2010年03月31日

餃子の包み方




[はい! 焼き餃子の完成です。でも焼きは、私ではありません]




あらかたのお料理は子供の頃から好きでするほうで、和洋中、暇があると楽しんで実験してます。


料理は実験だと思うのです。

なんていうと、『趣味と実際は違うのよ!』 なんて奥様から怒られそうですね。


TVのお料理番組も時々拝見。でもまともな料理はどうでもいい。

そそるのは思わぬ具材を、思わぬ調味料と、思わぬ方法で紹介する番組。

東京なもんですから4チャンネルになりますが、お昼前の「キューピー3分間クッキング」なんて好きですね。


それとして奥薗壽子さんの「ナマクラ流ずぼら派家庭料理」,これも凄いですね。
彼女は巧みにお麩をつかった料理では第一人者とおもいます。

お麩を入れた固さ加減のいい手早い豆腐ハンバーグとか、電子レンジを使った下味しらえを短時間にするお料理も見事ですね。


そのせいでしょうか、最近お笑い芸人の「超短時間料理」とかもあって面白い。

でも後者は、私が実施したところではお味が一歩も二歩も下回る。
例えば、フードプロセッサーに入れた、にんにく風味の小麦粉と牛乳、そしてお豆腐少々の「簡便ホワイトソース」はホンの10秒で出来るけれど、お味は勘弁して欲しいレベル。


でも奥薗さんの料理いは短時間の割には、まずまずのお味ですよ。


論者は焼き餃子はあまり得意ではありません。


目先を変えて残り物のカレーやらを入れる場合もありますが、シンプルな料理だけに、皮のもちもち感と焼き加減はプロにはかないません。


ですから作るといっても一年にほんの一,二回程度。

私の場合は餃子の皮までは作りませんが、当たり前の具材を野菜を多めにして、かき油とチーズを入れて、最低一日は寝かせます。
チーズは隠し味で、マロミが出ます。






[これは論者による一日くらい寝かせた 「ぎょうざの種」です]




包み方は、ぞんざいで、単純に円形のヘリ同士を合わせて、五指の跡が残るようにしっかりと押し付けるだけ。
ですがこんな包み方も参考になりますね。







[この紹介の動画像は、ぎょうざの母ともいえそうな方のようで、いい手つきですね。包み方のご参考までに紹介しました。]



私の場合は、焼き方が下手で、焼き方はもっぱら奥さんか、倅のお嫁さんにまかせてます。
私のお料理タイムには、三つくらいの料理が同時進行してますので、ほかの料理の鍋に目線がいったりで、せわしくジックリ焼き上がりを見ていないのです。

そこで、女性のほうがじっくりと焼き具合を見てくれますので、焼き方は彼女らにお任せ。
おまけに焼きあがりに片栗のトロみを入れたりして、羽付き餃子も作ってくれる。


当方は付けタレが、醤油とお酢と、せいぜいラー油、豆板醤くらいですが、多分このあたりに画期的な改良の余地があるように、かつての素材基礎研究者は思います。  

Posted by suzuki at 06:00Comments(0)結構なお味

2010年03月27日

家族にありがとうございます 




[帯津良一先生を囲む 笑顔のみなさん。笑顔だと幸せが飛び込んできますよ]




また生まれ変わっても同じ家族でありたいと思うのは私ばかりではないでしょう。
そしてどんな時が、どんな過去がよかったのか?と問われてみると、やはり「今が一番」としか言いようが無いでしょう。
確かに過去に良い思いもした瞬間もあるでしょうが、過去の一定期間に戻ってみようとは余り思わないのです。

いやな自分の姿がさんざんあったし、つらい経験もした。
ですから過去よりもきっと興奮するような新しい体験が未来にあるかもしれない。

けれど、未来に思いをめぐらしても、必ずしも幸福であるという保証は何処にもありません。

こうして修行してたどり着いてきた「今」、それが一番であって、それを支えてきてくれた家族に感謝したい。

だから生まれ変わっても、また同じ家族でありたいと思うのです。



人生に障害が無ければ、人としての見識の深まりという進化は無いはずです。
障害も振り返ってみれば観音様の仕業と知れる。


人生常勝という方はまずいないでしょう。
たまたま成功しても、それは先代や知人から教えられていたことであるから、大難に至らなかっただけ。

初めての体験なら、誰しも失敗する。失敗して当たり前なのです。

教わったことも無く、考えてみてもいなかったことなら誰しも失敗する。


が、その失敗の体験で人生が太くなる。知識が増え、見識が通り、胆識が蓄積される。だから人生の荒波も通り過ぎ振り返ってみれば観音様のしかけと知るのだ。






[ごリラも笑顔だと仲間が増える]




自分の心の世界がその写し見の家族。自分の悲しみや喜びが鏡に反映されるように、即刻その家族にも反映される。
家庭とは共生の原生核。

共生体という最も最小単位ですね。その共生の核が歪んでいては、一歩外の周囲は、もとよりまとまらない。

外にでて家庭の外堀を作るのですが、外面(ソトズラ)がよくても核の中味が、り.不安・悲しみ・疑惑・イライラであればそのうちペンキがはがれてしまう。


かくして自分の心に濁りを創っていけば、内面(ウチズラ)はすぐにも家族の鏡に映って、濁った家族の姿を反映させる。
外面もやがて世間の鏡に移り、人生は内も外も苦渋に満ちた像を描く。


絆という最も近くて見えない氣のつながり。
此処から輪(和)が世間に広がっていく。
見えないものと見えるもの、その氣綱を意識せよ。





[家族が笑顔だと、無邪気だから「邪気」がこない]






家族という共生の原生核は、その芯が暖かければ、周りを暖める。

見えない心の温かさ、それが見える家族や周囲を現に暖めているのですね。

奥さんや旦那さんに「ありがとう」とは中々、言いにくいのかもしれません。

ですが朝の挨拶と食卓の団欒、その中に純粋な絆が張りめぐらされている。


朝一番に顔をあわせれば「おはよう」、お茶を出されれば「ありがとう」、新聞もどうぞと差し出す。
その言霊がスタートで、それから外に出でる。

仕事に社会に、自己主張と自己顕示と自我我欲をふりまいて、また同じ前世の過ちを繰り返すか。
しかし、せっかく生きるのなら、心の底から生き生きと輝いて生きるべしである。


貧乏でも仕事をさせていただいている。まだ働けるし失業もしていない。
そこそこ文句があって小さなトラブル起こしても、世間にリカバリーが打てるようになっている。

出来るようにお前(論者)を包む。人生、いかほどでもリカバリーショットが打てる。

世間さまに「ありがとうございます」といって謙虚にコウベを垂れれば、世間様は笑顔を返してくれるというもの。


家庭の明るさが、そのまま地域社会を照らす。
家庭も仕事も地域社会にも「ありがとうございます」と常に笑顔で接していれば、鏡の世界は「ありがとうございます」といつでも微笑みかける。  

2010年03月25日

東京タワー下 心光院




[東京タワーの真南にある浄土宗 心光院  ここに片岡慎介さんが眠ってます ]





もう高さでは隅田川のスカイツリーに背丈を越えられてしまった東京タワー。
そのタワーの南下に「心光院」と言うお寺さんがあります。


此処には、江戸時代の「於竹さん」が使ったという長板やタライ等があります。


お竹さんの出身地は羽黒山の麓、庄内藩のまづしい家。
そこから彼女は江戸時代の大伝馬町にある豪商 佐久間家に奉公に出る。


お竹さんは、飢饉や大火で江戸市中にうろつく乞食や孤児に自分の頂くべき食べ物を分け与えたり、お給金の一部を割いて、飢える彼らの食として施し与えたようです。

台所の流しの据えに網を張って、そこにひかかった野菜屑などの食物を拾っては、みずからが食したと言う。


そんな時期に、湯殿山の宿坊にとまった武藏国の浄蓮坊主らが、ある夜 大日如来の霊夢のおつげをうける。
『江戸 大伝馬町にある佐久間家の稗女お竹はわが大日如来の化身なり』とのお告げ。


それにビックリしたお坊さん二名が、急遽江戸に馳せ参じ、、同所を訪れ小竹さんに告げる。
女中さんではありますが、ご主人にも仲間にも賢女として慕われたお竹さんは、なぜかその後、やせ衰え58歳の若さでこの世を旅立つ。


 江戸市中に「お竹如来」の噂が飛び交って、主人 佐久間某はお竹如来像を製作。
後にこれが羽黒山のふもとの10m四方もある「お竹大日堂」に収まることになる。


どうじに佐久間家の墓がある「心光院」にも、そのお竹さんの遺物が残されている。


大分くどくどと、「お竹さん」を紹介してしまいました。





[お竹さんの遺徳を描いた版画: 心光院 所蔵]




実は先週の日曜日 3月21日に、その心光院を訪れたのです。
まだ桜も蕾でしたね。


亡き片岡慎介の四十九日法要がそこで営まれたのでした。

法事以前から、私は「心光院」を何度かおとづれておりましたので、当日はそこまで徒歩で出かけました。


片岡家のお墓は心光院にあり、お父様の片岡鶴八さんと今度はご一緒に眠ることに。





[本当に東京タワーの足元でしょ  片岡慎介さんが眠ってます]





ここにはかつては毎月、慎ちゃんはお父様のお墓をおまいりしてました。


雨の日も欠かさずに行っては、その足で近くの
論者の会社までバイクを飛ばしてまいりました。



「月のテンポ 116」で片岡さんと、ご縁のある皆さんがもし、東京タワーをおとづれる機会がありましたら、心光院に立ち寄ってみてくださいね。  

Posted by suzuki at 06:00Comments(1)たまに行くなら

2010年03月23日

日本のエネルギー開発は?




[風力発電も1年中 風の強いところでないと効率が悪く、投資額とエネルギー収支が合いません]




常磐線で水戸方面まで足をのばすと車窓から気が付くのですが、その山寄り方向に風力発電の風車が数本建っています。
北陸の日本海沿い「泊」(とまり)の辺りにも巨大な風車がありますね。
でも国内の規模ははちらほらで、米国アリゾナの砂漠に立つ数1000とも数万とも林のように立つ風車の規模を見ると、日本政府の化石燃料以外の自然エネルギー開発には後手を踏んでるのかなあ?なんて感じられてしまいますね。

あまりマスコミにはこうしたお堅い情報が流れてきません。


2006年で世界全体の風車から得られる発電エネルギーは742億kwHにも達し、これは日本全体の総需要140億kWHですから相当な開発規模が進んでいることがわかります。


2020年までにはEU全体で20%のCO2削減が目標とのコトで、EUでは北アフリカの砂漠地帯に太陽発電や風力発電の巨大な施設をおよそ100箇所建設するといいます。
これは「デザーテック計画」とかいって総投資額 なんと48兆円の長期構想です。
得られた電気エネルギーは欧州まで送電するというものです。


 日本は原子力のみが叩き易いのでしょうか、新聞などで何かと原子力発電は騒がれるのですが、自然エネルギー情報や新エネルギーのお話はほとんど話題になりません。

日本の正反対にある南米・パタゴニア。
ここは年間を通して強い偏西風が吹き付け「風の大地」とも呼ばれてます。


パタゴニアでは、風を利用した次世代エネルギーへの取り組みも始まっているようで、風力発電によって生み出す液体水素を大量に日本に運び、活用しようというもの。
際立った産業もなく貧しいエリアがたくさんあるようです。
そこに日本の資金で風力発電を大規模に実施して、地元の経済に貢献する。


その電気を日本まで送電するのは難しいので、海水を電気分解して、水素を取り出して、その水素を液体水素に転換して船で日本に送るとか。
現在 調査実験中のようですね。
うまくいけば将来 数万本の風車を立てて、莫大な量のクリーンエネルギーの水素をもってこようというもの。


また、水素エネルギーの開発は、日本国内でも福岡を中心に国家プロジェクトとして進められているとききます。


日本は海洋国ですから、黒潮、親潮といった海流の持つエネルギーの利用も各地で検討されております。
流れを利用した一種の水力発電ですが、その直線運動や海面の上下運動の利用、あるいは深海と表層部との温度差からエネルギーをとる潮流発電も明石の鳴門海峡、沖縄方面で調査研究されているようです。

ただ原子力のように小型でもエネルギの発生力が大きくもなく、エネルギー密度が非常に小さくて問題なのですがね。

つまり設備を際限もなく大きくすればいいのですが、採算が取れにくいのです。




[九州電力も絡んでいる滝上の地熱発電。日本は火山国なのですが発電立地に問題があるようですね]




日本は火山国で、地熱資源は世界第3位と豊富。日本は地熱に関してはインドネシア、米国に次ぐ世界第3位の資源量があるのです。
国内18カ所の既存のプラント(総設備能力53万kw)の平均稼働率は約70%と高く、約12%とされる従来型の太陽光発電に比べて、安定感があるかもしれませんね。

上の写真は九州の九重町で出光大分地熱の運営する滝上地熱発電所。


地熱発電に関しては 資源エネルギー庁は、67万〜113万kw、およそ原発1基分に相当する上積みが可能とみる。
けれど日本の総需要が140億Kwですからなんとも・・・・・。

それでも地場産業や地産地消のエネルギー源にはなる。
地熱発電拡大への難関は温泉業との利害調整で、発電所の新設が地下の温泉源に悪影響を与えるのではないかとの懸念があります。
要するに発電場所が取れにくいのです。
温泉観光地が近い場所では、地元との共生を探らねば新規建設は難しいかもしれません。



最近の情報ではアブダビに現地と協力して、太陽光の集光装置を実験プラントらしいのですが今年の1月に建設したとか。




[写真は玉浦先生設計のアブダビの太陽光集熱装置]





アブダビ未来エネルギー公社(通称マスダール)とコスモ石油が折半で出資、で東京工業大学の玉浦裕教授が設計したようですね。


この手の高効率集光集熱装置は八ヶ岳天文台の木内鶴彦さんも独自開発されて、昨年11月にはそのお話をききそびれてしまいました。
木内さんは木内彗星の発見者で知られてますが、実にスピリチャリストなのですよ。

昨年のサトルの秋の大会で、木内さんに講演をお願いし、そうしたエネルギーを踏まえた講演が当初okだったのですが、その大会直前にあって病気で倒れてしまったのです。

木内太陽炉の細部は良くわかりませんが、太陽光を集約して、炉の内部の物を炭化つまり燃焼用の炭するとか。
もちろん集熱エネルギーも利用するのですよ。
確かにこれなら場所は余りとりませんね。

  
環境汚染の元になる低炭素化の動きを受けて、太陽光発電については、Jパワー(電源開発)と三菱マテリアルが久々の新規建設の方針を明らかにしてますね。
日鉄鉱業や出光興産も意欲を示しているとききます。


でもなんといってもこれまでにないフリーエネルギーの出現が期待されます。

空間から取る未知エネルギーは知人の井出治さんらが研究中ですがまだ実用段階ではなさそう。

ですが、水の水素化はかなり実用の段階まで来ているようですよ。

それと重油から軽質油の転換技術ですが、もちろん今は100%ではないのですが、ほぼ100%にちかい転換技術も開発されたやに聞いてます。
なにか30%くらいは収率が上がるそうですよ。


輸入石油依存のわが国ですが、国内処理でのそのエネルギー源が30%アップもすれば、これは大きいですね。  

Posted by suzuki at 06:00Comments(0)気になる出来事

2010年03月22日

春分の日 気吹戸





春一番 氣吹戸主ぞ 邪気払う   



平成二十二年 フトマニ(言霊五十音 曼荼羅)の年  今年の八月八日は 綺麗な富士が見えるといいですね。


春分の日  3月21日  午前2時半 真東から太陽がでて、真西に沈む一年のわけ目。


日本全土に浄化の 「級戸の風」 ふき抜けました。


吹かれて飛ぶも、 邪気はらわれて覚醒するも ひとそれぞれ。


破壊あれば 建て直しもある。


平成二十二年、大いなる建て分けの年。


氣吹戸主の邪気払い 芽出たく・・・・。 霊主の芽吹き、二二の九二 全土にわたる。


   

Posted by suzuki at 06:03Comments(1)神泉界

2010年03月20日

脳が歓ぶ六義園しだれ桜





[駒込 六義園のしだれ桜は都内でも有数の名桜、満開時には夜もライトアップされます。六義園は江戸時代の柳沢吉保の私邸で、感性の高い造園となっておりますよ]


 
昨年、都内の公園で感謝ツアーを5箇所実施し、今年もまた暖かくなりましたら実施したく思います。


サトルエネルギー学会では「感性を磨くワークショップ」という分科会をハーブ研究家の川口哲史さん主催で、毎月一回 三田福祉会館にてワークショップを開催しております。


川口さんは1943年生まれ、慶應大学法学部法律学科卒、大学で合気道を学んだことがきっかけとなってビジネスマン時代からライフワークとしてサトルエネルギーを40年間にわたり研究。
外資勤務経験から欧米人と日本人の思考の相違、西洋の先住民族ケルトと日本の伝承文化との類似性などを研究。

透視・ストレスなどのメカニズムを解明し、実践法・快適脳内環境に導く機器・ハーブなどを手がける。


川口さんには、昨年の駒込の六義園庭内散策で「感づる」ことを主体に歩きながらのミニ講演もお願いしました。


ここ数日のポカポカ陽気から、川口さんが、都内でも有名な「しだれ桜」のある六義園ツアーを企画してくれました。




[川口哲史さんです。3月20日(土)並びに27日(土)六義園 正面受付前に集合ですが、このお顔を目当てにしてください。鈴木は参加できるかどうか、当日にならないと分りませんが、27日にはいけるかも??]



約3時間半の六義園散策ツアーでは、桜はもちろんのこと、樹木たちに触れながら、樹木たちのエネルギーを波動で感知するワークをします。
しだれ桜自体は20日はまだ蕾でしょうが、その芽吹きのエネルギーも素晴しいのですよ。

公園内の全体散策で、草木の声を聴いてみましょう。


すると・・・今まで漠然とし見ていた樹木たちと、肌ふれあうことで意識交流ができて、思わず感動してしまいます。

自分と相性の合う樹木や草花と出会って「元気」をくれます。
さらに、六義園には随所に「美観電圧」を感じるパワースポットがあります。これらスポットに佇むと、自然と心身がゼロバランスとなって、“無”の世界を感じとることができます。


当日 10時集合ですので、おにぎりを1~2個以内を持参ください。(コンビニのものでもOKです)
昼食として、1個を30分かけて食べてみましょうね。すると・・・するとです~。
感性がよみがえり、「吾・唯・足を知る世界」がみえてきます。


感性の歌・万葉集が生まれた奈良時代はわずか400カロリーの玄米とヒジキの世界でした。「海の幸」と「陸の幸」の組み合わせが「祖食」だったのです。


また「感性を磨くワークショップ 4月編」は、「カタカムナの48音の響きを感知してみましょう」ということで4月15日(木)18::30~20:45 港区立三田福祉会館で実施します。

お申込は下記と同じで、参加料金は一般 ¥3000(教材費こみ)当日受付です。

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★ 六義園 案内人 川口 哲史 (かわぐち さとし)

   ・感性工学研究所・代表 ・日本ハーブ研究所・代表 ・サトルエネルギー学会理事


★ 日 時  3月20日(土)ならびに27日(土)   ともに 10:00~14:30


★ 集合場所 : 六義園(正面入り口前)  ともに 朝10時集 合


★ 交通   JR 駒込駅徒歩7分


★ 事前予約  感性工学研究所
     メール jherb_lab@yahoo.co.jp     T) 090-1765-7182 川口

★ 会 費  1000円   (入園料は別途 個人負担)   予約定員 15名以内 
  

2010年03月17日

細胞に祈りを!




[言霊セミナー中の鈴木  年に数回 こんな講座をしております。今年は5月に名古屋、8月に札幌講演の計画]





想いが体質を変える。
それはブルース・リプトン博士のDNA研究からも良性意識や言霊がDNAのふるまいに影響を与えるといった科学的証左もある。

言霊や祈りや意識が、有用な脳内ホルモンを分泌し、それが血中に放出しされ細胞の培地といえる血液が情報を持つことになる。
その血液培地が細胞の膜スイッチをオンさせる。

すると細胞内部のDNAに働きかけて、意識や環境に応じた、たんぱく質が作られるという。



病の内の9割は、心のひずみから発する。
残りの一割は外因性である。
だから「病」は心の危険信号である。
細胞さんからの合図である。


また日々の想いは、自分の信念や行動や体質を変え、環境に大きな影響を与えていく。
いや意識や言霊が環境を作っていく。


だから体質の源核であるDNAの発動作用すらかえる。

良質なる気づきは、感動は、充実は、眠って秘めたる神聖DNAを覚醒させる。



霊体(生気体)と肉体の結合が弱い部分は、霊エネルギーと肉物質との結合が不十分で、そこが病となる。



肉体は自分のもののようであって、自分のものでない。
それは肉体物質が宇宙始原の物質、水素・酸素・窒素・炭素のゆかりを持っていて、このゆかりの元素から体が作られているからだ。
これらの元素は、もとより自分が作ったものではない。
両親ゆかりの細胞や、生まれてからこれまでの食材から戴いたものである。


食事という地球上の材料を食べるのは自分であっても、その素材は地球のもの。
その食材も宇宙始原のゆかりの元素が過去幾世代の変遷を経て、いま地球資源としてそこにもたらされたもの。


自己意識は霊エネルギーとしてその肉体に同居している。



この「大宇宙空間自体が生命体である」と認識すると、小さな空間も、いのちをもち、自分の中に在る「いのち」とは、外部空間にもつながっていて、花にも岩にも大空にも同調するという深いところからのメッセージも納得できる。


肉体細胞は、ご両親からいただいたもの。
然れどもさかのぼれば祖先からのいただきモノ。
更にズットさかのぼればビッグバン以来の宇宙元素に由来する。
また見えない「いのち」も賜りもの。

肉体は借り物の「着物」であるから本来は自分のものでない。
それを勝手に自分のものだと思っているから過ちがある。



過ちとは何か?それは共生(トモ)なる肉体細胞にむかって「感謝」の祈りをもたないことである。


自分のものだから何をしてもいい、少々怪我をしても、酷使しても自分のものだからいい。


こうした自己独占の思い込みが「病」を作る。



霊思念が主であって、肉は縁あっていただいた従者である。
霊主体従の主役の霊思念体エネルギーが、物質従者細胞に向かって感謝の念なければ、霊と肉の結合は強固にはならない。


細胞こそ純粋で、自己主張など何一つしない。


なんと主役霊思念体意識よりも、はるかに純粋ではないか。


それでいて無報酬で黙々と生体維持に全力を傾けている。


60兆個の細胞が整然として、霊思念体のために協働し働き続けてくれている。




ゆえに霊思念体は、涙してこの真の味方 「細胞」に心の奥底から感謝の祈りを捧げるべしである。


万物は共にいのちを持つ同胞であり、地球環境は共生である。
人類は地球という体内の個々の細胞である。河川は血管であり、海は羊水である。

ヒトの霊と肉の関係も、いわんや共生である。ヒト大腸は菌との共生で、およそ1000種もの体内有用酵素を生産し、その酵素のお陰で通常の生体化学反応の数100万倍もの速度で生体代謝が与えられ、この生命体を維持している。
酵素が造られなければ、生体は新陳代謝、栄養代謝、解毒代謝はほとんどないに等しい。

正しく大腸菌は「お陰さま」である。

存在するもの、その全ての物質は相互に影響しあって生きている。
逆に言えば、存在するものは影響しあわないものはないということである。たとえそれが敵であっても自己進化の素材なのである。


 


[生命体、それ種が違っていても万物は友。 子猫と大きなワンちゃんのふれあい]





肉体をいじめることは、鍛えるというプラスの意欲ならまだしも、かりそめにも、自殺なんてしようものなら、それは殺人罪であるから、もっとも罪が重い。



両親と先祖の縁を自爆テロで破壊してしまうから、先祖にも、その又大先祖神、大宇宙にも申し訳がたたないことになる。



透徹した自己細胞への祈りは、両親への祈りであり先祖への祈りとなる。

だから本来、仏壇も要らない。細胞への祈りは行き着くところ神への感謝に通じることになる。



「細胞に感謝の祈りを!」、それを毎日の習慣にしようではないか。  

Posted by suzuki at 06:00Comments(2)神泉界

2010年03月15日

生やつ橋

先だって、サトルの関係者からの京土産で「生八橋」をいただきました。

論者が中学校のときでしたが、修学旅行は京都に二泊三日だったと記憶します。
もちろん枕投げの記憶もありますが、母へのお土産がこの「八橋」でした。

「生八橋」を頂いた彼女に「生八橋の縁起といおうか、ネーミングの起源は何かねえ?」と尋ねたのですが答えが出てきません。

それで、少々調べてみました。







[生やつ橋はもっちり感がいいですが、少々歯にくっつきますね]




京都のその昔、八橋検校というお琴の名人先生が居られたのです。
その八橋検校の歿後、彼の遺徳を偲んで、墓所のある京都黒谷金戒光明寺に参詣におとづれる人々が後を断ちませんでした。

このため門弟たちは、八橋検校に因んで琴を形取った焼菓子を「八ツ橋」と名付けて、参道の黒谷の森の茶店で売り出しました。これが京名物「八ツ橋」の始まりのようです。






おたべは粒餡を入れた、やつはしの発展形のようですね]





ところで、「八ツ橋」といえば「かきつばた」の花とともに、平安の歌人在原業平が想い起こされます。

 江戸時代、東海道五十三次の39番目の宿場として栄えた池鯉鮒(ちりふ)には、八橋町の無量寿寺の庭園で「かきつばた」の名所があります。


この八橋は、平安の歌人在原業平(ありわらのなりひら)が、「かきつばた」の5文字を句頭も入れて歌を詠んだことに由来しております。


「むかし男ありけり」の出だしで有名な歌物語「伊勢物語」(西暦900年代)の九段の中で、京から東の方へ住む国を求めてゆく下りの中で、平安初期(800年代)にこの地をおとづれたことが描かれています。

かきつばたの美しく咲く水辺に腰をおろして、糒=ほしいい(ご飯を乾燥させたもの)をつかっている時、話の成り行き上、「かきつばた」の5文字をそれぞれ五七五七七の句の頭にすえて旅の心を歌にするようにと、友人に促され詠んだのが、



    からころも きつつなれにし つましあれば
          はるばるきぬる たびをしぞおもう




の歌でした。その意は、唐衣をずっと着続けていると次第に身に柔らかくなじんでくるが、ちょうどそのように慣れ親しんで来た妻を都に残しての旅は、思えば遠くまで来たものでなんとやるせないことだろう、というものでしょう。


友人達はみな業平の歌に心を打たれ涙したと描かれています。


ここでの八橋は、土地の名で「川の流れが蜘蛛の手のように幾筋にも分かれているため、橋を八つ掛け渡してあるので八橋という」と、伊勢物語は説明しています。


三河地方には、この「八橋」に因んだ故事が伝承されているようですね。


京都でしたか?以前 5月に紫色の葛の和菓子を求めたら「からころも」と書いてあるですね。

でもなんとなく季節モノだから「かきつばた」かなあ?なんて思ったら、業平の和歌をシャレてたのですね。

風流なもんです。  

Posted by suzuki at 06:03Comments(0)結構なお味

2010年03月13日

サトル 春の大会

片岡慎介さんのネーミング「人生をオールインワンに生きる」の統一テーマで4月17日(土) 津田ホールでサトルの「春の大会」 を実施します。


この大宇宙の成員として、この世に生を受けた私達。
父と母の愛を受け、幼き体験から知恵を知り
そして青年期を迎え、愛に仕事にと人生の荒波を受ける。 


生老病死、苦渋に満ちたこの世の中も、ひとたび括目すれば、実は素晴しき世とやがて知る。
汚泥と苦悩の世の中は、己の心の曇り、偽我が真因であったと知る。

人生60年を過ぎ天命を知ると、経験とは「己の進化のための素材」であった。

このかけがえのない地球も己の中、巨大な宇宙も己の中、生まれてきたことの意味は「進化と自律」、そして家族も全ての出会いも、みんな自分の中にあった「オールインワン」の人生であったと気付く。



この大会では「胎内記憶の子供たち」の話をされる産婦人科医の池川明先生が登壇。
子供たちの凡そ70%が胎内記憶を持つという。






[池川先生を取材したTV局の放映、一部抜粋です]


池川先生の誕生の話から、次に小児科医の向後利昭先生が、「生きる」、「生かす」はヒトと動物の共通原則ですが、ヒトには加えて「生かされている」という概念があると、小児科医の立場から説く。


また子供たちの速読研究や脳活性に知見をもつ飛谷ユミ子先生が「潜在能力を生かし脳力を高める」 という講演をされる。


サトルの学術副委員長の小川修さんは、10年以上も前から、国際的エネルギー需給のアンバランスを指摘し、これまでの生活と違った「本物のサトルな生き方」を提唱されてきた。
現在の成人層に、これまでの企業経営の姿勢とは違った日本の未来を創る「社会人とは?」のメッセージを送ります。


続いて登壇される宮西ナオ子先生は 唾液学、お能文化の権威者でなおかつ環境、美容と健康関連、生き方についての講演に全国を廻っている講師。
「更年期障害は最高のプレゼント」と題した講演を行う。


久々に帯津良一先生も登壇されます。
著書 「達者でポックリ」はかなりの評判を呼びましたが、講演の最後のとりを行ってもらいます。


誕生から、少年期、青年期、そして成人から壮年に向かい、やがて「達者でポックリ」。


ですから「人生をオールインワンに生きる」としたのです。


どんな年代層の切り口からでも提言されて、ご家庭で活用できる内容にしたいと思っております。  

2010年03月10日

ありがとう (在り難し)



[昨年 公園に愛と感謝のセレモニーを実施しました。この写真は芝公園から芝東照宮、児童公園の散策のときのもの。神社拝礼の現場ミニ講演もさせていただきました。今年も暖かくなってから行ないますよ]




最強の祝詞(ノリト)といおうか、ありがたいマントラといおうか、古来よりもっとも優れた神呪は一体何だろうか? 
絶望の淵に及んで初めてこころの底から「神様、仏様!」と叫んで、確かに救われたという話を聞きます。
恐らくそのギリギリの心が、天がキャッチしたからに相違ないのでしょう。


「南無妙法蓮華経」がいいのか「南無観世音菩薩」の言霊でフェニックスを呼び込むのか。
いや「般若心経」か「天照大神」か「ヒフミヨイムナヤコトモチロラネ」か。


論者鈴木には『ありがとうございます』が最高にして最大の神呪言霊であると考えているのです。

世界救済の祝詞は大祓祝詞です。その中の一説、「太祝詞事(フトノリトゴト)を宣れ」とありますが、宣るべきその太祝詞事(フトノリトゴト)の本文は空白になってます。
神社庁に聞いても誰も知らないのです。


その空白の太祝詞事(フトノリトゴト)を奏上して、「・・・・・かく宣らば、天津神は天の岩戸を押し開きて・・・・」と天界と人界のパイプがつながる。

従って、心の天の岩戸を押し開くのだから、その空白なる祝詞は、各々の心の感性に応じた「独自の暗号」のような言霊に違いなく、個々人で奏上せよということと思っているのです。


大宇宙大生命意志に対する全託の信頼と、この世に無くてもよい自己が今ここにある。
つまり自己存在という超奇跡に対する感動感謝が、皆さんに共通する至高の想いに違いないのではないでしょうか。
神と自己との信頼と絆は、「われ在り難し」から発した、単純素朴な言霊『ありがとうございます』の十音にほかならないのです。

たしかに、太祝詞には「ヒフミヨイムナヤコトモチロナネ・・・・」や「あおうえい カコクケキ・・・」などもありますが、『ありがとうございます』以上に今を感謝し、存在を感謝し、共生(トモ)に在るこのとの感謝言霊が見当たらないのです。






[論者の神社神業の基本は 感謝業 、そして己の神人に至らぬ侘びから入ります]





愛も調和も進化も勇気も、人神への修行に無くてはならない魂の凝縮されたエッセンス。
純正も希望も創造も信念も人から神への飛躍のための霊可理(光)です。


 「感謝」は、それらの天が使わす八光に対するこちら側からの返礼です。



感謝に天に返す愛あり、感謝に天の期待である己の進化があり、感謝に神人に向かう勇気あり、感謝に共生の調和の義務ありである。



日本人が21世紀に世界を先導し物質至上主義から、共生主義とでも言う心と、特に魂を原点に据えた真の生き方、「霊主心従体属」を先導していきます。

原宿にたむろする若者も、電車ではた目も気にせず大声で笑いまくる女学生も、ゲーセンに入り浸る少年たちも『ありがとう』の言霊くらい知っている。
日本人なら誰しもが知っている「ありがとうございます」。


全ての日本人に新世界創造の大きな使命があるから「ありがとうございます」の十音(統一音)の単純素朴な言霊が授けられている。



世界を先導して行く天津霊継民族には、自らの心の行き詰まりを打開するためにもこの最強の祝詞「ありがとうございます」を駆使する必要があるのです。




[花を見て美しいと感じるのは、花の精霊が魂に語りかけているからです。だから精霊さんに返事を返すと反応しますよ]



何かにすがって、助かりたい、なにかに頼ってやり直したい、何かを念じて発奮する。
しかし他力の想いのその前に、本物の内なる自己の輝きを表現する言霊『ありがとうございます』があって初めて、人と神がつながる。


『ありがとうございます』で魂の発動がある。
そして自分の内部から愛が、調和への道が、進化の躍動が、勇気の充実が湧き出てくる。


想いが体質を変える。その想いが新たな遺伝子情報を創る。



その想いと言葉の至高の一致、肉体と心の躍動する究極の祝詞言霊、それが「ありがとうございます」なのです。  

Posted by suzuki at 06:00Comments(2)神泉界