徒歩1分足らず
      JR田町駅西口から徒歩5分


参加費 : 3000円     
    
申込先 : メール ymurata@subtle-eng.com
    FAX:  044-434-5327(村田幸彦)
  

2009年08月13日

裏がオモテに、表がウラに




[千葉県 麻賀多神社  岡本天明に日月神事が降ろされた場所です]




このブログで、数度 表と裏の逆転現象についてお話申し上げました。
誰にも分らない嘘や、万一それがバレても建前を作り、虚飾を張って生きていましたが、それも内なる性根が自ずと明らかにされる。


昨年2008年は数霊でいうと「2+8=10 → 1+0 → 1」つまりスタートの事。
「1」を「ひふみよいむなやこと」の「ひ」と読ませ、それは「霊(ひ)」という意象をもつ。

また昨年は一白水星、子年で、みんなスタートを意味してますね。


そして今年から丑、寅とつずきます。数霊は2009年ですから「2」、意象は「分(ふ)」となって、心の中の「霊」が陰陽に分別する意味。


そしてウシトラと入れば、ウシトラの金神 國常立大神さまのお働きの時代へ。





[麻賀多神社のご神木  実はこの木こそ天空の光が降ろされるポイント]




この6月から國常立大神様の御用いよいよ激しく、ウラが表に、表がウラに変わる明らかなる現象が見えてまいりました。


太陽も同期して、黒点活動もやみ、太陽「陽に向かいつ神」が「月に向かいつ神」の交代がなされたのですね。

つまり「陽に向かいつ神」とはアマテラス大神様の別称ですが、自ら陽に向かうとはおかしいですね。
月読み神がそのむかし、本物太陽神で岩戸隠れで陽から月に霊移動された神だったのです。
ウラが表になり、これまでの月読み神と物質太陽神の入れ替え。


ゆえに月に関する、様々な事象が皆様の上に体験されたことと存じます。

それも2001年から「月」にかんするイベントやお名前やら、「月」、「MOON」、「LUNA」、「竹」、「水」、「笙」、これらに遭遇されたはずです。

自民55年体制も引っくり返り、永田町の思惑も大きく変わる。
永田町の天下りのエレベーターで下に降りると、そこには「渡りの回廊」があったのですが、それも取り崩される2009年。

物質経済と権力、武力のこれまでの構造は、いよいよかわる。



卑近なところでは、芸能人の押尾学の麻薬とSEXの関係もどんどん表に晒されて、共時性のように清純女優の酒井法子も覚せい剤に手を染めていた。
まだまだ出ます芸能人の裏側世界。


大女優 大原麗子さんも悲惨な孤独死でしたね。
この夏 死後二週間たってますから報道には出ませんが、そうとう死後腐敗も進んでガス化しているはず。
美貌で売った名女優もその末路は哀れなものです。


「霊的な健康」がなければ、皆に囲まれた笑顔の大往生は出来ない。



政界、経済界、教育界、医師会、芸能界、どんな業界にあっても、物質中心主義とワレヨシ世界の建前と陰、その膿だし一気に表に出てくる大立替、建て直し。


逆に嘘のつけないまじめな正直者が陰から表に出てくる産み出し、建て直し。





[成田の神崎(こうざき)神社にて、ここのご神木は「なんじゃもんじゃの大木」]





「鬼」といわれて、二度と芽の出ない「いり豆」を都からの旅立ちのはなむけに、投げつけられ渡された「鬼族(きぞく)」とは、実は霊性の高い「貴族」。


追い出した側は、ワレヨシと権力に執着した武力集団でした。
それが営々と現代 2009年まで引き継がれてきたのです。


その物質中心主義と権力構造は、これまでの表社会からウラにまわる。


世の中の一般庶民も、「霊的な健康」がないかぎり、その全ての性根が膿みだしで表に出される時期。


こころして心中の「真我」を磨きましょう。


何のことはない、もろもろの執着を捨て、
日々、「感謝」と「心からの笑顔」で過せばそれで良い。  

Posted by suzuki at 06:00Comments(2)次元の変化