2010年05月17日

言霊 五十音の成立 




[ 鈴木俊輔の言霊講座の風景です。  今月 5月25日 三田福祉会館でも行ないます。
 詳しくは → http://subtle-event.seesaa.net/archives/20100525-1.html]





感覚的対象空間(宇宙・世界・空間)は、存在(イ)の霊的投影であって、そこに、思惟する自己(ア)の作用で眼で見える客体(ワ)が誕生した。 

主観現実空間はこの(イ)(ア)(ワ)の三位一体から構成される。
平易にいえば、吾を生かしめ万物を生かしめている「大生命意志(イ)」と「自らの動機・意志・感性(ア)」、その相互作用による「日常現象世界(ワ)」が展開される。
この三位一体を太陽系に見立てると、太陽(イ:霊)、地球(ア)の根拠から月(ワ)を把握しているようでもある。


 ア行(精神界)とワ行(物質界)、ア-ワの繋氣、その波動交流によって、子音界が生まれる。
古事記の国産みの「淡路島」、イサナキ大神の最後の地、「アワ地」、全国に散在する「淡島神社」、なにかと言霊に関連する。



言霊五十音図の「ア行のイ」―「ワ行のヰ」に挟まれた、下津磐根は、キ・シ・チ・ニ・ヒ・ミ・ヰ・リである、その言霊八神は、大宇宙(イ)と地球(ヰ)との存在契約である純正・信念・希望・創造・愛・勇気・進化・調和の八大玄律にほかならない。 


父音「言霊八神」はしたがってアーワの波動交流以前に、大宇宙からもたらされた「八神光」である。ゆえに「父音」と称する。 


アーワの波動交流によって誕生する子神は、キ・シ・チ・ニ・ヒ・ミ・ヰ・リの八神を除いた三十二神が子音の実体である。

 はじめに太極とも言える中心核「イ」からイ(大生命意志)の遺伝形質を持った、精神界が誕生する。すなわち「ア・オ・ウ・エ」である。


純正自己(ア)は「イ」をその魂に吸収し、整理し組み立て「ア・オ・ウ・エ・イ」と母音五大を完成した。

大生命意志(イ)のエネルギー波動状態の対応として時間に拘束される物質宇宙次元(ヰ)が出現した。
それがビッグバンであろう。


「ア」の物質肉体次元「ワ」を成立するためには、ワ行の要素が必要であり、物質宇宙ヰからワを除いたヲ・ウ・ヱが生まれる。

地球(ヰ)は、霊的存在(イ)の変わり身である。


「イ」(実質的にはヰ)の土台をもって、ビッグバンのゆかりの鉱物元素、エネルギー、水の「生命三大要素」が生まれた。 


やがて「ア」の写し身「ワ」は、天意(ア・イ)の力をもって「ア」と二重写しに、「ア」のエネルギー準位にほぼそって素粒子から成る肉体自己として存在するようになった。 


ここに「ワ」から整理した現象系「ワ・ヲ・ウ・ヱ・ヰ」をまとめ、母音五大に準ずる物質系としての半母音五大が完成された。


父音「言霊八神」すなわち キ(K)・シ(S)・チ(T)・ニ(N)・ヒ(H)・ミ(M)・ヰ(Y)・リ(R)はア行、ワ行の波動交流を抱擁する宇宙玄律であり、ア(氣)とワ(身)を共生させる霊波(不可視光)である。





[榛名神社はいまや國常立大神様の本地となっている]



 共生波動光(K・S・T・N・H・M・Y・R)に抱かれた、アーワの一体行動、イザナキとイザナミの交合は、そこに現象界(可視光) 三十二子音(4行×8列)をやがて誕生するのである。


 吾・緒・宇・慧・意・(和)・純・信・希・創・愛・勇・進・調の十四言霊が、「豊葦(十四吾調:トヨアシ)原瑞穂の国」の実相である。
豊とは十四神、葦とは天支(アシ)にして、原とはその神田の原、瑞穂とは水(ミズ)・火(ホ)である。

「豊葦原瑞穂の国」を単に地理的村落と見るには底が浅い。
豊かな国の意義を越えた、宇宙ロゴスの中から誕生した久爾(クニ)といえる。
                                                

言霊50音図全体の太極は見えない「イ」と、見える「ヰ」が重なった中心点、ゼロ点とみてよい。
竜巻の中心軸は理論上、最大エネルギーをもつが現実には無風のゼロである。
「イ」のゼロ点は次元転換ポイントなのである。



高次波動空間から素粒子グルーオンを産む、質点でもあり映像的に言えばブラックホールでありかつホワイトホールである。

放出するのは「純正・信念・希望・創造・愛・勇気・進化・調和」の宇宙弦律八波動と覚える。

大生命意志は、人の様々な体験を無私無条件で受け入れ、その多様さを取り込んで楽しんでいるのである。
それが言霊五十音図の中心(イ-ヰ)の作用である。


 この中心ゼロ点の神近き次元と操作が、阿羅耶識の発見と祈り(意宣り)であり、魂の本源レベルにおける「確信=必然」という操作がそれである。


 八咫の鏡、八坂の勾玉、八握の剣、この「八」の意味するものは、純正・信念・希望・創造・愛・勇気・進化・調和の八大玄律と論者鈴木は考えている。



K・S・T・N・H・M・Y・R それ自身の言霊は「無音」である。
有音の響きを持たないが、純正・信念・希望・創造・愛・勇気・進化・調和という高次の波動エネルギーがその正体である。

大生命意志(イ)の形質をもって、はじめて有音のKI,SI,TI,NI,HI.MI,YI、RIの言霊五十音の下津磐根(音)が構成されているのである。

ここで論者の自然観を今一度 確認しておこう。



自然現象一切は波動現象である。今までの科学では自然現象は力学からなるというニュートン力学であった。
しかし近年の量子力学になるとニュートン力学を超えて、「場」や高次波動方程式 ψ(プサイ)から様々な素粒子が誕生することになる。

またその波動現象から予見される素粒子の多様性も完全に確認されている。

したがって、意識という波動状態も自然波動現象としての物理現象と同等に一元的に取り扱う。

大宇宙はエネルギーの塊である。それは太陽系もこの地球も同様にエネルギーの塊である。

人の意識こそエネルギーなのである。
認識とは非物質のエネルギー状態にある。


また意識の中核は、言霊であることも先に述べた。
したがって言霊の発生自体が、宇宙の誕生と大きくかかわって、その「宇宙―自己―物質現象」の三位一体関係は、はるか古代ヤマトコトバの成立時代にすでにその生命哲学が解明されていたのであろう。


 ヤマトの言霊五十音は、言霊―ロゴスー実生活と完全に密着し、後代に生命原理として伝承されていった。しかし言葉の乱れと、物質支配欲と競争の力学学構造に、やがて精神ロゴスは崩れていく。

物質世界に、いまや精神は追従せず、言霊はまるで会話の道具に成り果てた。


だがその昔、はるか古代に言霊五十音の開発に全智全霊を傾けた神々がいた。
言霊五十音図は生命哲学の原理理法であり、身を修める修法であり、また生活道の本諦そのものであった。


のちに五十音図は文字として粘土板に焼き付けられた。
ヤマト古代文字は、ひらがな、カタカナのみにあらず、論者の知る三十八種、いやそれ以上もあったであろう。

しかし文字は別として表音する言霊五十音は普遍である。
タブレットに焼きつけた神人は「火倶土(カグツチ)の神」であったろうか。 

自己と宇宙のロゴスを表現した言霊五十音は、土器からやがて弥生期には銅鏡にも刻まれていった。

宇宙高次生命体の模範として、わが身を照らし、自我のない正しい諸般実相を映ずる金属鏡への宇宙曼荼羅の刻印が、神器「八咫の鏡」となった。



「知」とはいわば科学であり現代教育である。即ち実に底が浅い。


「修法」それははロゴスの建て直しと実生活への教導であり、モーゼ、釈迦、キリストらが導いていった。
しかし仏、基、回のそれもなお不完全である。
完全ならば地球はここまで疲弊はしていない。
世界人口の三分の一が貧者と飢餓で苦しんではいまい。


時代は「主観」に入った。
幸せとは主観の内容である。主観の本源は神である。
主観の源素が言霊である。


霊止(ヒト)は神名である言霊をあやつる神そのものなのである。

主観の解明こそ、人類が神に飛躍する基底なのである。

主観から発する言霊が、その主観の環境現象を創り上げているのである。


※このエントリーではブログ管理者の設定により、ブログ管理者に承認されるまでコメントは反映されません