2010年01月20日

受け霊(精神と物質の融合)




[元旦の湘南からみた富士山 心と身、精神と物質は 不二一体:写真 塚田夢笙さん ]




アワ路の(ア)・カ・サ・タ・ナ・ハ・マ・ヤ・ラ・(ワ) 八子音は開動(カ)・共生(サ)・拡大(タ)・凝縮(ナ)・建設(ハ)・中道(マ)・感謝(ヤ)・進化(ラ)の素型(すがた)である。

精神文明の完成は、ミヨイタアミラ国(ムー)以前の出来事と思われる。
その完成体は、言霊宇宙曼荼羅として火具土という神人によって粘土板に記されたのであろう。
一万二千年前にムーが沈没して以後の後代、再び地球の修理固成と国つくりを経て、やがて銅鏡にもその宇宙ロゴスの全景が前時代の形見として刻まれていった。
それがヤタの鏡である。


物質構成の素粒子フェルミオンや、エネルギー関連の素粒子ゲージボゾンから陽子、中性子、中間子、電子そしてそれらのエネルギー場が構成される。

ココロもそのようなものによって構成される。
宇宙と融合し変化してコロコロと、とどまらないココロを、把持固定してそのココロの内容を五十音の要素に表現することができた。


「ワレおもう」という自覚作用と、創造作用、共生作用が、仏陀の三菩提一切種智である。
人類という種をならしめている最高の智という意味が「種智」である。

三菩提は自覚作用、創造作用、共生作用の三要素である。そしてココロの全景を構成する要素、つまりココロという霊的エネルギー素子が言霊五十音である。

 
ロゴスひとつ一つの音霊(オトダマ)は、磨けば光る玉のように比喩もされた。即ち神意を探れば永遠に光る「玉」がその意味である。 
言霊音図を右脳・左脳の全霊と統覚をもって解析し、その全局の光智を「神なるわが意識の裡なり」と判ずるのは剣の作用である。
即ち人智判断である。
無蒙ではなく痴鈍でもなく純正判断智が剣である。 

鏡は世を照らし、わが身の意識を物質界に移し反映すという言霊五十音図に他ならない。

 
下津磐根のイ段、 キ・シ・チ・ニ・ヒ・ミ・イ・リの八音 すなわち勇気・純正・信念・調和・創造・愛・希望・進化の宇宙八大弦律をもって、この八の字をかぶせて八咫鏡、八坂の勾玉、八握剣という三種の神器が誕生することになる。


それは、ムー沈没以降、約2660年前の神倭磐余日子(神武天皇 神ヤマト126代の初代)が台頭するまでの間、ウガヤフキアエズ朝時代に創作された神器である。

12000年を越える遥か以前の「精神文化の完成」とその普及は、ムーと陸つづきの畿内はもとより、往時の全世界を駆け巡った。が、ムー大陸の沈没以降、世界の地表は見る影も無くその姿も変り「精神文明」は遺跡と化した。


汚泥と失われつつある心の源器を前に、再び「精神文明」を再構築しようとするヤマト源流民族、ウガヤフキアエズ王朝(神倭王朝の前時代)も生き残った。
その9000年間のあいだに、本邦は天皇頭領指揮による再構築に任せ、荒廃した四方津(ヨモツ)世界を再復興しようと動いた皇人も出た。
それがスサノオである。


「精神文明」が遺跡と化した西方の地も、ムー没後、シュメール文明を経て約8000年という長い時間をかけて、西欧の地も固成され神智学も復興されていった。

後年、新たな智学も出た。それが物質主義である。現代物質主義の出自は今から4000年前のことである。
 現代科学の発祥はキリスト教に源点を見ることができる。
もとより旧約聖書、モーゼが首魁、いやモーゼの神、YHWHすなわち須佐鳴こそその真の霊的首謀者である。


基教は後に、西暦10世紀前後から錬金術を産み、さらに後代数多くの哲学者兼科学者を生み出した。
ニュートンは哲学者であり同時に神秘学者である。
彼は主の教えの根底は揺るがさないと教団側と密契した科学者である。以降 西洋では物質科学主義が脈々と育っていったのである。

物質を裁断し分解して素粒子にまで破砕しその成因をもとめる。
その神界の大統率者は須佐鳴である。
須佐鳴こそ、天照皇神以前の歴代天皇が築き上げてきた「精神文明」とは別の、もう一つの大事業「物質文明」の統率推進者に他ならない。


ユダヤの血脈はYHWHより発し、その物質の極を求める姿勢は「シオンプロトコール」に明らかにされてもいる。
後のヴェニスの商人、今日のロスチャイルド、イルミナティー王立連合、ルソン助三郎の霊的末裔、三井鴻池そして現代三井住友財閥しかりである。

物質を分解し、合成し、競合し、はては精神の競合である戦争という熾烈な競争を通じ、科学競争の中からまた新技術が生まれてきた。
「物質文明」は、1万2千年前の大破壊による人類の毛皮、穴倉生活への再投入から、近代にいたっては快適なベッド生活、豊かな生活環境へと変貌させたのである。


物質主義の歴史は、冨の収奪構造から公共蓄積と配分へと緩やかに変化してきた。
同時に物が全ての全てという精神の荒廃をも今日にもたらしてきた。

現象を物質論から追えば、破壊と分解がなければ科学はなりえず、この科(トガ)学なければ物の増殖、大量生産、大量高速移動はなしえない。

一方、生命という本質学でさえ、西洋の地では物質的EBM医学(エビデンス ベースド メディスン)を育ててきた。
肝臓をきっても他と挿げ替えれば使えことができる「人間機械部品論」がそれである。


しかし須佐鳴の真意、YHWHの真意は其処にあらず、「精神文化」を補強するためにあえて、歴史を物質学にシフトしていったのである。

宇宙の大真理は「精神文化」の開花によって超古代明らかにされたが、もう一方からの歩み寄り「物質解」からも、宇宙真理は同一なはずである。

真理はユークリッド幾何学で解いても代数微積分で解いても同一解である。須佐鳴の提案は、真理とは紙の裏表と同様に、どちらから歩んでも同一であらねばならないという真理の補強なのである。
しかもその「精神文明」を言霊とともに日出ずる東の弧島に原型の陰をとどめ、西洋の地に「物質文明」の卵を植え付けた。

これが神の経綸である。

 竹内古文書によれば須佐鳴は「須佐鳴月読」と固有の一人称であり、「天照坐皇命」に別れを告げ、四方津国の再構築に赴くとしるされる。
精神と物質の二極構造は、天照と須佐鳴の二極に相似象として反映されている。

ユダヤ民族の使命はアインシュタインに見られる科学と 、イシヤの末裔に見られる物質覇権主義である。
しかしその「物質文明」もモーゼ以降4000年の歴史をかけて、20世紀末に終焉を迎えてきた。

DNAの研究が、心の研究へとシフトしてきたように、物質産業構造も、精神・物質融合構造へとシフトしてき始めたのである。それが21世紀である。

ヤマト(精神文化)とユダヤ(物質文明)との融合の地は、モーゼが予言した「日いづる東方の孤島」しかも物質と精神の不二(富士)一体の聖地であらねばならない。
2013年富士の裾野で「受霊の儀式」があろう。

言霊五十音の真意を知ってか知らずか1億3千万の全ての民がその宇宙曼荼羅、アオウエイ言霊五十音を諳んじている。
日本というその国の民族が、純正意識に覚醒し『われ神なり』との意識と行為で世界に発信することが、新しい第三の融合文明の大前提なのである。


追記:1月23日の講演 「鈴木俊輔の古神道講座http://subtle-event.seesaa.net/archives/20100123-1.html はまだ残席あります。


この記事へのコメント
いつも貴重なる情報・コメント等本当に役立つものばかりで、毎朝このHPを
見るのを楽しみにしております。

 今回の配信での最後のところの、《日本というその国の民族が、純正意識に覚醒し『われ神なり』との意識と行為で世界に発信することが、新しい第三の融合文明の大前提なのである。》 がとても重要な要素であると思います。

 日本人が本来DNAに刻印されている霊的使命を自覚し、世界の中心となって精神的に全世界を覚醒さす方向で進んでいくと確信しております。

 いつもありがとうございます。
Posted by 遊星王子 at 2010年01月20日 10:16
精神▽と物質△の融合でヘキサグラムの完成ですね
これぞ失われた10氏族の夢

紋章に隠されたダビデの星↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%81%E5%AE%B6
Posted by Ku_uu at 2010年01月20日 17:32